夜明 奈央
2026-06-07 21:00:00
2837文字
Public 中太SS
 

#期間限定中太ドロライ企画「盗み見る」

どちゃくそに嫉妬してた昔とちょっと余裕ができた今のナカハラさん
2026年6月7日初出

「織田作じゃないか! どうしたんだい、こんなところに?」
 ポートマフィアの本部ビル内、廊下を歩いていると、隣の太宰がぱっと明るい声を出した。釣られて顔を上げると、太宰の視線の先には織田作之助。最近太宰の紹介でポートマフィアに加わったばかりの下級構成員だ。
 俺たちは移動の時間さえ惜しんで次の仕事の話をしていたはずだったが、太宰は即座にそれを投げやって一目散に織田の方に駆け寄っていく。まるで飼い主が現れた犬のようだ。間違いなく千切れんばかりに尻尾を振っている。
「ああ、ちょっとばかり探し物をしていてな。知らないか? 家族写真なんだが、赤いワンピースを着た5歳の女の子とその両親が写っているらしい」
「らしい、って、織田作の家族じゃないよね?」
「もちろんだ。いつも下の売店に納品に来ている卸売業者なんだが、本部ビルのどこかで落としたかもしれないと」
……だったら、トラックから売店までの道中を探した方がいいんじゃないかな? そこのトイレを使ったっていうなら話は別だけど」
「それもそうだな」
 ここは太宰の執務室に向かう廊下で、やってくるのは太宰に用がある者だけだ。もしこの廊下に落としたとしたら、その卸売業者が何某かの悪巧みで侵入したか、1階から9階までのトイレが使用できず、この先のトイレを利用したかの2択だ。
 織田はぼんやりとした感情の読めない表情で、それに見合った冴えない返事だ。はっきりと言おう。俺はこの男が嫌いだ。いつも表情ひとつ変えずにのらりくらりとしているくせに、上司にあたる俺のことを子供みたいに舐めくさっている。実際に織田の方が戦闘経験は豊富で、どんな手段を使っているのかどれだけ不意をついても未だ拳ひとつ当てられないのが余計に腹立たしい。しかもそれだけの腕前にも関わらず、「人を殺さない」というマフィアを莫迦にしたような信条で出世を棒に振っている。何故こんな男に太宰が興味を示しているのか理解に苦しむ。
「おい、この仕事急ぐんじゃなかったのかよ」
 今にも織田と写真探しに繰り出しそうな太宰に苦言を呈する。すると、太宰はこちらをちらりと確認して嫌そうに顔を顰めた。そしてわざとらしく大きなため息を吐く。
「ったく、相変わらず身長と同じで器が小さいね。ちょっと世間話をするくらいの余裕はあるだろう」
「あ? 手前はともかく俺も仕事があんだよ」
「はいはい、わかったよ。悪いね織田作、私はそろそろ行かなきゃ。本当に写真が本部内に落ちていたとしたらとっくに処分されてるだろうから、トラックやその日着てた服になければ諦めた方がいいんじゃないかな」
「そうだな、ひと通り探し終わったところだし、業者には悪いがそう伝えることにする」
 太宰は織田に手を振るとくるりと背を向け、廊下をさっさと歩いていく。追いかけて隣に並ぶと、太宰がぼそりと呟いた。
「男の嫉妬はかっこ悪いよ」
「誰があんな奴に妬くかよ」
「じゃあいちいち突っかかるのやめてくれない? 迷惑だよ」
「あれは手前が仕事放ったらかしてくっちゃべってるからだろ」
「はいはい、そういうことにしといてあげる」
 織田に会って楽しそうにしていたはずが、急に機嫌が悪くなった。程なくして仕事の話に戻ったが、会話はギスギスしている。俺は間違ったことは何ひとつ言っていない。悪いのは太宰で、それなのにこうやって当たり散らすなんて、どちらに問題があるかは誰にだってわかるだろう。俺は悪くない。

◇ ◇ ◇

 あの頃は「悪くない」と本気で信じていた。が、今ならわかる。あれは太宰の言った通り醜い嫉妬だった。「悪かった」とまでは言わないが、もう少しやりようがあったとは思う。
 織田に明らかな嫌悪感を募らせる俺に辟易したのか、太宰はあれから徐々に俺を避けるようになった。結果、行方を晦ませる前の最後の連絡はただの業務報告で、顔を合わせたのはひと月以上前だ。それでも去り際に爆弾を仕掛けにきたというのだから、律儀というかなんというか。
 織田に尻尾を振るように懐く姿が腹立たしかった。俺より織田を優先するのが気に入らなかった。俺が“気に入らない”のだと気づいていて無視するのがムカついた。言葉にすれば全部俺の我儘だ。それでも俺はどうにかしたかった。他に上手い方法があったかはわからないが、それでも“嫉妬”だと認めさえすればもっとマシな結果になっていただろう。
 探偵社から少し離れた場所に車を駐め、太宰の退勤を待つ。やがて現れたお目当ての男は、同僚たちと寮への道を歩いている。誰かが冗談でも言ったのか、一同に笑いの波が広がる。
 あいつはやりたいことを見つけたようだった。それが何かは聞いていないが、叶える先は武装探偵社だ。なんとなく想像はつく。ほとんど罠に嵌めたようにして俺を引き込んだポートマフィアが太宰のやりたいことではなかったのは、ちょっとばかり悔しい。隣にいるのが俺じゃないってことも。けれど元々俺とあいつは合わないことばかりで、よくよく考えればそんな俺たちが同じ組織にいるというのもおかしな話だ。
 俺は今でも太宰の才能はポートマフィアでこそ活きると信じているが、それと同じくらい、あいつならどこでもやっていけるとも知っている。だから少なくとも今は、あいつがやりたいことを尊重してやりたい。
 そう思えるのは、4年も行方知れずになっていたからか、俺が大人になったからか。昔はあのふざけた笑顔を向けられる限られた人間の1人であることに優越感があった。それが今は、ああやって垂れ流しにされている方が気分がいい。
 眺めていると、太宰が一団から離れて横道に入った。それから真っ直ぐに俺が待つ車へと向かってくる。近づくのに合わせてエンジンを始動する。しばらくすると、太宰は迷いなく助手席の扉を開けた。
「監視なんて趣味が悪いね」
「そう言いつつ乗り込む手前も大概だろ」
「連絡くらい寄越せば? 私が気づかなかったらどうするつもりだったのさ」
「気づいてただろ、社にいる時から」
「無視して通り過ぎればよかった」
「そしたら寮まで追っかけてくだけだな。そっちの方がお好みなら俺はそれでもいいけど」
 軽口を叩き合いながら車を発進する。あれこれ文句を垂れたところで、どうせただのポーズだということはお互いにわかっている。
「飯、なに食いたい?」
「蟹炒飯とローストビーフと刺身」
……ファミレスか?」
「そんなわけないでしょ」
「じゃあ惣菜?」
「君の手作りで手を打とう」
「今からローストビーフは無理だろ」
 太宰のこれは俺を困らせるための我儘。所謂言ってみただけという奴だ。どうせ俺が本気にするわけないとわかっている。けれどこの程度の我儘なら、叶えてやってもいいかなと思う。何せ今は俺の最大の我儘が叶っているので。
 これが本当の理由じゃないかとは思っているが、認めるのはもう少し先にさせてほしい。


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