九夏
2026-06-07 16:01:20
6443文字
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太陽と星

舞台遙かなるエルドラド、アレハンドロとサルバトーレ決闘後のアレハンドロとイサベル様のお話

イサベル様が結婚した数年後までアレハンドロが生きている事があんなに壮絶なあれこれやら何やらあったのにすごいなと思い、
数年の間に何があったのかなと想像して書き殴り。
アレハンドロ視点。
今回の舞台版で得られる情報のみで構成。
舞台の感動興奮のままで書いてます。色々間違ってても許して見れる人向け。
イサベル様のお嫁入りが、絶望のままではないと良いな。
アレハンドロとあの後やり取りがないままの別れではないと良いなと言う話です。

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 荒れた海へと吸い込まれた彼の名を叫び手を伸ばす彼女の背を呆然と見つめてしばらく。
 このままでは彼女も海に攫われそう――いや、また彼に奪われそうだと思ったのかもしれない。
 ゆっくり彼女の名前を呼びながら手を伸ばし近づくと、目の前の彼女はびくりと身体を震わせて振り返った。
 恐ろしいモノを見る怯えきった彼女の顔を見て、ようやく先程自分が何をしでかしたのかを思い出し伸ばしていた腕を引っ込める。
 引っ込めた掌を見れば血に塗れ――彼の血も混じっているだろうその紅を見て、僕は。
 全て失った事を今度は冷え切った頭で鈍くも理解し、指先を……何も掴めなかった弱く愚かな道化の手を、強く握り込んだ――……

 国の港に戻るまでの間、何をしていたり考えていたりしたのか覚えていない。
 港に着けば、そのままイサベル様に剣を向けた罪がイサベル様自身から告発され即刻牢へ。いや、その場で斬り捨てられると思っていた。
 しかし、港に着いてからイサベル様は大騒ぎする迎えの大臣、兵達を一喝すると。
『この者達は賊の掃討を命じた私の勅命に従い、そしてそれを成し私の身を護った者。無礼はけして許しません!』
 そう続け、皆に膝をつかせて従わせた。
 僕に背を向けたままイサベル様は僕達をまずは休ませるように言い、僕達は城へと誘導される事になる。
 イサベル様、と声を掛けたが、イサベル様は振り向かないまま僕へ告げた。
『私がもう一度貴方に会いに行くまで、何も話さないように。……どうか、待っていて下さい』
 きっとかつての僕――何も知らない、愚かなアレハンドロだったなら心躍ったはずの言葉に。
 もう彼女の心を奪おうとしても奪えない事を知っている僕は、何も感じない胸元に手を当て静かに一礼をするだけだった。

 帰る屋敷を失っていた僕が城の一室をあてがわれ、泥のように眠った翌朝。ついに彼女が部屋へと訪れてきた。
 付き添いの兵士を下がらせ、ドアを閉めたイサベル様は跪く私の前まで歩み寄ると顔を上げるように命じる。
 ゆっくり見上げれば、もう怯えの色などなく凛として立ち、決意さえ秘めているかのような強い瞳を持つ彼女が在った。
……国を上げて創り上げた船を奪い、キャバレロ卿らを殺害した逆賊サルバトーレ・グーリエ。その逆賊を討ち、私を護りきったアレハンドロ・ハビエル・キャバレロ・クルス。その功を持って、キャバレロ家の存続が認められました」
「! それは…………そんな、イサベル様、何故真実を……!」
「これが真実です。そう、私が決めました」
「決めた……?」
 困惑しイサベル様を見つめれば、彼女の眼が潤んでいる事に気づく。
「私は……アレハンドロ。貴方を許したわけではありません。むしろ憎みたい。サルバトーレが死んだのは、貴方のせいなのだと」
「それが事実です! 彼を殺したのは僕だ!」
「いいえ! ……私、なのです……
 イサベル様の言葉にはっとする。
 ――サルバトーレを貫く直前、僕と彼の間に彼女が割って入った。
 僕には、そんなの関係なかった。あの時の僕にはサルバトーレしか見えず、間に入ったのが誰であれ同じだったろう。
 憎しみと衝動のまま剣を突き出し……しかし僕が貫いたのは彼女ではなく、サルバトーレだけだった。
 サルバトーレは彼女を突き飛ばした。僕の凶剣から彼女を救う為に。
 ――ああ、サルバトーレ。君は、彼女を愛していたのか。
 でなければ、彼女を盾にして僕の攻撃をかわし僕を返り討ちにする事なんて、君には簡単にできたはずだ。
 また一つ僕の知らない君を、今更知る。……いつだって、僕は何もかも終わった後に気づく愚か者なんだな。
 枯れたはずの涙が瞳に滲む僕に、イサベル様は声を震わせ言う。
「サルバトーレが、何を思ってあの時に私を突き飛ばし貴方の剣から護ってくれたのかは分かりません。けれど……もしかすると、私への想いがわずかにあってくれたからこそかもしれない。その想いが、サルバトーレを殺したのなら、私の責で……
 イサベル様の頬を、ゆっくり涙が伝っていった。
……それがっ……嬉しいとも、思ってしまうっ! 私は……愚か者、罪人なのです……
「イサベル、様……
 サルバトーレに縋りつくイサベル様を見た時、僕は目の前が真っ暗になった。
 しかし今は……彼への想いを涙と共に溢す目の前の彼女を、美しいと。
 かつて恋い焦がれた時よりも一層強く感じ、愛しいと思う。
……イサベル様が、罪を背負う必要はありません。罪はこの私、アレハンドロ・ハビエル・キャバレロ・クルスが負うべきもの。僕から全てを奪ったサルバトーレを破ったのは私です。その罪まで奪われては、この先僕は何を糧に生きていけば良いのでしょうか?」
 生きる……
 自然と口にした言葉に驚いた。
 全てを奪われ失った。もう夢も愛も喜びもない。
 絶望と言う名の夜の海に漂い、ただ死を待つだけのはずだった僕の目は……夜空に輝く星を見つける。
 ――身を穢されてもなお夢を求め、愛を手にして僕から全てを奪った男は、僕の友で憧れだった。
 常に僕の先に行く彼を、それが当然だと思っていた。約束だったから。僕の前に立つ彼の背を見て、誇りにさえしていた。
 だが僕は……ようやく届いたんだ。獣のように食らいつき、剣と言う牙で貫いた。
 彼の命を、夢を奪った。……目の前に居る、愛だけは奪えなかったけれど。
 僕は彼に届いたと言う事実を奪われたくはなくて、彼女の彼への愛をなかった事にすらしたくないと。
 意味不明な思いが渦巻いているのは、絶望の果てに心と思考が壊れてしまったからかもしれない。
 ……けど、不思議と胸にすとんと落ちるから。
 星となった彼に、もうこの手は届かない。けれど、星は美しく輝いたまま、彼と言う存在は消えずに僕を照らし続けるのだ。
 僕は真っ暗な海にただ浮かんだままではなく……この身一つで泳ぎだそうと言う意欲が湧き出てくる。
 星が照らし教えてくれた、夢の先へと。
「アレハンドロ……。貴方に罪を譲ってしまったなら、私は何を糧に生きていくのでしょうか? ……あの時、私はサルバトーレを追って海に飛び込めなかった。連れて行ってと懇願しながら、共に行けなかった……。何も手に出来なかった私は、もうこれからは国の為にしか生きれない私は、これから何を……
「一国の姫が恋したのは!」
「!? ア、アレハンドロ……?」
 悲しい顔を見たくなくて、腕を大きく広げ声を張り上げる。
 異国へ嫁ぐ運命の姫。愛する人を失った悲愛の姫。
 僕が恋した姫に愛をいただく事も捧げる事も叶わない。
 ――ならば僕は、道化であろう。
 今度は誰かに翻弄されてではなく、自ら望んで。
「国を騙し船を建造させ、金、命、あらゆるものを略奪せし逆賊サルバトーレ・グーリエ! 復讐を果たし夢を叶える為ならば、多くの人の命を奪う事も厭わない大罪人! そんな男が、全てを手にしようとした男は! ……最期に護ったのです。愛する人を。貴女を。その真実を知るのは貴女だけ」
 かつてイサベル様にお土産話をしていた時のように、身振り手振りを加えて話していった。
「イサベル様。貴女はこれから先この国も、誰も彼も知らない真実と愛を胸に秘めたまま、僕以外の全ての人間を欺き生きていけるのです。国の為に生きているように見えて、国を騙す悪女。大罪人の愛する者としてふさわしい存在。……なんて。サルバトーレ・グーリエへの愛と、彼からの愛は、貴女を生かす理由にはなれませんか?」
 自然と口角が上がり、ふとどこからか懐かしい音色が響いてくる気がした。
 僕も彼女も忘れない、土産話を話す間に奏でられていた彼の弾く音色を。……忘れられるものか。
 なかった事になんて、したくない。貴女もそうではないのですか?
 僕の言葉に目を見開いたイサベル様は、口元を手で覆い身体を震わすと……ふふっ、と笑みを零してから僕を見て言った。
……! ……ふふっ。アレハンドロ。貴方がかつてのような笑みを浮かべるのを見ると、心が穏やかになります。あの日は獣のように、今はかつての……いいえ、過去よりも頼もしく安心できる笑みをたたえてくれている。きっと私の為に、懸命に……。貴方は本当に、変わりましたね。いいえ、変わらなければ、立ち上がれなかった。奪われたままだった……それは、私も今のままでは同じ。……動けず竦んだ身体を、覚悟のない己を何よりも憎んでいました。遅くなったけど、彼の後を追おうかとさえ思っていました。ですが……
 彼女は僕に問い掛ける。それはきっと、彼女自身の答えを見つける為に。
「アレハンドロ、何もかも奪われ絶望の淵に立ってさえなお、生きようとした者。貴方から全てを奪った男を討ち、貴方はこれから彼を討った事実を糧にすれば生きていけると?」
……正直、まだ分かりません。ですが彼を討っても、彼に届いた気はせず……それが僕は、悔しいのです」
「悔しい?」
 悔しいと言いながら、頬が緩む。かつてサルバトーレと軽口を叩きながら、彼を肘で小突いていた頃のように。
「だってそうじゃないですか。あいつ、結局企んでた事は全部成功させて、イサベル様の愛まで手に入れたんですよ? その上……ああ、うん。さっきは討ったと言いましたが、サルバトーレの事です。もうエルドラドへ、僕達が征きたいと願った場所へ辿り着いてるかもしれない。ずっとあらゆるものから耐え続け生きてきた、強い奴だから」
 冷静になってきたからこそ生まれた考えであり、ただの願望でもあるなと口にしながら思う。
 だけど……そうであってくれ友よ。僕と袂を分かつとも、誓いだけは忘れるな。
 僕の先に、君の姿はあるのだと――……
「サルバトーレが…………アレハンドロ、では貴方はこれから罪を背負ったなら、その夢の地に新たな船出を目指すのですか?」
……そう、ですね。まだ僕には目指す夢があるみたいです。もう少し、心身の整理は必要そうですが」
「そう…………貴方は罪を、私は愛を持って。誰のものでもない己だけの想いが胸にあれば、定められた人生を歩んでいても。心はいつだって風になれると言う事でしょうか……
「イサベル様?」
 イサベル様は目を瞑り自身の胸元を撫でると、目を開けて僕を見つめながら言った。
……何があっても生きて下さい、アレハンドロ。私の愛した人の命を奪った愛しき罪人。それが、貴方の贖罪です。貴方のこれからを私は見ています。たとえ、この国から出ても。私は忘れません。貴方の罪も、彼の愛も……。貴方の想いを無下にした、身勝手な姫の最後の勅命です」
……拝命いたします、我が姫」
 僕は再度膝をつき、頭を垂れる。
 目の前の姫は今何を想い、どこへ向かおうとしているのか。その胸中は分からない。
 それでも。彼女の言葉には強い決意のような何かとサルバトーレへの想い……そして、僕への優しさが感じられただなんて。
 浮かんできた楽観的で能天気な考えを、あいつが笑った気さえした。
 思考する中、イサベル様がドレスの裾を上げ踵を返す気配を感じ顔を上げる。
……話は以上です。そろそろ帰らないと。まだ、私にも成したい事があるみたいですから」
「はっ! イサベル様、この度の寛大な処遇、誠にありがとうございます」
 礼を伝える僕にイサベル様は顔だけ向けてにこりと微笑むと、部屋の入口まで歩き扉に手を掛けてからその動きを止めた。
「? イサベル様?」
……嫁いだ先で、やりたい事が出来ました。遠い未来、私が親になり、彼の悪行も名前も忘れ去られているだろう頃に。今度は私が、冒険譚を語る側になろうと思います。――ある国の姫が愛した、海の男“達”の冒険譚を……
「イサベル、様……!」
 ああ、僕と貴女はもうこんな風には会えないのだろう。
 彼女が最後に残した別れの挨拶は、僕に大きな悲しみと……サルバトーレとは違う形の僕への確かな親愛を、そして希望をもたらす。
 アレハンドロ・ハビエル・キャバレロ・クルスは、彼女の思い出に残り続けるのだ。
 全てを奪われたと思った。何もかも失ったと思った。
 だが……サルバトーレと同じく、今までの僕は無くならない。
 どうか、僕もまた彼と同じく、彼女の見上げる夜空の並ぶ星でありますよう。彼女の航海の先で、照らす存在であれるよう……
 目を潤ませて彼女を見つめる。
 イサベル様は裾を上げて礼をすると、ゆっくり部屋を後にした。
……さようなら、僕の太陽。お慕いしていました……
 身分差もわきまえない、愚かで無知な貴族の坊っちゃんの夢見た恋は。
 それでも確かに、僕に温かな想いと思い出をくれた。
 船の上で味わった失恋は絶望だった。
 けれど、今涙をぼろぼろと零し一人泣く僕には、あたたかな日が差し込んでくるような不思議な想いで胸が満ちている。
 夜空には星が。夜が明けた空には太陽が。僕を照らし存在し続けるのだ。
 僕が、生きる限り。
……征こう」
 どこに? どうやって? まだ何も分からない。
 だが何を成すにも、動かなければ始まらない。
 僕の先を常に歩んでいたあいつも、そうだったのだろう。
 父からの無体な行為に絶望し、それでも歩み続けたから望むものを奪い手に入れられた。
……やっぱり君は、僕の先に常に居るんだな」
 立ち上がり、身支度を整えて部屋の外へと出ていく。
 廊下を歩きながら思考を巡らせていけば、僕の“これから”に必要な事が次々に思い浮かんでいった。
 父と妹の墓に参りたい。僕にとって大切な家族と、改めて向き合いたい。
 家は焼いたが土地は残っている。イサベル様が残してくれたもの、恩赦を無駄にする訳にはいかないんだ。キャバレロ家を立て直す方策を整えないと。
 ああ、サルバトーレとの決闘の後、やいやい絡んできてたコロンブスにはお礼を言わないとな。
 あまり覚えてはいないけど、言い回しはともかく僕の命を二度も繋ぎ止めてくれた命綱、航海には必要そうだ。繋ぎ止めておきたい。
 パブロも一杯声を掛けてくれてたな。傷だらけだったろうに。お礼と……こんな僕に、また着いてきてくれるかとお願いしてみよう。
 ……ルイージは。サルバトーレの縁者である彼は、生き残ってるのだろうか。
 もし叶うならば話して、サルバトーレの事を知りたい。僕に見せなかった、本当の彼の事を……
「自分の意思で、考えで……一人で。前に進もうとするのはこんなにも大変なんだな、兄弟」
 苦笑して一旦立ち止まると眼帯を撫でた。
 奪われたものは、戻らない。それでも進んで掴み取る事をこの身に刻まれた。
 刻んだ彼はもう居ない。僕は彼にはなれない。僕は愚かで無知だった僕が嫌いだ。それでも、僕であろう。
 征こう。僕だけの旅路を、今度こそ。
 孤独であり、孤独ではない旅路。
 だって僕を照らす光は、消えないのだから。
 眼帯から手を離すと、僕は前を見据えて歩み始めた。
 
 まだ先の見えない、僕の未来――エルドラド――へと……