2026-06-04 15:13:47
2990文字
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ばんりさんゆめ/大神既婚不倫ネタ/夢主名前有り

「結婚生活って楽しいですか?」
 わたしの言葉に万理さんがどんな表情を浮かべたのか確認する術はなかった。大きなベッドの上でふたりで裸で横になって、万理さんの腕のなかでその心臓の音を聞くように胸に顔を埋めていたから。
 少なくとも鼓動は同じリズムをとっていて、わたしの質問によって乱れないテンポにこの人に向ける自身の好意を再確認した。わたしにとって万理さんは、いつだって適切で正しい。
「それを俺に聞くの?」
「万理さんにだから聞くんですよ。他の人の生活なんて興味ないもん」
「そうかもしれないけど、そういうことじゃなくて」
 万理さんが何かを言いかけて、やっぱりもういい、とどこか投げやりに言葉を打ち切る。そこに含まれる呆れた色合いはわかるのに、何を言いたいのかだけがわからない。そのまま離されないよう丸まってしがみつくと、掛け布団ごとまとめて抱き直される。
「わざわざ聞きたいことじゃないでしょ、って言ってるの」
……聞きたいですよ。万理さんのことなら、なんでも知りたい。特に、わたしの知らない話なら」
「知って嫌な気持ちになっても?」
「うん。万理さんのことで傷付けるなら、なんにもないより嬉しいです」
 わたしにとってそれは当たり前の話だったけれど、万理さんにとっては想像の埒外にあるらしい。よくわかんないな、という呟きに近い言葉がため息と共に漏らされて、思わず謝りそうになる。でも謝ったところでわたしの意見は変わらないから、黙って身動ぎして万理さんの顔を仰ぎ見る。
「怒ってますか?」
「怒ってないよ。でもあんまり話したくない。特にいつきちゃんには」
「わたし以外には話せるんですか」
「ある程度はね」
「なんでわたしには言えないの?」
 まるで浮気を責めるように問い詰めたわたしを見て、万理さんが片側の口角だけ微かに歪める。
「いつきちゃん」
「ねえ、なんでですか」
 納得させてほしいのに、黙られることだけは許せなくて遮った。
 一生を誓った相手との暮らしを幸福の絶頂だと言い切られてもこれほど焦らなかった。楽しくて幸せでどれだけその人のことを好きなのか、いくら詳細に語られたとしてもわたしはそれを寝物語に読み聞かされる絵本のように受け止めただろう。
 それなのに、それだけのことををこの人はわかってくれない。けれどそれだけをわかってくれない、と思っているのは、万理さんも同じなのかもしれないとも思う。万理さんが本当に本気で全てが満ち足りている幸福な生活を送っているのだとしたら、わたしとこうして過ごしているはずがない。――そんな当たり前なことをわかっていないのは、きっとわたしのほうだから。
 でも、終わらないで続いているということは、終わらせないだけの意味も理由もあるはずなのだ。そこまで呑み込んでいるから、何を言われる覚悟も想像ももうとっくの昔に済んでいるのに。
……ごめんなさい。すみません。言いたくない、ってことを言うのも嫌だって……そういうことだってありますよね」
「わかってくれたなら、いいよ。そもそもよくないことをしてるのは俺のほうだし」
「よくなくないです。いいです。わたしにとってはいいことしてる」
「そうかなあ。俺はそうは思わないけど」
「でも、万理さんにとっても、少しは……ちょっとくらいは、いいことなんですよね? そうでしょ? だからわたしといてくれてる。じゃあ、よくないことじゃないですよ。そうじゃなかったとしても、わたしのためにこうしてくれてるんだとしても、わたしが喜んでるんだからいいじゃないですか。万理さんは人ひとりをこんなに幸せにしてくれてる。それってすごい。すごいことですよ。万理さんはとってもいいことをしています」
 めちゃくちゃな理屈は、だからどんどん長くなる。何をどう言えばわかってくれるのかわからないから、綺麗に頷いてくれるまで話そうとしてしまう。
 背中にあった万理さんの手がわたしの顔に伸びて、かかっていた髪を指で払った。そのまま耳や頬を撫でられて、息を呑んで静まった唇が何度か吸われる。子供か動物を誤魔化し宥めるみたいな動作だった。もしくは、とても愛しいものを衝動的に可愛がるような。
 唇が離れてからも、息を分け合うような距離で見つめ合っていた。伸ばされた前髪が枕のほうに流れ落ちた、無防備な素顔をどちらも晒して。
 垂れた目尻とは裏腹にしっかりとした眉毛とか、普段は見えない傷痕とかが、隠されることなく触れられる場所にある。その事実だけで、同じものを誰が何度見ていようと関係がないと強く思う。そんな当たり前のことでわたしは傷付いたりしない。
 それでも不愉快にはなる。万理さんに対してではなく、万理さんを完璧に満たしてあげられてない相手とか世界とかわたしに対して。
「万理さんって、一人暮らし長かったんでしたっけ」
「うん、高校入ってすぐだから……十年以上は経つね」
「急に誰かと暮らすのって、大変じゃないんですか? それとも誰かと暮らしたかった?」
「いや、うーん、どうかな。あんまり考えたことなかった。なんだかんだ友達が家に入り浸ってたりしたから、一人じゃないと落ち着かないってわけじゃないと思うけど」
「ふうん」
 途切れた話を、中心部を避けて蒸し返す。どこまで律儀に、どこまで許してくれるのか確認するようにゆるやかに。
 万理さんの語る良好な実家とやらと早すぎる一人暮らしのちくはぐさを指摘したことはない。連なる理由も聞いてはいたが、納得できるだけの筋道が通っているからこそ不全が目立つ。
 問題がないにもかかわらず中学を卒業したばかりの学生が家を出る、それ自体が問題として機能していないことの問題を、わたしばかりが気にしているのだ。
……いつも思うけど、わたしと真逆ですよね。わたしは早く一人になりたかった」
「でも、俺といるんだ?」
「うん。そうですよ」
 結婚も子供を作るのも絶対にごめんだった。誰かと暮らすのだけは無理だって確信していた。でも、って思う。万理さんとならわたしはきっと一緒にいられる。万理さんとだけしかいられない。万理さんだって絶対そうなのに、と確信に近い気持ちをずうずうしく抱く。
 だから結婚しても尚、わたしみたいな人間とこんなことになっているはずなのに。
「わたしがずうっとひとりでいれば、いつでも万理さんと会えますね。それってすごい幸せ」
 あは、と本心から笑う。待つのも追うのも好きで良かった。そんな自分のことを、今なら少しだけ誇らしくすらなれた。
 珍しく逡巡している気配があって、わたしはその口が開いて動くより先に今度はこっちから唇を押し当てた。そのまま覆い被さって退路を塞ぐ。
 拒絶しようと思えば簡単に拒絶できる体重を、万理さんは呆気なく受け入れる。それどころか、肩や腰に回された手はきちんとわたしを求めて繋ぎ止めた。
「ん……ふふ、ばんりさん」
「さっきシャワー浴びたのに」
 話しながらもその合間に舌を絡めて、身体の輪郭をなぞって遊ぶ。触れたところからお互いの熱が上がって、肌が息を吹き返していく。
「あとで、もう一回浴びましょう」
「一緒に?」
「絶対、一緒に」
 わたしの言葉に、万理さんが笑う。うん、いいよ、と、なんだかとても楽しそうに。