りあ
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ミモザの道標

アオイ視点、番外編の日の夜。
夜中に目が覚めてしまったアオイが、スグリと向き合う話。
スグアオWebオンリー用のメモ置き場です。

その夜、アオイは目を覚ました。

「う、ぅん……?」

ぼんやりとする目を擦りながら、おもむろに身体を起こし、辺りを見渡す。
しかし今だ微睡みの中にいるアオイの意識は、中々暗闇に慣れてはくれない。
ぎゅっと目を強く閉じて、瞼をぱちぱちさせてみると、少しずつ暗闇に慣れてきた。

辺りを見渡そうとする前に、右下からかすかにいびきが聞こえてきた。
音の方向を向くと、ゼイユがチャンネルを抱き抱えながら横になっているのが見えた。
口からは涎が垂れ、「……それあたしのよ……あげないわよぉ……」と寝言をむにゃむにゃ言っている。何かを取り合っているらしい。
夢の中でもゼイユはゼイユらしくて、アオイは思わずくすりと笑みをこぼした。

さらに周りを見渡してみる。
見慣れない天井、電源が切られたテレビ、どこか懐かしさを感じさせる年季の入った壁。身動ぎをすると手元には布の感触がした。

アオイはさらに足元を見渡す。
アオイの周囲には、ざっくばらんに置かれた敷布団の上でネモ、ペパー、ボタンが眠っていた。
ペパーは布団の上で腕枕をしながら、小さく丸まるように横になっている。ネモはきっちり布団をかけて上を向いているのに、ボタンはちょっと足が布団の端からはみ出ている。
この場は微かな寝息と、やけに大きく針時計の音が響くのみである。

そこでやっとアオイの意識がぱちっと繋がった。

あ、ここ、公民館か。

どうやらアオイもまた公民館で皆と同じように眠っていたようである。しかし眠るまでの記憶が途切れている。

……私、どうやって眠ったんだっけ?

昨日起きたことを反芻する。

昨日は確か、パルデアのみんなとキタカミの里に遊びに行ったらトラブルに巻き込まれて。
着いた時からゼイユがちょっと変で、里のみんなも、ペパーもボタンもネモも「キビキビー!」って、おんなじ動きをしながら迫ってくるもんだから大変だったなぁ。ネモは……ちょっと意識残ってたけど。
で、なんとかスグリと力を合わせて里のみんなを正気に戻して。

みんなが元に戻った後、せっかくだし公民館で一緒にテレビを観ようってなって。
何を観るか言い争ってたけど結局決まらなかったから、各々観たいものを交互に観てて。
そしたらいつも早寝早起きのネモが、だんだん眠たそうにしてきちゃったから、じゃあ布団の準備しよっか、夜更かししちゃおうってみんなで布団を準備してその辺りまでは覚えてる。
それでそれで

……そういえば、スグリは?」

視界の範囲にスグリだけがいない。
体を起こした正面、スグリの分であろう布団はぽっかり空いている。シワが少ない様子を見るに、そもそも使っていない感じがする。

みんなとテレビを観ていたことまでは覚えているのに、その先がはっきりしない。布団をかけられた記憶もない。

「もしかして、スグリがかけてくれたのかな」

みんなの分も布団をかけてくれたのかもしれない。ブルーベリー学園ではあれだけ尖っていたけれど、スグリはやっぱり優しい。

スグリ、どこに行ったんだろ。

もぞもぞも身動ぎをして足元から掛け布団を剥がす。身体が固まっているのを感じた。

……お水飲みたくなってきちゃった」

思考を巡らしているとだんだん意識もはっきりするもので、すっかり目が覚めてしまった。
どれだけ眠っていたのだろうかと、アオイは音を立てないようにこっそりスマホロトムを起動すると、日は回っているものの、意識があった時間からまだそこまで経っていない時刻を示していた。再びキョロキョロと見渡しても、寝息と時計の音だけが響くことを見るに、どうやら起きているのはアオイだけらしい。

体は水分を欲している。周囲は起きる気配がない。起こすのもなんだか気が引ける。
そして今はキタカミの夜中。

……水飲みついでに外の散歩、しちゃおうかな?」

夜中のキタカミの里の探検も楽しそうだ。
明かりが少ないキタカミの里の夜中はきっと綺麗な夜空に違いない。前に出会わなかったポケモンもいるかもしれない。
なんだか急にわくわくしてきた。

うぅん、と背伸びをして立ち上がる。
アオイはスマホロトムとひとつのモンスターボールを手に、みんなを起こさないようにそうっと立ち上がって、僅かに光の漏れるドアの方向へ向かった。



……わぁ!すごーい!星空、きれい!」

公民館の外はアオイの想像通り、いや想像以上の満天の星空が広がっていた。
里の皆が寝静まって明かりがより少ないからだろうか、いつもより星粒がはっきり見えた。風も少なく、見渡す限りきらきらとこぼれ落ちそうなほどの星が散らばっている。

「星空はナッペ山が一番だと思ってたけど、キタカミの里の夜空もきれいだなぁ」

空気をめいっぱい吸ってみる。緑に囲まれたキタカミの里の空気はいつもより爽やかで美味しく感じる。さっきよりも身体が軽くなったようだ。

耳をすませてみると、ホーホーの鳴き声が遠くから聞こえる。草むらでは虫ポケモンたちが合唱を奏でているのだろうか。

夜中のキタカミにはどんなポケモンがいるだろう?見たことないポケモンもいるかな?強いかも?
まあ、出くわしたとしてもコライドンがいるし大丈夫だよね。

当初の目的をすっかり忘れて足取り軽やかに進もうとした矢先、右手前から人の声が聞こえた。

アオイ?」
あ、スグリ!」

どこかから帰ってきたのか、そこにはスグリが立っていた。いつもより下の位置に髪をざっくりとひとまとめにしており、上半身にジャージは羽織っていない。ブルーベリー学園のタンクトップ1枚の薄着である。
柔らかな顔つきでアオイの下に近づく。

「アオイも起きたんだな」
「うん!キタカミを散歩したくなっちゃって」
「散歩?……身軽そうに見えっけど、なにも持たずに?」
「スマホロトムもコライドンもいるし大丈夫だよ?」

あっけらかんと答えるアオイに、スグリは目を見開いて、その後すぐにじとりと訝しげな目線を向けた。
がしっとアオイの肩をつかみ、緊迫感あふれる形相で迫る。

「大丈夫じゃねえべ。アオイが強いのは知ってっけど、夜中のキタカミは明かりもないし、土地勘ないんだから危ねえべ」
「ええー……怖くないよ?」
「怖いとかじゃない」
「 平気だって!」
「崖もあるし足場も悪いし」
「スマホロトムあるよ?」
「頼りきりなのが危ないって言ってんだべ!」

どちらも一向に引く気配がない。
睨み合いの攻防が続いた後、スグリははあ、と軽くため息をついた。再び心配そうに、しかしまっすぐアオイを見据える。

「俺はアオイになんかあるのが嫌なの」

……心配してくれてるのは嬉しいけど、ほんとに大丈夫なのに。

嬉しいからこそ、ここであっさり「じゃあやめる」と言うのも負けた気がしてなんだか違う気がする。
アオイはむす、と睨み返す。

……ゼイユになにも言わずに、昔から一人で山登って恐れ穴行ってたスグリに言われたくないなあ」
……う」

図星なようだ。勝利を確信してにこりと笑ったアオイに対し、困った顔になったスグリはお手上げ、といった感じでアオイの肩から手を離した。
アオイはしてやったり、と思った矢先、ハッと当初の目的を思い出した。

……って、あ!お水!」
「水?」
「喉乾いたから外に出てきたの、すっかり忘れてた」
「水なら……俺ので良ければ」
「飲む!」

はい、とスグリの黄色いポシェットからおいしい水のボトルが手渡された。
アオイはお礼を言い、キャップを開けてごくごくと欲すままに飲む。潤いが身体中に染み渡る。
思っていたより喉が乾いていたらしく、ぷはっと口を話した時にはボトルの水はほとんど無くなっていた。自分のHPが回復した代わりに、先程の興奮が少し落ち着いた気がする。

キャップを閉めていると、スグリにちょいちょいと手招きされた。

……アオイ、せっかくだしちょっと話さね?」
「いいよ!」

二人で公民館のベンチに並んで座る。
アオイは隣にいるスグリの顔を見るも、スグリの前髪で表情はよく見えない。

──テラパゴスと戦ったあの日から、ちゃんと二人きりで並んで話すのは久しぶりだな。あの後スグリ、キタカミに帰っちゃったもんね。
……なんだか、変な気持ちになってきた。

僅かな時間の沈黙もこそばゆくて、アオイは自分から話しかけることにした。

「スグリはどこ行ってたの?」
「んー……散歩」
「いっしょだね」
「ちょっと……昨日のことさ考えてたら寝れなくて」
「みーんなキビキビしてて大変だったもんねえ。結局テレビのチャンネル決めでもネモが『決まらないならバトルで決めよう!』ってずっとバトルに誘ってくるし!」
「にへへ。ネモはモチがあってもなくても変わんねえな。……まあ、昨日のこともそうだけど……もっと前のこととか、これからのことも」

スグリは言い含み、しばらく逡巡した後、ふっと視線を下げた。

「俺な、アオイに感謝してるんだ」
「私?……なにも感謝されることしてないよ?」
「アオイはそうかもしれねえけど、俺にとってはわやいっぱいあるべ」

自覚ないんだな、とスグリは苦笑する。

「林間学校で俺とペアさなってくれた時。俺がおにさま……オーガポンのことで嫌な態度取っても変わらず接してくれた時。俺が強さに執着しすぎてた時。昨日のことも、そう。ずっと俺は助けてもらってばっかりだ」

アオイは心底不思議、といわんばかりの顔になった。
助けた、という自覚がないからだ。

わたしはやりたいことをやってただけ。
それが知らずにスグリを傷つけていたのに?

友達として歪な関係にさせたのはわたしなのに。
スグリに嘘をついて、スグリの好きだったオーガポンを奪う形にしてしまったのはわたしなのに。
すれちがったのは会話が足りなかったせいなのに、ちゃんとスグリのことを見ないまま、ブルーベリー学園のチャンピオンバトルでも、オーガポンの時と同じようにバトルで解決しようとしてたのは、わたしなのに?

スグリの評価に心当たりなんてない。どこか別の完璧なヒーローの話を聞いているみたいだ。

アオイは少し眉を下げた。スグリにもらったボトルを握る手に少し力がこもる。

……そんなことないよ。テラパゴスとのバトルも、昨日のこともわたし一人の力だけじゃ無理だった。スグリがいなきゃきっと無理だったし……
「だとしても」

スグリが言葉を遮る。俯いていた視線がアオイを見据えた。

「アオイは俺に『スグリ、一緒に』って手を差し出してくれた」

夜風と水で少し冷えたアオイの手の上にスグリの手が重なる。スグリの手は暖かかった。

「俺はあの言葉に救われてる」

アオイは目を見開いた後、さらに困ったように眉を下げた。

スグリが褒めてくれるのは嬉しい。けれど、意識してやったわけではない。ただそうしなきゃ、そうしたい、と思ったからで。
自分で自分のことがよく分からなくなってくる。

わたしを見るスグリの目がどうしようもなくまっすぐで、嬉しくて、くすぐったくて。
今はほんの少しだけ、苦しい。

アオイはスグリの目から視線を逸らした。

……でも」
「でも?」
「スグリを苦しくさせたのはわたしだよ?わたしはわたしがやりたいことをしてたから……してたせいで、テラパゴスで危険に晒されるまでスグリの気持ちにちゃんと気づけてなかった。助けたとか、救われたとか……そう言われても分からないよ」

分からなさとその申し訳なさでしょんもりと縮こまる。しばらく沈黙が流れる。
その沈黙がいたたまれなくて、ちらりと目線だけスグリに戻すと、スグリは口に手を添えてくすくすと笑っていた。

!?……こちとら真面目なのに!

……なんで笑うの!?」
「アオイはアオイのことを信じてないんだなあ」
「え……?」
「アオイは助けたとか思ってなくても、それが俺を救ってたってことだべ」
……??まだよく分からない、かも」

スグリはゆっくりと一度瞬きをし、口に添えていた手を髪に添えて弄り始める。しばらくの逡巡の後、アオイに向けていた琥珀の瞳を上に向けた。

「そうだなぁ……アオイはな、星なんだ」
「星?」
「うん。それも、青い星。遠くて、眩しくて、キラキラしてて。俺が見たことなかった星」
「わたしが?」
「うん。……ミモザって知ってる?」
……花の名前?」
「そっちもあるけど、俺が言ってるのは星のほうだな。南十字座の、青くて明るい星」

俺はまだ見た事ないけど、とスグリは付け加える。
ミモザという星があるらしいことは分かったが、意図がまだ読めない。アオイは頭の上にさらにクエスチョンマークを浮かべてスグリの言葉を待つ。

「南十字座って、昔から道標に使われてたみたいなんだ。それ知って、アオイみたいだなって」

スグリは一泊置いた後、再び瞼を閉じる。静かにアオイを見据えるスグリは、アオイがいまだ見たことのない、決意と柔らかさを纏っていた。

「──アオイは、俺が俺だって信じさせてくれる道標なんだ」
……!」
「アオイは俺を苦しめたって言うけど、それは俺だってそうだべ。アオイがいなかったら、アオイが俺の学園まで来てくれなかったら、アオイが信じてくれなかったら、俺は今の俺じゃなかった」

スグリの言葉ひとつひとつがアオイにこだまする。鼓動が大きくひとつ、鳴った。

「俺はアオイがいるから変われた。前に進めた。だから、星なんだ」

スグリの琥珀の目に星空の粒が反射している。
目の前の少年は、知っているはずなのに知らない顔つきをしている。知らなくて、まぶしくて、熱かった。
じわりと身体の体温が上がるのを感じる。

息を呑むアオイをじっと見た後、スグリは目を細めた。

……分かんなくてもいいよ。アオイがアオイのこと信じなくても。……これまで足りなかった分、俺がアオイの全部を信じたい。──だから」

アオイの手に重なるスグリの手に僅かに力が入る。もう体温の違いはわからなくなっていた。

「アオイはずっとアオイのままでいて」

わたしは、わたしのままで。

きっと前ならスグリの思いに気づけなかった。今なら、分からないと思うことさえも、わたしのぜんぶをスグリが信じると言ってくれている。
それがどうしようもなく嬉しかった。

……ああ、そっか。

胸にすとんと落ちるものがあった。

わたしがわたしを信じられないと思うのも、自分が分からないと思うのも、スグリがいるからだ。
ポケモンバトルだけでは思いは伝わらないことを知った。これまでのやり方じゃダメだと教えてくれた。言葉が必要だと教えてくれた。
スグリはずっとわたしをまっすぐ見て、わたしのあり方を尋ねてくる。

……スグリも星みたい」
「へ?おれ?……にへ、そうなれたら、嬉しい」

わたしが星なら、スグリだって星だ。
そうなれたら、じゃない。スグリはもう、わたしの道標だ。
わたしのことを教えてくれる、私を見つけて着いてきてくれる、あったかい星。
わたしの横でいっしょに輝く一番星。

じわりと身体全体に熱が広がった。

わたしのぜんぶを、これからも信じてくれるなら。
わたしが分からないことで立ち止まっても、これからも横にいてくれるなら。
わたしもスグリみたいな、あったかい花みたいな、きらきら輝く星でいたい。

息をこぼすようにアオイは口を開く。

「──スグリ。わたしを……
「ん?」

アオイは続きを言いかけてやめておいた。

これを言うのは、今度にしよう。
まだわたしの中にしまっておこう。
言ってしまったら、きっとわたしはこの気持ちの名前に気づいてしまう。
スグリとはまだ、友達でいたい。まだこの時間を大事に抱えていたい。
だから。

何を言うのか不思議そうに目を瞬くスグリに対し、アオイはゆっくり口角を上げる。ベンチからぱっと立ち上がり、スグリを振り返った。

「なんでもない!早く戻ろう!」


──わたしを、ずっと君の道標ミモザ でいさせて。