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彼方理路
5254文字
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#BL_華組
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〈相性最悪な二組の話〉
伊弦×灯芽/誓汝×雪砂ペアによるわちゃわちゃ小話
途中で真面目な話をしているようで、別にそんなでもない
放課後の校舎は静寂に包まれていた。夕暮れの柔らかな光が廊下の窓から差し込み、磨き上げられた床を照らしている。
風紀委員長・
皇
すめらぎ
灯芽
とうが
は、いつも通り背筋を伸ばし、堂々とした足取りで歩いていた。隣には副委員長であり、灯芽が最も信頼する後輩──
鵺束
やつか
伊弦
いづる
が微笑みながら寄り添っている。
二人とも制服を完璧に着こなし、腕に巻かれた『風紀』の腕章が夕光にきらめいていた。
「ふむ、今日も特に異常はないようだな、伊弦。生徒たちの規律は保たれているのだろう?」
灯芽が周囲を見回しながら、満足げに呟いた。その声音は、理事長である祖父の影響を受けた、どこか古風な口調である。
「ええ、灯芽さんのおかげです。私どもがこうして見回りを続けることで、皆さんも自覚を持って行動してくれるのでしょう」
伊弦は丁寧にそう応じながら、灯芽の一挙手一投足を、優しくも熱烈な眼差しで見つめていた。
そんな他愛のない対話を重ねながら、日課の巡回は平穏に進んでいく──はずだった。
二人が校舎の奥、普段は陽の当たらない空き教室の前を通りかかった、その時である。
建付けの悪いドアの隙間から、湿り気を帯びた微かな息遣いが漏れ聞こえてきた。確かな人の気配に、伊弦も即座に気づき、灯芽と視線を交わす。灯芽は眉をひそめ、慎重に覗き窓へ顔を寄せた。伊弦もまた、その背後から静かに覗き込む。
室内の状況を目にした瞬間、灯芽の清廉な思考は、凍りついたように停止した。
そこにいたのは、同学年の
鹿央
かおう
誓汝
ちかな
と
江成
えなり
雪砂
ゆきさ
。空き教室の隅で互いの身体を求め合うように、親密な行為に耽っていた。
普段から仲睦まじいと噂される二人ではあったが、それはあまりに「不埒」な情景だった。
灯芽の頬が、一瞬にして沸き立つように赤く染まる。
全身の血が逆流する錯覚に陥り、慌てて後ずさった拍子に、背後にいた伊弦の胸へと背中を預ける形になってしまった。
「おや
……
これはまた、情熱的ですね。お二人とも、随分と仲がよろしいようで」
伊弦の冷ややかな声が灯芽の耳元に響く。その口調は、どこか嘲笑を含んでいた。
我に返った灯芽は、羞恥と怒りに唇を震わせながら、小さな声で憤りを漏らす。
「風紀を乱すような真似を
……
っ! 明日になったら呼び出すぞ。まったく、なんて破廉恥な
……
」
そう言葉を切り、足早にその場を離れた。伊弦は軽い足取りで後を追いながら、どこか愉しげな表情を浮かべていた。
「ふふ、てっきりその場で諫めに乱入するのかと思いましたよ、灯芽さん」
「そこまで野暮ではない
……
! 僕だって、人のプ、プライベートを無遠慮に踏みにじるような真似はしないさ」
からかうような言葉に、灯芽は耳まで朱に染めて反論する。だが、その声は微かに震えていた。
伊弦はその初々しい動揺すらも愛おしげに眺め、そっと笑みを深める。
──その頃、空き教室に残された二人は、見られているとは露知らず、甘い行為に酔いしれていた。
◆◆◆
翌日、鹿央 誓汝と江成 雪砂は風紀委員長・皇 灯芽の待つ風紀委員室に呼び出された。
飄々とした態度の誓汝は、雪砂を庇うように背後に立たせている。雪砂は制服の裾を小さく握りしめ、怯えた小動物のように身を縮めていた。
「
……
さて、鹿央。江成」
灯芽の声は低く、怒りを圧し殺すかのように静かだ。しかし、その鋭い視線には、抑えきれない苛立ちが滲んでいる。
「昨日の空き教室での行為について、説明を求めよう。学校は学びの場であり、公序良俗を乱す場所ではないぞ!」
「えー、別に。ただ仲良くしてただけですよ
……
まぁ、ちょっと? 熱くなりすぎたかもだけど。反省してま〜す」
緊張感のない誓汝の言葉に、灯芽の表情が一変する。
「鹿央、なんだその態度は! そもそも君は、普段から素行に問題がある。一年の頃から何度も注意してきたが、その身なりについても改善の余地があるだろう。ピアスに髪、乱れた服装!だらしないにもほどがある!」
「ハイハイ、いつものお小言ってやつね」
「
……
っ、ふざけるな!」
部屋中に響き渡るような怒声に、雪砂の肩がびくりと跳ねた。
「江成、君もだ」
灯芽はその様子に気づき、わずかに声音を和らげる。責め立てるのではなく、諭すような眼差しを雪砂へ向けた。
「普段は真面目で模範的だというのに、鹿央に流されてばかりではいけない。己を律し、我が校の生徒として相応しい振る舞いを身につけたまえ」
雪砂は唇を噛み、おずおずと小さな声を絞り出した。
「ご、ごめんなさい
……
あの、でも、昨日のことはボクが悪いんです。ボクが
……
」
「いいよ、ゆき」
その続きを遮るように、誓汝が口を挟んだ。少し身を乗り出し、眉を挑戦的に釣り上げる。
「なあ、委員長サンはオレの身なりが大層お気に召さないみたいだけど、髪染めんのもピアスも校則違反じゃねーだろ。『空き教室でイチャついちゃいけません』って条文も、どこかに書いてあるわけ?」
低く抑えられたその声には、明確な棘が含まれている。
「誓汝、やめて
……
っ」
雪砂が袖を引くが、灯芽はすでに怒り心頭の面持ちだ。
「そ、それはだなっ
……
! 明文化されていなくとも、校内でそのような行為をすること自体が、倫理的に問題なのは明らかだろう!?」
「でもさぁ、“明文化されてないけどダメです”って、ちょっと都合よくないか?」
「都合の話ではないっ! 常識の問題だっ!!」
言葉が鋭く衝突し、一触即発の空気が流れる。それを切り裂いたのは、鈴の音のような伊弦の声だった。
「──はい、そこまでにしましょう。少し熱くなりすぎですよ」
伊弦はいつもの柔らかな笑みを浮かべ、場を宥めるように手を尽くす。
「灯芽さん、まずは深呼吸を。冷静さを欠いては議論になりません。
……
鹿央先輩も、少し言葉を選びませんか? このまま事を大きくするのは、貴方の本意ではないはず」
含みのある視線に、誓汝は舌を打って視線を逸らした。空気がわずかに緩む。
場が落ち着いたのを見計らい、伊弦は静かに、淡々と告げる。
「さて、お二人の処分についてですが
……
初めてのことですし、態度は
……
まあ、置いておくとして、反省の意思は見られますからね。今回は“厳重注意”と“反省文の提出”ということで、いかがでしょうか?」
判断を仰がれた灯芽は「む
……
」と唸りながらも、渋々と頷いた。伊弦はそれを確認すると、今度は誓汝と雪砂へ、蛇のような冷徹な視線を向ける。
「先輩方。人目も憚らず“仲良く”されるのは結構なことですが
……
この機会に、もう少しモラルというものを学ばれては? 理性も知性もない獣でもあるまいし」
礼儀正しく、笑顔は崩さない。しかし、その眼の奥には昏い威圧があった。
「
……
これ以上、灯芽さんに汚いものを見せて、悪影響があっても困りますからね」
室内の温度が、スッと氷点下へ落ちる。
一瞬の沈黙。
灯芽は我に返ると、机をばん!と叩いて叫んだ。
「い、伊弦
……
っ! 僕ではなく! 他の生徒への影響が問題なのだろう!? なぜ僕を主語にするっ
……
!」
慌てふためく灯芽を見て、伊弦は「そうでしたね」と何事もなかったかのように微笑む。
その奇妙な二人の距離感に、誓汝は呆れたように肩の力を抜いた。
「
……
分かったよ。反省文、書きゃいいんだろ。行こうぜ、ゆき」
そう言って、そっと手を差し出す。
雪砂はその手に触れかけて、一瞬胸の前でぎゅっと握りしめた。灯芽たちへ向き直り、か細い声で「すみませんでした
……
」と、深く頭を下げる。
そして、今度こそ差し出された手を握り、二人はそのまま静かに部屋を後にした。
◆◆◆
風紀委員室の扉が閉まり、二人の足音が遠ざかっていく。
「まったく
……
鹿央のやつは、毎度毎度
……
! 風紀というものをなんと心得ているのだ
……
」
まだ怒りの残る吐息をつきながら、灯芽は書類の仕分けを始めた。その指先は微かに震えている。
伊弦はその隣にそっと寄り添い、無言で書類整理を手伝う。紙が擦れる音だけが、沈黙の流れる室内に響いていた。
ふと、伊弦が手を止め、静かに問いかける。
「
……
灯芽さん」
「なんだ、伊弦?」
「灯芽さんは
……
彼らが“同性同士である”という点については、特に何も仰らないのですね」
その言葉に、灯芽の手がぴたりと止まった。
だが、驚いた様子はない。考え込む素振りも見せず、ごく自然に、当然のことのように言葉を返す。
「
……
? ああ、それがどうした」
「いえ、少し気になりまして。先ほどのやり取りでは、“行為の場”については問題にされていましたが
……
恋愛の対象については、まったく触れられなかったので」
灯芽はゆっくりと顔を上げ、正面から伊弦を見つめた。その瞳には、一点の曇りもない誠実さが宿っている。
「伊弦。僕が問うのは、いかに振る舞うか、ただそれだけだ」
「
…………
」
「この学園の生徒である以上、軽率で軽薄な言動は控えてもらいたい。それは当然だ。だが、だからといって彼らの自由意志にまで干渉する権利は、僕にはないからな」
灯芽は真っすぐに言葉を紡ぐ。
「誰を慈しみ、愛するか。それは彼らの問題だろう。僕が口を出すのは、校内の風紀を乱す行為のみ。それ以上は、風紀委員の職務を逸脱するよ」
それは建前でも規則でもなく、皇灯芽という人間の根底にある、揺るぎない矜持だった。
伊弦はわずかに目を細め、胸の奥で何かが融けるような、柔らかい息を吐いた。
「
……
そうですか」
その声音には、どこか安心したような、温かな安堵の色が滲んでいる。
「やはり、灯芽さんは素敵な方ですね」
「
……
な、なんだ、急に。おだてても何も出んぞ」
「ふふ」
突然の賛辞に、灯芽は耳の先を赤くして顔を逸らした。ごまかすようにわざとらしい咳払いを一つして、背筋を正す。
「とにかく。反省文を提出させ、しばらくは彼らの行動に目を光らせておく必要があるな
……
伊弦、君も協力してくれるだろう?」
「もちろんです、灯芽さん」
伊弦は穏やかに頷き、そっと続けた。その声はあまりに小さく、灯芽には届かない。
「
……
灯芽さんのためなら、どんなことでも」
◆◆◆
廊下に出た誓汝は、まとわりつく空気を振り払うように首を鳴らした。
「はー
……
皇のやつ、相っ変わらず真面目くんだな。説教も長ぇし、反省文とかマジだりぃ」
そのぼやきに、小さな「ごめんね」が雪砂の口から漏れる。
足を止めた誓汝が振り返ると、雪砂は消え入りそうな顔で俯いていた。
「
……
なんで、ゆきが謝んの?」
問いかけられた雪砂は、ほんの少しだけ顔を上げる。睫毛の先が、かすかに震えていた。
「だって、昨日の、こと
……
ボクが
……
」
言いかけて、言葉が詰まる。
──あの、空き教室での放課後。最初に唇を重ねただけでは満足できず、「もう少しだけ
……
」と甘えたのは自分だった。誓汝の手を掴み、袖を引き、首に腕を回したのも、自分。
二人きりの空間に甘えて、誓汝の優しさに縋った。
その結果、誓汝まで呼び出しを受ける羽目になったのだと思うと、情けなくて、恥ずかしくて、いたたまれなかった。
「ボクが我慢できなかったから
……
あんな場所で、ごめん」
その最後の言葉には、悔しさと後悔の色がはっきりと滲んでいた。
誓汝はしばらく無言でその姿を見つめていたが、不意に、悪戯っぽい笑みを浮かべて雪砂の腰を引き寄せた。
腕の中にすっぽりと収まった細い身体から、確かな温もりが伝わってくる。
「
……
んじゃ、2人のせいってことでいいじゃん。それにさ、ゆきがオレを“欲しがってくれた”って、めっっっちゃ嬉しかったんだけど?」
「
……
っ」
耳元で囁かれた熱っぽく真っ直ぐな情愛に、雪砂の顔が一気に火照る。
「ゆきがオレを好きで、求めてくれるのって、オレにとっては何より大事なことなんだよ。だから、悪いことしたって思うな。もっともっと、甘えていいよ」
聞こえてくる誓汝の力強い鼓動に、雪砂は心の澱が溶けていくのを感じた。やがて安心したように、小さく頷く。
「
……
うん。じゃあ、2人で反省文だね」
「おう。
……
でさ、反省するのは“場所”だけ、ってことでいいんだよな?」
「え?そう、だね
……
?」
首を傾げる雪砂に、誓汝は酷く甘く、低く囁いた。
「だからさ──今度はベッドの上で、な」
「!そ、そういうのは言わなくていい
……
!」
再び真っ赤になった顔を隠すように、雪砂は誓汝の胸に深く顔を埋める。けれど、その背に回された腕は、決して離れようとはしなかった。
夕に染まる光の中。誓汝は愛おしさに胸を震わせながら、雪砂の柔らかな髪にそっと口づけを落とした。
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