Vanilla

2024年5月4日に書いた交際前提壮環
※カプ要素つよめ(当社比)
※書いたのが大昔すぎるため個人的に今は解釈違いかもな〜と思う箇所あり
※8周年特ストネタ

『壮五の様子、大丈夫か? 一昨日から寝れてないみたいだぞ』
 三月からのラビチャに、『やっぱそうだよな〜 今寝かすとこ』と返信しながら、環はホテルのベッドに腰かけた。
 この3日間、環ひとりでの地方ロケが続いていた。もとの予定では明日の午前中に壮五が合流し、同じ場所でMEZZO"の撮影を行なう手はずになっていた。
 しかし今日になって、急遽、壮五が前入りに変更になった。環がロケで不在のあいだに作曲する、と聞いて薄々不安に感じてはいたが、やはりこうなったか、と思った。
 作曲中の壮五の生活が荒れに荒れることは、メンバーやマネージャーたちにもとっくに知られている。きっと見かねた万理がスケジュールに気を利かせてくれたのだろう。
『さすが、環にはお見通しかあ。よし、四葉環を逢坂壮五寝かしつけ大使に任命します!』
「ま、か、せ、ろ、っと」
 両手の親指を駆使して文字を打っていると、パジャマの裾をきゅ、と掴まれた。
「連絡、誰から?」
「んー? みっきーから」
 スタンプを送ってラビチャを終わらせ、ベッドサイドの充電器にスマホを繋ぐ。
 壮五に向き直ると、ベッドの上に正座した彼は「三月さんか。今朝、差し入れを持ってきてくれたよ」と、嬉しそうに笑った。
「そーちゃんと一緒に寝んの、久しぶりだな」
「そうだね」
 作曲を始めると、彼はまず眠れなくなるらしい。翌日のために無理やり寝ようとしても、興奮して目が冴えてしまうのだという。
 ――でも、環くんが部屋にいてくれるときだけは、なんかよく眠れるんだ。
 今ではすっかり遠慮することなくそう告げるようになった恋人に不平を言いながらも、壮五の作曲中には可能な限り彼のスタジオ兼自宅に足を運ぶようにしていた。
 壮五が寮にいた頃は、環のほうが一緒に寝たがることばかりだった。凄惨なサスペンスドラマを見たら壮五の部屋へ。心霊番組のロケがあった日は壮五の部屋へ。怖い夢を見たら壮五の部屋へ。
 なんか前と逆だな、と環はすこし誇らしく思う。
「そーちゃん、目の下のクマやべーよ。ちゃんといつものやつ塗った?」
 布団に潜り込みながら、右手を伸ばして壮五の頬に触れた。下瞼を親指でそうっと伸ばすと、しっとりとした皮膚に青い血液が薄く透ける。
「アイクリームのこと? 塗ったよ」
 こんなに擦り減って眠れなくなっても、アイドルとしてスキンケアは怠らない。真面目で責任感の強い壮五らしかった。
「バニラオイルの匂いがする」
 壮五がすん、と鼻を鳴らす。ひんやりとした指が環の右手をさらい、すり、と頬擦りされた。
「また舐めたの?」
 内緒話みたいな囁きとともに、熱い吐息が手のひらをかすめる。
 ――あ、やばい。
 反射的に引きかけた手は思わぬ力強さで掴まれていて、びくともしない。
……へへ」
 環はわずかに揺らいだ呼吸を笑って誤魔化し、空いた手で壮五の前髪をかき上げた。すべらかな額にかかる髪は、かき上げてもすぐに落ちてきてしまう。
 かつては寮にいる誰か――たいていの場合は三月――が台所でバニラオイルを使っている場面に遭遇するたび、つまみ食いをしていた。匂いとはまったく異なる味に落胆しつつも、2年ほどは懲りずに続けていたと思う。
 今となってはさすがに舐めることはしないが、その甘い匂いは気に入ってたまにつけている。なんといってもプリンの匂いだし――壮五が「癒される」と笑ってくれるから。
 壮五は黙って環の右手を弄んでいる。伏せられた瞳が思いのほか真剣な色を宿しているのが目に入って、落ち着かなくなる。
 目線を泳がせて天井のダウンライトの数を数え始めると、手のひらにつつ、と指を走らされた。途端に全身の血流が右手に集中していくような感覚に囚われ、慌てて手のひらをぎゅっと握り込む。
……っ、そーちゃん。手、こそばい」
「ああ、ごめん」
 どこかうわの空な返答ではあったが、手を掴む力が緩んだ。環もほっと力を抜く。
 その瞬間、指のあいだに壮五の細い指が滑り込んだ。
「ぅひっ」
 変な声を出してしまったことを気にする暇もなく、壮五の右手が後頭部に回った。指先が触れているところがゾワゾワする。至近距離に迫った藤色が、ぎらりと濡れた光を放った。
 制止の声を上げようと開きかけた口は、温度の低い唇に塞がれた。反射的に閉じかけた唇の隙間から、驚くほど熱い舌が滑り込んでくる。
「ん、ふ……
 突然のことに上手く息を逃がせず、声が漏れた。思わず握られていないほうの手で壮五の腕をぎゅっと掴む。
 最初の勢いとは裏腹にやさしく丁寧に口内をなぞられ、だんだんと息が上がっていく。気づけば環も、徐々に深くなるキスに応えるように舌を絡めていた。
 しんとした部屋で、空調の音とお互いの息づかいだけが聞こえる。舌をすこし強めに吸われると同時に、後頭部に置かれた手が首筋を撫でおろした。環の意思とは関係なく、びくりと身体が跳ねる。
――は、待って、そぉちゃん!」
 焦ってその薄い身体を押し返すと、壮五がはっと息を呑み「ごめん!」と叫んで離れた。
「た……環くんの匂いだ、って思ったら、頭がわあっとなってしまって……
 掛布団を掴んで鼻のあたりまで引き上げ、今さら申し訳なさそうに眉尻を下げる。その表情が無性に腹立たしく、環は布団を引き下げて壮五の頬を引っ張った。
「もぉお、だからっていきなりさぁ! ギア!」
ひてていててひたいいたい! ふねうなつねるな!」
 普段であれば必ず事前にキスしてもいいか聞いてくるくせに、寝不足などで余裕がなくなると途端にこれだ。
 毎回確認されるのがいたたまれなくなって「いちいち聞くな、それっぽい空気ってあんじゃん!」と怒ったことはあるが、これはこれで勢いが強すぎる。
 彼が欲望のままに動けるようになったのは喜ばしいことではあるが、環側にだって心の準備は必要なのだ。
「言っとくけど」つねられてわずかに赤くなった頬をさする壮五に、ビシッと指を突きつける。「俺はみっきーから、そーちゃん寝かしつけ大使に任命されてんだからな!」
「三月さんから? 大使?……君が派遣国代表側なんだ?」
「は?」
 壮五は鼻先に突きつけられた指も気にせず、首をひねっている。どうやら変なところに引っかかったらしい。
「地方ロケ中の君のところに僕が派遣されてきた形だから、この場合は僕が大使と呼ばれるのが本来の言葉の使い方としては正しいと思うんだけど――
 難しい用語を使いながら、ぶつぶつと考え込んでいる。壮五がこういう心底どうでもいいことで悩み始めるのは、そろそろ限界が近い証拠だ。
「あーもう、わけわかんねーこと言ってないで寝ろ!」
 電気も消すからな、と有無を言わさず照明を落とす。
 暗くなった部屋で、「環くん」と静かな声が小さく響いた。「なに」とぶっきらぼうに返すと、ちゅ、と触れるだけのキスが唇をかすめる。
「ありがとう」
 輪郭が闇に溶け込んだ中でも、上半身を起こした壮五がしあわせそうに笑むのがわかる。
 環は小さくため息をついた。結局のところ自分は、この綺麗で過激で面倒な人を、長く、できる限り長く大切にしたいのだ。
「ん」
 環はしずかに微笑んで、壮五の額にお返しを降らせた。