悠環 彰
2026-06-04 22:15:54
2071文字
Public MCU:バキサム(同居アース)
 

モダンスタイル・オールドスタイル

プロムの夜のバキサム。
お題「プロム」をお借りしました。

※ミニイベント【#月いち36の日】掲載作

「そういえば」
 夕食も終わりカウチに並んでまったりと過ごす晩酌の時間。時折他愛ない話を織り交ぜながらグラスを傾けていた中、バッキーが思い出したように口を開いた。
「三ブロック先にハイスクールがあるだろ。今日通ったら、夜も明かりがついてて賑やかで」
 それは二人が暮らすこの家から少し行ったところにある、そこそこ長い歴史を持つハイスクール。近所にもあそこに通っている学生がいたはずだ。今日はそのハイスクールのそばにあるマーケットへおつかいを頼んだから、帰りにでもその前を通ったのだろう。
「みんな着飾って楽しそうにしてたけど、今日は何か記念日だったか?」
 そう言って首を傾げるから、サムもまた首を傾げてみせる。
「時期的にプロムの日だったんだろ」
「プロム」
「おっと、久々のジェネレーションギャップか」
 どうやらバッキーにはあまり馴染みがないようで、つまり彼らが学生をやっていた時代にはなかったか、今のような形ではなかった慣習なんだろう。むっと僅かに眉を寄せる相手に少し笑って、簡単に概要を説明する。卒業する学生たちが、思い思いに着飾ってパートナーを連れて笑い合ったり、踊ったり、楽しく一夜を過ごす行事のことだ。
「ダンス……チークダンスとか?」
「いや、違うな」
 サムは立ち上がると、リビングの端にあるチェストの上に積み上げたCDを漁り、その中からひとつを選ぶとコンポに入れる。普段あまり聞くことのない雰囲気のメロディが流れ出した。
「最近はこういう感じで、DJ呼んだりとか、そういうのが多いんだってよ」
「へぇ」
 ピンと来ない様子のバッキーからグラスを取り上げローテーブルに置くと、その手を引いて立ち上がらせる。そして二人、なんとなくリズムに乗っているようで乗れない様子ながら体を揺らしたりして踊ってみる。
 サムが通っていた地元のハイスクールでも、D.C.やニューヨークほどではないだろうがやはり仲間内で集まって盛り上がった。当時流行りの曲調やダンスは今とはまた少し違ったが、こんな風にフィーリングで踊ったりなどしていたものだ。バッキーに比べれば遠い昔ではないが、昔の思い出といった雰囲気で歳を重ねたもんだなぁと改めて実感する。
「どうだ、やっぱりじいさんにはしっくりこないか?」
 自分とてそうしっくりきている訳ではないのに、それを棚に上げてむっつりと難しい顔をしたままのバッキーに軽く声をかけた。いや、とやはり楽しげの「た」の字もないような表情で唸るように口を開く。
「俺の時代にも似たようなのはなかったことはない、と思う……んだが」
「が?」
「その……マドリプールを思い出して」
 言われて、思わずサムが動きを止めた。バッキーも惰性で揺らしていた体をピタリと止める。少し前、二人最悪の関係性で最悪の道案内に連れられて行った先。シャロンの手引で潜り込んだパーティ。視界の端で、謎のノリ方をしているジモがちらついた気がして、ぶんと頭を振る。
……やめよう」
「そうだな」
 真っ直ぐにコンポの方へ近寄り音楽を止め、CDを取り出す。なんとなく、気分的にそのアルバムを積み上がったCDの下の方へとしまった。ミュージシャンは全く悪くないというのに、大変申し訳ないことだ。
 なんとなく気まずいような変な雰囲気になったリビング。さてどうするかとサムが会話を再開させるキッカケの言葉を探していると、バッキーが先に動いた。勝手知ったるという感じでチェストの中のレコードを漁り、その中の一枚を取り出してプレーヤーにセットすると、針を落とす。
「せっかく今風を教えてもらったから」
 レコードが回り始めると、プツプツとレトロな音飛び混じりに再生が始まる。流れ出すのは、少しクラシカルな、ロマンティックなメロディ。
「お礼に俺が、オールドスタイルを教えてやるよ」
 そう言って、バッキーの手がサムの手を取り、引き寄せる。するりと自然な仕草で腰を抱かれ、密着し、頬が触れるほど近づく。ゆったりと、リズムに合わせて体を揺らすバッキーに、ふ、とひとつため息をついてサムも身を預け、一緒になって揺れる。
 少しだけ、まるで、タイムスリップしたような気持ちになる。
「サムも」
 ベッドの中を彷彿とさせるぐらい近くで、潜めた声がする。
「プロムに、パートナーを連れていって、一緒に踊った?」
 お互いアルコールの入った体で、触れたところから少し高い体温を混じらせる。
「ノーコメント」
 そう返すサムの素っ気ない口調にも、楽しげにバッキーは笑った。ぐ、と腰を抱く手のひらに力が籠もる。
「俺とのダンスはどう? 古すぎて、しっくり来ないか?」
 真っ直ぐに見つめてくる青灰色の瞳が、とろりと溶けるように細められた。
「たまには悪くない」
「そりゃあ結構」
 掠めるように唇を触れさせ、そしてまた寄り添って踊りだす。年嵩のおっさん二人にとってプロムでも記念日でもなんでもないただ何の変哲もないいつもの夜だったが、それでいて悪くないいい夜だった。