ゴールドソーサーフェスティバル。それは、マンダウィル家が主催するカジノの一大イベントだ。毎年、初夏に行われ、多くの人々が参加する。自然、富豪たちからの資金援助も増え、それに連なる商社や雇われ人が駆り出されることとなるのだ。
ハンコックもまたそのうちの一人だった。出資者であるロロリトの命を受け、ゴールドソーサーの視察に訪れたところだ。
自由に歩き回っていると、かねてよりの知己、いまや光の戦士となった彼女が、ふんわりと声をかけてきた。
「こんにちは、ハンコックさん」
「コレはコレは。英雄様からお声がけいただけるとは、光栄の極みデス」
「ふふ」
大仰にエオルゼア風の一礼をすれば、彼女は嬉しそうに微笑みをもらす。
「アナタも視察デスか?」
「はい。この時期は諍いも多くなりますから、警備の依頼も兼ねて」
その腕には、マンダウィル家の紋章が入った腕章がついていた。つまり、ゴールドソーサー創始者であるマンダウィル・ゴッドベルト氏直々の依頼だ。
「では、エスコートさせていただいても?」
目的はほぼ一致している。彼女は頷き、差し出された手のひらに、優雅に指先を置いた。
そういくらも歩かないうちに、困った顔の警備員と視線が合う。
「なにかありましたか?」
腕章を見せながら彼女が問うと、警備員がパッと顔を輝かせた。
「ありがとうございます。実は、ドマ式麻雀の卓で、ちょっと」
「喧嘩デスか?」
「いえ、まだ……というか。若くて素行の悪い二人組が、卓を荒らしてて」
「行ってみましょうか」
◇
「ロン! っしゃー! またオレの勝ちだぜ!」
「エクストリームズ」
いつもどおりの、ふんわりとした声色。だが、――ピシッと空気が凍った。
青い髪のヴィエラ族が、ギギギと軋んだ音を立てそうな動きで振り返る。そして、彼女を視界に収めた瞬間、わかりやすく顔色が変わった。
「ぎぇ」
「何をしているの?」
穏やかな声に、優しい笑顔。だが、ヴィエラ族の男はワタワタと両手で宙をかきながら、滝のような汗を流し始める。
卓に座ったままのヒューランの男が、うっそりと口を開いた。
「麻雀をしていた」
「そっ……そうだぜ! 普通に遊んでただけで、怒られる筋合いねェぞ!」
チップが山積みになっている卓を隠すように、ヴィエラの男が腕を広げる。
警備員が、そっと耳打ちをした。
「おそらくイカサマなのですが、合図や符牒が全くわからないため指摘もできず……」
「そうでしょうね」
彼女が「はぁ……」と小さくため息をついた。
「お知り合いデスか?」
「トラル大陸からの招待者で、私の管轄です。……ご迷惑をおかけしてすみません」
「いえ! あなた様が直接指導してくださるのでしたら、こちらは何も!」
警備員が大きく両手を振る。もう一度ため息をついた彼女が卓に向き直り、ふたりの名を呼んだ。
「ディープブルー、レッドホット」
「チップは返さねーぞ!」
「オレたちが、ちゃんと麻雀で稼いだ」
チップの山を抱える青い男に、彼女が小さく首を傾げる。
「じゃあ、わたしと一局打ちましょうか」
「あ? んな、なんもメリットがねェことするかよ」
「……勝ったら、一晩」
彼女が、不意にとろりと微笑んだ。
「わたしのこと、好きにしていいよ」
「ハ?」
「乗ったァ!」
驚きに目を見開くハンコックをよそに、青いヴィエラ――ディープブルーが嬉々として拳を振り上げる。
「……兄者」
「弱気になってんじゃねぇぞレッドホットォ! 好き放題できる絶好のチャンスだぜ⁉︎」
ぎゅっと顔をしかめたレッドホットだが、ディープブルーに押し切られる形で渋々卓に座った。
「あの、英雄様。……大丈夫ですか?」
警備員が、心配そうに口を開く。
「私はこのゴールドソーサーに長く勤めておりますが、貴女がこのドマ式麻雀の卓に座ったのを見たことがありません」
「ハッ! お前もシロートじゃねェか!」
ディープブルーが鼻で笑った。だが、彼女は意にも介さず卓へすとんと座る。
「ルールは知っています。ハンコックさん、ひとり足りないので、ご一緒していただけますか?」
「構いマセンが……」
「イカサマは無しね」
彼女がふわりと微笑って唇に指を当てた。
◇
そうして始まった半荘は、かなりのスピード感で進んでいった。それもそのはず、ディープブルーが、どんどん“鳴く”のだ。
ドマ式麻雀は奥深いゲームだ。だが、単純に考えれば『先に上がれば勝ち』である。どんなに強い手を揃えたとしても、先に安手の“平和”で上がられてしまっては意味がない。
彼らはルールを覚えたばかりだというが、その点をよく理解しているようで、とにかく『速攻』で上がりにくる。
そして、よくよく流れを見てみれば、彼はレッドホットの捨て牌でよく“鳴く”。――これは、おそらくコンビ打ちと言われるイカサマの手口だ。
だが、確かに符牒がわからない。何か合図を出しているわけでもなく、レッドホットは、自然にディープブルーの欲しがる麻雀牌を捨てるのだ。
「うーん、コレは」
ハンコックは唸る。ふたりは大きく勝ちもしないが、負けもしない。安い手で、常に半歩だけリードし続ける。確かに、彼らと同じ卓に座ったらストレスだろう。
流石にディープブルーに親を続けられると困ると判断したのか、彼女の“平和”で流れたが、その後もディープブルーがじわじわと勝ち続け、とうとう南4局となった。彼女が親のオーラスだ。
「ふたりとも、筋がいいね。よくルールを理解してる」
麻雀牌をジャラジャラと混ぜながら、彼女が小さく微笑んだ。
「だろー? ソリューションナインにも、このテのゲームはあるしな! ま、オレたちはそーゆー根暗なゲームはあんましねぇけどよ」
「ちゃんと、ルールは守っている」
「要は運ゲーだろ? オレたちにいい波が来てるだけだぜ」
「そうだね」
さっさと牌を並べ終えた彼女がサイコロを振る。配牌も、もう慣れたものだ。最後の局が始まった。
「っしゃ! さっさと終わらせて、『好き放題』させてもらうぜ!」
「……ひとつだけ忠告するなら、ウルダハではあまり目立たないほうがいい」
「あ〜?」
ディープブルーは生返事をしながら引いた牌を一瞥して、ぽいと卓へ投げ捨てた。白牌だ。
「ロン」
「……は?」
「ロン、です」
にっこりと微笑んだ彼女がパタリと手牌を晒す。
「国士無双。十三面待ちのダブル役満」
「……ハァ!?」
ダン!と椅子を蹴倒して立ち上がったディープブルーが牌を覗き込む。何度見ても、綺麗に並んだ国士無双。点数計算するまでもなく、彼女の勝利だ。
「おっかし〜だろ!? まだ一巡もしてねぇぞ!」
「わぁ、運がよかったです。いい波が来たのかも」
「……んなわけ……!」
「兄者。……負けは負けだ」
レッドホットが憤慨するディープブルーの袖を引く。彼女がくすくすと笑いながら口を開いた。
「じゃあ、チップは没収。最初に渡した3000MGPからやり直し」
「ぎぇ」
「あと、一番筋がいいのはレッドホットだね。捨て牌を読んで、ディープブルーが欲しい牌を捨てるのはいいけど、それは最初から勝負を降りているに等しいし、『コンビ打ち』というイカサマになります」
「そうなのか」
「うん」
「わかった」
自覚がなかったらしいレッドホットが、こくりと顎を引く。
「ちぇ、つまんね〜の!」
「兄者、下のパンチングマシーンに行こう」
大きく天を仰ぐディープブルーに、レッドホットがどこかわくわくと声をかけた。
「……そういや、クレーンゲームもあったなァ!」
飽きっぽいディープブルーはすでに麻雀に飽きていたのか、パッと顔を輝かせ、革袋に入ったチップを掴んでふたりで駆けていった。
「……黒子に徹してくださって助かりました」
「ふふ。国士無双が、最初から揃っているわけないデスネー」
ふぅ、と息をついた彼女に、ハンコックが愉快そうに笑う。
「見事な“元禄積み”を拝見いたしマシタ。さすが、『壺振りの七枝』の異名を持つお方」
「その名でわたしを呼ぶのは、ハンコックさんくらいですよ」
久しぶりにエオルゼアに至る前の名を呼ばれ、彼女はわずかに苦笑した。
「ご謙遜を。その卓越したディーラー技術から、『名無し』転じて、七本の腕を持つ『七枝』とまで呼ばれた御仁デスから」
「もう……ちょっと恥ずかしいです」
彼女がはにかんで笑うのに対し、ハンコックは意地の悪い顔で口を開く。
「――でも、いいのデスか? 『イカサマは無し』と最初に言っていたのに」
「ハンコックさんに『イカサマは無し』と言いましたが」
彼女は悪びれもせずにふわりと微笑んだ。
「『わたしがイカサマをしない』とは言ってませんよ?」
「お上手なことデス」
――筋がいい者は、ウルダハの裏社会に狙われる。あのふたりは、おそらくウルダハ向きだ。何よりも、若くて倫理観が低いところが良い。
彼らがあのままドマ式麻雀で荒稼ぎをしていたら、どこかの組織から声がかかっていただろう。
彼女は、彼らを卓で瞬殺することで、自分の管轄であることをきっちりと周囲に知らしめ、彼らを守ったのだ。
「では、エスコートの続きをお願いしても?」
「ハイ、もちろんデス」
彼女はハンコックの腕に手をかけて、のんびりと立ち上がった。
今日もゴールドソーサーの治安は、様々な人によって守られている。
If you make a mistake, you can cancel it by pressing the reaction.