たもヤロウ
2026-06-05 01:20:42
34540文字
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薬師、ふたり

アーテリ、仲良しなアーフェンと薬師テリオン。くっついてはいません。モブが沢山出る。

ウッドランドのとある場所——

あの八人の旅の後、テリオンはアーフェンと共に薬師の助手として旅を続けていた。
セントブリッジでの悲劇を経て、アーフェンは薬師としてあらゆる人間を助けることが綺麗事では済まされないことを思い知った。だが、結局思い悩んだ果てにその綺麗事を捨てることもできなかった。
そのために信頼が置けて、器用で、世にも詳しくアーフェンに遠慮のない――さらに旅の目的の当てもなかったテリオンに補助役を頼み込んだのだ。

少しは渋られるかと思ったアーフェンだったが、意外にもテリオンはこれを快く了承し、今も隣でアーフェンの手助けをしてくれている。旅の間、薬師のジョブをずっと身に纏っている彼は、調合こそできないものの手当や道具の扱いの飲み込みも早く、とても頼もしい親友だ。正直に言えば、離れるのが寂しくて誘ったという下心もかなりある。

テリオンもテリオンでアーフェンのことは気の置けない友人だと思っているし、このお人良しがセントブリッジの事件の後、オアウェルで立ち直るまでずっと心に影が出来たような、表面を取り繕ったぎこちない笑顔をしていたことを気にしていた。
あんな悲痛な顔はもうさせたくない――仲間として、友人として。テリオンは心からそう思った。だからこそこうして盗賊としての経験を活かし、彼が悪意に晒されないよう注意深く見守っている。

そんな二人がウッドランドへとやってきた理由は、薬草の採取であった。アーフェンはお代を取らないため、必要最低限の素材しか買えずにどうしても自前で素材を取りに行く必要が生じる。

今歩いている道は、今までで通った覚えが無い場所だった。ウッドランドの中でもこのあたりは特に鬱蒼としており、足元が見辛い。夜になれば何も見えなくなりそうなほどだ。だが、この先に町と薬草の群生地があるとの情報を得たアーフェンは、行ってみたいと言い出したのだ。特に、町に寄ればまた薬を求めている人がいるかもしれないと。

ずんずんと迷いなく進んでいくアーフェンは道程を把握しているのだろうかと心配になる。
テリオンは木の隙間から日の位置を確認する。このまま進めば町にはたどり着けそうだが、群生地まで行くとなるとさすがに日中にことを済ませることは難しいだろう。確認のためにテリオンはアーフェンへと声をかけた。

「おいアーフェン、今日はこの先の町で一泊するのか?」
「ん?えーと・・・このまま今日中に群生地まで行っちゃダメか?」

案の定、計画性のあまりない返答にテリオンはやれやれと溜息をつく。そしてスケジュールに関してのテリオンの考えを話せば、アーフェンはきょろきょろと辺りを見回した後、納得したように賛同した。暗くなってしまえば視界が悪くなり危険性もあるとわかったのだろう。

「よし!じゃあこの先で一泊・・・いや、もし患者がいれば数泊するかもな。そんでもってその後か隙間時間に素材を取りに行く!これでどうだ?」
「ああ、悪くないんじゃないか。なんならおたくが患者を診るような事態になったら俺が素材を取りに行ってもいい。流石に短時間で往復できるほど近くは無いようだからな」

それを聞いたアーフェンはありがとなと笑い、テリオンと肩を組んで歩き出そうとした。だが、さすがに危ないだろうと引き剥がされ、少ししょんぼりとした様子の薬師にテリオンは苦笑を浮かべるのだった。



森道を歩いていればふと、テリオンには人影が見えた気がした。それも道の傍らにある木の陰に隠れてこちらを伺っているような気配がする。
無視を決めようかと思ったテリオンだったが、万が一奇襲などされては困る。そのことをアーフェンに伝えれば、いっそのことこちらから話しかけてみてはどうかということになった。
アーフェンが木の陰の人影へと近づき、声をかける。

「なあ、あんた。俺たちに何か用か?」
「ひっ!」

その人影の正体は狩人のようだった。弓を携え、ハンイットのように森の障害物から身体を保護するような装備を纏っている。どうやら賊の類ではなさそうだった。
その狩人は声をかけれられると露骨に怯え、こちらをじいっと観察する。そしてそれが二人組の薬師の旅人だとわかるとほっと息をつき、その場へと座り込んだ。

「ああ、よかった・・・あの町の人間じゃないみたいだね」
「あの町?」

テリオンが疑問に思うと狩人はこれから自分達が先へ進む予定の道へと指を指した。もしかすると次に泊まる予定の町の事だろうか。

「もしかしてこの先を抜けたすぐの町か?何かあったのか?」
「ああ、薬師さん。あそこには立ち寄らないほうがいい・・・錯乱して凶暴化した変な人間がたくさんいるんだ・・・俺もそれでやられたんだ」

森の薄暗さからぱっと見ではわからなかったが、身体を良く見れば切り傷・・・それも人間が凶器でつけたものであろう傷がいくつか見られた。特に足の傷が深く、これではろくに逃げたりもできなさそうだった。きっとアーフェンとテリオンもその町の人間ではないかと警戒していたからあのような挙動をしていたのだろう。

「こりゃ結構深いな・・・これじゃ歩くのも大変だろ。よっしゃ!治療するぞ!」
「え・・・いいのか!?あ、でも、有難いのだが生憎あまり手持ちが・・・」
「お代はいらねえよ!」

治療を申し出たアーフェンがテリオンに目配せをすれば、テリオンはわかっているというように頷いて、鞄から水や包帯を取り出し、アーフェンに手渡す。
傷に薬を惜しみなく塗って治療を施せば、狩人は頭を深く下げて礼を言った。

「ありがとう!なんとお礼を言ったらいいか・・・」
「礼はいい。それよりもその町で何が起こっている?俺としては情報が欲しい。あんたの知っていることだけでいいから教えてくれないか。それが対価だ」
「もちろんだ!実は―――

どうにもきな臭いと感じたテリオンは、一つでも多くの事を知っておこうと目の前の狩人から情報を引き出すことにした。
それによると、その町へ来たのは一か月ぶりであり、いつものように物資を買い込もうと町を歩いていると急に悲鳴を上げた人間に襲われたのだという。それも一度や二度ではなく、何度か別の人間にも襲われた。
以前に訪れた時はこんなことは無く、一か月の間に何かおかしなことが起きたのではないかということだった。正気な町人ももちろんいるが、あんまり詳しい原因はわかっておらず、わかっていることは錯乱している人間は老若男女は問わないが数としては貧民や女性が多いことと、まるで病が蔓延しているような広まり方だということだけだった。

「それで足をやられてね・・・魔物やそういった人間に襲われるとひとたまりも無いからこうやって隠れていたんだ」
「なるほどな・・・」
「でも痛みも少しは治まったし、これなら家に帰れそうだ!本当にありがとう!」
「結構深かったから、帰ったら動かさずしばらく安静にしとくんだぞ!」

狩人は立ち上がると、笑顔で礼を言いながら手を振って去っていった。少し足の挙動はおかしいが、あの程度ならば問題ないだろう。
アーフェンもまた笑顔で手を振り返す。やはり人を助けられるというのは気持ちがいいものだった。

「さて・・・そういうわけだがどうする?アーフェン先生?」

テリオンは一応アーフェンへと尋ねる。が、立ち寄らない方がいいとは言われたがどうせ行くことに変わりは無いと分かりきっている。むしろ、話を聞く限り町には怪我人と錯乱した人間がわんさかいるという。そして恐らく、その原因は魔術的な要素でもなければ薬師の分野に関わることだ。
町に行かずに野宿でやり過ごすことは簡単だが、アーフェンが旅をしているのはそういった人々に手を差し伸べるためだ。ますます行かない理由が無いのだ。

「わかってんだろ?もちろん町に行くぜ、テリオン」
「ふ・・・愚問だったな」

アーフェンは早速、歩きながら精神症状に効く薬を頭の中で探し始める。代表的なのはやはりコンラントやナゾの花だろうか。今の手持ちで使えるものはその程度だろう。
それに、あくまでこれは一時的に症状を抑えられる程度のものであり、誰でも使えるような代わりに根本的な治療は不可能だ。やはりこの目で確かめて新たに薬を練らねばならない。

(町についたらとりあえず対処療法でなんとかして・・・原因を探らねえとな。足りない薬の素材はテリオンに任せるしかねえか)

「なあテリ・・・あれ?」

そうして頼み事をしようとアーフェンが隣へと目を向けると、そこへいたはずのテリオンがいない。
何処へ行ったのかときょろきょろと周りを見渡すも彼の姿は見えず、アーフェンに焦りが生じる。まさかはぐれたのか。音も立てない魔物に襲われたのか?だけどテリオンに限ってそんなはずはないと頭を振れば頭上からガサリという音が聞こえた。
アーフェンが上を見上げれば、そこには木に登ってなにやら蔦を回収しているテリオンの姿が見える。そしてアーフェンが呆然と自分を見上げていることに気付くと、木から音も無く飛び降りた。

「何をしているんだ薬屋」
「いや・・・それはこっちのセリフだっての!急にいなくなるから吃驚したじゃねえか!」
「必要になるかと思ってな」

そう言うとテリオンは丈夫そうな蔦を鞄にしまいこみ、ついでに採ったであろう薬草をアーフェンに手渡した。

「おっ!コンラントか!丁度欲しかったんだ、ありがとよ!・・・じゃなくって!行動を起こすならまず声をかけてくれよ!驚くだろうが!」
「わかったわかった・・・悪かった」
「あんたは結構危なっかしいから急にいなくなられると心臓に悪いんだよ・・・」

アーフェンが大げさに胸に手を当てて大きく息を吐くと、おたくは心配性だな、とテリオンが小さく笑う。この助手はこうして気を利かせてくれるのはありがたいが、盗賊の性かこうやって音も無く急に行動を起こす時があった。アーフェンは、それでいつか本当にテリオンがいなくなるのではないかと心配になるのだった。


「ここか・・・へぇ、思ったより広い町だな。こりゃ聞き込みから入った方がいいかあ?」
町に着いたアーフェンはきょろきょろと町を見渡しながら言った。
「まずは一通り散策してみたほうがいいだろ。宿も取らなきゃならないしな。それに話によると急に襲われる危険性もある。警戒は怠らない方がいい」
「たしかにそうだな・・・うっし!じゃあ、まずは様子見だな!」

とりあえず町を散策してみることにした二人は、地理や建物、町民の様子などを観察しながらゆっくりと歩く。どうやら、この町は東地区と西地区で別れており、今いる場所は西の区域だ。街並みもそこそこ綺麗で宿や道具屋、酒場などが揃っていて活気がありそうだった。

だが、どうにも町の規模の割には町民の数が少なく、警戒心や怯えを滲ませている人間が見える。きっとあの狩人が言っていた人が錯乱して凶暴化するという現象のせいだろう。遠巻きにこちらをじろじろ見ている町人もいるようだ。

そのまま東地区の方へと足を進めていけば、突如ガタンとモノがなぎ倒されるような音が聞こえ――

「うわああああん!!」
「!?」
「ああアアア!!!」

小さな子供の女の子が泣きながらこちらに走ってくるのが見えた。更にその後ろを見れば、女性が奇声を上げ、木の棒のようなものを振り回しながら追いかけてきている。
その顔は怒りというよりも恐怖に歪んでおり、焦点も合っていない。どうみても正気とは思えなかった。

テリオンは少女と女性の間に躍り出て、振り回される木の棒を避けながら当身を入れる。そして鞄から丈夫な蔦を取り出すと、あっというまにその女性を拘束した。

「おぉ~!」

アーフェンは手を叩き、その早業に感心したような声を上げた。

「関心してる場合じゃないぞ薬屋」
「そりゃそうだ。そっち任せていいか?」
「・・・ああ」

テリオンは頷くと、アーフェンが女性の診察に入ったことを確認して泣いている少女へと向き直り、目線を合わせる。そして子供が怖がらないようにと朗らかな笑顔を作りだして話しかけた。

「よしよしお嬢ちゃん、怖かったね・・・よく頑張った。もう大丈夫だよ」
「ひっく・・・うええん・・・!でも、ママが・・・ママが・・・」
「キミのママが何か大変なのかい?」
「ママ・・・きゅうにおかしくなっちゃった・・・あああああん!」
「もしかしてキミを追いかけていた女性がママなのかい?」

少女はこくりと頷き、アーフェンが診ている女性母親のほうをチラリと見た。そしてまた大きな目に涙を溜め始める。
急に、そしてあの錯乱した様相——この親子の服装を見れば、少々小汚く裕福には見えない。話によれば確か貧民や女性に多い――つまりあの母親は例の症状の被害者なのだろう。
少女は不安そうな涙声でテリオンに話しかける。

「お兄ちゃん・・・ママ・・・どうしちゃったのかな。いつもはね?優しいんだよ。わたし、わるいことしたのかな・・・」
「・・・キミのママはひょっとすると病気かもしれない。でもあのお兄さんはね、アーフェンって言う優秀な薬師なんだ。きっと良くなるよ」
「くすりしさん・・・?ぐすっ・・・。ママ、いつものママにもどるかなあ?」

少女は目を擦りながら、テリオンのほうを向く。
テリオンは不安を吹き飛ばすような目いっぱいの明るさを込めて大げさに胸を張りながら少女へと尋ねた。

「もちろんさ!だけど、そのためにはママがどんなことをしていたのか知る必要がある。おかしくなる前にどんなことをしていたか教えてもらえるかな?何を食べたとか、どこを歩いてた、とか。どういう人に会ってたかとか些細な事で構わないよ。ああ、僕はテリオン。あのお兄さんの助手さ」
「テリオンお兄ちゃん・・・?う・・・うん!わかった。えっとね、ずっとおるすばんしてたんだけどね。きょう、ママが帰ってきたらなんか変でね?」

身振り手振りで一所懸命に伝える少女のいう事は幼さもあってか要領を得ない。それでも母親のためだと必死に思い出して伝えようとする姿にテリオンはうんうんと相槌を打ちながら話を聞いた。

どうにかこうにか話をまとめると、この親子は東地区に住んでおり、ここ最近の騒動から娘は家から出ないように言いつけられていたらしい。
そして今日、外に出かけていた母親が帰ってきた後、どんどん様子がおかしくなっていってついには暴力を振るおうとしてきた。それで身の危険を感じて逃げて来たのだという。

「そうか・・・よく、話してくれたね。ありがとう。大丈夫!必ず治るさ」
「・・・うん!」

テリオンが柔らかい表情で礼を言い、立ち上がると少女は少し安心したようにテリオンの服の裾を掴む。そして二人が母親と呼ばれた女性のいる方を向けば、アーフェンがこちらを向いて親指を立てながら口角を釣り上げて頷いている姿が見えた。

「う・・・ん?私は・・・?」

患者の女性が正気に返っている。まだぼうっとはしているが、先ほどの狂ったような表情は見られず、落ち着いている。アーフェンの薬が効いたのだろう。

「ママ!!」
「あの人、治ったのか!?」
「そういえばあの兄ちゃん、薬師って言ってた!やった!薬師さんが来てくれたぞ!」
「薬師様!」

一連の流れを見ていた町民たちが一斉に沸き立つ。ここのところ頭を悩ませていた現象に光明が見えたと言った様子だ。家の中に入って様子を見ていたらしき人も外に出て来て、辺りが騒然とする。

「やっぱり病気か何かだったのかしら?私の友達も様子がおかしくなっちゃって隔離されてて・・・」
「東地区なんかもう地獄絵図で誰も近寄りたがらねえんだ。あっちの人たちが可哀想でなんねえよ!なんとかなるのか!?」
「な、なあ・・・あれを治す薬があるのか?いくらだ!?」
「うおおお!ちょっと落ち着いてくれって!!」

町民から一斉に詰め寄られアーフェンは狼狽する。そして思いっきり手を叩いてパンッと音を響かせると、町の人たちはハッとしたように静まり返った。

「薬は配る!お代もいらねえ!だけどこれだけは頭に入れててくれ!こいつは一時的に症状を和らげるだけで完治できるもんじゃねえんだ。ちゃんとした特効薬を作るには原因を特定する必要がある!だから些細な事でもいい、何か知っていることがあれば教えてくれ!」

それを聞いた町の人たちは次々とアーフェンに情報提供をしてくれた。どうやら噂通りかなりの人数が罹っているらしく、特効薬ができるまで持たせるとなるとかなりの時間や物資を要しそうであった。

東のほうは西に比べて若干貧民層が多く、症状が重かったり、そもそもあちらに立ち寄った人間が罹っているのではないかという話まである。
アーフェンはとりあえず話の分かる人間の多い西の患者を診ながら原因を探って行くことにした。逸る気持ちはあるが、二人はこの町に着いて間もないため状況もよくわかってはいない。なんの前知識も無しに行くのは危険だろうと思い、順を追っていくことにしたのだった。



アーフェンとテリオンは、西区をくまなく歩き回り、患者の家を訪ねながら薬を処方していく。道で襲い掛かってきた者や、往診中に暴れ出した者はテリオンが拘束してアーフェンが治療を施す。そして正気に返った者からは話を聞き出して情報を集めていった。

「あの~・・・薬師の兄さん方、東区画に配る薬はありますかい?」
「・・・ん?なんだあんたら、話を聞いてきたヤツか?」
「俺たちあっちのモンでして・・・その薬を皆に配りたくて・・・」

そうしていると、大柄で品のあまりなさそうな男たちがやってきて薬を配らせてくれと頭を下げてきた。あちらの住民のようだが、どうしようかと頭をぽりぽりと掻きながらアーフェンは考える。

正直、手伝ってくれるならばありがたい。アーフェンとしては一刻も早く患者全員に薬を行き渡らせたいのだ。現地の人間ならば、ここへ来てから二日も経っていない自分達よりはよほど町については詳しいだろうし、今の薬ならば万が一誤った使い方をされても深刻な症状が出ることは無いはずだと判断した。

「・・・わかった、じゃあ20個ほどあるからこいつを持って行ってくれ。ちゃんと配ってくれよ?」
「おお!サンキュー兄ちゃん!」

アーフェンが薬を差し出せば、男たちはそれをひったくるように奪うと、早足でその場を去って行った。
その様子を見ていたテリオンは思いっきり眉を顰める。

「おい薬屋、何考えてるんだ?今のヤツらはどうみてもごろつきだっただろう」
「けどよ・・・俺はこっち側で今んとこ手一杯だし、あとであっち側もちゃんと見に行くつもりだ。あの薬は一時的に症状を軽くするだけだから副作用もほぼ無いし、今より状況が悪化することはねえ」
「だからと言って・・・」

薬はお前の財産だろう。奪われてもいいのか――と口を挟みかけたテリオンであったが、音の代わりに呆れたような溜息が出る。この男にそんな話は野暮なことを知っている。己の財布が寂しかろうと他人にお代を払わせないような男だ。テリオンもそれを承知で付いてきている以上何も言えることは無かった。

「それよりテリオン。ちょいと頼みがあるんだがいいか?薬草の在庫が切れそうだから行く予定だった群生地で採って来てくれねえかな?」
「わかった。早速行ってこよう。コンラントとナゾの花だな?」

アーフェンの頼みごとをテリオンはすぐ承諾し、出発の準備に取り掛かろうとするとアーフェンから待ったの声がかかる。

「あ!ちょっとその前に共有しときたいことがあってよ!」
「・・・なんだ?」
「ええと・・・今まで集めた情報からちょっと推察してみて・・・ええとどこだっけ?」

アーフェンが野草図鑑を取り出し、ぱらぱらと捲っているところをテリオンは準備を進めつつ横からのぞき込む。やがてある毒草のページが開かれたところでアーフェンは指を指して説明しだした。

「今まで見た症状や話からだと病原は精神毒系・・・それも魔物や毒虫とかより毒草の可能性が高いと思ってよ。特に思い当たるのがこの・・・青い花と、白い花、それからこの赤い花だな。ウッドランドには普通咲かねえとは思うんだが、万が一見かけたら報告してくれねえか?」

テリオンはその描かれている草の特徴を脳へと叩き込む。白い花は花弁に触れれば、青い花は根を加工して摂取すれば幻覚や混乱といった症状を引き起こし、町を騒がせている患者に近い行動を誘発するようだった。

「あまり素人が触っていいもんじゃなさそうだな・・・これは?」

ところが赤い花についてはあまり詳しい記述が描かれていない。テリオンが指を指せば、そのことに気付いたのかアーフェンが補足説明を入れる。

「ああ、そいつは花粉がヤバい。だから特に広がりやすく症状も人によっちゃ深刻に出る・・・らしい」
「・・・・・・らしい?」
「綺麗な花だからって植えたやつらが昔は多かったらしいんだが、その危険性から駆逐されていって今はすげえ希少なんだってよ。俺も実物を見たことはねえ。まあ、解毒剤の作り方は他のモンと一緒らしいけどな」

そう言ってアーフェンは肩を竦めた。元凶候補としては一番怪しいが、そもそも生えているところを見たことがないほどなのだ。だからこそテリオンには知識と危険性を共有しておきたかった。

「そうか。まあ、注意はしておくとしよう」
「まっ、あんたなら器用だから上手くやるだろ!信頼してるぜ~テリオンさんよお」

アーフェンはわははと笑いながらテリオンの首へと腕を回して抱き着き、白いふわふわの髪をわしわしと撫でつける。
眉間に皴を作り、心底鬱陶しそうな顔をした盗賊は薬師へ軽い手刀をお見舞いし、鞄を抱え直すとそのまま森へと歩き出す。何やら呻いている声が聞こえなくも無いが気のせいということにしておいた。




(・・・無いな)

数時間後——無事に滞りなく薬草採取を終えたテリオンは、伝えられた毒草の特徴を探しながら帰り道を歩いていた。
しかし、見渡せど死角を覗こうとテリオンの目にはそれらしき花は一切見えない。己の目に自信のあるテリオンは、アーフェンが言った花の数々は町の外には無いと結論付けた。

道中、襲ってくる魔物も注意深く見てみてはいるものの、特に変異したりこの辺りによく出没する亜人——ラットキンがそういったものを使い始めたということもなさそうだった。

(進展は無かったが・・・とにかくさっさとこいつを薬屋に届ける方がいいだろう。それからまた考えればいい)

そう考えながらテリオンが町に入ると、ここへ着いた当初よりもずいぶんと活気に溢れるようになったと思った。これが本来のこの町の活気なのだろう。
アーフェンはテリオンに気付くと、手を振りながらテリオンの方へと走ってくる。そのままテリオンが薬草の入った道具袋をつきつければ、アーフェンは喜びながらそれを受け取った。

「ようお帰り!薬草もバッチリだな!量もあるし質もいい。相変わらずいい目利きしてんじゃねえか。ありがとな!」
「ああ。だが、おたくの言っていた花は見つからなかったぞ。ぐるりと一通り見て回ってみたが、恐らく町の外には生えていない。やはりカギは東地区にあるんだろうな」
「東か・・・一応、西のやつらは一通り見終わったんだけどよ。ちょうど薬が切れちまったから調薬しないといけねえ」

アーフェンは腕を組んで首を傾げながらうーむと考えこむ。
東は現地人に薬を譲っただけで未だにろくに診られていない。さらにその薬もちゃんと使われているのかの確認もできていなかった。何よりあっちが良くなったという話が全く流れてこないのである。

テリオンはそら見たかといわんばかりにアーフェンをじとりと睨む。対してアーフェンは苦笑いを浮かべ、頬をぽりぽりと掻いた、
とはいえアーフェンは善意でやっただけで悪いのは全面的にあいつらだろう。それにあちらの状況がわからないうちから断定してしまうのも早計に思える。

「はぁ・・・俺が様子を見てくる。おたくは薬を練ってからこれからどうするか考えろ」
「おう!俺も落ち着いたら後で行くわ」
「何も無ければ数刻以内には戻る。もし、俺が戻らなかったら来るといい」
「あいよっと」

テリオンは薬が出来上がっていないのもあり、最低限の物資だけを持ち東地区の方へと向かった。

「テリオンにいちゃん・・・?」

そしてその後ろ姿を見つけ、首を傾げる者がいるのだった。



東と西の境界線にある簡易的なアーチを潜り抜ければ、そこは西よりも随分と閑散的でぼろぼろの道が見えた。木々もあまり整備されておらず生い茂っており、隠れるにはもってこいともいえる。罹患した町人に襲い掛かられるのも御免だし、アーフェンの薬を持って行ったやつらにもまだ見つかりたくは無い。

テリオンは木の上へと移動すると、町の様子を探り始めた。すると町民が陰で立ち話をしている様子が見える。
何か情報があるかもしれないと思い、テリオンはこっそりと聞き耳を立てた。

「また例のやつ?もう嫌よねえ・・・」
「でも今回は、小柄で力の無い人だったから簡単に取り押さえられてよかったわねえ。でもこの間うちのお祖母ちゃんもおかしくなっちゃって・・・お父さんが切りつけられて怪我しちゃって。本当、いつになったら治まるのかしら・・・」
「あっちの通りで薬を売ってる人がいたけど・・・高すぎるし、薬師に見えないから手を出して大丈夫か心配で・・・」
「一応買った人曰く効き目はあったらしいのだけど、やっぱり怖いわよね・・・あの人たち、最近はあくどいこともしてるって噂だし・・・」

(・・・チッ、俺たちの話はこっちまで届いてないらしいな)

こちらはあちらよりも錯乱症状が出ている人間が多いと言われており、わざわざ危険を冒して情報を伝えに来るものはいないのだろう。そもそもこちらでは外に出ている正常な人間があまりいないようだ。
テリオンは内心で舌打ちをする。あのごろつきどもは配ると言って持って行ったにもかかわらず、何も伝えていないどころか高値で売りつけているようだ。幸いなのは無理矢理売りつけて金を巻き上げているような様子はないことか。
アーフェンの善意を踏みにじって金儲けに使われているという事実に、テリオンは怒りがふつふつと沸いてくるのを感じる。

(あっちの通りと言ってたな・・・行くか)

テリオンは木や家の屋根を伝い、町人が話していた薬売りとやらがいる通りへと向かった。



「ほ、本当にこれでうちの娘は治るのかね!?」
「ああ!実際に治ったやつを見たからウチに買いに来たんだろ?希少品で数量限定だからよお。お代は五万リーフだ!」
(いた・・・!あのごろつきどもは完全にクロだな。見逃す道理はなくなったぜ)

町の中でも特に広めの大通り。テリオンが話を聞いた通り、そこには老人に高値で薬を売りつけるごろつきたちがいた。内容を聞く限り、情報が行き渡っていない弊害でいくつかは売れてしまったのだろう。

待ちな」

テリオンは自らの短剣が腿のホルダーにきちんと納まっていることを確認し、濃緑のストールを翻してごろつきたちの前へと飛び降りた。男たちは突然の乱入者に狼狽える。

「な、なんだ!?お前は!?」
「ウチの先生はそいつは『配れ』と言ったんだが?売れなんて言ってないし、あんたらが申し出たもんだろうが。約束を反故にするなら返してもらうぞ」
「こ・・・こいつ!あの薬師の助手って男ですぜ!おやぶん!」
「何・・・っ!?くそっ!口を封じろ!」

苦虫を噛み潰したような顔をしたごろつきたちは、都合の悪い薬師の助手を逃がすまいと一斉に襲い掛かってきた。テリオンはこれをひょいと軽く躱し、一番大柄な親分と呼ばれた男の懐から薬を抜き取り、老人へと投げ渡して言った。

「そいつを患者に飲ませてやれ。無理ならば効力は若干落ちるが直接かけてやるといい。お代はいらん。わかったらさっさとここから離れるんだな」
「た、助かるが・・・こんなことしてしまっていいのか!?あ・・・あんたは何者なんだい?」
「その薬を作ったアーフェンって薬師の助手さ。あいつは今、西で患者を診ているがすぐにこっちにも来る予定だ。他の奴にも伝えてやれ」

老人はありがとうと礼を言い、早足に去っていく。そちらを妨害しようとしたごろつきはテリオンの短剣に攻撃を阻害され、激昂した。

「テメェ!!よくもやってくれたな!」
「ふん・・・よくもやってくれたのはこっちのセリフだ。薬屋の好意を利用しやがって。俺はあいつほど甘くはないぞ。衛兵に突き出してやる、覚悟はいいか?」
「ええい!やっちまえ!」

相手は数人、しかもそこまで手練れでもないと判断したテリオンは軽く攻撃をいなし、峰打ちで次々と相手を沈めていく。ごろつきたちは力だけはありそうだったが、それだけで勝てるほどテリオンは甘くはない。

「ふっ・・・!」
「ギャッ!」
「な、なんだこいつ・・・くそっ!当たらねえ!」
「つ・・・強い・・・まさか助手って護衛って意味だったのか!?」

しなやかな獣のごとき動きで相手を翻弄していくテリオンに、ごろつき達は焦りを見せる。こんな小柄で若い薬師一人にここまで圧倒されるとは思っても居なかったのだろう。
気付けば取り巻きたちはみな地に伏しており、テリオンの矛先が大男へと向く。

「あとはあんただけだな、ライフスティールダ――
「おやぶん!!」

そしてテリオンが最後の一人に向かって跳び、短剣を振りかざそうとすると――

「ひいっ!」
「きゃああああ!?」
(・・・!?あの時のガキ!?)

ごろつきは怯えながら物陰にいた少女の手を掴み、ぐいと引き寄せてテリオンの攻撃からの盾にした。振りかざされようとした短剣は少女の眼前でぴたりと止まり、急停止した反動でテリオンに隙ができる。
そしてヒュンと何かが風を切って飛来する音が聞こえ――

「がっ・・・!」
「わ・・・やった!当たった!」

それはガツンと大きな音を立ててテリオンの頭へと当たった。転がっている物を見ればこぶし大ぐらいの硬そうな石だ。さっき床に転がしておいた取り巻きが力任せに投げたのであろうそれは見事にテリオンへとヒットしたのだ。

体勢を立て直そうとテリオンは状況を確認する。取り巻きの男たちは石を投げはしたものの未だに地をはいつくばっている。さっきの少女はおろおろと混乱しながらも既に大男の手から離れており、大男の方も咄嗟に盾にしたといった様子でこれ以上子供に危害を加えるような素振りは見られなかった。

思ったよりも甘い悪党だなと再び攻撃をしかけようとしたテリオンであったが――

「うぐっ・・・!?」
「おやぶん、あいつ様子が変じゃないすか?」

動かそうとした手足ががガクガクと震え、短剣を取り落とし、そのまま身体が崩れ落ちた。まずい、立てない。相当当たり所が悪かったのであろうそれはテリオンの脳を揺らし、平衡感覚を狂わせる。
身体に力が入らずに動けなくなったテリオンは、ぐるぐると頭が回る気持ち悪さからごぽりと胃液を吐き出した。そういえば朝から何も食っていなかったかと場違いなことを考える。

「おやぶん、こいつどうしますか?さすがに殺したりはちょっと・・・」
「あのじいさんに聞かれちまったから、薬ももう売れなくなっちまいそうだよな・・・そうだ、こいつを――

テリオンが動けなくなった様子を見たごろつき達は、仲間内で何やら話し合った後にテリオンを地面に押さえつけ、後ろ手を紐でぐるぐると縛って拘束した。

「くそ・・・しくじった・・・」
「おにいちゃん・・・?」
「まだ・・・いたのか・・・こっちは危ないぞ・・・早く逃げてあっちに帰・・・れ・・・」
「おい、そこの嬢ちゃん。薬師のアーフェンとやらに伝えな・・・お前の助手は預かった。返してほしくば百万リーフ用意して東地区の赤い屋根の家・・・俺たちの根城に来いとな」

捕らえたテリオンを担ぎ上げた大男は少女に伝言を伝えると、獲物が逃げないようにと首を締め落としながら自らの拠点へ向かって歩き出す。
伝言を聞いた少女が泣きながら西へ向かって走り出す姿を確認したテリオンは、そのままだらりと脱力し、意識を闇へと落としていった。



「うっし!できた!っと・・・それにしてもテリオンのやつ遅いな」

テリオンが摘んできた薬草をすべて練り終わったアーフェンは、道具をしまい込むと首をこきりと回した。調薬に夢中になっていたので気付かなかったが、陽がかなり動いていて思ったより時間が経過している。しかし未だにテリオンは戻っていないようだった。じっくり見て回っているのか、何か厄介事でもあったのか・・・アーフェンは入れ違いになる可能性を考えつつも一度東へと向かってみようと思った。その時——

「うあああああん!!アーフェンお兄ちゃん!!テリオンお兄ちゃんが!」
「・・・・・・!?テリオンがどうかしたのか!?」

アーフェンの元へと泣きながら女の子が走って来た。あの子はこの町で最初に診た患者の娘だったはずで、たしかテリオンが宥めていた子だ。あの後はずっと西に居たはずなのに一体何があったのかと話を聞いてみると、アーフェンの顔が青ざめていく。

どうやら東へ向かうテリオンが気になって追いかけてみたところ、すぐに見失って途方に暮れていたようだ。しばらく歩いているとなにやらケンカになっているテリオンと大男を見つけたが、大男が怒鳴っていたり、テリオンの雰囲気がまるで別人なので怖くて近くで隠れていたという。そしてそのあと気づいたら男に腕を引っ張られて、混乱しているうちに、いつのまにかテリオンが捕まっていた。そしてアーフェンに身代金を要求してきたのだ。

「それでね、あの悪そうな人たちが百万リーフと引き換えだって・・・」
「な、なあ。ちなみにそれテリオンは何か言ってたか?」
「えっと・・・しくじったって・・・」
「な・・・ん・・・だと・・・」

その一言を聞いたアーフェンはひどく動揺した。握りしめた手が冷汗で濡れ、心臓がどくりどくりとうるさく鳴る。あの盗賊はわざと囮になったり捕まったりすることはあるが、その時にしくじったという嘘を聞いたことは無い。つまり――

(しくじったってことは・・・しくじったってことか!?テリオンが危ねえ!百万・・・!?そんな金持ってるわけねえだろ)
「わたし・・・わるいことしちゃったのかな・・・」
「いいや・・・怖かっただろうに伝えてくれてありがとよ。そんな金はねえがとりあえず俺はあいつを助けに行ってくる。お嬢ちゃんは大人しく待っててくれよな」

アーフェンは伝言役を果たした少女に礼をいい、安全なところまで送って行く。そして自らの頬を気合を入れるように叩くと、斧を携えて東の根城へと走り出した。




「あれか・・・」

赤い屋根の家ごろつきの根城の前へとやってきたアーフェンはその大きい屋敷のような建物を睨む。外観がぼろぼろなあたり、廃屋になったデカい建物を根城にして住みついていると言ったところか。道中、テリオンの短剣が落ちているのを見つけ、回収したアーフェンは本当にテリオンが攫われたのだといよいよもって実感した。

途中、住民から噂の薬師様だという声も掛けられたが、焦るアーフェンは真っ直ぐにこちらへ来てしまった。町の人たちよりもテリオンを優先してしまったのだ。とはいえ薬はいくつか渡して来たのできっと大丈夫だろうと頭を振り、アーフェンは再び自らの頬を叩き、気合を入れる。

(待ってろよ・・・テリオン!金はねえがぜってえ力づくでも助け出す!)

そして建付けの悪い木の扉をバンッと開けると、そこには品の悪そうにニタニタと笑うごろつきたちが待ち構えている。
アーフェンは怒りを隠そうともせず、相手を睨みつけて言った。

「おい・・・テリオンは無事なんだろうな?あいつを何処へやったんだ!ああ?」
「おっと薬師の兄ちゃん、そいつは百万リーフと引き換えだぜ?安心しな、おねんねしてるだけで何もしてねえよ」
「ああそうかい!あんたら悪党に払う金はねえけどあいつは返してもらう!!ケガする前に吐いたほうが身のためだぜ!」
「薬師ごときが!」

アーフェンは斧を構えると臨戦態勢を取った。それを見たごろつきたちはアーフェンへと飛び掛かる。しかしこの薬師もテリオンと同じく旅をしてきた猛者だ。その程度の攻撃ではびくともしない。

(やっぱりこいつら大したことねえ!あいつのこと人質にもしてこねえし。テリオンの奴、よっぽど運が悪かったんだな)
「く・・・くそっ!嘘だろ、こいつも強ぇ!あのテリオンってやつは護衛じゃなかったのか!?」
「あいつは俺より強い・・・けどなっ!おらあ!死中活撃断!!」

アーフェンが振りかぶった斧の一撃は悪党を吹き飛ばし、床へと転がしていた。こちらもここまでできるのが予想外だったのか、ごろつきの親分は冷や汗を流し始める。

「今、あいつを素直に返して謝ればこんぐらいで許しといてやるぜ?どうする?」
「うぐ・・・ぐぐぐぐ~~!!だけどよ・・・俺には金が必要なんだッ!」

そう言うと必死の形相で大男は立ち上がり、再びアーフェンへと向かって行った。




「うっ・・・」

一方テリオンが目を覚ませば、そこはボロボロになった倉庫か何かのようだった。ずっと放置されているというほど汚れてはいないが、少しだけ空気が埃っぽい。あのごろつきたちが頻繁に出入りする場所ではないようだった。
身体を動かしてみようとすれば、どうやら後ろ手を縛られているらしい。しかし、縄の素材の感触からこの程度なら鬼火で十分焼き切れると判断する。
部屋の中を見てみれば、窓は開けっぱなしにされ、扉は木製で亀裂が入っており、鍵も申し訳程度にしかついていない。これならば鍵開けなり壊すなりで簡単に出られるだろう。人の捕らえ方もろくに知らない素人の仕事だ。

テリオンは鬼火で縄を焼き切るためにまずは身を起こそうとして―――頭がずきりと痛み、視界がぐらぐらと揺れ、そのままバランスを崩して倒れた。

(くそ・・・当たり所が相当悪かったらしいな。感覚が戻るまで少しこのまま身を休めておいたほうがいいかもしれん。子供は逃げたし、最悪薬屋が捜しに来るはずだ・・・)

そのままごろりと横になり、目を閉じる。しかし頭がかき回されるような気持ち悪い感覚が抜けることはなく、脳に靄がかかった感覚さえ覚えてくる。
どうにも妙だとテリオンが目を開ければ――

「なっ・・・・・・!?」

自分がいる場所はリバーランドの牢屋の中だった。
おかしい。さっきまで俺は倉庫にいたはずでは?何の倉庫に?わからない、わからない。ただ今はどうやって衛兵をやり過ごすべきか・・・
ああ、そういえばダリウスは何処へ行ったのだろうか。捕まったのは俺だけなのだろうか?何をしてどう捕まったかも思い出せない。腹が減っている。頭が痛い。ああ、食料でも盗んで大人に殴られたんだったか?いつものことなのでどんな風に殴られたのかはもう忘れてしまった。
牢の外から看守の怒号が聞こえる。こちらへ向かってくる気配がする。耳から音は一切拾えている気がしないのに歩いている音がわかる。気持ち悪い感覚だった。自分はおかしくなってしまったのか?

見つからないように身をよじらせて隅へと後退る。ふと、部屋の端を見れば随分と場違いで綺麗な赤い花が咲いていた。花なぞ愛でたり調べたりする性分では無いはずなのだが、それからどうにも目が離せない。なんだかこれを以前どこかで見たような気がするのだ。

「ぐあっ・・・」

気が付けば身体は押さえつけられ、無数の大人の手が俺の身体に伸びる。いつのまに?
容赦なく殴られる。顔を、頭を、腹、腕、足・・・・・・残虐に遊び半分で切り付けてくるイカれた奴もいる。首を窒息寸前まで絞めてくる輩も。痛い。苦しい。痛い苦しい痛い痛い痛い――

「うぐ・・・っ!やめ・・・ろ・・・痛い・・・嫌だ・・・!」

嫌だといってやめてもらえるわけがあるか。俺は知っているはずだ。懇願すればするほどイカれた野郎どもは気を良くしてますます過激に嬲ってくることを。
耐えるしかないんだ。耐えてさえいれば、やがて飽きて去っていく。奴らも体裁があるから殺されはしない。俺はまだガキなんだ――

「あ・・・・・・」

気が付けば自らがいる場所は牢屋ではなくなっていた。いつのまに移動したのか。何もわからない。たしか殴られて、蹴られて、斬られて、絞められて――
この部屋はなんだ。腕が縛られている?床に転がされて?身体が動かない。ぞわりと悪寒が駆け巡る。俺はやっぱり知っている気がする。この後何が起こるのか。
そうだ。こんな状況であいつらがやることは一つだ。俺の身体を弄って・・・きたないものを擦り付けて・・・やはりここでも無数の大人の手が伸びてくる。顔も身体も靄がかかったようで、相手の姿が大人ということしかわからない。けれどもその感触だけはハッキリと感じてしまう。ああ、気持ち悪い。気持ち悪い!気持ち悪い!!

「いやだ・・・くるな・・・さわるな・・・!んうぅ・・・あ・・・ああぁあッ!!」

己から情けない声が漏れ出す。この地獄のような仕打ちを受け続けてテリオンの精神はすっかり摩耗してしまった。もう正常な思考をすることもできていない。
恐怖と混乱から縄をぶちぶちと引きちぎる。元々焼いて落とすつもりだったそれを無理矢理力任せに千切った反動でテリオンの手はおかしな方向に曲がってしまっていた。
そのまま己を護るように身体を抱え込み、テリオンはガクガクと震え続ける。現実から逃れたいのか痛みで気を紛らわせようとしたのか、そのまま頭をがりがりと引っ掻けば頭皮から血が流れ出た。

『よう、兄弟』

しばらくそうしていると、懐かしい声が聞こえた。

―――ダリウスだ。

ヘマをした俺を助けに来てくれたのだろうか。気が付けば大人たちは完全に消え去っていた。
思えば俺があんな仕打ちに耐えられたのも傍にダリウスがいてくれたからだ。生まれて初めて心の底から信頼して――安寧を得た。生きる事に希望を持てた気がした。信じる力は強さを与えてくれるってあいつも言っていた。・・・あいつって誰だ?あれ、じゃあ、なんでさっき俺は一人だったんだろう。

『目障りなんだよ、お前は』

テリオンはヒュッと息を呑んだ。嫌な汗が背筋を伝う。びゅうびゅうという風の音が聞こえる。ここは南ボルダーフォール崖道。たしかダリウスに呼び出されてここに来たんだっただろうか。何故、そんなことを言われてしまうのか?ああ、答えは知っているじゃないか――

「そんな・・・」
『俺の為に死んでくれよ、兄弟』

身体が宙を舞う感覚がする。崖からばさばさと紫の布を靡かせて落ちていく。唯一にして絶対的に信頼して・・・いつまでも一緒だと思っていた兄弟に疎まれていた。突き落とされた。殺された。おれはあいつがすべてだったのに、あいつにとってはただのつごうのいいコマだった。

『ハーッハッハッハッハッハ!!!!』
「う・・・あ・・・嘘だ・・・うそだ・・・」

ダリウスの高笑いが聞こえる。そしてテリオンは理解した。兄弟に切り捨てられた己にはもう何も残っていないのだと。なんの価値すら無いのだと。

「ああ・・・ぁっ・・・あああァああアあアアアアッ!!!!」

耳を劈くような絶叫と共に、テリオンの正気は完全に崩れ去った。



――アアアッ!!

「テリオン!?」

テリオンの悲鳴は壁や諸々を貫通し、ごろつきと対峙していたアーフェンの耳にまで届いた。
どう考えてもただ事ではない。テリオンに何かがあったのだ。激昂したアーフェンは目の前の男たちを思いきり睨みつけると、そのまま胸倉を掴み問い質す。

「おい・・・あいつに何をしやがった!?」
「わ・・・わかんねえよ!俺たちはただ、あんたから金が欲しくて捕まえただけで、縛って空き部屋に放り込んだだけで・・・」
「じゃあその空き部屋は何処だってんだよ!」

本当に予想外だったのかアーフェンに威圧されたのかはわからないが、ごろつきたちは狼狽えながら、階段を降りて木箱で塞がっている先の部屋だと素直に喋ってくれた。

アーフェンは斧を構え、弾丸のように階段を駆け下りる。木箱を蹴り飛ばせばその先に見えたものは随分とボロボロな木の扉だった。この程度の幽閉でテリオンが自力で出てこられないのもおかしい。

(無事でいてくれ・・・っ!)

アーフェンは心の中で懇願しながらも迷いなく斧を振り、ガツンと扉を叩けばそれはあっけなく砕け散ってぼろぼろと老朽化した木の破片が舞った。

「テリオンッ!!」

アーフェンが部屋へ入ればそこの中央にはテリオンがいた。が、やはり予想していた通り様子がおかしい。
縄は解けているようだが、背中を向けているその姿はまるで胎児のように丸まっており、頭を掻きむしり続けて血が流れている。さらに手の関節がおかしな方に曲がっており、背中は震え、嗚咽が断続的に聞こえてくる。

アーフェンが咄嗟に駆け寄り、テリオンの身体に触れようとすると―――

「おい、どうした!?しっかりし――
「や・・・!来・・・るな!さわ・・・るなあッ!!」

全力で拒絶され、身体を思いきり突き飛ばされた。思ったよりも強い力にアーフェンはたたらを踏み、テリオンから少し遠ざかる。
テリオンが自らの身体を掻き抱き、アーフェンから離れようと後退りをすればその顔がアーフェンの目にもハッキリと見えた。

(なんてこった・・・!)

怯えて見開いた目は焦点が合わず、ぼろぼろと大きな雫を零している。口からは血の混じった涎が垂れており、恐らく先ほどの叫びで普段からあまり大きな声を出さないテリオンの喉が擦り切れたのだろう。顔は頭から流れ出た血で汚れており、拭うような仕草すら見せない姿は完全に正気を失った様相だった。

あまりの惨状にアーフェンは愕然とした。町にいた患者の症状と同じ・・・いや、それよりも数段深刻な状態だった。
とにかく彼を落ち着かせなくてはいけない。原因を探るのはその後だ。アーフェンは鞄に薬あることを確認すると意を決してテリオンへと近づいて行く。

「テリオン!俺だ!アーフェンだ!」
「こ・・・の・・・はな・・・れ・・・」
「ぐえっ!」

アーフェンがテリオンを抱いて腕の中へ収めれば、テリオンは猛烈に暴れまわろうとする。
押し付けられた胸をガンガンと叩き、手足を振り回してもがこうとする。だが、テリオンは筋肉がついているとはいえ小柄な方だ。体格で大幅に上回るアーフェンが全力で抑え込めばだんだんと力を失っていく。
逃げられないと悟ったのかテリオンは絶望に満ちた顔で生気の無い瞳からぼろぼろと涙を零した。

「いや・・・だ・・・かひゅっ・・・ハァッ・・・ハァッ・・・ハ・・・!や・・・めて・・・」
(過呼吸・・・!)

アーフェンはテリオンをぎゅうと強く強く抱きしめる。すべての敵から守るように。こいつが消えていかないように。世界からこいつを奪われないように。
どうして、こいつをこんなになるまで守ってやれなかったのか。大事な、とても大事な友人で愛しい助手なのだ。アーフェンは己の無力さに歯噛みしてポロリと瞳から雫を流す。

「なあ、テリオン・・・あんたが昔何があって何を思ったか俺にはわからない。でも・・・これだけは覚えていてくれ。俺は・・・アーフェンは、テリオンが大切なんだ!親友だ!俺はお前を絶対に裏切らない!お前の・・・拠り所になりたいんだ。だからどうか無事に帰って来てくれ・・・お願いだ。テリオン・・・テリオン・・・っ!」
「・・・っ!?あ・・・ふぇ・・・?」

アーフェンが心の底からの想いを吐露すれば、テリオンは身体をびくりと跳ねさせた。奇跡的に心が落ち着いたのか、アーフェンのベストをきゅっと掴み、幼子のような表情で顔を見上げている。
未だに正気には戻っていないようだが、ここに来て初めて目が合ったようでアーフェンは少しほっとした。薬を使うなら今しかないだろうとテリオンに薬を振りかければ、目がとろりと溶けて身体から段々と力が抜けていく。
眠剤の類は入っていないが、精神的な負荷が相当大きかったのだろう。休息を求めている身体はやがて完全に脱力すると、そのままアーフェンの胸にもたれかかり、すぅ・・・と小さく寝息を立て始めた。

「おやすみ、テリオン。はぁ~・・・なんとかなった、か?これで後遺症が無けりゃいいが・・・一体こいつに何が起こったんだ・・・?」

アーフェンはテリオンの顔をそっと拭い、観察するようにじっと見る。ぼろぼろになったその姿や涙の跡が痛々しく、胸がきゅっと締め付けられる思いだった。アーフェンは乾いた血でくっついてしまったテリオンの髪を優しく梳いていく。
改めて部屋を見れば、全く収監用と言った感じではなく本当にただの倉庫に放り込んだだけのようだ。テリオンが暴れたのか若干物が散乱しているが、特に目立った点は無い――そう思った矢先に部屋の隅にプランターに植えられている美しい赤い花を見つけ、アーフェンは戦慄した。
それは間違いなく、あの野草図鑑に載っていた希少で最も危険な幻覚をもたらす花だったからだ。どうしてこれがこんな所に?

「おい、いるんだろ?説明してもらおうじゃねえか?なんでこんなヤベエ毒草がここにあんだ?ああ?」

アーフェンが怒ったようにゆらりと扉の方に向かって喋りかければ、そこには今までこそこそと見ていたらしきごろつきたちが詮無さそうにしている。
もしもこいつらが意図してこの花の花粉をばらまいていたのならば、町一つ陥れようとした大悪党だ。その割には妙な態度を取っておりアーフェンは眉を顰める。

「し・・・しらねえ・・・」
「何だと?」
「花を置いてることは知ってたけどよ!その花がそんな危険なモンだってことは知らなかったんだよ!本当だ!」

身振り手振りで落ち着きなく動揺を隠せないごろつきに嘘を言っている雰囲気は感じられない。
花自体はとても綺麗な花である。毒性の花粉をばらまいたりしなければ普通に店で取り扱われててもおかしくないだろう。希少なこともあり一般人が知らないのも無理はなかった。
だがその希少な花をどこから手に入れたのかを問い詰めると――

「それも分かんねえ。大分前に妹が珍しい花のタネが手に入ったって喜んで育ててたんだよ」
「妹さんがいんのか。じゃあその子はどうしたんだ?なんでこんな所に花を放置している?」
「その妹が数日前に倒れちまったんだよ!まさか花の毒のせいなのか!?なあ!」
「・・・なんだって!?」

アーフェンが詳しく聞き出してみれば、花が育ったころに急に混乱したように暴れ初め、いつのまにか眠ったまま起きてこなくなったのだという。
旅の薬師に診せてはみたものの、治療はとても難しく、自分になら治せるが法外な薬代がかかると言われてしまい、なんとか短期間で金を工面しようと無茶苦茶やるようになったのだ。

「妹は既に衰弱してきてる・・・急いで百万リーフ用意しないといけねえんだ・・・」
「だから配るはずの薬を勝手に法外な値段で売ったり俺から金をせびりとろうとしたのか。だが、生憎俺は二万リーフしか持ってねえ」
「えっ・・・」

ごろつきたちは項垂れた。この町は裕福といえる人間はほぼいない。助手を雇っているような薬師ならさぞかし懐にため込んでいるのではないかと思って悪事を働いたのに、その目論見も外れてしまったからだ。もはや金を工面する方法が無いのだ。

その様子を見たアーフェンは、ふー。と息を吐き出す。腕の中のテリオンに応急手当を施せば、縛った痕と攫う時にぶつけた石の怪我以外はほぼ自傷痕のようだった。直接的な暴行を加えられた形跡は無い。身代金のために縛って放り込んだだけと言うのも彼らにとっては事実だろう。

「・・・事情はわかった。が、子供や町のやつらやテリオンをあんな目に合わせたのは許せねえ。罪はきっちり償いやがれ」
「くそお・・・くそおっ・・・!」
「・・・で?妹さんはどこだ?」
「え?」

ぽかんと口をあけた男に対し、アーフェンは肩を竦めてニヤリと笑う。

「百万リーフなんてほぼ間違いなく詐欺師だ。それにあの花の毒なら、あの花から薬を作れば十分治せるだろうよ。俺なら作ってやれるぜ?」
「ほ・・・本当か!?い・・・いいのか!?」
「その代わり条件がある。ひとつ、薬を作るのに必要だし、危険なモンだからあの花は全部俺が貰う。二つ、出来上がった薬はあんたの妹さんと町のみんなに今度こそ配るからそれを手伝え。三つ、テリオンにちゃんとした寝床を貸してくれ。四つ、これからは悪事をやめて真っ当に働け。・・・以上だ」
「約束は守る!守るから助けてくれ!あ・・・金はあんまりねえけど・・・」

必死に縋る男の答えにアーフェンは満足し、豪快に笑いながら男に向かっていつもの言葉を言い放った。

「お代?いらねえよ!」




「う・・・俺・・・は・・・?」
「あ!テリオンさんが目を覚ました!!アーフェン先生~!!」

数時間後、目を覚ましたテリオンは自分が倉庫の床ではなく、きちんとしたベッドに寝かされていることに気付いた。そして話しかけてきた者が町人やアーフェンではなくごろつきの取り巻きの一人だったことに驚き、警戒を滲ませる。

「・・・!?おま・・・えは!ゲホッ!っ!」
「ああ!大声を出しちゃいけねえ!喉を傷めてるって聞きやしたぜ!」
(・・・?)

だが、どうにも態度が妙だった。まるでこちらを気遣うような・・・心配をしているような、少なくとも敵対しているようには見えない。いったい何があったのかと意識を失う前の記憶を思い返してみたが、どうにもはっきりしなかった。倉庫に放り込まれていたまでは覚えている。そこからがぷっつり意識が途切れたわけではないのだがどうにも朧気なのだ。

もぞりと布団の中で動けば、手や頭がずきりと痛み、顔を顰める。見れば包帯がガッチリ巻かれており、頭はともかく手はいつの間に怪我を負ったのかわからない。喉もだ。随分と記憶が飛んでいるようだった。寝床の横で水差しを変えながらそわそわしている男の態度を見るに、その間にアーフェンが来て何かしら事を起こしたのだろうかと考えた。

「なあ、そこの・・・あんた。俺が寝ている間に何が起こったんだ?なんで俺があんたらに看病されているんだ?」
「えっと・・・アーフェン先生が助手のあんたを助けに来て、俺たち・・・おやぶんも助けられたって言うか・・・その、すいませんでした!あんな素晴らしいお方の助手様に俺たちはなんて酷い仕打ちを・・・」
「お、おい・・・」

男は困惑するテリオンに向かってがばりとそれはもう見事な土下座を披露した。どうやらアーフェンが来たことに間違いはなく、更になにやら相当デカい恩を売ったらしい。あの薬屋ならそりゃあ悪党相手でも助けちまうだろうなと思ったテリオンはやれやれと息をつく。

「それにしても、あの人はなんでおやぶんの願いを聞いて助けてくれたんだろう?薬を配るって騙したり、大事だって言って憚らないテリオンさんだって攫ったのに」

心底不思議そうに話す男にテリオンは苦笑した。裏社会や貧民に囲まれて育ったならあいつの善意が理解できないのもよくわかる。自分もかつてはそうだったからだ。だが、ずっと共に旅をしているうちにその善意に感化されてしまい、こうして薬師の手伝いなんてものまでやっている。一年前の自分に聞かせても到底信じないだろう。

「あいつはな・・・貴族にだってタダで薬を配っちまうやつだ。強盗殺人をした悪党だって信じて治しちまうし、人様のモンを奪って食い繋いでたろくでなしの盗賊を助手にしちまうような奴だ。お前らが本当に心を入れ替えるなら許しちまうだろうさ」
「お、おお!すげえお方だ・・・ってことはもしかしてその盗賊ってテリオンさんすか?いや~通りで薬をスる手際がすごいと思ったんすよね~!」
「褒められたものではないと思うが・・・ま、俺は盗賊をやめたわけじゃないからな」

テリオンが肩を竦めて言えば、きらきらとした眼差しが突き刺さる。どうにも素直な悪党になんでこんな奴らがあんな横暴なことをやっていたのかと不思議に思える。
そうしているとコンコンと扉がノックされた後、間髪入れずに扉がバンと開いてアーフェンが入ってきた。

「よーっすテリオン!目ェ覚めたか。気分はどうだ?あと腹減ってるだろうから粥、持ってきたぜ!」
「やかましいぞ薬屋。それじゃノックの意味ないだろうが」
「へへ、悪い悪い!早く目覚めたテリオンの顔を拝みたくってよお」

まるで悪びれないようなアーフェンの態度に眉間の皴を増やしかけたテリオンだったが、その少し潤んだ瞳と安心したような表情を見ると何も言えなくなってしまった。相当心配をかけたのだろう。

「ああ、アーフェン先生来てくれたんすね。では俺はお邪魔しないように退室しますんであとはお二人でごゆっくり」
「おー!後で約束通り手伝えよ!」

アーフェンがひらひらと手を振ると男は扉をばたんと閉めて出て行った。
アーフェンはサイドテーブルへ粥を置くと、テリオンのベッドの側へ椅子を引いて座り、真面目な顔をテリオンに向けて口を開いた。

「なあテリオン。起きたばっかで悪いけどよ。早急にあんたに薬を飲んでもらわなきゃなんねえから粥、食ってくれるか。朝から何も食って無さそうだから急に入れるのもよくねえしよ」
「飲み薬・・・?俺にいったい何が・・・っう!?」
「待てテリオン!思い出そうとするな!」

靄がかかったような頭から記憶を捻り出そうとすればズキリと頭が痛む。どっと冷や汗が流れ、かたちの分からない何かが精神を蝕んでくるような心地だった。
薬屋が必死な顔をして止めてくるものだから、これは思い出さないほうがいいのだろうとテリオンは一旦記憶に蓋をして奥底に沈めることにする。
そして、冷静になった頭はこうなった原因をなんとなく理解した。

「そうか・・・俺は、罹ったのか」
「ああ・・・今は最初に町の患者に処方した簡易的な薬が効いてるだけだ。だからこの完成した特効薬をすぐに飲んでもらわなきゃなんねえんだが・・・粥、食えるか?顛末はその後でゆっくり話すからよ」

テリオンはこくりと頷くと、起き上がって匙を取ろうとした。が、手は包帯でがっちりと固定されており、どうにも動かし辛い。
アーフェンはそれにハッと気付くと、テリオンの代わりに匙を取り、粥を掬って口元へと差し出した。

「おい・・・薬屋・・・」
「悪い悪い、手が動かねえんだったな。ほれ、あーん」
「自分で食える!っゴホッ!」
「ほら、喉も傷めてるし手だって無理に動かすと治りが遅くなっちまうってわかってんだろ?盗賊さんは手が命だろうが」

テリオンはアーフェンと口元の匙を交互に睨みつける。しかしアーフェンの言うことも最もだし、あちらは全く引くつもりはないらしい。
折れたテリオンは力が抜けたように「わかった、わかった」と言いながら大人しく差し出された匙を口に含む。少し顔が熱いが気のせいということにしておいた。

(美味い・・・)

熱くもなく冷めすぎてもいない、塩加減もちょうどよく、くたくたになるまで煮られていて喉にも胃にも負担がかからない優しい粥だった。何故だかわからないが、少し泣きそうになりそうだ。
大人しく食べさせられているテリオンを見たアーフェンは、満足そうに顔を緩ませると、一口、また一口と匙を運んでいく。
やがて器の中が空っぽになるとアーフェンは赤い薬を取り出し、緊張した面持ちでテリオンにゆっくりと飲ませて行った。

「・・・気分はどうだ?」
「・・・あまり良いとは言えんが、頭の中が晴れていくのを感じる。おたくの薬はきっちり効いている・・・と思う。少なくとも頭がぼんやりとしたイヤな感じは無い」

アーフェンはその言葉を聞くと、ほっ・・・と緊張を解き、テリオンのベッドの足元へと突っ伏して肩を震わせていた。グスリと鼻を啜る音も聞こえる。泣いているのだろうか。

「よ・・・良かった・・・!無事でよかった・・・!」
「そんなにひどかったか、俺は」
「テリオンも見て来ただろ。錯乱して怯える町の患者・・・あれぐらい、いや、もっとひどい有様だったぜ・・・たぶんあんたの境遇に毒の性質が刺さっちまったんだろうな」

アーフェンはこの家で起こった出来事をテリオンへと話した。できれば思い出させたくはななかった。しかし真実をきちんと伝えるのもまた誠意だと思ったのだ。

それを聞いたテリオンは少々顔色を悪くしつつ、目を伏せた。そしてアーフェンの手に自らの手を重ねると、ぽつりぽつりと言葉を零しだす。

「そう・・・か、面倒をかけたな・・・」
「面倒とかじゃねえよ。ただ、心配だった・・・そんだけだ」
「・・・今となっては詳細は何も思い出せない。が、あの時、今まで経験してきたものが凝縮された悪意と闇に吞み込まれたようだった。何も見えない、ただ苦しい、辛い、息ができない・・・そんな夢をぼんやりと見ているようだった。だけどそんな絶望の中、一つだけ、暖かいものが俺を包み込んだ気がしたんだ。・・・きっとそれが、お前のこの無駄に暑っ苦しい手だったんだろうな」
「あ、暑っ苦しい・・・って・・・でも、そうか。俺の想いは届いてたのか。あれは、無駄じゃ・・・なかったんだな」

アーフェンは少し涙の溜まった目を擦り、ふにゃりと表情を崩した。テリオンも同じようにふっと顔が柔らかくなる。

「アーフェン」
「おん?」
「・・・ありがとよ」
「・・・・・・へへっ!いいってことよ!」

そう言って顔を見合わせた二人は、アーフェンが太陽のような明るい笑顔を見せるとお互いに釣られて笑い合った。



「そういえば、特効薬ができたってことは原因が特定できたのか?」

ふと、テリオンが思ったことを口に出せばアーフェンはきょとんとして首を傾げる。

「ありゃ、テリオンは見てねえんだっけ・・・ってそっか。正気じゃなかったらわかんねえよな。あの図鑑で見せた赤い花、あれがあんたが転がされてた倉庫に植えられててよ。だから毒の濃度が高かった分、あっという間に発症して重症化したんだと思うぜ」
「じゃあ、あのごろつきどもが元凶だったってことか?」
「あー、まあ・・・結果論としてはそうなんだが、うーん・・・イチから話すか」

数日前、ごろつきのリーダーの男の妹が珍しい種が手に入ったとあの花を育て始めた。そしてその花が育ち、花粉を撒き始めると世話をしていた妹はその毒素から狂い、しまいには倒れて昏睡してしまったという。

そんなことを知らなかった兄が町にいた薬師に妹を診せると、治療代に百万リーフが必要だと言われてしまった。
何日も昏睡してると当然命も危ない――手段を選ばずに金を稼ぎ始めたのはそのせいだったのだ。そもそも素行は良いとは言えなかったが、悪事に本格的に手を染めたのは今回が初めてだという。

そしてその花は倉庫でひっそりと花粉を撒き続けた。あの窓の開け放たれている倉庫で。それが原因でその毒の花粉は町へと飛び出し、毒だまりを形成し、近くを通った町人を次々と狂わせていったのだ。

患者に貧民や女性が多かったのは、その毒が過去の恐怖の記憶トラウマを引き起こして錯乱させるという性質だったため、そういった待遇を受けやすい立場の者が発症しているんだろうということだった。

「それで今回の騒動に繋がった・・・か。その薬師とやらは詐欺師だろうし、あいつらは頭が悪そうだったから素直に騙されて他の方法が思いつかなかったんだろうな」
「それに結局そいつももう町には居なかったみたいだぜ。大事になったから逃げちまったんだろうな。全く、同じ薬師として腹が立つぜ」
「それでおたくがその女を見返り無しで治療したもんだからこうして慕われているわけか。通りで随分と態度が変わっているわけだ。単純だな」
「まあ、大げさだとは思うけどよ・・・家族を・・・誰かを想う気持ちは大切だと思うぜ、俺はよ」
「ふっ・・・そうだな」

テリオンに家族はいなかったが、かつての兄弟や仲間たちのことを考えればその気持ちは今ならばよくわかる。もしもそんな大切な人達を助けてくれた人がいたらテリオンはきっと感謝するだろう。
かつてまだ仲間でも何でもなかったころ、気まぐれでニナを助けた時のアーフェンもそういった気持ちだったのかもしれない。思わず口が弧を描いた。

そうした話をしていると、コンコンと扉をノックする音が聞こえた。アーフェンが大きく返事をすると親分と呼ばれていた大男が慌ただしく入ってくる。

「アーフェン先生!言われた区域の特効薬を配り終えましたぜ!妹は目を覚まして無事に回復し始めたしほんとあんたは命の恩人だ!なんと礼を言ったら・・・」
「おいおい、俺は当然のことをしただけだぜ?それよりちゃんと配ってくれたんだろ?ありがとな!あとテリオンも病み上がりだからもうちょい静かに来てくれるとありがてえな」
「す、すまねえ・・・って、テリオンさん起きたんだな!良かった!」

アーフェンに諭されて目を覚ましているテリオンに気付いた男は跳び上がったかと思うとそのまま床に這いつくばり、見事な土下座を決めた。

(・・・なんかさっきも見たな、これ)
「本当に申し訳ございませんでした!!恩人さんの助手さんにあんなひどい仕打ちをしちまって・・・!煮るなり焼くなりなんなりと罰は受けます!!」
「・・・いや、アーフェンの言う通り悪事をやめて手伝いに従事してるんだろう。なら俺からは何もしないさ。まあ、真っ当に働くことだ。俺が言えたことではないがな・・・」

盗賊の俺が何を言っているのだ――とテリオンは自嘲した。
家族の為に一時的に悪事に手を染めたこいつらよりも自分のほうがよほど悪事を働いているろくでなしだというのに。
そんなことを知ってか知らずか、男は感動したような眼差しで「はい!」と勢いよく返事をした。

「それではお二人の邪魔をしてもあれなんでここらで失礼しますよ。妹の看病もあるんで」
「おう!お大事にな!何かあったらまた相談に来いよ!悪ィけど、しばらくここは借りることになりそうだし」
「ありがとうございます!気のすむまで居てくだせえ!なんせ恩人ですので!」

そう言うと男は部屋を退室しようとして――何かを思い出したように足を止めた。
そして一枚のチケットのようなものを取り出すと、アーフェンへと手渡す。

「ん?なんだこれ?」
「忘れるところだった。そいつは酒場の店主から預かったもんで薬師様に渡してくださいと」
「ほうほう・・・酒場のサービス券!?しかも使用期限なしか!ありがたく貰っとくぜ!」

アーフェンが上機嫌でチケットをしまい込み、ひらひらを手を振って見送れば今度こそ男は退室していった。
そこにはあの横暴な態度を取っていたごろつきの親玉の面影はほぼ見えない。酒場の店主とそういったやり取りができるということは、町民ともすっかり和解して打ち解けたのだろう。

「・・・俺が寝ている間にすっかり更生したんだな、あいつら。どうせおたくのことだから、以前ミゲルにやったように諭したんだろうが・・・また騙されるとは考えなかったのか?」

アーフェンは腕を組んで天井を見上げてうーんと唸る。全く葛藤が無かったわけではなかったのだろうということがその態度からは見て取れた。

「んー・・・まあ、あの件が頭を過ぎらなかったわけじゃねえんだけどよ。あんたに攫った以上の手荒なことはしてなかったみたいだったし・・・様子もおかしかった。それに、本当にどうしようもない悪党だったらテリオンがとっとと潰してたんじゃねえかと思ってな」

テリオンはアーフェンの言い分を聞いてぽかんと口を開けた。確かに悪事に随分甘い面が見えたので、様子見のためにあまり傷つけないようにと手加減したのは本当だ。
それにしたって――テリオンは包帯でぐるぐるになった自らの手をじっと見る。アーフェンの信頼を預かったにもかかわらずこの有様だ。あまりにも情けない姿にため息の一つもでようというものだ。

「はぁ・・・。おたく、結局何の役にも立たず、まんまと捕まった上に世話までかけてる盗賊ごときを過剰評価しすぎじゃないのか?」
「いやいや。十分手伝いはしてくれたし・・・それにテリオンが行動を起こしたからこそあの元凶が見つかったようなもんだろ。あんたのおかげでもあるって!」
「そういうものか?」
「そういうもんだ。誰が何と言おうとあんたは俺の頼りになる助手なんだからよ」

アーフェンは一点の曇りもない笑顔で答えた。テリオンを信じ、悪党を信じ、町を丸ごと治してしまったその男を、テリオンは眩しくもあたたかな優しい光だと思った。
そしてそんな男の友人兼助手である自分も少しは真っ当になれているという錯覚すら覚える。盗賊としてしか生きてこれなかった自分にそう思わせるのだから本当に大したものだ。

「・・・すごいな、お前は」
「おっ惚れ直したかい?」
「ああ。惚れ直したさ」

素直に褒めてやると茶化されたので茶化し返してやる。するとアーフェンは意外だったのか猫が精霊石を食らったような顔をして、照れ隠しのように尻をぽりぽりと掻く。

ぐぅ~~・・・

「・・・ん?」
「あー・・・そういや飯食ってねえんだよな俺」

その時、盛大に腹の音が鳴り響いた。ばつの悪そうなアーフェンの顔がじわじわと朱に染まっていき、椅子から立ち上がると腹を抑えて部屋の中を忙しなく動き回る。さっきまで真面目な話をしていた反動もあって羞恥心が爆発したのだろう。

「・・・何か食ってきたらどうだ」
「お、おう!そうだな!さっき粥を作った材料が残っているからちゃっちゃとなんか作って食ってくるぜ!」

とりあえずテリオンが助け船を出せば、そう言ってアーフェンはさっさと部屋を出ていった。旅の間にアーフェンが食事を取るときは、野営やハンイットが作ったりする以外は町でいつも酒場か何かしらの飯屋を見繕っていたはずだ。てっきりサービス券までもらっているのだから今日も酒場にでも行くのかと思いきや、いつも持っている薬鞄までテリオンのいるベッドの傍に置きっぱなしだ。流石に忘れたわけではないので確かにこの家で適当に自炊して食べるのだろう。

テリオンは再びベッドにごろりと横になり、目を閉じた。体力の回復のために眠るべきかとも考えたが、先ほど目を覚ましたばかりだからか、しばらくぼうっとしていても特に眠気はやってこない。
それに今寝てしまえば、薬が効いて精神が安定したとはいえアレを味わった後だと悪夢を見てしまいそうだった。さすがに一人で寝るのは心細い。

(って・・・何を考えているんだ、俺は。ガキじゃあるまいし薬屋に傍にいてほしいだなんて――
「ふい~、食った食った~いやあ、たまには休肝して自炊するのもいいもんだな!」
「!?」

ガチャリと扉が開く音にテリオンはびくりと身体を跳ねさせる。満足そうに腹を擦りながら入ってきたアーフェンはそんなテリオンの様子に首を傾げた。

「・・・うん?どうしたテリオン?」
「い、いや何でもない。随分早かったな。なんで酒場に繰り出さなかったんだ?」

当然アーフェンがいなくて心細くなったなどと言えるはずも無いテリオンは素直に疑問をぶつけて己の挙動を誤魔化すことにした。

「なんでってそりゃ・・・テリオンがまだ病み上がりで連れ出せねえし。もし連れ出しても脳震盪起こしたり薬飲んだりしてるんだから酒飲めねえじゃねえか」
「それは俺の問題であっておたくには関係ないだろう」
「いやでもさ、この町でまだ一回も酒場行ってねえだろ?」

さも当然だと言わんばかりのアーフェンにテリオンは怪訝な顔をした。が、アーフェンの性格を考えればなんとなく理由に思い当たりがある。俺の自惚れでなければきっとこの親友はこう言うはずだ――

「「せっかく新しい町での初めの一杯なんて、ダチと一緒じゃなきゃ美味くねえじゃねえか」」

言葉を重ねてニヤリと笑いながらそれっぽく言ってやれば、アーフェンは一瞬きょとんとした後、ぶわりと笑みを浮かべて嬉しそうな顔をする。
そしてテリオンの手を優しく取ると、きらきらした瞳でテリオンへ密着するように迫っていった。

「そう!そうだぜ!へへっ、良く分かってるじゃねえかテ~リオ~ン!」
「やかましい近い暑苦しい」
「だからそのためにもさ、ケガ、早く治してくれよな!とびっきりの薬を処方すっからよ!・・・おっと、そろそろ俺も往診に行かないとな」

薬の配布を手伝ってもらっているとはいえ、経過を見るのはやはりアーフェンが直接赴かなければならない。名残惜しいが、いつまでもテリオンに構ってはいられないのだ。

(うーん・・・こいつはしっかりしてるから杞憂だとは分かってるんだけどよ・・・)

正直、テリオンを一人にするのはまだ心配だ。とはいえ、ずっとこうしていたらこの盗賊にはやるべきことをやれと怒られるに決まっているのだ。辛辣だったり不愛想な態度を取ることはあるが、なんだかんだこの優しい助手は他人を優先してしまうのだから。

目を覚ましたテリオンの碧の瞳に生気が戻ったことには安心した。しかし同時にどこか寂しさを滲ませるようになった気がするのだ。詳細を覚えていないとは言ったが、きっと穿り返されたトラウマが無意識に安寧を求めている。それでもテリオンは甘えない――

「アーフェン。その前に、頼みが、ある・・・お前が往診に出ている間、俺は眠る。だから・・・その、眠るまで、傍に居て、くれないか・・・怖いんだ。ひとりが・・・」
「・・・・・・!」

そう思っていたからこそアーフェンは驚愕に目を見開いた。
言葉がしどろもどろだが、あのテリオンが、アーフェンの服の裾をきゅっとつまみながら傍にいてほしいと言ってきたのだ。あのテリオンが!
きっと過去にひどい目にあったはずだ。心の奥底ではきっと人が好きなのに、人を信頼できなくなって苦しむほどに。独りで生きていくしかなくなったほどに。そんな彼が、素直に心の柔らかなところを曝け出すほど信頼してくれているという事実にアーフェンは感動して震える。
おそるおそるといった様子の何処か不安そうな少年の顔をして見上げてくるテリオンに、アーフェンはとびっきりの笑顔で応えた。

「まっかせとけよ!!盗賊には薬屋がついてる。安心して寝ちまいな!!」
「・・・声量はもうちょっと落としてくれ」





数日後——

すっかり賑やかになった町を、二人は共に歩いていた。
テリオンの怪我もすっかりよくなり、毒に侵された町は浄化され、町民にも笑顔が戻った。その立役者であるアーフェンへと人々は感謝の念を込めて快く接してくれる。

「ほれほれテリオン!こっちだこっち!」
「歩き難いだろ・・・離れろ薬屋」
「やーだよっと!」

今日は快復記念と称して酒場で二人、のんびりと酒を飲み交わすつもりだ。アーフェンはサービス券を握りしめ、テリオンと肩を組んで浮かれたようにるんるんと歩く。

「あっ!お兄ちゃんたちだ~!」
「お?あのときの嬢ちゃんじゃねえか」

すると前方から少女がぱたぱたと手を振って走ってきた。そのままアーフェンを通り抜けるとテリオンの足元へしがみつき、えへへと嬉しそうに笑う。

「あのね!お兄ちゃんたちのおかげでね!ママ元気になった!今日はこっちでおかいものするの!」
「そうか・・・そいつはよかった・・・だが、治してくれたのはそっちの薬師の兄ちゃんだぞ」
「ありゃ?俺振られた?」

この町で最初に会った少女だ。あの時は泣いてばかりいたがすっかり元気になった様子にテリオンはそっと微笑む。

「あっ!こら!あんたしがみついたりなんかして・・・ああ!すみません薬師様!この度はお世話になりました!」
「あっ、ママ!」

急に走り出した娘を追いかけて来たらしき母親は、その相手がテリオンであることに気付くと慌てて頭を下げ、謝辞を述べた。
その姿は最初に狂気に呑まれながら娘を追いかけていた時とは全然違う、穏やかな親子だった。

テリオンはにっこりと人の良い笑みを浮かべながら言った。

「いいえ、構いませんよ。それよりもあれから調子はどうですか?何か不調や身体に変わりはありませんでしたか?」
「ええ、薬師様から頂いたお薬のお陰で健康そのものです。あれから記憶が飛んだり、おかしな幻覚が見えたりすることもありません。本当に感謝しております」
「いいってことよ!ま、俺たち旅の薬師はいつまでもいるわけじゃねえからな。何事も無いなら良かったぜ」

アーフェンがカラカラと笑えば相手の女性もクスリと笑う。平和そのものだ。

「・・・ん?」

テリオンの足元にしがみついていた少女に力が入ったのがわかった。どうしたのかと目線を下に落とせば、幼い子供特有のまんまるとした瞳がテリオンをじっと見つめている。
何か気になることがあったのかとテリオンがしゃがんで目線を合わせれば、アーフェン達も何事かとそちらを向いた。

「どうしたんだい?何か気になることや聞きたいことでもあったかな?」

テリオンが優しく尋ねれば、少女はこてりと首を傾げる。

「あのね、テリオンお兄ちゃんなんかさ、喋りかたとかふんいき?ぜんぜんちがうなーって思ったの。わるいひとたちとかアーフェン兄ちゃんと喋ってたときはなんかすごいちんぴら?みたいな感じだったからふしぎで」
「チン・・・ッ!?」

テリオンが思わず絶句していると、その言葉が耳に届いたのか、後ろからぶふぅと盛大に噴き出す音が聞こえた。首を後ろに回して睨みつければ案の定、アーフェンが腹を抱えて大笑いしている。

「あっははははははは!!!!チンピラってお前そりゃ・・・くっくく・・・」
「おい・・・何笑ってるんだ薬屋ァ・・・」
「あ!それ!そんな感じ!」
「こら!失礼でしょ!ごめんなさい薬師様、この子は嘘が付けなくて・・・」

フォローに入っているようで完全に追い打ちだったそれはますますアーフェンの腹筋を引き攣らせた。テリオンも子供の手前、平常心を保とうとはしているが無理に作った笑顔が引き攣っている自覚がある。
乱された心を鎮めようとテリオンは一度息を吸い込み、ふぅと吐く。そしてわざとらしくコホンと咳払いをすると再び少女に向き直った。

「・・・すまないね。あんまり素行の良くない喋り方を見せてしまって。怖くはなかったかな?」

少女は首をふるふると振るとにこにこと笑った。

「ううん!テリオンお兄ちゃんやさしいし、ちんぴらの方が似合ってるとおもう!かっこいいし!」
「だってよ!テリオンさんよお。いや~こいつ実はこっちの方が素だからよ。薬師モードの時は人にあわせて外面作ってくれてんだぜ!すげえだろ?」
「うん!すごい!お芝居の人みたい!」
「・・・・・・・・・そうか」

チンピラとは心外だが、実際に盗賊なのだから否定することもできずに何も言えなくなってしまう。それに、そうやって素直に褒められると悪い気はしない。何より二人が楽しそうだから別にいいかとぴょんぴょん跳ねて喜ぶ少女を見てテリオンは思った。

「うん!だからわたしとお話ししてくれるときはそのままのテリオンお兄ちゃんのほうがうれしいな!無理にうさんくさく話さなくていいからね!」
「胡散臭・・・!?」
「ちょっとあんた!?恩人の子になんてこというの!?」

だが、その次の放たれた言葉でテリオンはぴしりと固まった。おかしい、自分は薬師として爽やかな好青年を演じていたはずだ。もしかして作り物の顔だと思われていたのか。子供の目と勘は侮れない。
母親が青ざめて少女を引き戻すと、そのまま娘の頭をひっつかみ、謝りなさいと親子共々ペコペコと頭を下げた。

「ごめんなさい・・・」
「本当にごめんなさい!!あとでよく言い聞かせておきますので!」
「いや・・・俺は・・・気にしてない・・・」

テリオンは呆然としながらも、気にしなくていいという旨を伝えた。悪気がないことは見ていればわかるし、子供ならば失言の一つや二つは当たり前だ。

「くひ・・・ひひ・・・ひっひ・・・!」
「おい」

むしろ後ろで腹を抱えるどころか呼吸困難になるほど笑い転げているアーフェンの方がよほどテリオンの機嫌を損ねている。
テリオンはじとりと睨みながらアーフェンへゆっくりと近づくと、少女から死角になる場所を思いっきりフルブーストで蹴り飛ばした。

「~~~ッ!!!いっ!ちょお・・・おまっ本気で」
「うるさい」

ふいと顔を逸らせば、不思議そうにきょとんとしている少女がいるのだった。

「そういえば買い物に行く途中じゃなかったのか?」
「あ!そうだった!」

少女は思い出したように母親の元にぱたぱたと走っていくとテリオンに向かってぶんぶんと手を振った。

「お邪魔してすみませんでした。私たちはここで失礼いたしますね。本当にありがとうございました」
「ありがとうお兄ちゃんたち!またね!」

母親がぺこりとお辞儀をして礼を言った後、親子は手を繋いで仲睦まじく商店の方へと去って行った。
テリオンも手を振って見送れば、悶絶していたアーフェンがようやっと起き出してくる。蹴られた場所を擦りながら、アーフェンは遠ざかっていく親子の背中を見つめて息をついた。

「いてて・・・やれやれ、挨拶しそびれちまったな。でもまあ、元気になってよかったぜ」
「あのガキもあれだけ怖い思いをして泣いてたってのにケロっとしてたな。大した精神力だ」
「ははは!随分懐かれてたじゃねえかテリオン!案外、あんたのその気障で格好つけなところは子供ウケするのかもな」
「貶してるのか?」

思いっきり顔を顰めたテリオンを見たアーフェンは大口を開けて笑うと、何がおかしいのかテリオンの背中をばしばしと叩いた。
テリオンはアーフェンを一瞥すると、人通りの道をすたすたと歩いていく。辺りを見れば、最初にこの町に来た時とは打って変わってすっかりと人々の笑顔であふれる通りになっていて、テリオンは少し嬉しくなった。この町に来た甲斐があったものだと。

(アーフェンは大した男だな。あいつの善意で救われる人間がいる。俺一人では到底できない行為だ)
「おーい待ってくれってテリオン!・・・ん?なんか嬉しそうだな?」
「・・・この町の人間は随分と良い顔になった。それをもたらしたのがおたく・・・俺のダチの薬師先生だと思うと、な。少し、誇らしい。でも俺は――

俺は奪うことしかできない人間だから――そう言いかけたテリオンの唇をアーフェンは指でそっと閉じるように触れる。
予想外の行動にテリオンが目を白黒させていると、アーフェンはばちんとウインクを飛ばし、はっはっは!と豪快に笑った。

「なーに言ってんだよ。『俺達』だろ?なあテリオン。俺はよ、あんたは自分が思っているよりも人を幸せにできる人間だと思うぜ。今回だってあんたがいたからスムーズに解決したようなもんだ。それにあの女の子のこと、大したもんだと言ってたけど、それはあんたがあの子の味方として寄り添ってたからだ。信頼できる大人だったからだ」
「・・・俺への買い被りが過ぎないか?」
「いいや・・・立派な半人前の薬師だよ、あんたは」

アーフェンはうんうんと腕を組んで目を閉じながら頷いた。
この薬屋がそこまで言うのならば、自分もきっと誰かの助けになれている――テリオンはかつて盗みしかできなかった己の手を見た。この汚れ切った手でも誰かの為に何かを為すことができるのだと。そう思ってみてもいいのかもしれないと。

「よし、なら・・・飲むぞ薬屋。『俺達』がこの町を治した祝いだ」
「おうともよ!さ、行こうぜテリオン!ここのところ飲めなかった分、今日は存分に飲み明かそうな!」

薬師ふたりは拳を打ち合わせると、楽しそうに笑い合いながら共に酒場へと歩き出した。