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有栖川
2026-06-06 23:56:15
10651文字
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めんどくさくってかわいくってうんとあまえたがり-前日譚
「あ、ごめん。俺その日先約あるわ」
「は?」
口からクッソ間抜けな声がこぼれて落ちた。
「え? だからその日先約が
……
ロルフにレ○ランド連れてってもらえることになっててさぁ」
「ロルフ
……
?」
「何首傾げてんだよ、同じチームのDFでしょーが。とにかくそういわけだからごめんな、また今度行こうぜ」
自分でもなぜそんな声を出してしまったのかよくわからない。うららかな春の日の午後である。
青い監獄
ブルーロック
では散々ぱら罵り合い、ボコりボコられ、犬猿の仲の代表格として扱われてきた俺たちだが、因縁のU-20W杯を乗り越え、世一が渡独してきて以降は、いささか関係性が変わった。たぶん、一般的に、友人
……
と言える程度のものに。
経緯は一見複雑に見えるがシンプルだ。まず世一がチームに加わった段階で、ノアや世一から逃げないためバスタード・ミュンヘン残留を決めた俺はトップに昇格していた。そして、直前までリザーブに所属していた既知の相手という立場を見込まれ(或いは押しつけられ)、世一のトレーナー役として生活から練習までの補佐をするようクラブから言いつけられた。
断っても別によかった
——
とは思うのだが、あの外見に反しまくってイカれちらかした男の相手が俺以外に務まるとも思えなかったし、世一を観察し、喰らうという目的の上では、その立ち位置は非常に好都合だった。それに俺は監獄で貸与された例のイヤホンを買い取っている。世一にとって一番の心的ハードルであった〝言語〟の壁をすくなくとも現地人ひとり相手には取り払える
——
それらの条件が重なり、俺も世一も、クラブの正気とは思えない提案を受け入れることにしたのが一年ほどまえのことだ。
とにかくそのあいだ、俺は世一のお目付訳として十全な働きを見せ続けた。潔世一という男は、ピッチ上ではおぞましいほどの支配者の素養を見せるものの、私生活においては、赤ん坊に毛が生えた程度の安全性しか持たない、クソ超級に危なっかしい生き物だった。ちょっと目を離せば詐欺に引っかかりそうになり、押し売りに負けかけ、観光客狙いの物乞いに長期間たかれるカモとしてタゲられる。道に迷ってヤクの売人しかいないエリアに足を突っ込む。身代金目当ての誘拐犯に捕まりかける。ペドのクソ野郎に目をつけられて身売りさせられかける。まさしく、命がいくつあっても足りない甘ちゃんベイビーだ。危機意識が低すぎるし、そもそも言葉が上手く通じないので逃走以外に相手をかわすコマンドがない。
コイツを野放しにしていてはいけない。
俺はすぐにそう考えを決めたし、世一の側も、流石にバカではないので、ソロ行動は慎んだ方がいいなとそれなりの速度で学習したようだった。気付けば世一は何かと俺を頼るようになり、俺が捕まらないときは、次善策としてネスに声をかけるようになった。それからごくたまにノア。言葉が多少使えるようになってからはその他チームメイトどもも
——
とはいえ基本的には俺が捕まるので、必然的に世一は俺と過ごす時間が増えた。週末はたいていの場合どちらかの家で過ごし、ときどき世一に請われて車を出し、観光や買い物に出掛けた。
ノイシュバンシュタイン城なんて世一に頼まれなければ生涯行くことはなかっただろう。レジデンツも。シュタルンベルク湖でピクニックがしたいと言われたときには溺死したいのかと思わず軽口が突いて出た。世一はルートヴィヒ二世の逸話を知らなかったのだ。だが結局湖には行ったしサイクリングもした。帰りに、ヴィクトアリエンマルクトへ寄った。世一がわざわざ行列に加わって買ったスープは美味かった。
春も、夏も、秋も、冬も、何かあれば出掛けて、何も無ければトレーニングに精を出したり菓子を作ったりした。そうしてクリスマスマーケットに行きたいからお願いとねだれらる頃になると、流石の俺も考えをあらため始める。これは
……
もしやトレーナーとトレーニーというより、友人関係ってヤツなのではないだろうか、と。
『俺はとっくにそのつもりだったけど
……
逆に今までなんだと思ってたの?』
訊ねると世一は首を傾げ、そう訊き返してきた。
『友人なんてものは今までいたためしがなかったから
……
』
『おっまえなぁ! よし今からネスに謝りに行くぞ、俺もついてってやるから!』
それに対してこう答えると、ヤツは白目を剥き、絶叫し、俺の腕を引っ掴むと無理矢理引き摺って行って、ネスの住むアパートのドアを叩いた。
とにかくその日を境に、不承不承ながら、俺たちは自他共に認める友人関係というものになった。周囲の連中もそのように承知していたと思う。世一が飲み会に出たいと抜かして着いていくと、必ず隣の席をあけられるようになったから。酔い潰れた世一の介抱もぜんぶ俺に回されたのは手間を省かれてるだけだろうと思ったが、この場合悪いのは潰れるまであおった世一だし、そのことに関して説教をしなければいけないので、若輩者として、タクシーに詰め込んで持って帰るぐらいの役割は拝命することにした。幸いのこと、自宅へ入り浸られるうちに、世一の寝床に出来るソファも搬入し終わっていたし。
そんなこんなの日々を過ごして一年。さすがに世一もイヤホンに頼らず意思疎通が出来るようになりはじめ、人に好かれる気質のある男だから友人知人も相応に増えてきてはいたが、相変わらず週末の予定は殆ど俺に費やしていた、そんな時分のことである。いつも通り世一に声を掛け、今週末はオリンピアパークにでも行かないか、去年は忘れていたがあそこでは桜が見られるらしいぞ、と声を掛けたところ断られた。これが全てのことのあらましだ。
「あ、でも今度つっても、桜はすぐ散っちゃうからなぁ。近いうちがいいよな? 来週末だと遅いかもだし、来週水曜の午後に行かない? ほら確かこの日はさ、練習が午前しかないじゃん」
「あ
……
あぁ
……
」
「じゃー、それで決まり。楽しみにしてる! 誘ってくれてありがと!」
呆然と立ち尽くす俺にまったく構った様子もなく、ヤツは勝手に人のスケジュールを決めつけると、ヒラヒラと手を振ってそのまま消えて行く。なんなんだアイツは。日本語で言うところの春嵐、というやつか。ともかく最悪の気分だ。だがその理由が分からない。世一に断られたからなんだっていうんだ?
(べつに、水曜になれば、行けるんだ。桜が散る前に世一のアホヅラも見られる。だというのになんだ? この胸のムカつきは
……
)
深々と溜息を吐き、かぶりを振った。とにかく、しばらくの間、世一の顔を見たくはないなとそう思う。
律儀な男だから、べつに十日ぐらい顔を合わせなくたって予定をキャンセルされることはないだろう。
だったらこのモヤモヤした何かが唸り声をあげなくなるまでは、ひとりでいたほうがきっとせいせいする。
(それにひとりは得意だ。その方が慣れてる。ひとりきりの週末の過ごし方も、何もかも、誰よりよく知ってる。静かに本を読んでトレーニングでもしていればあっという間に過ぎる)
俯きかけていた頭をふたたび持ち上げる頃には、世一の背中はもうどこにもなく、クラブハウスの廊下には静寂が戻っていた。そのときふと気がついたのだが、こんなに静かな空間に立ち尽くすのは、かなり久しぶりのことだった。
だいたい
——
一年ぶりぐらいだ。
◇ ◇ ◇
最近カイザーが変だ。
いや、ミヒャエル・カイザーっていう男は、初対面の時からめちゃくちゃ変ではあったけど。そーゆー、イキってて変とか、格好付けてて変みたいなのとは、別種の異常だと思う。たぶん。恐らく。感覚的に。
「
——
って感じで、露骨に距離置かれてるんですよ。こんな調子で来週水曜の花見行けんのかな〜、急にドタキャンされたりしないかなぁ。俺普通に花見自体は楽しみにしてるからフケられたらブチ切れそうなんだけど」
「ハハ、そうなったら他のチームメイトを誘いなよ。僕は家族の用事があるけど、イサギと遊びに行きたいヤツなんてクラブハウスじゅうにいくらでもいる」
「そうですかね?」
「そうとも。特に若い連中はね、うちの子みたいに興味津々だよ。君ってば
青い監獄
ブルーロック
のスターなんだから」
「そうですかね〜?」
土曜日、ロルフが運転してくれるボックスカーの後部座席にもたれながら、俺はしょうもない話を舌の上で転がしていた。助手席にはロルフの奥さんがいて、後部座席では俺を挟んでふたりの男の子がはしゃいでいる。もちろんロルフの息子さんたちだ。
「まぁでも、その心配はきっと杞憂に終わるんじゃないかな。彼は一時的にへそを曲げているだけさ。気にすることじゃない。じきに時間が解決してくれるよ」
「えぇ
……
? あいつそんなにレ○ランド行きたかったのかなぁ? 言っちゃなんですけど、ブロックとか遊園地とか死ぬほど興味ないタイプの人間ですよ、ミヒャエル・カイザーって。好きなのは哲学書と小難しい映画と、他人を見下すコトと、あとパンの耳で作ったラスク」
「カイザーせんしゅってそーゆー感じなの?」
「ぼくもラスクすき〜!」
「かなりそーゆー感じだよ。俺もラスクは好き。でも、コーヒーの入れ方がイマイチだとネチネチ言ってくるトコは嫌い。おかげで俺はすっかりコーヒー入れの達人」
「あらまぁ。ならカイザー選手を招いたら、うちのロルフもコーヒーが上手になるかしら?」
「絶対なります! その代わり三ヶ月みっちり口出しされますけど!」
助手席の奥さんに飛ばされたジョークに胸を張って答えると、車内にワハハと明るい笑い声が響きわたる。今日の目的地までは車で一時間とすこしかかるという話だったけど、最近どう? と聞かれてからマシンガントークでカイザーの悪口を言っているあいだにあっという間に駐車場まで着いてしまった。でもそれも仕方ないかなって思う。
だってこの一週間のカイザーときたらマジでひどい。
この一年世話になりまくりで、ただいがみ合ってただけの仲からフツーに友人同士という間柄になって、多少なりともアイツの素の人格? みたいなのが理解ってきた今だからこそ、マジで変なもんでも食ったんじゃないかなと疑っている。
朝、練習場ですれ違って挨拶しても無視されるし、昼、食堂で隣の席に座ろうとすると突然ガタンと無言で立たれて置いて行かれる。帰り一緒にスーパー行こうと声を掛ける前に逃亡されている。この前までは自分から声かけて車乗せてくれたくせになんで!? なんか
……
突然彼女とか出来て時間が取れなくなった!? それならそれでちゃんと教えてくれよ、まぁあの人格じゃ俺とネス以外の人間は三日と保たない気がするけど
……
。
(いやそれで言うと俺もよく一年保ったなって感じではあるけど。俺じゃなくて向こうが。ネスは弁えててスーって後ろに下がるタイプだからまぁわかるけど、基本俺おんぶだっこで頼りっぱなしだったもんなぁ)
溜息を吐き、この一年あまりの出来事を回顧した。コッチに渡ってきて一ヶ月は、自分で言うのもなんだけどまぁ酷かった。警察沙汰一歩手前みたいなのが星の数ほどあって、毎回なんとかカイザーが助けてくれなければ、俺の臓器は世界中に散らばっていたのではないかと今だからそう思う。
(でも意外と気は合うんだよな、俺たち。アイツ死ぬほど口さがないけど今更そんなん気にする仲でもないし。好きなことはバラバラだけど、嫌なこととか、大事にしたいラインみたいなの、結構近い気がする。朝ご飯はちゃんと食べたいし、夜はどっちかというと静かな方がいい。サッカーで気にするポイントもおんなじ)
出逢いは最低だったけど、友達になれたのは素直に嬉しい。それが俺にとってのミヒャエル・カイザー。
……
けど、だからこそ、今回のアイツの突然の態度は不審だしなんか嫌だった。最初はなんか俺しちゃったかな? 謝った方がいいのかな? とかも、考えたりもしたんだけど。すくなくとも俺の考えでは、不義理や無体は働いてないはずだ。じゃあなんかドイツでのマナーにもとっちゃったのかな? と思ってネスにも訊いてみたけど、「あ〜
…………
まぁ、今回ばかりは、世一のせいじゃないですよ。でもこれ以上はちょっと僕の口からは
……
」とか曖昧に口を濁されてそれっきりだ。
なにそれ? 俺なんも悪くないのにアイツへそ曲げてんの? ワケわかんねーんだけど。
そうなった時点で、俺はいったん考えることを止めて今日のレ○ランドに意識を全振りすることにした。最早嫌がらせレベルで無視してくるクソ野郎に割く時間など俺にはない。せっかくの機会なんだから楽しまないと!
そう。俺は、ずっと、レ○ランドに行ってみたかった。
遊園地が普通に好きだから。でもカイザーは興味ないやつっぽいなと一年友達やって思ったし、ワンチャン狙ってそれとなく切り出したネスには「なんで世一と二人で行かないといけないんですか?」とバッサリ斬られたし、一緒に行ってくれるような彼女なんて当然いないし、ソロで行くほどの勇気は無いし。そんな俺にとって、今日のこのご相伴は千載一遇のチャンスだった。子供の相手が出来るかどうかは不安だけど、俺のファンだって言われたらまぁ悪い気もしない。
(よし。張り切ってお兄さんしながら満喫するぞ
……
!)
ロルフが停めてくれた車から子供たちと一緒に降り、電子チケットを分配してもらって、ゲートをくぐる。開園時間からすこし経っているからか、入場待機列も解消されていてすぐに中へ入れた。
えーと、じゃあ、とりあえず子供たちが乗りたがってるコースターの方面へ歩いていくか。
そう思って、少し離れた先頭を歩いているロルフの元へパタパタと駆け寄って行く
——
。
「おい」
と、そのとき、何か強い力が、俺の腕を引き留めた。
「はぇ?」
突然のことにビックリして重心がズレ、足元がもつれる。「イサギ!?」ビックリした様子でロルフが振り返り、それから、さらに狐に摘ままれたような顔になって完全にフリーズした。こんがらがった俺の身体は頭から後ろに倒れ込んでいき、けれど何かが起こるより前に、がっしりとした何かに支えられて事なきを得る。
「ちょっ、誰だよいきなり
——
カイザー!?」
で、不届き者に食ってかかってやろうと思って振り返った俺も、視界に入り込んできたマジで有り得ない相貌に、あんぐりと大口をあけたまま固まってしまった。
「え? ホンモノ?
……
そっくりさんじゃなくて?」
おっかなびっくり口を動かしてみるものの、キョドり声しか出てこない。俺をもつれさせてから抱え込んで支えるという、脅威のマッチポンプ行為を働いてきた輩は、ご立派なタッパを全身真っ黒なジャージとキャップで包み、グラサンまで掛けて、お手本のような不審者ルック男だった。しかしそれらの隙間から隠し切れなかった青薔薇のタトゥーが覗いており、ついでに言うと、特徴的な青のグラデーションで染めあげられた金髪もキャップからはみ出している。けどそこまでなら熱心なファンボーイのセンもある
——
そう警戒心を露わにした俺に、妙に馴染みのあるアンニュイな吐息を漏らして不審者がくちびるを開く。
「俺の偽物がいたとしてここまで仕上げてくるヤツはそういないだろうな。それともなんだ? 世一くんはオトモダチとコスプレ芸人の見分けもつかないほど薄情なのか?」
本物だった。
間違いなくガチのマジのミヒャエル・カイザーだ。声真似で寄せたとしてもこの最悪の煽り癖まではコピれない。けどそうすると、かえって新たな疑問も生まれてきてしまう。
いや、だってさ、その
……
。
「なんでいんのお前
……
?」
ミュンヘンから車で一時間離れてるんだよ、ここ。
しかも入園料払わないと中に入れない敷地内だ。なんとなくたまたまで遭遇していい場所じゃないだろ、まっじでワケわかんねぇんだけど
……
。
「
…………
。世一が、俺の誘いを蹴ってまで何をしに行くのかと思ったら、ムカつきすぎて気がついたら張り込んでた」
と思っていたらヤツはぶすくれたように唇を尖らせ、ふいと視線を逸らしながらそれきりをぼやいた。
聞き分けのない子供が、母親に言い訳をするときみたいな声だなと、
——
そう思った。友達になってから一年、出逢ってから数年のあいだ一度も聴いたことのない温度のものだなとも。
「えっと
……
その言い方だとその、なんか、誤解されてるような気がするんだけど
……
」
とりあえずいつまでも道のど真ん中で目立つことしてるワケにいかないので、ズリズリと引っ張って脇道に逸れる。既に幾らかの好奇の視線がきている気がするが無視して木陰に隠れると、事のなりゆきを見守っていたロルフが、お子さんと奥さんを連れてこちらに駆け寄って来た。
カイザーの視線がロルフへ向く。
人とか、視線だけで殺しそうな睨み方である。
「あー
……
その、カイザー」
俺が唖然としたまま固まっていると、ロルフはわずかに視線を逡巡させてから咳払いをし、我らがバスタード・ミュンヘントップチームの若きエースに声を掛ける。
「子供たちが怯えてしまうからあまり怖い顔はしないでもらえると助かる。ところで何か誤解が生まれているらしいとのことだから申し開きをするんだが、実はこれでも僕は子煩悩な二児のパパとしてチームで通っていてね」
君が他人に興味がないのは承知の上ではあるけども。ロルフが言う。とにかくうちの兄弟は熱心なブルーロックTV視聴者で、イサギの大ファンなんだ。
「つまりこれは、いわゆる〝ちょうどよかった〟ってやつでしかないんだよ。イサギは遊園地に行きたかったし、息子たちはイサギが一緒に遊んでくれるなんてマジで最高だと前のめりになった。だから家族サービスについてきてもらった
——
それだけだよ」
どうかな。これで、疑いは晴れた? 短い釈明を終え、ロルフがそう尋ねた。
「はぁ
……
」
カイザーは首を振り、それから、俺の身体を押さえる手にますます力を込めた。
え? 何? ますます誤解が深まったってコト? そう疑っていると、見上げた先でカイザーがものすごい困ったように眉をしかめ、辿々しく舌の根をもつれさせる。
「それは
……
まぁ、見れば理解出来る。嘘だとは思わない。だが」
「だが?」
「
……
それを聞かされていても、やはり俺は、このモヤモヤした気持ちを避けられなかったのではないかと、そう思う
……
」
自分でもまだわからないんだ、このもだもだした感情が、そのせいで気がついたら朝っぱらから高速飛ばしてこんなトコまできちまった、と、それからカイザーの言葉は続いた。
「自分のことが理解出来ないし制御出来ない。世一に何か不義理を働かれたワケじゃない。俺には世一の予定に口出しをする権利もない。
……
なのに誘いを断られてまだモヤついててクソ不快だ。
……
なんで俺はわざわざ入園料払って朝から待ち伏せしてたんだ?」
「そんなコト訊かれても
……
」
言いかけた口を噤む。もう一度、カイザーの目を見上げる。「
——
あ、」途端、俺はハッとして息を呑んだ。
カイザーの目は、さみしそうな色をしていた。
嫉妬に狂ってるとかそういうんじゃなくって、当たり前にそこにあると思っていたモノが目を醒ましたらこつぜんと消えてしまっていて、行き場のない悲しみを持て余している子供のようだと思った。
サンタさんからのプレゼントがはじめてもらえなくなった、中学生のクリスマス当日の朝みたいな。
「なぁ、お前が引っかかってんのって、もしかしてなんだけどさ」
なので俺は、おそるおそるこう尋ねてみる。
「俺がロルフと出掛けたことそのものよりも、〝先約がある〟って断られた事実そのものに対してだったりしない
……
?」
「あ?」
「つまりさ。
……
お前、拗ねてんの?」
「
——
はァ!?」
その時お前が見せたツラの間抜けぶりと言ったら!
考えても考えてもわかんなかった問題に、思いもよらぬ方向から信じがたい感じの回答を与えられて、でもそれがなんでだかしっくりきちゃって、びっくりしてんのに無かったことにもできない
……
そんな表情だ。
なぁ、鏡で見せてやりたいよコレ。お前カワイイとこあんじゃん。
素直にそう思った。そりゃあもう待ち受けにしてやりたいぐらいのいい顔してんだもんコイツ! 言わないけど。これ以上この場を拗れさせたくないしね。
「なっ、俺はべつに、そんなんじゃ、」
「いや、いいと思うよ、ぜんぜん。これでなんか、勝手に空想膨らませまくってもつれてました〜とかなら、えぇ怖距離置こうかなって思ったかもしれないけど。でもそんなピュアな反応されるとなんか
……
ふは、クッソ面白くて
……
」
「何を面白がって
——
」
「うん。じゃあそんな超面白い
親友
・・
に一個提案」
ただ、ひとつ言えるとしたら、そんなツラが見られるなら悪くないかなと思わされてしまったのだ。
そして、それまで俺たちが積み上げてきたものが
——
俺にとって、想像以上に心地よくて替えの効かないモノになってたんだなぁってことも、思い知らされた。まったくミヒャエル・カイザーっていうのはマジでマジでマジでさぁ、
——
ずるい男だよな。
「俺もね、未来永劫、予定について誰かに口出しされるつもりはないんだけど
——
」
姿勢を正し、カイザーに向き合う。サングラスを勝手に外して露わになった目と目を合わせると深呼吸をした。カイザーが息を呑む。それが俺の次の言葉を待っている時の仕草であるということを、俺はもう知っている。
俺たちはいつの間にかそういう距離感になった。
思っていたよりずっと近くて、だけど不快じゃない〝隣〟。全然興味ないけど相手は好きらしいという映画を一緒に見てしょーもない討論会を開いたり、三ヶ月みっちりコーヒーの指導をされたり、全然作ったこともないお菓子を一緒に作ってみたり、日用品の買い出しをするのになんとなくまとめて買ってみたり、週末の時間をだいたいお互いに費やしちゃったりするような、そういう関係。
これはそう、その名前を、ほんのすこし変えるだけの話。
「
——
それはそれとして、予定を共有しあうような仲にはなってみない? 俺と付き合ってよ、カイザー」
そーしたら誰よりいちばん最初に予定を伝えるし、できるだけ融通効かせるし、なんでもないことでもいちおう一回はお前を誘ってみるよ。
そう上目遣いで訊ねてみると、カイザーはまず固まって、それから、遅まきながら己のやらかしたコトの意味を理解したらしく顔を赤くして目を見開いた。猫みたいに瞳孔が縦に開く。コイツがこんなツラするの試合中以外ではじめて見た。なるほど俺はまだ、この男の平常心を奪って不自由を押しつけ、めちゃくちゃにする力を隠し持っていたらしい。
そんなの気持ち良すぎるだろ、もぉ!
「は、おま、イカれてる
……
」
挙げ句の果てに絞り出された答えがこれなんだから、もう結果は決まったみたいなものだ。
「だって俺でいっぱいになってるカイザーってすげぇイイなって、気付いちゃったんだもん。しかも自覚すらないまま? 最高すぎんだろお前」
「ふざけんなよ世一ぃ〜
……
?」
「そんで答えは?」
「
………………
。付き合っていただけませんかだろーがクソガキが」
「大して変わんないだろ!」
ロルフから見たら俺もお前も全然クソガキじゃんと口を窄めると、カイザーは舌打ちをして俺の腕を引いた。それをパッと解いて自分から指先を沿わせると、ちょっとためらってから握り返してくれる。
了承のサイン。わかりにくいけど、ってか俺以外は誰もわかんないだろって感じだけど、
——
でも俺だけは理解できるのでオーケーだ。
「あのさ、ロルフ!」
俺はご機嫌になって浮かれそうになる足元をなんとか抑え、カイザーに目配せをしてから、突然のアクシデントを根気よく見守ってくれていた一家に向き直った。そして家長にぺこりと頭を下げると、こう打診する。
「ごめん、二時間だけ、別行動させてもらっていい? そんでお昼からコイツと一緒に戻ってきてもいいかな!」
「もちろん。イサギだけじゃなくてカイザーも一緒に遊んでくれるなんて、息子たちにとって最高の一日になること間違いなしだ」
「は? おい世一何を勝手に決めて、」
「じゃあ決まりな!」
ふたつ返事でもらった許可に手を振り、友達じゃなくなったばっかりの男の手を引いた。スキップの代わりに駆け出すと、カイザーは半ギレになりつつも俺についてきてくれる。そーゆートコ嫌いじゃないよ、一年ぐらい前からさ。そう教えてやったらコイツどんな顔するかな、早く教えてあげたいなぁ。
「早く行こうぜ、恋人とふたりっきりだぞ!」
でも今はそんなことより、とにかくカイザーをアトラクションに乗せまくらないと。
だって待ち伏せのためだけに入園料払うなんて勿体ないじゃん?
——
とにかく。
そういうわけで、俺とカイザーはその日から恋人同士になった。
なので自動的に俺たちの初デートはレ○ランドだし、二回目のデートはオリンピアパークでのお花見だ。ついでに言うと三回目のデートは国立歌劇場で、その帰り、カイザーの家に泊まって、お互い色んなはじめてを晒し合った末、一緒に住もうってことになり、今は同棲の準備をしている真っ最中。
なお後日諸々の経緯をネスに報告したら「やっとですか
……
」って遠い目をされたんだけど、アレはいったいなんだったんだろう。
俺もカイザーも全然分からないので互いに目を合わせあっていると、なんか、追い溜息を浴びせかけられてスタコラ退散されちゃったんだけど。しかもそのあと折を見て訊ねても黙秘権の一点張りで、ぜんぜんらちがあかない。
なので何が〝やっと〟なのかについてだけは、今もって俺にもカイザーにも不明のままだったりするんだけど、まぁいいか、と流すことにした。そんな、うららかな春の午後の話である。
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