めめた
2026-06-05 00:12:13
4539文字
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求めて、曇らせて(柳そじ)

いちゃつく柳そじです。読み返していないため誤字脱字は多分あります。


 柳生駿河には悩みがあった。正確には、最近新たな悩みができたのだ。
 サッカー部の無い南雲原中学でサッカーをまた始めることが出来て、全国大会にも出て、自分を偽る必要のない仲間との信頼関係を得て、順風満帆と言っても過言では無い状況だった。
 更には、恋人もできた。
 柳生は隠す必要も無いと考え触れ合いたい時に触れたいのだが、相手はそうではないらしい。隠しておこう、という提案は無下にせず相手の意思に従った。
 悩みはこの事ではない。隠していても、場所さえ弁えれば触れられるし愛の囁きあいだって出来るのだ。そこに不満は無い。一度受け入れたことを反故にするのも、おかしな話だ。
「なんですか?」
 袖で汗を拭う姿を見下ろしていると、視線に気が付いたのか木曽路が見上げてくる。
「いや…………暑いな」
 夏も近い。陽射しは強く、天気が良い。立っているだけでも汗が滲むぐらいだ。
「なんか妙な間……
 言いたいことはあったが、練習中に言う事ではない。場所を弁えるべき事で、柳生は悩ましく思っていたのだ。
「ていうか、髪下ろしてるから余計暑いんじゃ?」
「はぁ?」
「ゴムありますよ!」
 木曽路は言うと、さっさと部室の方へ走って行ってしまった。
 呆気に取られた柳生は足元のサッカーボールを爪先で掬い、手持ち無沙汰にリフティングを始める。何度やっただろうか、最初から数えてもいなかったが、木曽路が戻ってくるまでボールが再び地面に戻ることは無かった。
「はい! 忍原先輩みたいに髪上げたら、ちょっとは涼しくなりますよ!」
「?」
「え、何その顔……
 木曽路の頭で髪を束ねているゴムを見てから、その手から差し出されたゴムを見る。柳生はその手から何かを受け取ろうとはしなかった。
「お前が縛ってくれるんだろ」
「なんで!?」
「木曽路が言い出したからだろうが」
 そもそも、柳生は自分で髪を縛った事など無い。髪にはそれとなく気を使ってはいるが、アレンジをしようなどと思ったことは無いのだ。
「ま、良いですけどね」
 あっさりとした木曽路の返答を聞いて、柳生はそれならばと背を向ける。
 背中に手が触れる感覚がして、指が髪を梳いているのだろうことがわかった。しかし、いつまで経っても髪を束ねようとはしていないらしい。
「おい、早くしろよ。雲明にメニュー増やされるぞ」
……屈んでもらって良いですか?」
 不服そうに唇を尖らせて、拗ねた声で木曽路が言う。
 柳生は言われてからようやく、そうかと思い至った。木曽路では、自分の頭には手が届かないのかと。
「言っておきますけど! 柳生先輩がでかすぎるだけですからね!」
 柳生は特に何も言っていないのだが、木曽路はムキになって言い放った。
 その場に腰を下ろした柳生は頭から髪を撫でられながら、一人納得する。悩む必要があったのは木曽路の方であり、柳生は悩む必要など無い。むしろただ一人、解決策を持っている男なのだ。
 出来ましたよ、と背中を軽く叩かれて、柳生は軽く頭を振る。長い髪は頭の下の辺りで縛られ、普段出さない項が出て風が通るのが涼しかった。
「ありがとな」
 そう告げた柳生はやけに清々しい顔をしていたが、木曽路は深く気にしなかった。 

 結局二人は雲明にしっかりと目をつけられて、追加の特訓として百目階段の五十往復を言い渡されてしまったのだが、その間も柳生の髪はゆらゆらと、長い尻尾のように揺れていた。
「雲明のやつ……容赦ねえ……
 木曽路はぐったりとした体を引きずるようにして、汗に濡れた身体で部室に転がり込む。ベンチに上体を預けたが、汗がへばりつくのが余計に不快で、さっさと起き上がった。
「あいつら先に帰りやがったのか」
 がらんとした部室には、柳生と木曽路の荷物だけが残っている。雲明も、さっさと帰ってしまったらしい。いざとなれば海坊主が見張るとはいえ、監視の目がなくとも追加メニューをサボらないだろうという信頼はあるようだ。
「も〜柳生先輩のせいだ……
「さっきも言ったが、お前が言い出したんだろ」
 熱を持つ足を冷やしながら、木曽路は柳生の顔――正しくは自分が縛った髪を見る。
「そう言う割には気に入ってくれてるじゃないですか」
 目を細めて口角を上げると、木曽路はからかうように言う。
 柳生はその言葉にパチ、と目を見開いた後で木曽路と同じように目を細めた。
「そりゃ、木曽路が俺のためにやったんだからな」
……お、おお〜」
「おいなんだその反応。かわいくねえな」
 茶化すように言ったが、事実柳生は浮かれていた。木曽路が自分のために髪を結んでくれた。木曽路にとって何でも無いことでも、暑い、とただ咄嗟に言った言葉を真剣に受け止めて行動してくれたことは、柳生にとっては特別だった。
 そんな柳生の率直な言葉に気まずくなったのか、木曽路はアイシングもそこそこにベンチから立ち上がる。隣に座っていた柳生は、木曽路を見上げてその背中を見た。
「可愛かったことなんて無いでしょ!」
 木曽路がさも当たり前のように言うのが、柳生は気に食わなかった。
 確かに柳生は、木曽路が可愛いから付き合っているわけでも、好意を抱いているわけでもない。けれど、可愛いなと思うことは少なくともあるのだ。
 木曽路本人が"可愛い"と言われて嬉しいかは分からないが、柳生にとって恋人の木曽路は、可愛い恋人なのだから。
「木曽路!」
「? どうしたんですか急に大きい声出して……
 肩をビクリと揺らしてから、木曽路は柳生を振り返る。少しだけ赤らんだ頬が、触れてもいないのに体温を感じさせた。
 柳生は手を伸ばして木曽路の腕を掴むと、自らの方へと軽く引いた。
「先輩?」
 足の間に来るまで木曽路を近付けて、柳生は至近距離で見下ろす木曽路を見上げる。
 それから、手を伸ばして指の背で唇を撫でた。運動をした後だからか、乾いているような気がした。
「あ、あの……?」
「出来んだろ、これなら」
 届かないなら、届くようにしてやればいい。
 柳生は悩んでいた。木曽路からキスをして来ないことに気付いたからだ。
 そして気が付いた。したくても届かなくては出来ないのだと。
 いつも柳生はキスがしたくなればする。勿論場所は弁えて。では木曽路はしたくならないのか、そんなわけがない。木曽路が自分に好意を抱いていることを、柳生は知っている。それを疑う事は無かった。
「したいだろ、キス」
「そ! その自信はどっから来るんですか……
 茶化すように、あからさまに呆れを見せて言う木曽路から、柳生は目を離さない。
「お前から」
 ふっくらとした頬を撫でて、ふわふわと跳ねる髪を指先で弄び、耳たぶを摘んだ。
「そんな顔してる奴が、嫌がってるわけ無いってな」
「ここ、部室なんですけど……
「みんな帰ってる」
 サッカー部だけじゃない。部活動を大いに長引かせて終えた二人を残して、ほとんどの生徒は下校している。先生だって残っている者のほうが少ないだろう。
 意識をすると、辺りは思っていたよりも静かで、騒がしいのは互いの心臓だけだった。
 柳生は酷く冷静で、そうは言っても校内である以上なにかしらの目に触れるリスクがある事は理解していた。それこそ、生徒会役員が三人も所属するサッカー部の部室だ。誰がいつ見ているかなんて知りもしない。
 それでも、目の前の木曽路が欲求に逆らえなさそうに口を引き結んでいる。余計な事を言うのも、ここまで口説いた意味がない。
「俺は知りませんからね……!」
「何言ってんだ。連帯責任、だろ」
 ついさっきキャプテンに言われた言葉を持ち出して、柳生は木曽路の腕を掴む手に力を込めた。
 木曽路だって、散々我慢していた。気まぐれとも言えるタイミングで好きに唇を寄せてくる柳生に翻弄されて、いつ、情けない一言を言おうかと考えていたぐらいなのだ。
――キスがしたいから屈んでください――なんて、カッコつかなくて、変に意地を張ってしまって言えなくて。不公平だと拗ねたりもした。
 鋭い目が木曽路を見上げている。据え膳、以外に言葉は浮かばなかった。
 紅潮した顔がより、距離を詰める。焦点が合わないほど近付いて、どちらともなく瞼を下ろした。
 ふに。
 柔らかな唇がゆっくりと押し合う。味も何もない、感触だけがそこにあるのがやけに生々しく、たったの数秒がとてつもなく遅く過ぎていく。
 唇を離した木曽路は目を開けて、少し遅れて柳生も目を開いた。
 柳生の広い肩を掴んだ木曽路は再び距離を詰める。無意識に唇を舐めた舌が、柳生の胸の内をくすぐった。
 先程よりはしっかりと、唇が触れ合う。それをきっかけに何度も繰り返す。
 木曽路は夢中で、触れ合わせるだけのキスをした。
 我慢していたのもあったが、なにより今だけは周りを気にせずこの人が自分の恋人なのだと独占出来ると思うと止まらなかった。
 きっと、柳生に彼氏が居るなんて噂になれば人気者の彼に相応しい者か見定められるだろう。柳生本人が好きだと言うのは信じているが、木曽路には今ひとつ、自信が足りなかった。
 柳生はその間、木曽路の片手を握るだけで他にはなにもしなかった。木曽路がどれだけの我慢をして、どれだけ求めているのかを知る機会を逃したくはなかったのだ。
 そろり、と目を開けると木曽路の瞳が目の前にあって、柳生は耐えきれずに息を漏らしてしまった。
「なんで目開けてんだよ」
「柳生先輩だって今開けたじゃん……
 柳生とは反対に、唇を僅かに尖らせて不服さを露わにしながら木曽路は言い返す。依然として距離は近いまま、甘い空気は霧散していく。
 柳生は熱い身体を密着させて、小さな頭を撫でる。潮時だろう。これ以上部室に居ると、本格的に人に目撃されてしまう。
 髪に指先が通る感覚がするのを惜しみながら、柳生は木曽路の額に唇を押し当ててから腰を上げた。
「また今度な」
 散々触れ合った後だと言うのに新鮮に反応を見せる木曽路をもう一度抱きしめたくなって、逡巡の後、耐えた。柳生はこんな時ばかり冷静な自分は損をしているような気がしたが、傍らに居る恋人を見るとそれも良いかとすら思えてしまう。
 なにより、今の柳生は気分が良い。身体の疲労も忘れてしまうほどには。
「先輩、ゴム外すんで屈んで貰えます?」
 涼しくて快適だったが、そういえば木曽路の髪ゴムだということを言われてから思い出した。素直に膝を曲げた柳生は、項に手が当たって、軽く髪を引かれるのを感じる。
「っ、おい木曽路!」
「なんですか? 先に仕掛けたのはそっちでしょ!」
 髪が解かれると同時に項に触れたのは、間違えようもない、先ほどまで唇に触れていたものだ。
 まだ朱の残る頬をして、木曽路は得意気に笑みを溢す。狼狽える柳生の姿は珍しくて、随分と可愛らしく見えた。
 こんな姿が見られるのなら、少しくらい意地やプライドを捨てたって構わないと思えた。木曽路にとっても、柳生は可愛らしい恋人なのだから。