彌夜
2026-06-06 11:56:38
6004文字
Public 景丹
 

新刊ぼつ。

閲覧ありがとうございます。
景元×丹恒の新刊予定になるはず…だった没部分です。供養で掲載。多忙で締切とデッドレース中です間に合うと…いいな。
注意としては右側のにょた化、R18匂わせ、暴力沙汰、息をするような原作に含まれない妄想などです。地雷がある方は自衛お願いします。
この部分ではうっかり🦁さんが🍁の胸を揉んだり(事故)、驍衛くんが巻き込まれ事故、当の🍁は諦めモードで、代わりに策士長が大忙しになる予感。


余談ですが他シーンで「脱がしてるのよ」の台詞がとても似合う星ちゃんや、🦁へ牛乳をおごってやろうかとお節介して嫌がられる悪友な⚔️ちゃん、スピンコックで給弾する策士長とか、🦁🍁を取り巻く人達もいっぱい書きたい。

ぴちゃん、ぴちゃん。

………

雫が澄んだ水面を穿つ。同時に勢い良く飛沫が跳ね、瑞々しく肌を潤した。
幾重も広がる波紋。秩序正しい同心円はぶつかりあって新たな波を作り出す。源泉を接木と結ぶ、半分に割られた竹筒からは、湯と呼ぶには温すぎる温水が流れ込み、広すぎる浴槽を満たしていた。青竹のうろを抜け滾々と清らかな流体は湧く。艦内とは思えぬ豊富な水量は空間を折り畳むのに長けた技術と、母なる海そのものを召喚した初代水龍による御業か。磯の匂いこそ薄けれど、膚へ馴染む水質は神域のものだと仔たる己は看破していた。今生覚えがなくても、祖に深海から掬い上げられた魂は故郷を忘れない。
かの将軍がどのようにこっそりと貴き潮汐を彼の自室へ招いたかという野暮な疑問は口にしなかった。野暮であるのは情緒に疎い自分にも理解できたし、何よりどうしてだろうねぇと流れる雲に似た口調で、有耶無耶にされるのが関の山であるからだ。

ともあれこの身は、波に揺られている。

先の喘ぎは外気へ晒す肩口。ありがたく恩恵に浴する丹恒の、無防備なそこを雫が優しく打鍵したからだ。こそばゆく、思わず半音外れた呻きを漏らしてしまった。
自分でぎょっとするほど甘い、甘ったるい響きだった。舌足らずにむずかる子供じみて、それでいて、蜂蜜入りの硝子壜をわざとひっくり返したように致命的な、とろりと鼻にかかった濁音。取り返しがつかない鳴き声。
思考を結ばずにいた頭がさぁっと冷える。泥濘むようにうとうとしていた意識が慌ただしく浮上し、回り始めた。
自分の喉が紡いだとは認めたくない、あんまりな声である。合成音声を被せ、悪質な編集を施したと言われる方がよほど腑に落ちる。
あんな。甘ったれたこどものような、つがいを呼ぶような声が出るなんて、自制が効くと慢心していた己を信じられなくなりそうだ。
取り繕わねば。誰に?それは勿論、共に湯へ浸かる男に対してだ。しかし目端が利く策士を誤魔化せるだろうか。水のさざめきとは明らかに異なる肉声。まるで発情期を迎えた雌が雄に媚びるかのように濡れた囀りを、どうしたら気の所為だと言い張れるか。
自分らしくもなくやらかした現実は受け入れがたい。しかし、いつまでも逃避するのは性に合わぬし、同じ空間で一糸纏わぬ姿なら、逃げ場なんてないのだ。隣の反応はない。恐る恐る瞼を上げようとして。

「丹恒」

低く掠れる声で遮られた。
男の声に混ざるのはじっとり底濡らす欲情。気怠い抑揚を裏切り、素早く脇と膝の下へ回る逞しい腕。あ、と。何をされるのか察した刹那。がっしり抱え込まれ、張り詰める筋肉へ反応する前にざぱり。あっけなく丹恒は引き上げられた。浮力の助けがあるとはいえ、己も武人なのにひどく手酷く軽々と扱われ、少なからずむっとする。互いの体格や膂力の差は思い知っていた。だが護衛としてのささやかな矜持を引っ掻かれたようで、些か丹恒の気分は下降する。仕方ないだろう。己とて守る側なのに。自負するからこそ、逆に庇護される側に立つと複雑な心境になる。列車の大人達相手ならばこんなわだかまりを抱かなかっただろう。あの人達は憚りなく己含めて乗員を家族と呼び、ごく自然と信頼し見守ってくれる。
だが景元は彼等とは一線違う立ち位置なのだ。
ひっそり歪めた眉の角度に、聡い男が気付かぬ訳がない。しかしそんなつたない不機嫌さえ微笑ましいのか。生まれたての真珠を扱う手厚さで、温かく頑健な肉体という贅沢な特等席へ座り直させられる。
ついで大きな手が今にも垂れそうな目許の水滴を拭った。慎重に、さも愛おしげに。甘やかされるのはまだ慣れない。けれども、その優しさに拗ねていられるわけがないのだ。恋しい相手を無碍に扱えるほど器用ではないのだから。
頬を擦り寄せかけ、思い留まり、謝罪でその手を湿らせる。

すまない。気を、抜きすぎていたようだ………
「どうして謝るんだい?君も戦う者。安易に他者へ身を委ねるのは、首を差し出すも同じ。なればこそこうして私の手を許してくれるだけでも僥倖なのだよ」

侮るつもりなど無いさ。
言外にそう示し、それどころか、肌を触れ合わすのが望外の喜びだと。白い手のひらは恭しく丹恒の輪郭を辿る。とうに壮年を過ぎたとは思えぬ素朴な仕草だった。恋人らしい触れ方だった。だがどれほど近付いても、老獪な男は羅浮と建木が関われば、己とて捨て石にする。そう理解している反面、景元の手は最悪の事態に至るまで自分を傷つけないとも根拠なく丹恒は信じているからこそ、抗うでもなく、寧ろ景元が戯れやすいよう首を傾けた。艶を増した黒檀の束が景元の白すぎる陶器めいた胸板へ張りつく。縺れる髪の一房すら男は慈しみ、細長い耳へかけた。それから楽人めいた手はこめかみから頬。やがて己を咎めてきつく引き結ぶ唇へ辿ってゆく。太い節は引っかかりもせず、凶器を扱う指の腹で下唇と上唇のあわいをほぐす。やわやわ、と。警戒を解かせ、身を委ねてもいいと思わせる心地よさを生む魔法の手。気位が高い猫科も、臆病な鳥類さえも、男の手腕には腹を見せるだろう。気難しい龍だって陥落したのだから。
景元の愛は、穏やかな日溜まりに似ている。気付けば寄り添っているもの。求められれば与えられるのに、こちらからはすべて手の内と返しようのない方法で身を隠すもの。どうしたら。この男に、どうしたら目を見開くほど慕情を思い知らせてやれるのだろうか。博愛主義者を平等でいられなくさせられるのだろうかと、麗らかな陽差しに丹恒は悩まされるのだ。いつだって。
ひとつ溜め息を吐き、繊細に折り重なる鎖骨に深く凭れた。首をくっと伸ばして男へ晒し、まだ鮮やかな所有印を見せつける。

「大仰すぎるな。単なる遊俠を甘やかしすぎだ、示しがつかないぞ」
「此処には私と君しかいないのに?それとも、君は私とこうしているのは嫌かな」
……まさか。嫌なものは断固として断る。俺は、貴方のように処世術に長けていない」

不快ならば容赦なく交渉或いは武をもって跳ね除ける。可能とするだけの力はあるつもりだし、事実長い長い放浪の最中そういうことに迫られたりもした。だから、他人との接触にやんわり忌避感を持つ自分が、大人しく男の胡座へ収まっているのが答えである。まずこうして首筋に赤い花を咲かせてくれとねだったのが丹恒の意思なのだ。なのに敢えて言わせようとする魂胆に、ずるいな、と面映ゆさを隠し、大柄な体躯を抱き締める。
意地が悪い男だ。けれど好きなのだ、どうしようもなく、身も世もなく。本性のままでは熱すぎる別の生き物の体温を、手放したくなかった。
無論列車の逗留期間が過ぎればまた離れ離れになる。お互いの生き方を捨てられやしないのだ。だから夜よ明けるなとは願わない。けれども、もう少し。もう少しだけ、二人だけでこの海の底に眠れたらいいのにと、愚かしく空想してしまう程度には、丹恒は景元を恋うているのだ。
くるる、と喉が鳴った。今度はわざとである。原始的な求愛に、くつくつ男の喉仏が笑う。湿り気を帯びる後れ毛を撫でつけ、揶揄する代わりと抱き寄せられる。筋がしっかりとした太い腕の中安らいだ心地で、またぼんやり思考をふやかしかけて。

ぱりぃん!!!

無粋な破壊音に、眦を吊り上げた。

周辺を守っていた結界が割れる。人ならざる薄青い瞳で丹恒は、きらきら輝く硝子片じみた光の残滓と、陣を無残に壊した祭祀用の短剣、それに雪崩込む二、三人の気配を睨んだ。来客ではあり得ぬ礼儀知らずな殺意は、まっすぐ迫ってくる。

「なるべく屈んでくれ」

応戦しかけた逞しい腕を抑え、男を庇うように招かれざる者達の前へ出る。景元はこの舟における最重要人物だ。刺客の毒牙へかけるわけにはいかない。そうでなくとも、きっと己はこの人の盾になるだろう。
響く鋭利な風鳴り。
自然に後ろへ身を翻し、自分よりもずっと大きな体躯へ精一杯覆い被さる。

「どきなさい、丹こ
「頭を上げるな!!」

叱責する背に、ぱしゃり、と霧雨じみた水蒸気がかかった。少量の為景元には届かない。浴槽に滴る前に気化させると、人工的な甘さが蒸気とくゆる。だが正体を確かめはしない。隙が生まれるからだ。まず反撃せねば。片手で印を切り、即座に生まれた水の矢を息もつかせず連射し、広く波状に放つ。狙いはあえてつけない。衝撃により凄まじい勢いで荒れる高波が青い壁となり、視界を阻む。弾幕代わりのそれに移動しようとする自分達の影を映してデコイに。
目眩ましがきちんと作動しているか目視する焦点が、一瞬くらりとぶれた。重心もふらつき、背骨が芯からぐんにゃり溶かされるような不快感に襲われる。

(気持ち悪いからだの感覚が、妙だ)

何となく嫌な予感がするが、まだ油断してはいけない、と意地で体勢は崩さず、続けざま己に従う龍の幻を具現化させた。

『蒼龍よ、我に従え』

呼びかけに月明かりが反響し、敬虔な青さで透き通った光のヴェールを織る。描かれるのは海の底。不可侵なるその領域から、妙なる長吟と共に咲きこぼれるは、凛と咲く蓮の花。何よりも純粋で清らかな白い花びらを呑みながら、踴りでた龍の鱗が逆立つ。たなびく優美な赤い鰭を相手は視認できたかどうか。見る者すべてを海の最も深い底へ堕とす麗しき蒼は、天災特有の無慈悲な破壊力で敵対するすべてを喰い荒らす。とはいえ此処は他人の庭だ。丹恒なりに威力は控えている。精々地上で溺れ、窒息する位に調整したので命知らずな刺客は命を落とさず、藻掻いたり、気絶するに留まった。
奇襲は失敗だ。丁度異変に気付いた近衛兵達の、駆けつける忙しない鎧の音も大きくなってくる。捕縛や尋問は彼等へ任せるべきだろう。

(この人には何も、矢じりさえ掠めていない良かった)

景元は無事だ。守り抜けた。改めてそう認識し、ほっとすると、張り詰めていた精神の糸が弛む。同時に、意図的に無視していた違和感がここぞとばかりに膨らんだ。

「ぅ………

神経がぞわぞわしてたまらない。皮下を走る血管も不規則に流れを淀ませ、心臓が段々増してゆく苦しみに喘ぎ震える。四肢の末端から異常な寒気が這い上がってきた。これはまずい、かもしれない。悪寒や冷気は耐えられるが決して好めはしない、あの檻を思い出してしまうから。痙攣を堪え、原因はやはりあの謎の液体かと当たりをつける。皮膚に吸収されるのが早かったようだ。持明の特殊な血である程度毒の耐性を持っているが、躰を冒そうとするのは、未知数のもののよう。それも豊穣由縁なら頷ける。それもやけに全身へ回るのが早く即効性が高い。思考を過ぎる言葉は融化。もしかしたら、同族の髄液が使われているのかもしれない。そこまで考えるとえぐみが喉から押し上がる。
立っていられない。
毒なら早く中和を試みなければと理性が命じるが、がくがく膝は笑っている。
腹の奥だけ、やけに熱い。
孕むのは既視感ある熱。
まるで、まるで。

「丹恒。しっかりしなさい、丹恒。私の声が聞こえるか?」
「けげ、ん」

まるで腹に、雄の一物を咥え込んだように。

気遣う景元に後ろから肩を掴まれる。駄目だ、触らないで。伝える前に、男が触れた場所を起点に一瞬で、かっと羞恥が全身を焼いた。
そんな場合でないのに体の隅々まで火照る。おこりじみた四肢の震え自体は治まらないのに。焔で魘された平衡感覚が狂い、がくりと水中へくずおれかけた。没しかけた丹恒を助けるのは、やはり愛しい男だ。背後から抱え起こすように両脇から腹へと腕が回される。
けれども目測がずれた。
正しくは、普段なら抱き留められる筈の位置で、丹恒の体が止まらなかったのである。殊俗の民を模した痩躯は、男のかいなをするりとずり落ちて。

「丹恒っ………?」

ふにょん。

男が珍しく狼狽える。慌てて丹恒の躰を引き留めようとした結果、何故かいつもより柔らかくふにゃふにゃした頼りない肉体に怯み、膨らみがやや増した胸元へ、がっつり五指を食い込ませてしまったのだ。
予期せぬ弾力に困惑が流れる。

………
………え?」

時が凍るというのはこういう状況なのだろう。
むに、むにゅ。
思わずといったように数度、無意識にか男が丹恒の薄っぺらいはずの胸を揉む。力を込めていない胸筋とふくよかさは似ているが明らかに違う。返るのはささやかで、けれども疑いようない、柔らかな膨らみの抗議だった。少しだけ、乳頭がくすぐったい。
硬直したまま、黙って顔を見合わせる。気まずいことこの上ない。愛撫の一環としてそこを可愛がられたことはある。けれども、経験があるからと流していい状態ではないと合致する意思疎通。いわばあれだ。情を交わすまで公的な立場での溝と横たわっていた情緒的な裂け目とは種類が異なる、言うなればまだ清い仲で、一線を越える前に不慮の事故により性的接触してしまった恋人同士のようで、妙に意識してしまうのだ。
まずぽかんと自失している景元なんて、初めて見た。
そんな場合でないのに、しげしげ恋人の端正な面差しを見上げる。原因が己に無ければ、好機だとからかいの言葉のひとつもかけられただろうに。勿体ない。しかしこのままでもいられない。
はく。事態を動かそうと唇を動かすも、声帯はひゅうひゅう酸素を素通りさせるだけ。何より深刻なのは意識が落ちそうなことだ。ぶつ、ぶつりと、意識を繋ぎ止める糸がゆっくり断ち切られていく。閉じゆく目蓋に抗えない。

すまない、景元。後処理をお願いする………

頼みごとが閨を共にした朝と同じ卑猥さを帯びているのに、知らんぷりして。
とぷん。自我は暗いほとりへ沈んだ。
丹恒!?と慌てて己を呼ぶ景元の滅多にない取り乱した声に重なって、「ご無事ですか、景元、丹恒様!!………え?」「将軍、丹恒先生!曲者は全員とらえわっ!?」「見るんじゃありません!!」「ちょ、待ちなさ、彦卿!」
がっ、どぽん!!!
てんやわんや賑やかなやり取りと、どくどく忙しない心音を最後に丹恒の記憶は途切れた。







は、まだ………?」
「はい。………であり………非常に稀な………

目覚めてまず感じるのは、馥郁たる白檀の香り。臈長けた手で袖を引く妖しさと蠱惑を纏いながら、しかし、芯に潜むシダーウッドとアンバーグリスが確固と誇り高き銀獅子の本質を支えている。不当に貶められ、不義を背負わされながらも、たったひとり表舞台に立ち太陽と称された男。その内面で複雑に屈折するひかりに、丹恒は焦がされたのだ。
だが寝起きには些か目に辛い。翳そうとする腕はやけに重く、のろのろ持ち上げるのも一苦労だった。