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haruon1018
2026-06-05 14:34:57
5042文字
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infernal hero (ヘクマン)
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シガーキッス
新刊のおまけSSの予定だったもの。
前回あげたのと違ってこっちがお互いが救われない展開。
葉巻に火を付けた熱源はお好みでお願いします。
「ン、これで完成っと」
マンドリカルドは仕上がったばかりの煙草を見て満足そうに笑う。
数週間前、憧れの英雄が吸っていたトロヰのレシピを手に入れたマンドリカルドは、あれこれと材料を調達し、完全にヘクトールと切り離される時間を見つけると早速製作に取りかかった。
(これで少しでも記憶が蘇ればいいが
……
いや、まずは吸うの楽しもう)
酒も煙草も、それに女もそれなりに楽しんできたマンドリカルドだが、煙草に火を付けようとすると、指先が震え火が灯せない。
乙女が恋人の袖を握れずにいつまでも指遊びしているようで、マンドリカルドは恥ずかしくなる。
あの人はどんな風に吸っていただろうか。
こんな清潔な部屋ではあの香りは醸し出せない。
と、言い訳ばかりが増えていき、時間ばかりが過ぎる。
(何のために調べたんだ、ここで吸わないでいつ吸う)
ヘクトールに囲われてから数ヶ月、漸くできた自由時間と小遣いをつぎ込んで作ったのだ、早く吸わねば、ヘクトールが帰ってくる。
出掛けてくるから大人しくしていろよと、マンドリカルドの髪を撫でたヘクトールの顔を思い出したマンドリカルドは、苦い顔をする。
まるでちょっと煙草を買いに行ってくるというような風貌と態度で出掛けていった。
ヘクトールは愛煙家ではあるが自作の葉巻を愛用するし、何よりトロイアのヘクトールがそんなことで出掛けたりはしない。
大方、捻れた交渉相手の後始末だろうと考えていれば、トントンとリズムの良い音が聞こえた。
「マンドリカルド、ただいま、良い子にしていた。っとお前さんそれは、」
かろうじてノックはしてくれたが、返事を待たずにヘクトールがマンドリカルドの自室に入ってきた。
ここはヘクトールが借りているマンションの一つである。
家賃どころか生活費全般をヘクトールが支払っているため、マンドリカルドは彼に文句は言えないし、そもそも元刺客であるマンドリカルドに私室が与えられるだけでも好待遇である。
「あ、その
……
」
アダルト本を親に見つかった青少年の方がまだマシな反応をするのではないかと思うくらい、みっともなく狼狽えるマンドリカルドにヘクトールは微笑む。
「云ってくれたらオジサンが使っている材料分けてあげたのに、高かったでしょ」
煙草は手で隠すことができたが、机の上に並べられた葉や香料で、マンドリカルドが何を作っていたのか把握したヘクトールが、後ろから抱きついてきた
「それなりに
……
それに」
憧れの英雄が吸っていた煙草の銘柄がトロヰと教えてくれたのはヘクトールである。
彼も以前愛用者であったが、廃盤になったのをきっかけに、そのレシピを参考にアレンジした葉巻を愛用している。
「それに、何?」
「これは俺の手で作りたかったというか
……
」
「自分で作りたい気持ちは分かるな、オジサンも葉巻は自分で作ったのが一番だと思うし、」
「だろ
……
ところでオッサン臭いのだけど、いつまでそうしている」
「マンドリカルド君、ロートル相手に臭いというのは心臓に刃物を突き付けていると同じ意味なんだぜ」
「そういう意味の臭いじゃないから安心しろ、血と硝煙
……
海辺で仕事してきた、」
饐えた匂いの中に微かに香る海風の匂いは英雄と、そしてヘクトールと対峙した日を思い出す。
「正解、お前さん本当に鼻が良いね、」
「犬みてぇだって云いたいのか、なんだよその目、あと手、」
マンドリカルドを抱きしめるのを止めたヘクトールが、片手を差しだし笑っている。
「急いで帰ってきたからまだ一服してないからねぇ、その煙草で良いから頂戴、」
「なんでだよ、葉巻持ってるだろ、これは俺が吸う
……
」
「味見、お前さんが覚えているのは煙の匂いだけだろ、煙草ってのは鼻で感じる煙はもちろん、舌で感じる味も重要、ってお前さんもそれなりに吸っていたから分かるか、」
べっと舌を出したヘクトールは茶目っ気たっぷりに片目を閉じるが、全然可愛くない。
そのぶ厚い舌で何度、翻弄されか分からないマンドリカルドは観念して煙草を差しだした。
*
「火は自分で付けろよ、」
「はいはい、ン、」
椅子から立ち上がり、ヘクトールの正面に立っているマンドリカルドの、いじましい態度に、どろりと腹に何かが溜まっていくのを感じたヘクトールは、悟られまいとからかうのを止め、軽く返事だけした。
「ン、っ
……
、はぁッ、」
ヘクトールはマンドリカルドから頂戴した煙草に火を付け、煙を舌と鼻で楽しんでいく。(そうそうこの味、今じゃ物足りないとも感じるのは俺が年を取ったからか)
「どうだ
……
流れてくる煙の薫りは同じだと思う
……
アンタが海辺で仕事してくれて助かったよ、」
「そいつはどうも、うん、こんな味だった、」
「良かった
……
」
あの時も一暴れしてから一服したので、似たような香りになるだろう。
硝煙、血、海風の匂い。
条件が揃ったと満足そうにマンドリカルドは微笑んでいるが、あと一つ重要な体臭(かおり)をマンドリカルドは気づいていない。
「ふッー」
なるべくマンドリカルドの顔を見ないように、天井に向かって煙を噴けば紫煙が天井を漂う。
歳を重ねるごとに足したり、引いたりとそれはまるでヘクトールの人生そのものであった。
(元々そこまで売れ筋じゃなかったが、まさかガキに気に入られていたとはね)
気に入っている愛煙家もそれなりにいたが、丁度煙草の衰退期と重なったトロヰは、いつしか市場から消えた。
廃盤直後、職人気質であった工場主が常連にだけレシピを回してくれたので、おそらくマンドリカルドは何らかの形でその内の一人と連絡を取り、配合を聞いたのだろう。
(云えば教えてやったのに、まぁこいつの性分じゃ聞いてこないか)
深く吸い込むために、顔を戻せばマンドリカルドと視線が交わる。
憧れの英雄がヘクトールとも知らないマンドリカルドは、煙とヘクトールを通して英雄を見つめている。
(あーあその瞳、向けられているのは俺だと分かっているけどねぇ)
だが、ヘクトールであってヘクトールではない。
キラキラとした純粋な感情だけを宿した瞳に嫉妬したヘクトールは、ついマンドリカルドに意地悪をした。
「マンドリカルド、」
「はッ
……
な、
――
~~~~!」
口から取り出した煙草をマンドリカルドに咥えさせる。
悋気を起こし先端を舌先に持っていかなかったのだから、褒めてほしいものだが、マンドリカルドはしゃがみ込み、項垂れている。
「マンドリカルド
……
?」
吸い方くらい知っているだろうに彼は、さっと口から煙草を抜くと指に挟み込んでいる。ヘクトールは吝ではないが、折角マンドリカルドが作った物だともう一度咥えた。
「
……
ぅ、ぅ」
未だに顔を上げずにいるマンドリカルドから噎び泣く声が聞こえてきた。
「もしかして煙草ダメだったか、それなら」
云ってくれれば良かったのにと、マンドリカルドの机に置かれている灰皿とライターを見ながら、ヘクトールがマンドリカルドに話しかける。
「違う
……
吸える」
「もしかしてオジサンとの間接キスがイヤだったとか」
「
……
ッサン黙ってろ、今は何も話したくない」
どうやら完全にマンドリカルドの機嫌を損ねたようで、ヘクトールに関して怒りを通り越して、無の感情だけをヘクトールに向ける。
べそべそと泣いているわけではないが追いつかない感情を処理できないでいるようだ。
噎び泣く声が部屋を埋め尽くす。
(そうやってぐずるのは変わらないね)
一度だけ乳臭いマンドリカルドと逢ったヘクトールが微笑する。
そろそろ終いだと苦くなった煙草を消すために灰皿と、机の方に向かえば当たり前のように小さな包みが置かれていた。
「ッチ、」
(どこまでも英雄だけを求める、俺はアロマキャンドルってところか)
ギュッと灰皿に煙草を押しつけたヘクトールが嗤う。
自分からマンドリカルドを揶揄う形で動いたので、自業自得ではある。
ここは年長者である自分が折れてやろうとヘクトールは、謝罪の言葉を考え出す。
「吸わせなければ良かった
……
だって俺は、」
後悔の言葉と一緒に、英雄を求める言葉を溢れ出すマンドリカルドにヘクトールは謝る気をなくした。
「もしかして憧れの英雄から煙草を貰いたかったとか」
「っ
――
!」
パッと顔を上げたマンドリカルドが三白眼を更に鋭くさせ、睨み付けている。
「当たっちゃったごめん、でもそれって間接キス
……
」
「違う、ただあの人のモノが欲しいだけで、そんなことは、」
柔らかなところに踏み込んだのは分かっているが、そうさせるマンドリカルドも悪い。
今ここでその英雄が自分だと教えたところで救われないくせに、ヘクトールなしでは生きていけないのに、この青年はただ幻のような英雄だけを追い求めている。
もっとヘクトールを求めて欲しいと、マンドリカルドの傷を癒やすことなくヘクトールは会話を続ける。
「本当に、」
「本当だよ
……
ただあの人が吸っていた煙草の味が知りたくて、それをあの人から頂けたら俺はそれで
……
」
マンドリカルドが指で唇をなぞるのをヘクトールはただ見ることしか出来なかった。
口づけを強請るような表情をする癖に言葉はただまっすぐでヘクトールには眩しすぎる。
光を遮るように唇を奪おうと、手を伸ばしマンドリカルドの唇に触れたが噛みつかれた。
「っ、マンドリカルド
……
」
「アンタは恋というが違うんだ、あの人は本当に俺の俺だけの、」
これ以上踏み込まれてほしくないとマンドリカルドは立ち上がると、机に置いてある小包を握りしめ、大事に抱える。
もう触れないでくれというハラハラと涙を流すマンドリカルドに、流石のヘクトールもやり過ぎたかと反省する。
「そうだよな、触れてほしくないよな、」
「ッ
……
これ以上、近づくな」
「ごめんなオジサン、こんな愛し方しか出来なくて、」
跪き許しを乞うように、マンドリカルドの片手を握るが冷たく振りほどかれる。
「
……
俺が許すも許さないもアンタには関係ないことだろ、」
どうせさっきみたいに無理強いするだけだとマンドリカルドはヘクトールを罵るが、その間も、視線を合わすことなく包みを持つ手の力だけが強くなっていく。
「マンドリカルド
……
買い物に行こうか、」
「なんだよ急に
……
」
「お前さんがお前さんでいられる場所、そこには俺は絶対に入ることはない、お前だけの、いやお前と英雄だけの巣を用意してあげるよ、」
部屋ではダメだ。
ヘクトールがついうっかり今日みたく入り込むかもしれない。
もっと物理的に彼との境界線が出来る確実なモノが欲しい。
「巣って何だよ、
……
本当に入ってこない、」
ちらりとヘクトールに視線を合わせたマンドリカルドに、ようやくヘクトールは安堵した。
「ああ、絶対にお前さんが気の済むまで入っていれば良い、」
「
……
分かった、けど買い物はイヤ、今はオッサンと一緒にいたくねぇ、」
「それじゃお前さんが困るでしょうが
……
」
「物置にあったあのハウス使わないなら俺にくれ、当分の間はアレで我慢する、」
「いやアレ、確かに人間用だけど、お前、」
マンドリカルドがハウスと呼んだのは人間用のキャットハウスである。
確か、いつかのクリスマスにアポロンが、「猫耳付けたパリスちゃんをここに入れて、」と欲望全開な台詞を吐いたので、流石に弟が可哀想だと、ヘクトールのマンションにしまい込んだ曰く付きの建物である。
「今は兎に角それでいい、じゃないと俺、」
壊れそうだと俯くマンドリカルドにため息をつきながら、ヘクトールは分かったと返事をした。
「すっぽり入っている、」
とりあえず物置に仕舞ってあったキャットハウスを日当たりの良いリビングに置けば、
マンドリカルドはそこに潜り込んだ。
「っ
……
ぅ、ン、」
包みを抱きしめて眠り続けるマンドリカルドをヘクトールは黙って見守る。
白いフェルトで出来た柔らかい箱は、主神を思い出し居たたまれなくなるが我慢するしかない。
「いつまで隠っているかねぇ
……
」
せめてマンドリカルドが夢の中でも英雄に会えるように、苦くて重い煙草を吸い続けながらヘクトールは、マンドリカルドに許されるのを待っていた。
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