サブさぶれ
2026-06-07 21:54:22
5749文字
Public 原作完結前に書いた話
 

Kiss Me Sweet

メリクリスグアオ。付き合ってる。

 メタリックカラーのクラッカーがバケツリレー方式で次々に渡されていく。カラフルな装飾のおかげでいつも以上に賑やかな室内は、様々な料理の匂いが充満し、換気扇を回していないと酔ってしまいそうだった。
 ざわめく部室にカキツバタの締まりのない声が響き渡る。彼の頭には布でできたオドシシのツノが付いていた。

「おーい。クラッカー全員分渡ったか? 渡ったな? そいでは部長様。よろしくお願いしやす」

 促されたアオイは一歩前に出て、クラッカーを高々と掲げた。

「メリークリスマス!」
「メリークリスマス!!」

 音頭と同時にクラッカーを鳴らす。直後、他の部員たちも大声で今日の日を祝った。広い部室中にクラッカーの煙と紙吹雪が舞う。誰しもが弾けるように笑っていた。
 ホリデー前の最後の日曜日。リーグ部では部員全員参加のクリスマスパーティーが開催されていた。
 壁一面にパステルカラーのクリスマスオーナメントが下げられ、ホワイトボードには下手くそなデリバードが描かれている。トレーニング器具はどこかに片付けられ、ユキノオーを模した巨大なクリスマスツリーが一帯を占拠していた。普段からカキツバタが置きっぱなしにしているお菓子たちも机の上から一掃され、アカマツ特製の激辛料理や購買等で買ってきたピザやドーナツ、独特の色合いのジュース、タロが中心となって作った可愛いデコレーションケーキが所狭しと並べられている。
 三年生たちの発案で、最初にメインイベントのプレゼント交換会が行われた。順番にくじを引き、ツリーの前に並べられたプレゼントを自分で取りに行く。アオイに当たったプレゼントは、二年生の女の子からのきのみ詰合せセットだった。
 プレゼント交換が終わってからは終了時刻まで歓談の時間となっている。最初は一年生同士で色々企画を考えたものだが、上級生から「ゆるい方がみんなやりやすいから」と却下され、このような形になった。実際始まってみると、確かに各々和やかに自分のやりたいように過ごしている様子だった。写真を撮る者、料理に舌鼓を打つ者、普段なかなか話せない相手に話しかけに行く者、果たすべきは果たしたと早々に帰る者、自室から持ってきたハンモックで遅すぎる午睡に入ったカキツバタ。互いの実力を競い、研磨し合う部活とは思えないほど、のんびりした空気が漂っていた。
 アオイの大好きな恋人・スグリは、アカマツから渡された激辛料理に挑戦して、今にも火炎放射を放ちそうになっている。それを見たゼイユが腹を抱えて笑うと、周りにいた他の部員たちとスグリも大きく笑った。すぐ横にいたネリネが俊敏な動きでスグリにお茶を渡し、スグリはそれを一口で飲み干していた。
 「俺が参加しても空気悪くするだけだから」と参加を渋っていたスグリを、部長権限と言って引っ張り出してきてよかったと、アオイは安堵した。リーグ部に復帰したスグリは、最初こそ遠巻きにされていたが、元来の穏やかで優しい性格が少しずつ浸透していき、今ではアオイやゼイユ、四天王の誰かが側にいない時でも、ちょっとずつ話しかけられるまでになっていた。人の輪の中で笑っている姿を見られて喜ばしくもあるが、同時に小匙程度の嫉妬心も抱いてしまう。

(私もスグリと話したいのにな)

 できれば、二人っきりで。だが、それは難しいとアオイは半ば諦めていた。
 こういった場でもないと話す機会がないからと、アオイの周りには見知らぬ生徒たちの壁が出来上がっていた。彼らは二言程度アオイに質問し、回答を得次第すぐに別の場所に移ったが、空いた隙間に別の子がどんどん入り込んでくる。ひっきりなしに話しかけてくる部員たちをさばきながら、アオイはスグリに話しかける機会をうかがった。お菓子を取るふりを何度か繰り返し、じりじり近付く。人の壁の隙間からようやく見えたスグリは、ゼイユと何やら内緒話をしていた。
 もう少しで話しかけられると思った瞬間、二人の視線が合った。自然と、口が彼の名前の頭文字に合わせてすぼまる。しかし声をかけるより先に、スグリはアオイにぶつかる寸前の距離で脇を通り抜け、部室の外に出ていってしまった。横を通った一瞬、手が触れた。正確には、何かを握らされた感触があった。誰にも見られないよう、太ももの位置でこっそり手を開く。入っていたのはスグリの字が書かれた小さな紙片だった。

『廊下で待ってる』

 走り書きで、それだけ書いてあった。それだけなのに、身体中が熱く燃え上がる。火がついたら、後はもう止められなかった。

「ごめん。ちょっとトイレ。ごめんね、ちょっと通して」

 周りの部員たちに断りを入れながら、小走りで廊下に飛び出る。扉から少し離れた隅っこに彼はいた。左手で顔を仰ぎ、もう片方の手で鞄の位置を直しながら、落ち着かない様子で壁に寄っかかっている。誰にもバレないよう足音を立てずに近付く。

「スグリ」

 ほとんど囁き声に近い音量で呼びかける。スグリがパッと顔を上げた。こんなに早く来ると思わなかったのだろう。ホッとしたように気の抜けた微笑みを浮かべて、胸の前で小さく手を揺らしている。休学前よりちょっとだけ大人っぽくなった身体は、それでも今まで通り、どこか力の抜けた動きをする。そこがまた彼の可愛いところだとアオイは気に入っている。

「来てくれてありがとな」
「私も話したかったから」

 スグリの左隣に身体を収める。グローブをしていない左手側がアオイの定位置だ。こちらの方が、よりスグリの体温を感じられる上に、整った顔もよく見えて好きだった。骨が目立ち始めた小指をそっと握って甘えると、アオイの仕草にスグリが目を細めた。愛されてると実感させられる視線がくすぐったくてたまらない。スグリの紅潮した顔が耳元に近付く。

「ここだと他の人も来るかもしんないから、上行こ」
「いいよ」

 あと数cmでキスができそうな距離で囁き合う。少しだけ期待を込めて目を瞑ったが、スグリに「まだダメ」と一蹴されてしまった。まだダメ。綿あめみたいにふわふわした、素敵な言葉だった。
 スグリに手を引かれ、エレベーターまで向かう。激辛料理を食べたばかりだからか、スグリは首の後ろまで真っ赤にして、手は汗で湿っていた。こっそりパーティーを抜け出すなんていいのかな。ちょっとの罪悪感と、それを好きな人と一緒にしている幸福感で、アオイの脳みそは夢見心地にクラクラした。


 エレベーターからエントランスロビーへ降りる。夜のロビーは人気がまるでなく、日曜ということもあってか受付のお姉さんすら不在だった。冬の海の風は鋭いほどに冷たく、アオイは大好きな人が凍えないようにと手の力を少し強めた。空いた天井からのぞく満点の星空が、静かに恋人たちの夜を彩ってくれた。
 バトルコートから一段上がったベンチまで来ると、スグリはようやく足を止めた。月明かりのあたる真ん中辺りに座り、すぐ横の座面をサッサッと払ってアオイに座るよう促した。望まれるままに座ると、スグリがボディバッグのファスナーを開け、中から何かを取り出した。

「これ。渡したくて」

 差し出されたのは手のひら大の紙袋だった。アオイもよく行くアクセサリーショップのロゴが入っているそれは、右上にちょこん、とキラキラしたクリスマスカラーのリボンが貼り付けられていた。

「もしかして、クリスマスプレゼント?」
「うん。よかったら……
「開けていい?」

 下唇を噛みながら、スグリが頷いた。中には青の革グローブと、赤いリボンと宝石みたいな林檎のチャームが付いたヘアゴムが入っていた。グローブにはラメが入った紫色の糸で刺繍が施されている。実用的だが非常に可愛らしい。アオイのことを沢山考えてくれたのが窺えるプレゼントだ。

「どっちもめちゃくちゃ可愛い! 最高、素敵! スグリありがとう。すっごくすっごく嬉しい! 早速付けていい?」

 スグリは口角をへにゃへにゃにさせて頷いた。予想以上にアオイが喜んだのに安心したのだろう。アオイは三つ編みの結び目を押さえながら着けていたヘアゴムを外し、貰ったばかりのゴムに付け替えた。小ぶりな布製のリボンは、いつも付けているプラスチックの髪留めより顔にぶつかっても痛くなさそうだった。髪が終わるとブルーベリー学園指定の赤いグローブを脱ぎ、柔らかい革のグローブに履きなおす。しっかりした作りだが、しなやかで軽く、実戦重視型トレーナー向けの品だとすぐに分かった。
 アオイの小さな着替えをソワソワと見守っていたスグリに、三つ編みと手の甲と笑顔がよく見えるように、身体を少しだけ前に突き出した。

「じゃーん! どうかな、似合う?」
「わやめんこい! 悩んだけど赤にしてよかった。似合ってる。グローブはどう? グリップ感強めでボール投げやすいんだって。学校指定のやつ、ちょっと滑りやすいって言ってたから選んだんだけど」
「すっごくいいよ! 捕獲率上がりそう。色も可愛い。私とスグリの色だね」
「う、うん……。刺繡糸選べるって書いてたから、選んでみた……。じ、自意識過剰かもって思ったけど、喜んでくれてよかった」

 空を蹴って照れ隠しをしながらも、スグリは満足そうに笑った。強い風が吹いたら飛んで行ってしまいそうなほど、彼の笑顔はほわっとして優し気だった。大好きな表情に心を和ませつつ、アオイは自分の選択を後悔した。

「あー、失敗した。スグリに渡すプレゼント、パーティー終わってからにしようって思って部屋に置いてきちゃったんだよね。そうだ、今から取りに行って、」
「いいよ! 俺が早く渡したかっただけ、つうか……。二人っきりになりたかっただけだし」

 立ち上がりかけたアオイをスグリが引き留める。スグリも二人っきりになりたいって思ってくれてたんだ。同じことを考えていたと知り、アオイの胸はキュンとときめいた。頬が熱くなる。嬉しさと恥ずかしさに目を伏せると、スグリがアオイの手を温めるようにそっと握った。

「休み中はパルデアさ帰るんだよな。俺も、ねーちゃんとキタカミ帰るし。ちょっとの間だけど、離れ離れになるの寂しくて……

 何カ月間も一日中一緒に過ごす生活を続けてきた二人にとって、数日間でも離れてしまうのは引き裂かれるのと同じようなものだった。包み込んでくれる手から右手だけ抜き出し、上に重ねる。切ない気持ちを込めて指先に力を入れ、満月色の瞳を見つめた。

「毎日電話してもいい?」
「もちろん! 眠くなるまでいっぱい話そ」

 スグリは眉尻を下げ、にこっと柔らかく笑った。時差の事を考えると話せる時間はわずかしかない。そんなこと、スグリだって分かっているはずなのに、許す限り繋がっていようと微笑んでくれる。自分に向けられるまっすぐな愛と優しさに、アオイが何度恋に落ちたかなど、スグリは知らないのだ。せめてもの仕返しに、こぼれ出る気持ちを声色に乗せる。

「風邪引かないでね」
「そっちもな。お腹出して寝たらダメだよ」
「そんなことしませんー」

 おどけてふくれっ面をしたアオイの返答にスグリがクスクスと笑う。世界一綺麗な笑顔が、冬の静かな月光に照らされていた。
 ひとしきり笑った後、スグリが白い息を吐き出した。気が付かなかったが、大きな耳がすっかり凍えて真っ赤になっている。唇も紫がかっていて、とても寒そうだった。

「寒くなってきたしそろそろ戻ろっか。アオイ先行って。俺、後から行くから」
「待って!」

 立ち上がりかけたスグリの袖を引っ張り、座り直させる。その勢いのまま、アオイはスグリの冷えた唇にキスをした。見開かれた瞳をじっと見つめる。その中に自分だけが映っているのが、とんでもなく幸せに思えた。

「メリークリスマス、スグリ」

 言いそびれていた台詞を言う。熱い吐息が夜風で冷えた頬にかかる。数秒間驚いた表情のまま固まっていたスグリは、やがてふっと表情をやわらげ、つけたばかりのリボンを軽くつついて揺らした。それから、左手でアオイの頬をうっとりと撫でた。

「メリークリスマス、アオイ」

 スグリの低い声を合図に二人は目を閉じて、もう一度唇を重ね合わせた。大好きでたまらない人とのキスは、イッシュのお菓子よりも甘く、幸せ色にとろけていた。冷めてしまった唇をお互いの体温で温め直し、キスに満足したらそのまま座った体勢で抱き締め合う。乾燥した風の匂いと共に、いつもの甘酸っぱい林檎の香りがした。
 五分ほど互いの心音に耳を傾けていたが、不意に鞄の底にしまったスマホロトムが鳴っている音が聞こえてきた。そろそろクリスマス会の終了時刻のようだ。音に気が付いたスグリは最後に一度だけ、アオイを強く抱きしめ、すぐに立ち上がった。寒さと寂しさが一緒にやってくる。差し出された左手を取って立ちながら、アオイは感情の色をそのまま声に表した。

「後で私の部屋、寄ってね」
「うん。絶対行く。アオイのプレゼント何だろ。わや楽しみ」

 隣に立ったスグリがアオイの顔を覗き込んで返事をする。そのまま三回目の短いキスをした。愛おしさに溺れそうになったアオイは、スグリの左腕に自身の右腕を絡めて、細い肩に耳をくっつけた。真横から「めんこい」と低い声がして、アオイの頬骨の上に唇を落としてくれた。甘くてキラキラした二人だけの特別な夜は、アオイにとって何よりのクリスマスプレゼントになった。

*

 他者との交流が少なかったスグリと、留学生のアオイ(と色恋沙汰に疎いゼイユ含む一部の部員)は知らない話だが、クリスマスパーティーを途中で抜け出す二人組は毎年数多くいるらしい。プレゼント交換を最初にやるのはそのためだった。抜け出したカップルは大抵エントランスロビーの影になっている場所でひっそりと愛を語り合っていた。なので、スグリとアオイのやりとりは全て彼らに聞かれていた。
 あまりにも堂々とイチャイチャするチャンピオンカップルにあてられ、その後のカップルたちは大いに盛り上がったそうな。