アカネ/シンク
2026-06-07 23:46:35
9130文字
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『ジューンブライド』なるもの

ヴァレ主♀(ユヅキ)、ED3後時空。
突如降ってきたジュンブラとプロポーズの日によるもの。

「──ユヅキさんはどう思いますか?」

 突如呼ばれて、さっきまで読んでいた本の内容がぷつんと途切れ、無意識に顔を上げた。読書をと誘ってくれたルゥがなにか質問をしてくれた。残念ながら本の文字に夢中で、前半は全く聞いていなかった。

 読みかけのそれにしおりを挟みながら「ごめん、もう一回聞いてもいい?」と聞き返す。こくりと頷いた彼女は気を悪くした様子もなく、以前にも増して柔らかくなった笑顔を浮かべながら小首を傾げた。白い髪が揺れ、元から色白の肌に淡いピンクが乗り、さらにかわいらしくなっている。

 きっと、平和に戻りつつある今、ルゥへの縁談やそういった話が舞い込むのは数知れないだろう。なにせ半身はこんなにもかわいらしく、健気で、強かなのだから。

 それはそうと、なにを聞こうとしたんだろう? 大事な半身の質問を聞きそびれるのは許しがたき大罪。今度こそしっかり聞かなければ。

「ジューンブライドについて、ユヅキさんはどう思いますか?」
「じゅん……?」

 親しみのない言葉に、今度はこちらが首を傾げる番。なんとなく自分とは無縁そうな言葉だけれど、100年の間に増えた歴史や知識を得ようと、日々読書や情報収集に励んでいるルゥが口にしたからには意味があるはず。私も、眠りについてからの空白を埋めたくて彼女の誘いに乗ったのだ。

 できることなら彼女への質問に良い返事をしたかったのに、やっぱり知識の蓄えが足りなかったらしい。もう少し頑張らねば、ルゥの半身を名乗るには分不相応だ。たぶん、ルゥはそんなこと思っていないが。私が気にする。

 困惑する私にルゥは読みかけの本もとい雑誌を開いたまま、こちらに表紙を見せてきた。旧世代の雑誌に違いないが、保存状態がいい。マグメルの蔵書種類は豊富だとはわかっていたけど、ジャンルがこんなにも幅広いとは知らなかった。歴史書や小説だけじゃなくて、雑誌からも知識を得ようとする……やっぱり、ルゥのデータベース並みの知識量はこういう小さな積み重ねによるものなんだな。さすが私の半身。誇りに思う。

 ……と、それはさておき。

「ジューンブライドは、『6月』と『花嫁』、『新婚の女性』という意味です」
……なるほど?」
「大崩壊以前では、6月に結婚する花嫁は生涯幸福な結婚生活を送れる言い伝えがあるそうなんです!」

 うん、なるほど。幸福な女性の意味合いもある。何気ない知識が増えたのは喜ばしい。だけどルゥがそれに興味を持つということは、結婚したい、と……? どう思っているか聞いたのも、ひとえに自身の結婚や結婚生活についてどう思っているかを聞いて──

「もうそろそろ6月ですし……その……
「うん」
「お兄様とユヅキさんも、その……そろそろ、いいのではないでしょうか?」

 なにが?

 口に出さずとも心の中で疑問に思い、さらに首を傾げざるを得ない。言葉の意味としては分かるが、なにに対して言っているのか、いまいち。そろそろ、の意味が分からない。いいのではないでしょうか、という意味はもっと理解できない。

 わかる、そろそろ6月になるのはわかる。春になって間もなく、過ごしやすい季節になりつつあるのも肌で感じる。しかしそれとヴァレンティンや私と何の関係が? てっきりルゥが結婚に興味を持ち始めたとか、意中の人ができてしまったとかの話になるかと。

 うん? いや、待て。この話の発端はジューンブライド。ルゥが結婚したくなった云々の話じゃなければ……どういうこと?

「そろそろって?」
「で、ですから! お兄様と、ユヅキさんが……あの、えっと……!」

 
 ──結婚式を挙げてはいかがでしょうか!?

 
 開いていた雑誌のページをこちらに見せるように押し付けて、緊張した面持ちでとんでもない言葉を口にした。そう、私のもっとも信頼し、かけがえのない愛しい半身が。

 結婚。結婚式。ジューンブライド。ヴァレンティンと、私。

 つまり、それって。

……結婚?」
「はいっ!」
「私が?」
「はい! お兄様と!!」

 ほんの一瞬、意味を理解できなかった。結婚という単語も、自分とは無縁すぎて聞き慣れない響き。頭の中で何度反芻しても、言葉を飲み込むのにかなり時間がかかった。

 つまり、ルゥはこう言っているのだろうか。ヴァレンティンと結婚しろ、と? うんうん。なるほど。

「──は?」

 ヴァレンティンと私が結婚? ないない。土俵すら違う相手と、どう結婚しろと?

 吸血鬼と人間、ヴォーダ家跡取りと所属なしの吸血鬼ハンター。たったそれだけで釣り合わないのに。交際が成立しているだけで不思議だと思っているのに、結婚?

 ない、ありえない。

「この話は……やめよう」
「どうしてですか!?」
「ど、うしてって……だって

 結婚は、幸福の象徴。だけど逆の意味合いも強い。一度相手と結び結ばれれば、幸福だろうと不幸だろうと、一度起きたことは消せない。幸せならまだしも、逆に不幸の始まりだったとしたら? 相手が望んでいなかったら? 周りの反応に流されて、乗せられて結婚しただけなら? 考え出したら止まらない。

 お付き合いできるだけで、奇跡のように思えた。初めての口づけができた時でさえ、夢でも見てるんじゃないかと思っていた。今度は、結婚の話。幸いヴァレンティン本人の提案じゃなくて、あくまでもルゥとの雑談。今のところ法的拘束力を持たない、女子トークの範疇に収まっている。

 この話はここで終わるべき。終わらせなければならない。あまりにも不毛だ。

「とにかく、もういいかなって」
「ユヅキさんはお兄様のことがお嫌いですか!?」
「好きだよ!?」

 咄嗟にルゥの雑誌を奪い取り、その際にほんの少しだけ書かれていた内容を見てしまった。『ジューンブライドで祝福された幸せを!』というタイトルと、ウェディングドレスを着た女性たちの写真。

 ……きれい。レース、シルク、刺繍にシフォン。使われる材質や生地についても詳しく書いてある。ドレスも、たった一種類じゃない? 上半身を見せる効果としてのスリーブ、スカート部分もいろんな種類があるんだ。知らなかった。え? 組み合わせもできる!?

 へ、へぇ……? きれいに見せたり、かわいく見せたりも、できるんだ。なんか、ちょっと。ちょっとだけ、いいなあ。

……い、いやいや。私には荷が重い」
「どうしてですか!?」
「だ、だって。背、低いし……ドレスなんて、きっと似合わないだろうし……スカートとかドレスよりも、ズボンのほうがしっくりくるから」

 この雑誌に載ってるモデルの写真には、共通点がある。誰もが背が高くて、体のラインがきれいで、すらっとしていて、ハイヒールが似合う女性たちばかり。対して私はすべてその反対。吸血鬼ハンターとして戦いに暮れる日もあれば、怪我と治療を繰り返すのも日常茶飯事。治らない傷はなく、それらしい跡もあまり残っていないとはいえ、やっぱり『きれい』とは程遠い。

 こんな私がドレスなんか着たって、きっと、この人たちと比べものにもならない。た、たしかに、純白のドレスも、ヴェールもきれい。だけどそれはそれ、これはこれ。

 ルゥの気持ちはわかる、好意と提案も、うれしい。だけど、やっぱり。

……いいかな、私は。ヴァレンティンも、忙しいだろうから。こんなことで、時間と労力を費やしてもらうのは──」
「ふむ、そうなのかい?」

 背後から届いた心地いい低音に、背筋が凍った。一瞬にして鳥肌が立ち、肩を窄めてしまう。その反動で、手にした雑誌までぐちゃりと握りしめてしまった。

「お兄様!」
「やあ、ルゥ。割り込んでしまってすまないね」
「いいえ、ちょうどいいです!」

 挨拶を交わすルゥとヴァレンティンの声を聞いているだけで、体の芯まで冷えてしまう。本当に凍ってるわけじゃなくて、ただの気持ちの問題と、錯覚。ヴァレンティンは今日、いつも通り仕事で忙しいはず。私やルゥを『融和の月』から目覚めさせるまでの100年、増えてしまった仕事を着実に片づけて、最近ではかなり量を減らせたと聞く。

 でも、今日も多忙のはず。役目を終え、本業の吸血鬼ハンターとしての仕事も減ってやることがなくなった私とは違う。むしろここにいるだけでヴァレンティンの仕事を増やし、足手まといになってる可能性だってある。この前まではヴァレンティンの書類処理を手伝ったけど、法務官の彼が扱う多くの書類は機密事項が多くて、断念するほかなかった。

 いや、そうじゃなくて──

 なんでこの人はここにいるんだろう? 私なんかに構ってる時間はないはず。彼が執務机から離れる時間が増えるほど、仕事も増えてしまうはず。

「お兄様、単刀直入に聞きます──ユヅキさんとのご結婚を考えたことはありますか!?」
「式の時期はすでに想定しているよ」
!! あの、ど、ドレスなどは! 新郎衣裳は!?」

 ルゥが興奮して質問の数を増やせば増やすほど、冷や汗が止まらなくなる。正直、これ以上掘り下げないでほしい。善意しかないと頭ではわかっていても、この場に残ること自体が自分の不調を招いてしまいかねない。

 たしかに、以前にも一度ヴァレンティンに「式はいつがいい?」なんて聞かれたことがあった。たったの一度、されど一度。一度あるということは、二回目、三回目、数を増やす意味でもある。

 式の時期は想定していると、ヴァレンティンは言った。この人ならやりかねない。やってもおかしくない。でも、私は。わたしは。

「わたしの意見は、聞かないの? 勝手なこと、しないで」

 我ながら冷たい声だった。緊張して、頭がこんがらがって、どうかしていた。わかってる。誤解されるって。でも、繕えない。冷静でいられない。

……いらない」
「ユヅキ?」
「式は、いらない。結婚も……しない」

 わかってるのに。なのに、最悪の言葉を口にしてしまう自分を、止められなかった。

 思ってもいないくせに。本当は、したいくせに。勇気がないだけで、ヴァレンティンとの結婚を何度も想像したくせに。

 なんて情けないんだろう、わたしは。

「なぜか聞いても?」

 切り込んできたのは、ヴァレンティンだった。てっきりルゥが先だと思ったが、私の発言に引っ掛かりを覚えたのは彼が先だったようだ。でも、どっちでもいい。言ってしまったことは撤回できない。取り返しのつかない選択をした。

 最悪、別れる……ことも、あり得る。その時は自業自得としか言えない。叶わないお付き合いも、できたのに。

「私のドレス姿、見たい人なんて──」
「君が私の選んだウェディングドレスを身につけて、私が選んだアクセサリーを付けて、共にバージンロードを進み、互いへの誓いを立てて君の左手の薬指に私の血で作った結婚指輪をつけさせて正式に夫婦となるのは私だけの特権だと思うが?」

 なに、いまの?

 パッと顔を上げる──サングラスを取っ払った赤い瞳が、真っ直ぐに見つめてくる。見定めていると言ってもいい。息が届くほどの近さ、凄まじい威圧感。なのに、彼がつい先ほど連ねた言葉とは似つかわしくない雰囲気。

 圧巻だった。有無を言わせない気迫だった。ドレスだけじゃなくて、アクセサリーと、指輪まで。全部ヴァレンティンが用意しようとしている。いや、むしろ彼がすべて用意して、私に着せて、つけさせることさえ確定事項のように語っている。私が断るはずがないと、傲慢にも確定している証拠。

 なにそれ。勝手に、決めるなんて。私の、私の考えは? なにも知らないくせに。私が、私がどれだけ不安なのも知らないくせに。

「それとも君は、私以外に意中の相手がいると? その人物と永遠を遂げたいと?」

 私が好きなのは、あなただけだって、知ってるくせに。そんな試すようなことを……

……ないで」
「うん?」
「──ふざけないでっ! なにも知らないくせに!!」

 ヴァレンティンを押し退けたのは、ほとんど無意識だった。殴らなかったのも、平手打ちをしなかったのも、ひとえに彼を傷つけたくないから。でも、だけど……ヴァレンティンの言っていることは、どうしても許せなかった。

「なんで幸せが続くと思うの? なんで消えないって信じられるの? いつか好きじゃなくなるかもしれないのに、なんで平気な顔して結婚って言えるの!? 永遠なんてないくせに! ずっと続くなんてありえないくせにッ! なんで……なんで、信じていられるの……!」

 勢い任せに叫んだせいで、喉が痛くて、乾く。思わず生唾を飲み込み、ガタガタと震える自分の手を握り締めてしまう。

 そう、そうだよ。永遠なんてない。ずっと続くものもない。いつか消える。消えていなくなる。

 不幸なのも、不運に見舞われるのも慣れてる。吸血鬼ハンターとして辺境域を回り、バケモノ退治をしている時だって散々不幸な結末を見届けてきた。でも、違う。不幸に見舞われるのと、幸せになったのに失っていくのが、何よりも恐ろしい。

 もう、いやだ。みんな、みんな助けたのに、全部、一瞬で消えるのは。みんながいなくなって、ぜんぶが無駄になって。この手から零れ落ちて、ぜんぶ消えていなくなるのは、もういや。
 
「もし、ヴァレンティンが他の人を好きになったら? 跡継ぎとしてほかの婚約者と結ばれるとしたら? 本当は義務で結婚していたら? そんなの、いや、やだよ……
……
「やだ。いなくなるの、やだ。幸せだったのに、どん底に突き落とされるのも、失うのも、やだっ!」

 こんなの、ただの泣き言。子供のわがままで、詭弁だ。だけど怖い。怖いんだ。ヴァレンティンへの感情が、彼からの感情がいつか消えてしまうのを。お互いへの好きが冷めて、結婚しなければよかったなんて思ったら……絶対に、いやだ。

 ヴァレンティンからの返事は、ない。ルゥでさえ黙り込んでる。きっと、私の言い分がおかしいって思っている。結婚したがらない、プロポーズを断るなんて考えられないって。だって、仕方ないじゃない。永遠も、終わらない愛も、私にとってはおとぎ話みたいなもの。

 ずっと続くものなんて、ありはしない。

 これ以上ここに残っても、二人の気を悪くするだけ。雑誌を手放し、俯いたまま椅子から腰を上げ、唇を結んだまま踵を返す。

 息が詰まる、吐き気もしてきた。頭も痛い。気が動転した。言うべきじゃなかった。二人を困らせるだけなのに。深く考えずにベラベラ喋るところ、早く直しておかないと。いらないことまで言い出すのも、どうにかしないと。

 嫌われたくない。でも、もう撤回できない。やっぱり、別れるのかな。いやだなあ。せっかく、お付き合いできたのに。

 目頭が熱くなって、腕で擦る。なのに、できない。できなかった。

「やめるんだ」

 手首を掴まれてしまった。私よりも遥かに大きな手、白手袋のない素手。簡単に包み込まれた手首を見て、ぎょっとする。

 てっきり、放っておいてくれると思ったのに。なんで、引き止めるんだろう。結婚を拒んだ私なんて、用済みなはずなのに。

「自分を傷つけないでくれ」
「そんなの、慣れてる」
「大事な君が傷つく姿は見たくないんだ。それに……君が恐れているのも、私は知らずにいたんだね」

 すまない。そう告げてくるヴァレンティンに、ますます混乱する。なんで、まだ気にかけてくれるんだろう。早く別れ話をしてくれたらいいのに。今なら、失う痛みをあまり感じずに済むのに。まだ感覚が麻痺してる今が一番いいのに。ああ、そっか。やっぱり失う痛みを感じたほうがいいって、思ってるのか。それもそっか。ヴァレンティンの感情を無下にしたんだ、ただで済むなんてあり得ない。

 なのに、なんで。なんでそんな顔をしてるんだろう。デジャヴだ。前も、それこそ初めてのキスをした時と同じような、泣きそうな顔。

 どうして。どうして?

「私も少し性急だった。君が誰かに取られるのではと思うと、気が気じゃないんだ」
「とら、れる?」
「君のことを愛している。身も心も、すべて私だけのものにしたい。心の底からそう思っている」

 初耳。そんなそぶり、ないのに。精々好きだとか、手を握ったり、触れるだけのキスをするだけなのに。それ以上のことは、したことないのに。そこまで、想われてるの? これって、夢? タチの悪い夢に決まってる。そうじゃなきゃ、受け止めきれない。

 愛されてる実感が鮮明になればなるほど、失うかもしれないという恐怖に襲われる。

 失いたくない。またこの手からこぼれ落ちていくなんていやだ。いなくならないでほしい。ずっと、ずっと……

「なら、ずっと……ずっとわたしだけをみて」

 私だけを愛してください──なんて、口にする勇気がなかった。言い方を変えても、本質は変わらない。失うのは怖い。けれどそれ以上に、ずっとずっとずっと、私だけを愛してほしいと願ってしまう。願わずにはいられないほどの、貪欲。私以外を見ないでほしい、私にだけ愛を与えてほしい。私が寿命を迎えても、ずっと、ずっと……

 私だけを、想って欲しい。

「君は……
「身の丈に合わないのはわかってる。でも、それでも、ずっと愛してほしい。不安になってる時、好きって言ってほしい。失うのが怖くなった時、愛を与えてほしい」

 気づけば、口ばかりが回っていく。ヴァレンティンが多忙なのはわかってる、所属なしの私がわがままを通していい人じゃないのも承知している。でも、でもこんな私とも付き合いたいと言ってくれて、キスまでしてくれたのなら。

 私も、応えたい。いっぱいの好きと、愛してるをあげるから。私のことも、不安がってる私も、いっぱい愛してほしい。

「だって、ヴァレンティンが家の指示でほかの人と結婚するかもって。私に飽きて別れようって言うかもしれないのが、怖い……!」
……!」
「怖い時に、好きって言ってくれたら、それでいいから! それ以上は求めないから……おねがい、私だけを愛してっ!」

 沈黙。

 やっぱり、反応がない。どうせ別れ話を切り出されるのだから、思い切って心のうちを吐き出してやる。こんな面倒臭い女なんてさっさと切り捨てて、結婚できる人を探せばいい。そしたら、ヴァレンティンも悩まずに済んで、私のせいで仕事が増える心配もない。

 全部、ぜんぶ吐き出してやる。引かれてもいい、それでヴァレンティンが別れ話を切り出しやすいようになればいい!

「私だけを見て、私だけを愛して、生涯私だけのものになってほしい……って言ったら、どうする?」
「ふむ。君が人間であるうちは最期まで共にいるとも。もちろん君さえ良ければ吸血鬼化の準備もしておこう。あぁ、もちろん私の血以外は認めないが」

 お、思ってた反応と違う。真逆っ……! しかもヴァレンティンはごく当たり前のように言ってる。どうしよう。嫌われてもおかしくないのに、なんで解決策を出してるんだろう。独占欲も丸出し。

 ……あ、私もか。

 でも……私も、誰かに対してこれほどの独占欲を向けられるんだ。自分では無欲だと思ってたのに。そうか。そっか。

「ユヅキさんとお兄様はお互いを深く愛しているんですね……!!」

 なんでそうなる!? さ、さっきまで一触即発みたいな雰囲気なのに!? ルゥは一体どこを見て何を思ってそう言ってるの!?

「君がはっきりと自分の思いを言ってくれて良かったよ。これほどに……ふふ。嗚呼、本当に、嬉しい。私の、私だけのユヅキ」
「ぇ」
「心置きなく君を娶り、私だけの愛しい人として迎えられるなんて、夢のようだ」

 掴まれた手首をぐいっと引き寄せられ、視界が揺れた。浮遊感に襲われ、慌ててヴァレンティンにしがみつく。またしてもデジャヴ。なんでこの人は、いちいち抱き上げるの!? なんで片腕に乗せるの!? 義手だからきっと力強いけど! 抗議する代わりに、彼の腕から脱出できないかジタバタしてみた。案の定、びくともしない。むしろさらに抱き寄せられてしまった。

 うなじをするりと触れられ、大きな手が髪と付け根を撫でながらそっと引き寄せられていく。顔が、だんだんと近づいて。息が、届いて。

 ちゅっ。目尻に柔らかな感触。ちゅっ……今度は、耳の近く。ちゅっ、ちゅっ。最後に、頬と、唇。

 触れたところが、熱い。熱くて、燃えてしまいそう。

「私の身も、心も、生涯君だけのものだ。君も、私にくれないか……ユヅキ」
「は……い」

 返事したのも、ほぼ条件反射に近かった。鼻をくすぐる古びた紙と淡いバラの匂いも、まっすぐ見つめてくる深みのある赤い瞳も、判断のすべてを鈍らせる。何度も唇を襲う柔らかな感触、堪らず目を閉じても彼が瞼と目尻に口づけるせいで、どうしたらいいのかわからない。

 もどかしくて、甘やかで。思考が、蕩けてしまう。

「どうか、私の妻になってくれ。生涯、君だけを愛すと誓おう」

 妻、生涯、愛、誓い。全部、ぜんぶ聞き慣れない響き。私とは程遠い言葉たち、程遠い感情ばかり。なのに、どうしてだろう。ほっとした。びっくりした。息が詰まる。心臓がうるさい。顔が、全身が、熱い。

 感情も、感覚も、ぜんぶめちゃくちゃ。

 でも、だけど──

……わ、たしで……いい、の?」

 それでも、確かめずにはいられない。あなたの気持ちを。私の気持ちを。知りたい。

 薄く形のいいそれが、もう一度唇を奪った。宥めるように、愛おしむように。触れただけで離れたキス。

「君がいい。君だからいいんだ、ユヅキ」
……っ」
「君以外は、だめだ」

 嗚呼。そうか……そっか。私は、きっと、欲しかったんだ。それが、一番欲しかったんだ。

 永遠がなくてもいい。釣り合わなくてもいい。ただ、明確な言葉が欲しかった──ヴァレンティン最愛のあなたからの、確かな言葉が。





「それで、式はいつがいいんだい?」
……6月」
「今年の?」
……来年」
「わかった、そうしよう。あぁ、その前に婚約指輪をしなければね。というか、もうつけた」
「え!?」