ゑ/圓堂
2026-06-05 00:00:00
3477文字
Public 管理NO3250本丸
 

【刀剣乱舞】FOR ME NOW ,「  」 FUTURE.【創作男審神者×一文字則宗】

6/5の主くんの誕生日に合わせて書いたお話。相変わらず仕事にかまけて平然と予定をすっぽかしかける主くんと、愛想尽かしたと見せかけて労わりつつふて寝する則宗の、いつも通りのさにごぜです。いつも通りこそがかけがえのないふたり、だと思っています。
私の誕生日に相互のふみづきさんが描いてくださったさにごぜ匂わせイラスト( https://x.com/fumizukinami/status/2051119305996329289?s=20 )をベースにストーリーを考えて書かせていただきました。本当に本当に癖に刺さり過ぎているイラストで……改めてありがとうございました。

停滞しきった執務室の空気に愈々いよいよ耐えかね、集中力の糸がふつりと切れた主は、傍らの真新しいリモコンに手を伸ばした。
近年、現実世界の気候を反映したサーバー内からも過ごしやすい気候が徐々に削られ、漸く今年に入ってから全本丸に最新の空調設備——といっても一般的な家庭用エアコンではあるが——が導入された。何故この期に及ぶまで、まるで昭和中期で止まったままのような環境で審神者や刀剣男士らが職務にあたらなければならなかったのか——そこのところに触れると、推測や憶測による上層部への不満が噴出しかねないため、主は敢えて考えないようにしている。数日前から上昇の一途を辿る気温と湿度を押し流すかのような、機械的な涼風を一身に浴びながら、設置されたのだからそれで良し——と主は思考を閉じた。

相も変わらず年度の初めから息つく間もなく、今日までを審神者の務めばかりに消費していたおかげで、年明けに整えたきりすっかり放置して伸びきっていた髪を一度解く。幸い審神者の服務規程に髪型の制限はないため、主は就任当初からずっと敢えてある程度の長髪を維持している。彼の中では「括れる長さの方が邪魔にならない」という持論があるのだ。椅子から立ち上がり、一度うんと伸びをしてからエアコンの正面に立ち、真っ向から風を浴びる。体温が籠りきっていた髪をひやりとした空気が通り抜け、それが大層心地好い。機械が懸命に稼働する静かな唸り声の中、主は暫し瞑目した——ひた、と首筋に柔らかな粘膜が押し当てられるまで。

「うおっ」
忘我の状態から飛び上がらんばかりに驚く主の様を見て、彼の背後を取り行動に移したものは大層愉快気に大仰な笑い声を上げた。どくどくと全身の血管が脈動し、胸中が動揺に攪拌かくはんされるその最中であっても、主にはそれが誰かく解る。
主がじとりと怨色を込めて振り返ると、かくしてそこには恋刀の一文字則宗がいた。主の視線などどこ吹く風で、はあ、可笑しい——と目尻を拭う。
——満足か?」
「ああ、成果は上々だ。全く、お前さんは何年経っても僕を楽しませてくれるな」
そりゃあどうも——とだけ答えて、主はその場に乱暴に腰を下ろした。机に戻る気にはなれなかった。
「で、俺を揶揄からかって愉悦を満たすのが目的か?」
再び髪をぞんざいに束ねながら、主は一瞥もくれることなく一文字則宗へ問う。彼の上機嫌な視線がくまなく降り注ぐのを、うっすらと肌が感知している。
「まさか、それはついでだ。そのまた更についでに帰還報告をしておこう——無事に戻ったぞ」
「本題は?」
主は、本来であればそれが主題である筈の任務報告を聞くことなく、一文字則宗に言葉の続きを促す。せっかちな奴め——とぼやく彼を上目遣いに見上げると、やっと視界に入れた彼はやはり上機嫌なまま、吊り上げた唇の端に閉じた扇子の先を添えて主を俯瞰していた。その眼差しは存外に柔らかい。

「主よ、欲しいものは決まったか?」
「は?」
一文字則宗の唐突な問いかけに、咄嗟に主はその真意を見抜くことが出来なかった。急に何だ——という思いを込めた視線を無言で彼へと差し向けるが、一文字則宗はただ穏やかに笑むばかりである。このような時に大抵見せる、悪戯を画策する児童のような瞳の色でないことが、主をより混乱させる。
「何だよ唐突に。別にねぇよ」
主はにべもない返答を突き付けた。と、途端に一文字則宗は表情を一転させ、盛大に溜息を吐く。先程の上機嫌は何処へやら、諦めと、失望が綯交ないまぜになったかのような感情を全面に押し出した気色で、一文字則宗は主を静かに見下す。
「全く、お前さんは実に愉快な男だ。本当に——呆れるほどにな」
ちくちくとした皮肉と共に、一文字則宗は主に背を向ける。そして、好い加減休むことを覚えろ、手本を見せてやる——と続けながら執務室に備え付けられたソファーへ無遠慮に寝転がり、そのまま動かなくなった。後にはただ、唖然とした主が畳の上にひとり残されるばかり。
「マジで何なんだよ……
主は独り言ちながら、ソファーの肘掛けから覗く金糸の菊の花をやるせなく睥睨へいげいする。しかしやがてそれは無意味な時間だと思い至り、ゆるゆると立ち上がって机上の煙草を手に取った。




————……

少々長い一服を終えた主が庭から執務室へと戻ってくると、一文字則宗の身体はまだかろうじてソファーの上に在った。片方の腕と脚はだらりと畳に落ち、すっかり弛緩して瞼を深く伏せる顔は些か不自然な角度を保っている。足音や気配を憚ることなく入室した主の気配になどひとつも反応せず、規則正しい呼吸を繰り返している様子を見るに、一文字則宗は珍しく本気で眠り込んでいるようだった。普段の寝相の悪さから考えると、今回はソファーから落ちていないだけまだマシな方だと言える——主は静かに苦笑した。
齢数百年の刀剣の御霊みたまとは思えぬあどけない寝顔に顔を寄せ、掌と唇で触れようとして、思い留まる。今、彼の眠りを妨げる可能性のある行為は何となく憚られた。

一文字則宗が途中で脱いだらしい戦装束の上着を背に掛けられた回転椅子に一度手を掛け、それも止める。
主は再び先程座していた畳の上へと着地した。蒸し暑い屋外から戻ってきた身体を、適温に整えられた冷気が穏やかに包み込む。

空調に煽られた紫煙の残り香を一服の余韻として味わいながら、主は先程の一文字則宗とのやり取りを反芻し、そして静かに自省した。
彼の言葉の本意——それは、週末に控えた約束の件を指していたのだ。その日は、外ならぬ主の誕生日なのである。本丸の刀剣男士らの中で唯一その事実を知る一文字則宗に「盛大に祝ってやる」と言われ、現世への外泊——表向きには出張と称した逢瀬デートである——の予定を立てていたのだが、例によって次々に積まれた仕事にすっかり忙殺され、主はそのことを綺麗さっぱり失念していたのだった。それでも一文字則宗が本丸に常在していれば、これほど状況が悪化することは無かったのかもしれぬ。間の悪いことに、彼は月を跨ぐ長期任務の部隊の一員として暫く不在であった。それらが重なり、このような事態を招いたのである。

今に始まったことではないといえ、否——今に始まったことではないからこそ、より一層質が悪い。主は己が罪を自覚している。
一文字則宗がこの管理NO.3250本丸の一員として着任した日や、彼と恋仲と呼べる関係になった日などは存外にきちんと覚えているのだが、どうも自分のこととなると疎かになりがちである。性分故に仕方がないといってしまえばそれまでであるが、愛を分かち合うものを大切に想うのであれば、ある程度は己のことも蔑ろにしてはならぬ——一文字則宗との付き合いで、主は少しずつその真理を理解し始めてはいるのだ。

一文字則宗との関係が年々深まるにつれ、主も多少なりとワークライフバランスを意識した生活を送っていたつもりであったが、未だにこうした行き違いが起きてしまう以上、更に見直す必要があるのだろう。
主は一頻り分析した後、ふうと薄く溜息を吐き、孤独な反省会を終えた。

ソファーへ焦点を合わせると、どう寝返りを打てばそうなるのかは皆目見当がつかぬが、いつの間にやら肘掛けからひと房、獣の尾のような毛束が垂れ下がっていた。普段は右肩から垂らしている、一文字則宗の後ろ髪である。
主は戯れに腕を伸ばし、緩やかに癖づいたそれを掌に掬い取った。見た目よりもずっと滑らかで手入れの行き届いたその髪の質感は、最早主にとっては馴染み深く、指先を潜らせるだけでじんわりと胸の奥底に熱い感情が込み上げる。

——悪かったよ」
口をついて出た謝罪は、疲労からくる熟睡の只中にいる一文字則宗には届かず、独白となった。しかし、代わりにじり、と耳朶じだを貫くピアスの穴が疼痛を訴えたような感覚があった。それは主が一文字則宗へ己が誕生日を伝えた日に、一文字則宗自ら穴を開けて嵌め込まれたものである。
単に主の精神に肉体が呼応してそう感じただけかも知れぬが、主は聞こえてんじゃねぇか——と小さく笑った。





もし、自分が生を受けた日が、最上の祝福を受けるに値するというのならば。
祝福の証として、如何なる物事をも望んでいいというのならば。

——あんたと共に生き続けられる未来が欲しいなんてのは、我儘が過ぎるか?」
呟いた主の本音は、室内を支配する空調の稼働音と混ざり合い、溶けて消えた。