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さゆき
2026-06-04 16:16:52
9234文字
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落花流砂
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テオブロマはこの手に
アベ星バレンタインに巻き込まれる教授とカンパニーのお話。
※付き合ってません
「申し訳ございませんが、現在我が社では手作りの品物をお預かりできません。お引き取りをお願いいたします」
スターピースカンパニーの受付に座るオムニックは、そう言うと星に深々と頭を下げた。
「ダメなの?」
「市販品かつ、個包装されており、カンパニーが定める偽造防止マークを施した包装でしたらお届け出来ます。こちらも開封時に解析装置にて毒性がないかを確認させていただきます」
念には念を。何重にもチェックされたお菓子は、本人のところに届くまでに細切れになってしまうだろう。そもそもそこまでして食べてもらえるのだろうか。
手に持ったお菓子をチラリと見て、星は思った。それなら自分で食べたい。
「分かった。あんたに迷惑かけるわけにもいかないし
……
これは持って帰るよ」
「申し訳ございません。アベンチュリン総監、トパーズ総監、ジェイド総監には星様が来社された旨をお伝えしておきますので」
「んー
……
いいや。三人には直接連絡できるから。来たのも言わなくていいよ」
「いえ、報告はさせていただきます。星様が来社された際には必ず報告するよう指示を受けておりますので」
「
……
誰から?」
受付のオムニックは顔色ひとつ変えずに、星の疑問に答えた。
「アベンチュリン総監です」
星がスターピースカンパニーにお菓子を持っていくことになった発端は、今朝に遡る。
朝起きて間もない星は、着替える前にテーブルの上に置いてある開拓歴のカレンダーを手に取り、渋い顔をした。
「
……
来ない」
「誰が?」
「
……
言わない」
むす、と誰が見ても不満そうな表情を浮かべた星はカレンダーを適当に放るとごろんとソファに寝転がる。
その姿を見たなのかは「言わなくても分かるよ」とため息をつきながらカレンダーをテーブルに戻した。
「アベンチュリンでしょ。ニューイヤーパーティ以降、来てないもんね」
「
…………
来るって言ったのに」
「仕方ないじゃん、最近公式SNSも更新してないくらいだし
……
鉄墓戦後のカンパニー、すごく忙しそうだから」
「それは
……
分かるけど」
クッションに顔を埋めてふてくされてしまった星に、部屋にいたゴミケーキはにゃ〜と呆れたような声を出した。
『星、最近ずっとこう。会いに来るって言ったのに、あの人間が来ないから』
「私はいつも通りだし
……
そこまで気にしてないし」
『来ないなら会いに行けば良いのに。星、来なかったら押しかけるって言ってなかった?』
ニューイヤーイブの夜、二人で話していたことをゴミケーキは聞いていたらしい。うっ、と言葉に詰まったところをなのかに追撃される。
「えー!?ウチが丹恒と寒い中鐘つきに並んでいた間にそんなことが
……
!星、そうだよ来ないなら会いに行くしかないって!」
「でも、忙しいのに悪いじゃん
……
気軽にアポ取れる立場でもないし」
「アンタ普段押しが強いのに、たまに気弱になるよね
……
」
思った以上に「会えない」ということが星のメンタルに響いてしまっているらしい。ごろごろと気を紛らわせるようにソファで転がる星を手で止めて、なのかは「そこまで!」と声を張った。
「もうすぐバレンタインだし、気分転換にお菓子作ろ!美味しいもの食べたらアンタもちょっとは元気になるんじゃない?」
「お菓子
……
」
「アンタのことだから、バレンタインの用意もしてないんでしょ?カンパニーにはお世話になってるんだし、上手く出来たらお裾分けで持っていくのも良いんじゃない?」
「
…………
」
なのかの言葉に、星は自分が手作りのお菓子を持っていく姿を想像しようとして
……
あまりにも想像が出来なくて、途中でやめた。
列車の当番で料理したことは何回かあるけれど、差し入れで誰かに持って行ったことはない。上手く出来るか未知数だし、持って行ったところで喜んでもらえるかわからない。
「
……
大丈夫かな」
「アベンチュリンはアンタから貰えるなら何でも喜びそうだけど。あの人、あげるばっかりで貰うことあんまりなさそうだし」
それは確かにそうかもしれない、と星も頷く。特製カクテルを作った時、彼はとても喜んでくれて、沢山星を褒めてくれた。今回も美味しく出来たら褒めてくれるかもしれない。
「
……
やる」
「よし!そうと決まったら材料買いに行こ!レシピは
……
パムが持ってそうだから、それも借りなきゃね!」
そうして二人でレシピを吟味し、何度か失敗を重ねながらも試行錯誤の末に完成させたチョコレートのお菓子は今。
「
……
どうして僕のところに持ってきたんだ」
石膏頭を被った教授
……
レイシオの研究室に来ていた。
「一人で食べるの、なんか勿体無いなと思って」
「ハァ
……
他に人選があっただろう」
レイシオは石膏頭を外すと、星が膝の上に抱えた小包を一瞥した。シンプルなラッピング包装紙はピーコックグリーン、巻かれたリボンは金色。誰に向けたプレゼントか一目瞭然のそれを、彼女は何故かここへ持ってきた。
「カンパニーの皆はダメみたいだし
……
時差的に、レイシオのところが一番ラグがなかったの」
「君に時差を考えるだけの配慮があったことに敬意を表そう。真夜中に来られていたら問答無用で追い出していた」
「流石にそんなことしないよ」
ナナシビト達は界域アンカーを使うことで瞬時に星間移動を行うことが出来るが、星ごとに異なる時差は埋められない。ピアポイントとの時差の都合で、真夜中や明け方になる星へは移動が憚られる。常識的な時間に訪問でき、尚且つ手作り菓子を持ち込んでも怒らなそうな人物として選ばれたのがレイシオだった。
「せっかく作ったから、誰かには食べてもらいたいなって
……
教授が嫌なら、一人で食べるから良いよ」
「嫌ではないが、それを僕が食べると後で非常に面倒なことになるのが目に見えている。作って間もないのだろう?諦めるのは早いと思うが」
「
……
でも、社内規定に反するから受け取れないって」
「逆を言えば、その条件を満たさなければ後は自己責任というわけだな」
レイシオは「少し待っていろ」と星に告げると、スマートフォンを片手に研究室を出て行こうとする。
「今頃カンパニーではどこかのアティニークジャクが大暴れしているだろう。君はその包みを決して開けずに、大人しくここで待っているように」
「カンパニーってクジャク飼ってたの?あれ、うるさいって有名なやつでしょ?」
「そうだ、とびきり五月蝿い。対処を間違えれば大惨事になるだろうな」
「
……
それが、私のお菓子と何の関係があるの?」
星がきょとんと首を傾げるのを見て、レイシオは大きなため息をひとつ吐く。
「僕の見立てでは、その菓子こそが解決策の一つになるんだ。次の来客が来る時まで、開けずに待っていろ。すぐに出番が来る」
「よくわからないけど、わかった」
***
一方その頃、アベンチュリンはカンパニーの受付オムニックから報告を受けて絶句していた。
「アベンチュリン総監、どうかなさいましたか」
「
……
ごめん、もう一回言ってもらえるかな?」
「半システム時間前、星穹列車の星様が来社されましたが、アポイントがないためお帰りになりました。差し入れをお持ちになっていましたが、手作りのお品ということで社内規定に則りお断りしました」
「ロビーで待っていてもらっても良かったのに、そのまま彼女を帰したのかい?僕がすぐ戻ることは把握していただろう?」
「社員の予定を外部のお客様へ故意に漏洩させることは禁じられております。以前『待ち伏せ』や『差し入れ』をされてお困りになったのはアベンチュリン総監だったと記録しておりますが」
確かに、以前『自称ファン』と名乗る人物にロビーで待ち伏せをされて迷惑を被ったことがある。別の機会には『劇薬』に近いものを差し入れされて、成分分析を担当した技術開発部から「アベンチュリン総監
……
なんてエグいものを差し入れされてるんですか
……
」と同情された。
アベンチュリンだけでなく、カンパニーの社員
……
特に名が知れている石心には妄信的なファンも多く、ハプニングがある度にカンパニーは一定期間新たな社内規定を敷く羽目になった。
今回の『手作りの差し入れを禁ずる』という内容は、そのうちの一つに過ぎない。
アベンチュリンは小さくため息を吐くと、受付のオムニックに「そうだね」と頷いた。
「彼女には、僕から謝罪しておくよ。これからも似たような要件で来社する『お客様』がいるだろうけど、誰であっても同じ対応をしてくれることを期待しているから」
「かしこまりました」
恭しく頭を下げたオムニックに手を振ると、アベンチュリンは高層階へ向かう専用エレベーターへ社員証をかざした。
高速で一階へ到着したエレベーターに乗り込み、ドアが閉まって動き出したタイミングで思い切り頭を抱える。
「星ちゃんのお菓子は受け取ってくれても良くないか!?そんなこと、一琥珀期に一度あるかないかだよ!?」
「仕方ないでしょ、誰かさんが熱心なファンから劇物差し入れられちゃったんだから」
「坊や、エレベーターは完全防音ではないのだから落ち着きなさい」
受付から無言で静観していたトパーズとジェイドが口を挟むも、アベンチュリンの嘆きは止まらなかった。
「ただでさえ、ニューイヤーパーティから会えてないのに
……
長期出張に報告書、プロジェクトの立案・始動・クローズ、広報活動、講演会にオークション
……
僕の次の休みはいつになるんだい?」
「安心なさい、貴方をぜひ起用したいと言ってくれる企業はまだまだあるの。モデル活動にインフルエンサー、ダンス講師の話も来ているわ」
「それもう、カンパニー社員の業務範囲超えてるよ!僕はプロダンサーじゃないんだけど!?」
「ピノコニーや展示場イベントでノリノリのダンスを披露してた奴が何か言ってる
……
」
「展示場イベントのは君も参加したじゃないか」
ピノコニーのプロジェクトで関わったほぼ全員が参加し、ジャージと呼ばれる衣装を着て真夏に踊り明かしたのは記憶に新しい。
ジェイドは二人の石心が言い争いを始める前に、アベンチュリンへ話題を振った。
「それはともかく、せっかく『バレンタインの贈り物』を持ってきてくれたのに受け取らなかったのは問題ね。星さんは今のところ恋人はいないようだし、もしかしたら家族以外に初めて作ったお菓子だったかもしれないわ」
「そうだろう?彼女は気紛れだから、三月さんか姫子さんが先導したのかもしれないけれど
……
それをわざわざここまで持ってきてくれたのに受け取らないなんて、戦略投資部と列車の友好関係にヒビが入るかもしれない」
星は絶対そこまで考えていないだろうし、なんならそのお菓子も「みんなで食べて」くらいの熱量である可能性が高そうだとトパーズは思ったが、ジェイドがアベンチュリンをどう誘導したいかが見えたので沈黙を選んだ。
今のこの男にそんな茶々を入れたら面倒くさいことになることは間違いない。
「だから、こいつと関わらないよう祈ったのに
……
どの道、手遅れだったか
……
」
「何か言ったかい、トパーズ総監」
「何でもないですーアベンチュリン総監ー」
そんな応酬をしているうちにエレベーターが目的階に到着し、ジェイドとトパーズは先に降りた。その後に続こうとしたアベンチュリンは、ジェイドから「何をしているの?」と首を傾げられる。トントン、といつもアベンチュリンがスマートフォンを入れているポケットを指差して彼女は微笑んだ。
「アベンチュリン、予定変更よ。会議は私たちが参加するから、貴方は貴方の仕事をなさい」
「
……
分かったよ。僕、休憩がまだなんだけど一緒に取ってきてもいいよね?」
「ええ。夜の予定は動かせないから、それまでには帰ってきてちょうだい」
「仰せのままに」
エレベーターの一階ボタンを押し、扉が閉まる。再び受付ロビーへ向かっていくのを見届けて、トパーズは深いため息を落とした。
「
……
実際、星は誰にお菓子を作ってきたんでしょうね?」
「真実は必ずしも重要ではないわ。アベンチュリンにとって重要なのは、彼女のお菓子を手に入れること。それさえ叶えば、しばらくはご機嫌でいてくれるはずよ」
「
……
しばらく、あいつ休めなそうですね」
「二相楽園のプロジェクトがもうすぐ始まる。そうなれば今よりももっと忙しくなるわ
……
それまでに、出来る手は打たないとね」
***
「あれ、アベンチュリン!どうして列車に?」
カンパニー本社を出てすぐに星穹列車へ向かったアベンチュリンを迎えたのは、星ではなくなのかだった。
「やぁ、三月さん。星ちゃん、戻ってないかい?」
「星なら、あんたに会いに行くってお菓子を持ってピアポイントに向かったけど
……
え、まさかすれ違った!?」
「いや、一度カンパニーに来てくれたみたいなんだけど
……
今、うちはアポイントなしの来客は全て断っててね。受付もマニュアル対応で星ちゃんを帰しちゃったみたいなんだ。僕に用があったみたいなのに、申し訳ないことをしたから謝りたくて」
アベンチュリンの言葉になのかは「あちゃあ
……
」と頭を抱えた。
「こっちこそごめんね。トパーズやあんたが気軽に接してくれるから忘れがちだったけど、高級幹部だもんね
……
次からはちゃんとアポイント取って行くよう伝えるから」
「君たち星穹列車のナナシビトならいつでも歓迎
……
と言いたいところなんだけど、カンパニーも色々あってね。一報もらえると助かるよ。それで、星ちゃんは?」
「ピアポイントに行くって言って出たきり。でも、真っ直ぐ戻ってきてるならあんたより早く着いてるはずだから
……
どこかに寄り道してるのかも」
「うーん、そうか
……
」
手作りのお菓子を持って、寄り道。嫌な予感がしてきたアベンチュリンに、なのかは無自覚で追い打ちをかけてくる。
「あの子のことだから、『やっぱり渡せなかった』って持ち帰るより、自分で食べたり誰かと一緒に食べたりして証拠隠滅しそうなんだよね。帰り、遅いかも」
「
……
次の予定まで時間があるから、ちょっと探してみるよ。もし列車に戻ってきたら連絡をくれるかい?」
「うん、分かった」
星が自分のために用意してくれたお菓子を、別の誰かが口にする。そんなことは到底許容出来そうにない。アベンチュリンが険しい表情で列車を降りた時、胸元のスマートフォンが振動した。
「
……
レイシオ?」
彼から連絡してくるのは珍しい。こんな時に長話だけは御免だなと思いながら応答すると、彼は非常に疲れ切った声で電話に出た。
『今すぐ僕の研究室に来い』
「随分急な話だね。何だい、まさか僕に会いたくなったとか?」
『僕ではなく、僕の研究室にいる者が君に会いたがっている』
「へえ?君の教え子か何か?生憎だけど、僕は今ちょっと手が離せなくてね。一刻を争うから、君の研究室には行けないな」
そう言ってアベンチュリンが通話終了ボタンを押そうとした時、電話口の向こうから聞き覚えのある声が微かに聞こえた。
『ねえ、レイシオ。他のお客さんなかなか来ないし、やっぱり一緒にお菓子食べようよ』
『少し待っていろと言っただろう。菓子の包装は客が来るまで絶対に開けるな』
「
……
教授、まさかとは思うけど
……
星ちゃん、来てるのかい?」
『そのまさかだ。もう分かったな?早く来ないと君のためのプレゼントは僕の胃の中に収まることになるぞ』
「アハハ、そうなったら消化される前に吐き出してもらわないとね!
……
すぐ行くから、もう少し彼女の気を引いてくれ」
『ハァ
……
何でもいい、早くしてくれ』
「星ちゃん!」
ノックも早々に研究室のドアを開けたアベンチュリンの目に飛び込んできたのは、回転椅子に座ってくるくると座面を回転させている星の姿だった。突然現れたアベンチュリンに、「え!?」と驚きの声が上がる。
「な、なんでここに
……
レイシオは?」
「レイシオは部屋の外にいたんだけど、僕が来たら『しばらく席を外す』って行っちゃった」
「
……
そっか」
やがて椅子の回転が緩やかに止まる。星は膝に抱えた小包を見えないように両手で抑えると、視線を逸らしたまま問いかけた。
「
……
レイシオに会いに来たんじゃないの?ここ、私しかいないけど」
「君を探していたんだよ。今日はカンパニーに来てくれたんだろう?おもてなし出来なくてごめんね」
「別に、歓迎してほしかったわけじゃ
……
トパーズでも、ジェイドでも
……
知ってる人に会えたらいいなくらいで」
「うん」
「会えたら
……
せっかく作ったし、上手く出来たから、お裾分けしてもいいかなって」
これ、と隠されていた小包を差し出される。ピーコックグリーンの包装紙に金色のリボンが巻かれたそれは、星の体温が移されて仄かに温かかった。
「ありがとう。開けていい?」
「あんたにあげたんだし、好きにして」
気恥ずかしいのか、ぷいとそっぽを向いてしまった星の目の前で、リボンを解く。包装紙を留めていた星のシールを外して包みを開けると、チョコレートの濃厚な香りが鼻をくすぐった。
一口サイズに切れ込みが入れられたチョコレート生地の中にくるみが散りばめられた焼き菓子。食べやすいよう添えられたピックには、サイコロの飾りが付いている。
「ブラウニーかな?美味しそうだ」
「パムのレシピで一番作りやすそうなのにしたの。焼き菓子なら冷蔵すれば翌日くらいまで保つって言うし
……
会えなかったら預けて帰ろうと思ったんだけど、カンパニーってそういうのダメなんだね」
「あぁ、差し入れでちょっと過去に色々あってね
……
業務中に手作りの差し入れはNGになったんだ」
「え、じゃあ今もダメなんじゃない?やっぱり返して」
「僕は今、休憩中なんだ。業務はしていないから、何を食べても自由だし、それで何かあっても自己責任だよ」
星が取り上げる前にぱくりと一口いただく。軽い口当たりの生地に、砕いたくるみの食感が良く合っている。お店で買うブラウニーとは違う、素朴な味わいに頬が緩んだ。
「うん、美味しい。手作りのお菓子なんて、久しぶりだ」
星ちゃんはお菓子作りが上手だね、と褒めると、星は取り返そうとした手をあたふたと宙に泳がせて大人しくなった。褒められて嬉しいけど、素直に喜んだら負け、みたいな複雑な表情をしている。
「
……
あんた、そういう差し入れとか多いんじゃないの」
「変なクスリが入ってるものを差し入れって呼ぶなら、まあそこそこには?」
アハハ、と笑ってピックに刺したブラウニーを一切れ星に差し出す。無言で口に入れた星を見つめながら、アベンチュリンももう一切れ頬張った。
「私がそういう変なもの入れてたらどうするの」
「入れてたら君は食べなかっただろう?それに、僕に何か盛ったところで君にメリットはない」
続けてもう一切れ食べたアベンチュリンに、星は「あるかもしれないじゃん」と反論した。
「えぇ?そうかなぁ
……
毒だったら殺人容疑で捕まるし、こういうのでありがちな惚れ薬
……
なんて怪しいもの、君が盛る意味ないだろう?」
「毒は入れないけど、あんたが私を好きになったらメリットはあると思う」
「そうかい?」
「そうすれば、あんたはもっと列車に来てくれるでしょ」
そう言って再びそっぽを向いてしまった星に、アベンチュリンはピンときた。
これは、もしかして。
「
……
星ちゃん、もしかして
……
拗ねてる?」
「別に拗ねてないけど」
「ごめんね、会いに行くって言ったのに全然行けてなくて」
「
……
忙しいの、知ってるから。私も忙しい時は忙しいし」
拗ねている。これは完全に拗ねている。早く彼女のご機嫌を取って、損ねてしまった信用を取り戻さなければいけないのに
……
アベンチュリンは、自分の行動で百面相をする星へ何と言っていいか分からなくなった。
話術で全てを勝利へ導いてきたギャンブラーが、少女の一喜一憂に惑わされている。その変わりゆく表情が、自分の行動で引き起こされたということに心が騒めく。
あの星が。自分が会いに来なかったということで拗ねている。それは、逆を言えば会いたいと思ってくれていたということだ。
「星ちゃん」
「
……
何」
「今すごく、君をハグしたいんだけどいいかい?」
「は、はぁ!?何で!?私、結構怒ってるんだけど!」
「うん、本当に僕が悪い。ごめんね」
「来るって言ったのに来ないし!」
「うん、ごめんね」
「会いに行ったら追い返されるし!」
「会いに来てくれてありがとう」
「
……
作ったお菓子、こっそり食べちゃおうと思ったのにあんたは来ちゃうし
……
」
「美味しかったよ」
ぽす、とアベンチュリンの胸元に星の頭が寄りかかってきた。お菓子の箱をテーブルに置き、柔らかな灰色の髪を撫でると、彼女の両腕が背中に回される。
お許しが出たことにほっと息を吐いて、アベンチュリンは星を抱きしめ返した。
「休み、しばらく取れそうにないんだ。新しいプロジェクトもそろそろ始まる頃合いでね
……
本当は、もっと会いに行きたいんだけど」
「
……
バレンタインデー当日は?予定あるの?」
「仕事はあるけど、夜なら時間が取れるかも」
「この間、チョコレートリキュールを見かけて姫子に買ってもらったの。来てくれるなら、またカクテルを作ってもいいよ」
ハグは許されたけれど、まだ拗ねモードは解除されていないらしい。素直に「来て」と言えない星には見えないよう笑みを抑え、アベンチュリンは「本当かい?」と彼女の髪を撫でた。
「君からバレンタインのチョコレートを貰えるなら、何としても行かないとね」
「
……
市販のリキュール使うだけだし」
「それでもだよ」
自分のために星が用意してくれるものは、何一つ取り零したくない。多くを賭け、多くを得て、多くを失ってきたアベンチュリンにとって、それは奇跡にも等しいものなのだから。
「お返し、何が良いか考えておいて。今日のお菓子の分も含めて、たくさん君に贈りたいから」
「あんまり多いと列車が潰れるから、程々にして」
プレゼントで列車が潰れる想像をして笑ったアベンチュリンを見て、星はようやくいつもの笑顔を見せてくれた。
「
……
もう入って良いか」
「あ、レイシオ」
「ごめんね教授、助かったよ」
「そういえば、カンパニーってアティニークジャク飼い始めたの?暴れてるって言ってたけど大丈夫だった?」
「
……
ん?」
「大事にならずに済んだようだ。君のおかげだな」
「私何にもしてないけど
……
」
「教授、ちょっと後で聞きたいことがあるんだけど。何で笑いを堪えてるんだい?ねえ!」
続く。
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