昼下がりのカフェテラスは人気もまばらになって、程よいさざめきに包まれる。サウンドボックスから流れてくる楽の音に耳を傾けながら頁を捲るのが、オルテンシアにとっていつしか習慣になっていた。
「この場合は確かこう、よね?」
ペンを走らせていた手が止まる。生徒として授業を受けていた日々から随分と遠ざかりはしたが、王女としての責務共々学業も疎かには出来ない。まして苦手な科目であるなら尚更だった。
「ひとまず解けたけど、完答じゃないかも……」
紙面と睨めっこしながら一人唸るオルテンシアの傍でふと青い光の粒が煌めく。
「大丈夫、意図はちゃんと掴めていると思うよ。」
「本当?やった!……って、なんであなたがここにいるの!?」
原則として紋章士達は先の戦いで共に戦った仲間の傍に在る場合が多い。オルテンシアが真っ先に思い当たるのはベレトで、最近はミカヤと行軍する場合もあったが、燃える焔のような赤毛の紋章士ロイとは鍛錬の間で何度か模擬戦を行った程度だ。
「込み入った話をしている所でね、長引きそうだからと散策を勧められたんだ。」
「そ、そう。……話を戻すけど、随分と詳しいのね。」
「一時期留学していた頃修めていた学問に通ずる物があったから、つい懐かしくなって。」
「ふうん……」
一瞬仰いだ視線はきっと、エレオスではなく彼が元いた世界の空を見つめているのだろう。思い至ると同時に、俄然同じ空を見たくなった。
「ねぇロイ、あなたさえ良ければその時の事を聞かせて頂戴。」
「うん、いいよ。さてどこから話そうかな……」
幼なじみの少女と一緒に恩師から多くを教わり学んだ。ベルン動乱の最中に於いても恩師に助けられ、意見を交わし、教訓を得た。そうして培われた知識や経験が、人々を束ね率いていく上で大いに役立った。一つ一つに頷き咀嚼していく中でロイにどこか親しみを持ちつつある自分に気がつき、オルテンシアは密かに感慨に耽った。
「戦後にベルンとエトルリアのどちらにも仕えなかったのも、与えられた器の大きさっていうのが関わっているのかしら。」
「そうとも言えるね。幾度も仕官の話は上ったけれど、大国へ影響を及ぼす事の意味と同様頭の片隅にはあった。」
何より大きかったのは父上の後を継いでフェレを守っていきたいという意志だったけどね、と目尻を下げるロイへ矢継ぎ早に訊ねる。
「あのね……あたしは、この戦乱が終わったら自分なりに祖国の為に尽くしたいの。それに、お姉様を傍で支えたい気持ちもある。……あたしに出来ると思う?」
我ながら卑怯な問いを投げ掛けた自覚はある。案の定彼の紋章士は考え込む素振りを見せたが、想像よりもずっと速く沈黙は破られた。
「出来るよ。仲間達や人々を愛し、愛されようと自分を磨き続ける君になら。」
「え……」
簡単に言ってくれるじゃない、と文句を付ける気には何故かならなかった。不思議と説得力を持った言葉が響いて、胸の内に沁み渡る。
「……ありがと。他ならぬあなたに励まされるなんてね。」
「そんな、僕はただ本心を伝えただけだよ。」
「もう、そういう所よ!」
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