白殊皎(しらよし こう)
2026-06-05 20:00:00
10573文字
Public FGO【歳勇/土近】
 

旅路の果てに見しそれは

京に行きたい──
土方の唐突な申し出は案外すんなりと受理された。
同行者は近藤勇。
果たして彼らは彼の地で何を見、何を聞くのか。

この作品は2026年4月4日・5日に開催された、ぐだぐだ鯖WEBオンリー「ボイラー室横より愛をこめてW~二回目~」での白殊独自のリクエスト受付企画【白殊に歳勇小説リクエストを投げつけようVol.2】でリクエストいただいたものです。

◆リクエスト内容◆
カルデア設定、新選組霊衣土方さん×白の虎徹近藤さんが現代京都を旅する話

直近、京都に行ったのは10がつきそうな年数前、しかもその時は新選組関連のルートはほとんど行ってないので、いろいろ調べてモデルコースを組みました。
暑くなく寒くない時期に行きたいですね、京都……。




〝現代に近い京都に行きたい〟
 ある日土方歳三は少女マスターにそう申し入れた。
──珍しいですね、土方さん直々に行き先指定って。
「理由は──まぁ、お前ならわかるだろう」
──近藤さんが行きたがってるから。
……その通りだ」
 即答したマスターに土方はやれやれという顔をしてみせる。
──土方さんにはいつも頑張ってもらってますから、二人なら旅行目的のレイシフト、大丈夫だと思います。
「恩に着る。あと──」



『レイシフト無事にできましたでしょうか? 異常などありませんか?』
「あぁ、問題ねぇ。何かあったら連絡する」
『はい、お二人ともお気をつけて』
「なぁ、歳。これで本当に見た目は現代服なのだろうか?」
 手首に着けたカルデアとの通信機でオペレーターも兼ねたマシュと連絡を取り終わった土方に、近藤は自分の袖を振って問いかけた。
「戦闘とかにならない限り大丈夫なはずだ。周りの目も変じゃないだろう?」
 目立つのは一八〇センチ越えの美丈夫二人が並んでいるのだから、仕方ないといえば仕方ないが、土方と近藤の実際の服装は双方浅葱の羽織で、近藤は髪に一筋の緋の入った霊衣である。
 この姿も近藤の希望だった。
 かつて自分たちが様々な思いを胸に駆けた京の街、その現代の姿をシミュレーションではなく実際に、できれば浅葱の羽織で回りたいと。
「うん。ならいいんだが」
 時刻は十一時、場所は京都の駅前。
 ちなみに早めの昼食はカルデアで済ませてある。
「さて、と。今はどんな様子やら」
 現代に近い形でと渡された端末を開いて土方は地図などを確認する。
 よくできたもので、現代の地図と当時に近い地図の両方が端末には表示されている。
「へぇ……
「歳、自分ばっかり見ていないで私にも見せておくれ」
「あぁ、悪い。ここからだとまずは不動堂村屯所が近いみたいだな」
 土方は覗き込む近藤に端末を見せながら土方は告げた。
「あぁ、西本願寺の後の」
「その西本願寺も歩いて行けねぇことはないみたいだ」
「そうだね、近かった記憶があるよ」
「あとは油小路」
…………
「行きたくなけりゃ無理に行かなくてもいいんだぜ? あくまでこいつはカルデアでのモデルコースだ」
 油小路と聞いて黙り込んだ近藤に土方は軽く肩を叩いた。
「いや、行こう。私たちがしたことをちゃんと見つめよう」
「わかった」
 二人はまず街の様子を見つつ、歩いて不動堂村屯所跡を目指すことにした。
「すごい変わり様だね。こんな高い建物が林立して、人もかなり多い」
「そうだな、今じゃ京は一大観光地だから、日本人のみならず外国人も山のように来てるって話だ」
「確かに外つ国の人たちも多く見かける。──変わったね、この国は」
「まぁ、あの頃は尊皇だ攘夷だとうるさかったからな。いい方に転んだと思っておこう」
 健脚な成人男性二人の足なので、程なく今はホテルの一角に石碑が残るのみになった不動堂村屯所の跡に到着した。
「ここは立派でいい屯所だったね。西本願寺には随分と無理を言わせてもらったけれど」
「あぁ。それが今じゃこの石碑のみかと思うと少し寂しいが、世の流れだろう」
 端末でぱしゃりと写真を撮り、思いにふける。
「気を利かせてくれたか、ここが今日の宿らしいな。チェックインの時間にはまだ早いし、荷物も大したことねぇから戻ってきてからでいいか」
「そうなのかい、随分と立派な宿泊所だね。カルデアに帰ったら礼を言わないと」
「そうだな。さて……と──」
 そのまま端末を確認し、土方は表情を少しだけ曇らせた。
「油小路はここから北だな」
「うん、行こう」
 大した距離ではなかった。
 もう自分たちがどこで伊東甲子太郎を襲撃したかなどわからないくらい様変わりをしていたので、彼が絶命した本光寺の前に立つ。
「墓参りなんざしなくてもいいだろう。あいつも今じゃサーヴァントだ、こんな俺たちを見たら座で大笑いすることだろうよ」
「そうか、歳は会っているんだったね」
「あぁ。まがい物とはいえ人の思い出の五稜郭をぶっ飛ばしてくれやがって、相変わらずふざけた野郎だったぜ」
「ふふ」
 五稜郭を思い出などと言い、そう茶化す土方に、自分への気遣いを感じて近藤は笑みをもらした。
「ありがとう、歳。次はどこだい?」
 それでもと本光寺の、伊東甲子太郎の墓があるであろう方向に手を合わせて、近藤は土方に問いかけた。
「次は西本願寺だな」
「ははは、随分迷惑をかけたところだ。追い返されたりしないかな?」
「百五十年も経ってお礼参りもへったくれもないから、大丈夫だろ」
 近藤が楽しそうに笑って言うので、土方もついつられて笑った。
 そう話すうちに西本願寺に着く。
 広い境内だったが、それなりに観光客がいた。
「まずは御影堂と阿弥陀堂にお参りしないとな」
「了解だ」
 そうして参拝を済ませ、境内を一回りする。
「やはりすごいね、数百年も経っているというのに連綿と受け継がれているものを感じるよ」
 かつての面影を残す太鼓楼を眺め、こんな聖域でよく多くの無体を働けたものだと苦笑する。
「ははは、あの頃は隊士も増えて必死だったからな。やるしかなかっただろう」
 土方も笑いはしたものの、少しバツが悪そうに腕を組んだ。
「目的のためには手段は選べなかったものね。大目に見ていただこう」
 近藤はそう言ってもう一度御影堂と阿弥陀堂に手を合わせた。
「そういえば……
 それを見遣って土方は少し遠い目をした。
「?」
「島田が最後にいたのもここだって話だ」
……そうなのか」
「あぁ、この寺の夜警の仕事に就いて、ここで倒れたらしい」
 島田魁──永倉新八率いる二番隊の伍長を勤め、土方が手を染めた裏の仕事まで深く関わり、函館まで共に戦い抜いた男である。
 そして、新選組の生き残りとして明治の世まで隊士たちの菩提を弔い続けたという。
「あいつには最後まで──いや、なんでもねぇ」
「歳……
 土方は感傷を振り切るように首を振ると、端末を取り出した。
「お次は、懐かしの壬生だ。歩いてもいけるがバスがあるそうだ」
「バスか、それは是非乗ってみたいな」
 湿っぽいのはなしだ、と土方が呟いたのでそれに頷いて端末を覗き込む。
「じゃ、こっちだ」
 バス通りに移動して程なくやってきた壬生方面行きのバスに乗車する。
「辿る道が決まっているんだね、さっき乗った場所にあった印が止まる場所なのか?」
「バス停といって、時間通りに車がやってくるのさ。日本のそれは外つ国の連中が驚くくらい正確だそうだ」
「これは、降りる時はどうするんだ? 声をかけるのか?」
 初めての乗車に近藤は目を輝かせて土方の袖を引いた。
「目的の場所の手前になって知らせを聞いたら、そこにあるボタンを押すんだ。そうすりゃ止まってくれる」
「なるほど、便利だな」
「〝壬生寺道〟」
「ん?」
「その知らせで押せばいい」
「ははは、お見通しか」
 乗ることが珍しいバスの降車ボタンを押したいという近藤の思いを見透かしての土方の言葉に、近藤は少し頬を赤らめて微笑んだ。
 間もなく車内で目的地がアナウンスがされたので近藤は恐る恐るボタンを押した。
 軽やかな音と共に全てのボタンが点灯し、降車する人間がいることを知らせる。
「おぉ、こういう仕組みなのか」
 同じ目的と思われる数名の観光客と共に、カルデアで渡された時代に合わせたICカードで支払いを済ませてバスを降りる。
「ふは」
 その近藤を見て土方は微かに笑い声を漏らした。
「なんだい、歳」
「それじゃまるでおのぼりさんだぜ、近藤さん」
「仕方ないだろう、カルデア暮らしが長いおまえと違って私は初めてなんだから!」
「違いない」
 最寄りのバス停から壬生寺はすぐだった。
「屯所だった八木邸は案内をしてもらえるが、閉める時間があるらしい。この時間なら寺に先に行ってからで大丈夫だろう」
「うん、先にお参りだ」
 義理堅くそう言って、門前で写真を撮ったりしている新選組に興味を抱くらしき人々の邪魔ないならないように歩む近藤の後について境内に足を踏み入れる。
「様変わりはしているけれど……何か懐かしいね」
 ぐるりと周囲を見回して近藤はしみじみと呟いた。
「ここで調練とか、よくやったもんだ。時代かね、昔はもっと広かったような気がするんだが」
 本堂で手を合わせ、石畳を踏んで境内を回る。
 阿弥陀堂の中には売店があり、寺院のお守りや新選組のグッズが売られて参拝客で賑わっていた。
「壬生塚はこの奥だそうだ」
「そうか」
 そこは近藤の遺髪塚を始め自分たちの手で暗殺した芹沢鴨や、池田屋で戦死した隊士らなどの墓が祀られている。
「なんだか不思議な気分だね。こうして自分の墓に詣でるなんて」
「まぁ、どこに眠っているかなんて自分でもわかんねぇから、後の世の人間が俺たちを忘れず、祀ってくれてありがたいと思わないとな」
「うん……それを実感できるのも、サーヴァントになったからなのかな……
 近藤は遠い目をした。
 それを嘆いて自分はあの特異点を創り出し、歴史を変えようとした。
 今となってはそれが正しかったのか、間違っていたのかわからないけれど。
「俺はサーヴァントになれて、カルデアに喚ばれてよかったと思っているぜ」
……歳」
「なんせ、あんたとあんな北くんだりまで行けたんだからな」
 入れ替わり立ち替わり人が訪れる壬生塚から少し移動して、阿弥陀堂の陰でひっそりと言葉を交わす。
「そうか……ありがとうな、歳」
 近藤はぽん、と土方の胸を叩き、顔を上げた。
「じゃあ久しぶりに屯所に戻るか」
 土方は端末を開いて場所と時間を確認した。
「あぁ、そうしよう」
 最初の屯所・八木邸。
 後に芹沢鴨暗殺の現場ともなったそこは、案内の人が付いてくれて各所余すところなく解説をしてくれた。
「伝えてくれる人がいるというのは、ありがたい事だね」
 見学の後、隣接する和菓子店で屯所餅なる名物を味わいながら、自分たちで回るよりも詳細な説明に、二人は自分たちの足跡が深く刻まれていることを改めて感じていた。
「そうだな。芹沢の野郎を殺った時の事なんざ、こっちは覚えてないっていうのに」
「歳!」
「ふ、邪馬台国でも奴はしぶとかったぜ」
 不謹慎な冗談とも取れる言葉に近藤は眉をひそめたが、土方は意に関しなかった。
「カルデアのライブラリで見たけれど……なんで邪馬台国……。まぁ、芹沢さんらしいか……
 八木邸の後に追加で屯所になった前川邸は今も家人が住んでいるということで見学などはできなかったので、外観を見て回った。
「俺が古高の野郎を痛めつけた蔵はまだあるらしいぜ」
「歳!」
 にやにやとまたしてもブラックジョークを飛ばす土方に近藤は口をへの字に曲げて彼の耳を引っ張った。
「痛ぇよ、近藤さん。俺たちがやったことをちゃんと見るんだろう? ならこれも一環だ」
「それはそうだけど、もう少し柔らかく!」
 近藤は手を腰に当てて溜息を吐き出した。
「わかったわかった、もう言わねぇよ」
 参りました、というように土方は両手を挙げて近藤を見た。
「まったく……おまえは……
 近藤は更に深く息を吐きつつ、やがて口角を上げた。
「変わらないようで随分と変わったね──嬉しいよ、歳」
「うん?」
「あの頃は随分とおまえに無理をさせていたと今では思う。それを笑い飛ばせるようになって……ね」
「無理なんかしてなかったが、俺が変わったというのなら、あんたが、沖田や皆、そして俺の声に応えてくれたお陰さ。あんたがいなかったら俺は昔なんざ振り返ることもなかっただろうよ」
「そう、か……
 近藤は少し複雑そうな顔をしたが、潤んだ目で土方の手を取り、人目は気にしつつも自分の頬に押し当てた。
「私の目を啓かせてくれたのは、おまえだよ」
「俺じゃねぇよ、あのチビだろ」
「彼女を育てたのは、おまえだろう?」
「ははは。さ、次へ行こう」
 照れ臭いのか土方は後頭部を掻いて話題を逸らした。
「次はどこだい?」
「こいつは……山南と大勢の隊士たちの墓参りだな」
「光縁寺か」
「あぁ、随分世話になったもんだ。山南は複雑な顔をするかもだが、足を運んでおこう」
 端末に案内される道を辿り門前に立つ。
 新選組に関心はあるが少し行儀の悪い者もいるのか、注意書きもあった。
 門をくぐると住職が応対に出てくれたので、供養料を納め説明書きを受け取った。
 山南が切腹したのは先ほど訪れた前川邸。
 当時、山南がこの寺の住職と親交があったことから、ほか多くの隊士たちもここには祀られている。
 騒ぐ謂われもないので静かに各墓前で手を合わせた。
 あの世からは今の自分たちはどのように見えているのだろう。
 輪廻から切り離された哀れな魂と映っているのだろうか、はたまた超常の力を得た英霊と羨望を向けられているのだろうか。
 知るすべはないが、彼らの魂が安らかなことを願うばかりだった。
 墓参を終え、境内を辞す。
「そういえば、あそこには〝沖田氏縁者〟の女性の墓があったよね」
「あったな」
「沖田氏というのが総司のことなのか、それとも別の人なのか、どうなんだろうね」
「どうだろうなぁ? 本人に聞いても『そんなの知りませんよ~』とか言いそうだからなァ」
 おそらく新選組に関心のある人々の間で噂になっているであろう話題に自分たちも乗ってみた。
「総司もいい歳だったんだ、浮いた噂の一つくらいあってもよかったのにね」
「あいつのことだ『そんな暇ありません』とでも言って、あっても言わなかったんじゃないか?」
「あははははは、確かにそうかもしれないな」
 珍しく土方が沖田総司の口真似をして言うので、近藤はつい声を出して笑った。
「さて、いい時間になったな。どこかでメシを食って京都駅に戻るか」
「なぁ、歳。できたらでいいんだが……
「ん?」
「壬生の屯所から西本願寺、そして不動堂村と、来た道を歩かないか?」
「いいぜ、俺たちの足なら一時間もかからねぇだろうからな」
「ありがとう、歳。様変わりしているとはいえここは京、今の景色を味わいたいんだ」
 近藤は爽やかな笑みを浮かべて土方に手を差し出す。
 土方もまた笑顔を作って、その手を取った。
 夕闇の迫る京の街、もしそこに外見にかかった魔術を見破れる者がいたのなら、浅葱の羽織の美丈夫が肩を並べて歩む様を目撃して、次元の狭間に迷い込んだような気分になったかもしれない。




 外での夕食を済ませホテルにチェックインする。
 カーテンを開けると京都タワーが見え、その先に広がる京の街が一望できるいい部屋だった。
「これはすごい。あの頃からは考えられない景色だね」
 灯りが宝石のように煌く夜景に近藤は感嘆の声を漏らした。
「たしかに、これは絶景だ。正に不夜城ってところだな」
「あの一つ一つの元に暮らしが、あるんだね……
 眩しく、愛しいものを見るように目を細める近藤の横顔を土方はそっと見つめた。
 愛しいもの。
 土方にとって誰よりもその対象たる人物がいま自分の隣にいる。
 その人と共に、かつて狂おしいまでの想いを抱いて駆けた土地を歩くことができている。
 そんな僥倖に、柄ではないと思いつつその機会を与えてくれた何者かに感謝したくなった。
「歳?」
 相槌も忘れて自分を見つめる土方の視線に気付いたか、近藤が問いかけた。
「あぁ、すまん。俺の星が余りに近くてこれは現実なのかと思っちまってな」
「現実だよ」
 土方の言う〝星〟が自分のことだとわかって、少し頬を染めた近藤だったが、やがて微笑むと土方の頬に手を添えた。
「そうらしいな」
 土方はそのまま近藤を抱き寄せ、その唇に口吸いをした。
「明日は、池田屋かい?」
 身を寄せ合ったままおそらくそちらであろう方角を見て近藤が呟く。
「その予定だ。他に行きたいところがあれば十分時間はあるぜ」
「きっと、そこだけで胸がいっぱいになるだろうから、余所は考えられないかな」
「そうか……
「さぁ、明日のために湯浴みをして休もうじゃないか」
 近藤はそう言って土方ににこりと微笑んだ。
「このいい雰囲気で、おあずけかぃ?」
 土方はにやりと笑って、腕の中の近藤を更に抱き寄せ耳元で囁く。
「──! おまえという奴は……
 ぺちり、と土方の頬を軽く叩き近藤は顔を真っ赤に染めた。
「思いを遂げて、ここから帰ったら、だ。私はどこへも行かないから……
「──約束だな」
「あぁ、約束する」
 土方は近藤の黒髪に顔を埋めて、ゆっくりと息を吐き出した。
 あの場所に再び立った時、この人がどうするのか微かな怖れもあった。
 もうあのようなことはしてほしくない。
 もう二度と、自分の手からすり抜けていってほしくない。




「歳! 朝だぞ!! 朝食に遅れるぞ!!」
…………近藤さん」
 翌朝、テンション高めの近藤に土方は掛布を引っがされた。
「ここの朝食は豪華だと言っただろう? 楽しみだな!」
 昨夜のしっとりとした雰囲気はどこへ行った、と土方は思ったが近藤が良いのならそれでいいかと思い直す。
 朝から近藤の食欲は大したもので、ホテル自慢のオムレツや漬物、各種おばんざいなど余すことなく楽しみ、すべてペロリと平らげた。
「朝からすげぇな」
「おまえが食べなさすぎるんだ、偏食を治せ」
「サーヴァントだからいいんだよ」
「むぅ」
 土方は頬を膨らませて不満げな表情をする近藤の可愛らしさをおかずに食事を終わらせ、二人は部屋に戻った。
「さて、どうするかね。街を見たいっていうのなら祇園の会所から歩くっていう手もあるらしいが」
「歩こうじゃないか。昨日の屯所からここまでも変わった町並みが見られてよかったし、あそこは八坂神社も近かったはずだろう?」
「わかった。なら京都駅からそっち方面のバスだ」
 すいすいと器用に端末を扱って、土方はルートを確認していく。
「本当に便利になったものだね。昔は地図一つとってみても大変だったのに」
「こういうものが出来て、便利になるのもいいが風情がなくなりすぎるのも考え物だけどな」
「良いものは使って風情は自分たちで付け足せばいいだろう」
「違いない」
 ホテルをチェックアウトして空を見上げると、極上の青空が広がっていた。
 数分間隔で運行される正確なバスに近藤は改めて感心した様子でゆられて、程なく八坂神社前に到着した。
「うん……もうどこがどこだか全くわからないね」
 そこは池田屋に斬り込む前に会津藩士と待ち合わせた場所だったが、いまは全く面影もなく、八坂神社を参拝などする人の群れが行き交う大きな交差点があるばかりだった。
「本当だな。流石に変わりすぎだろう」
 土方もこれには呆気にとられ立ち尽くす。
「中の道に入れば茶屋とかがあって風情はあるらしいが、小道が多くて迷いそうだな」
「もう私たちの知っている京とは言えないから、わかりやすい道を行こう」
「そうだな、俺たちが我が物顔で歩いていた頃とは訳が違うからな」
 二人は端末の案内に従って、鴨川まで歩き、そこから北上することにした。
 まだ川床が組まれる時期ではないようではあったが、鴨川沿いにはちらほらと人影が見えた。
…………
 やがて三条大橋が望める位置まで来た時点で、土方が歩みを止める。
 その顔色は少し悪いようにも見えた。
「歳?」
……いや、何でもねぇ」
 目を伏せ、口元に手を当てる。
「──そうか」
 近藤は何かを察して土方の肩を抱いた。
──そこは三条河原。
 過去、数多の罪人・謀反人とされた人物が処刑された場所であり、板橋で斬首された近藤の首が晒された場所でもあった。
 斬首されたところも、晒されたところも見たわけではない。
 それでもそれは、土方にとって余りに深い、癒やしきれない傷であることは間違いはなかった。
「大丈夫だよ。私はもう、おまえを一人にしない。今度こそ、最後まで一緒にいこう」
「近藤さん……
 土方の緋色の目からぽろりと雫が零れた。
 かつてそれは、血の色をしていたのではないだろうかと近藤は思った。
「すまねぇ……あんたのが辛かっただろうに」
 手で乱暴に涙を拭い、土方は儚げに微笑んだ。
「うぅん、私は大丈夫だ。行こう、歳」
 懐に入れてあった懐紙で土方の涙を吸い、近藤は土方の背に手を当てて一緒に三条大橋に歩みを進めた。
 古のように木製ではなく今は補強された橋であったが、擬宝珠は当時のままのものもあり、その中の一つにはかの事件の時に付いたものとされる刀傷が生々しく残されていた。
 本当に不思議な気分だった。
 自分たちが実際に付けた傷が、今でも残されている。
 それはあの事件が紛れもない真実で、それが自分たちの名を世間に知らしめる結果となったというその事実に、心が震えた。
 あの日、あの時池田屋で起こった事は間違いなく歴史に刻まれた〝事実〟なのだ。
 新選組雄飛の元になった、紛れもない真実。
 多くの隊士を座に縛り付けることになった、新選組という呪いの始まりの地──それが池田屋。
「近藤さん。池田屋はもうちょっと先だぜ。ここでそんなんじゃ保たねぇぞ」
「ふふ、おまえに人のことが言えるのかい?」
 声をかけた土方に、今度は近藤の方が消え入りそうな笑みを向けた。
「さぁ、百五十余年目の凱旋だ」
──池田屋。
 おそらく、そこが自分たちの巡ってきた中で最も変化を経ていたことだろう。
 静かな旅籠はたごだった池田屋は、いまは賑わいを見せる食事処となって新選組の遺構を求める人々を、縁の人物の名を冠したメニューも交えてもてなしている。
「中も見所らしいが、開店までにはまだ時間があるみたいだな」
 手首の端末で時間を確認しながら土方が言う。
「そうか……でも、ここで十分だよ」
 近藤は店の前にある【池田屋騒動之址】の石碑を撫でてひっそりと呟いた。
 かの特異点で禍つ神の力を宿し、かの事件の中心にいた自分を抹殺しようとした自分。
 あの時は果たせるものと、皆を呪縛から解放できるものと思っていたけれど。
──自分は果たせなかった。
 本当にどうしようもなく、甘く、弱く、脆かった自分。
 それでも、そのあと歴史を守ろうと、誠を貫こうとした自分もまた真実。
 混沌の坩堝のなかで掲げた旗に集った土方を始めとする隊士たち。
 その思いをもう、裏切りたくない。
「歳……連れてきてくれて、ありがとう」
「礼なら俺じゃなくマスターに言いな。俺は単なる案内役だ」
「それでもだよ。あの時、私の旗に集ってくれて、ありがとう」
「俺は、あの時のために走ってきたんだ。あんただけが俺の北極星ポラリスだ」
……北天の一つ星じゃ寂しいな。隣にいてくれ、歳」
「そうか……あんたが望むなら、傍にいる」
 人目があるので寄り添ったりは出来なかったが、互いに万感の想いを込めて言葉を紡ぐ。
「傍に、いる。だけどな……一つ約束だけ約束をしてくれ」
「なんだい」
「これからは俺もちゃんと言うし、聞く。だから、あんたも何かをしようという時にはちゃんと話してくれ」
…………
「何も言わず、一人で何かしようとはしないでくれ……
 土方はじっと近藤の目を見つめながら言葉に出した。
「あぁ。ちゃんと、話す。そして、ちゃんと聞く」
 近藤は微かに頷いて土方の両手を握った。



「あれ、さっきまであそこに……新選組のコスした人いなかった?」
「えぇ? 誰もいないでしょ。怖いこと言わないでよ」
 やがて一陣の風が吹いたあと、池田屋跡地の前にやってきた二人組がそう会話を交わした。
「あんた新選組好きすぎて幻覚見たんじゃない? ヤバいって」
「いや、絶対いたから! いい雰囲気のすごい美形二人!!」



「お帰りなさい、お二人とも。いかがでしたか、現代の京都は」
 機械的な音を伴ってレイシフト用のコフィンの蓋が開くと、オペレーターのマシュの声がした。
「おかげさんで楽しめたぜ」
「えぇ、とても有意義なものになりました。皆さんありがとうございます」
 外見偽装の魔術も解け、浅葱の羽織の二人が床に降り立った。
「もぅ、二人だけでズルいですよ! 今度は沖田さんも連れていってください!」
 そこにぱたぱたと足音を立てて沖田総司が滑り込んできた。
「あぁ、総司。聞きたいことがあるんだけど。光縁寺の……
「あーあー、何も聞こえません。お土産ありますよね、お土産! ください!!」
 やがて二人の帰還を聞きつけたか新選組の隊士たちがぞろぞろとやってくる。
「光縁寺か、懐かしいね」
「山南先生、そこ懐かしむところですか?」
 皆は土方が返した端末を覗き込みながら二人のルートを辿った。
……油小路、行ったんだね」
「随分重いところに行ったんっスね」
「んで、池田屋で最後かよ。しかもそこでのメシはなし。ありきたりで面白くねぇ道筋だな」
 口々に言いたいように言う隊士たちに土方は呆れ顔をした。
「うるせぇ。お前等に遠慮して茶屋遊びはしなかったんだよ」
「ははは、機会があれば今度は皆で行こう」
 ちょっとした賑わいをみせたその場の喧噪に、こうしてこの天文台カルデアで再び集えたのもあの日があったからなのだと、近藤は胸が温かくなった。
「近藤さん」
 土方の声に振り向く。
 彼がもう着ることはないと言っていたという浅葱の羽織。
 その姿の彼がそこにいる。
「新選組は、俺たちの呪いじゃねぇ──祝福だ」
「あぁ──そうだな」
 彼の地で、わかった。
 どんな闇の中でも一筋の光はある。
 もう、迷わない、後悔もしない。
 この仲間が、ここにいる限り──。