清春
2026-06-04 08:06:36
3340文字
Public ORcinus
 

朝焼けと夕焼けを君と迎えたい

「深層のイデア」「52ヘルツの告解」後のバルマラ(アレエリ)
やることやっている2人が朝を迎えた話です。

 落ち着いて、優しくて、大好きな匂いがした。
 重たい瞼を持ち上げて広がる視野には、愛しい人がいる。これ以上ない幸福の瞬間を迎えて、寝起きでぼんやりした意識の中でもあたたかい気持ちになった。
「アレッシオ、おはよ」
……はよ」
 アレッシオ――もといバルバリッチャは、眉間に皺を寄せて朝が来たことを気だるそうにしている。
 かく言う私も体が気だるくて、起きるのが面倒で、アレッシオの腕の中で目を覚ました時のままでいる。今日が仕事がある日だから、というわけではない。
 そもそも、私は仕事を憂鬱だと思ったことがない。思える立場ではない、の方が正しい。
 上半身は何も着ていない彼の肌と、上半身どころか下半身すら何も着ていない私の肌が密着して、シーツの中で熱を帯びる。
「服だけ着たいから離してくれる……?」
「おー……着てこい」
 アレッシオの腕の力が緩まり、触手を使ってシーツを軽く剥いでから出た。その拍子に、シーツの隙間からアレッシオの鍛えられて引き締まった肉体が見えた時は、情けなくも生唾を飲み込んでしまったが、すぐに目をそらす。
 ここ最近、昔とは違うとずっとわからされていた。成長したな、という保護者目線の感想だけではないことばかりで、若干顔が熱くなる。
 床に落ちたワイシャツを触手で拾って、腕を通す。下着も近くに落ちていたためすぐに穿いた。
 行為を終えて、多幸感と満足感で意識が浮ついてしまう中でも、昨日はしっかりシャワーを浴びていたおかげですぐ服を着れる。
 いや、そもそも服を着て寝ればよかったのだが、アレッシオにされるがまま体を拭かれて、ベッドに連れていかれて、抱き締められたまま眠ってしまったのだから、仕方ないのだ。
「エリア」
 最後のパーツであるスパッツを探そうとしていると声をかけられた。
「どうしたの?」
「いいから来い」
「ワガママだね……
 自らの脚を使って歩き、触手でベッドの上へ登ろうとすると、腕を掴まれて引き寄せられた。
「おわっ」
 またもやアレッシオの腕の中に吸い込まれ、身長差と体格差的にもすっぽり収まってしまう。
「ア、アレッシオ、くるしい」
「勤務時間までまだ一時間あるから、もう少し抱かせてくれ」
……だ、抱くって、今から?」
「何想像してんだ変態。抱き締めるの方だよ。朝から盛るわけないだろ」
……わかってるよ、そんなこと……
……
 程よい力加減。体に伝わる熱。耳にかかる息。アレッシオの使うシャンプーの匂い。普段はまとめている長い髪が私にも垂れかかり、その手触りの良さを知っていること。
 昨晩の行為を思い出すには十分すぎるが、なんとかギリギリのところを我慢していた。
(まずい、今のままだと、エッチしたくなってしまう……
 アレッシオはただ単に甘えたいだけであり、正面からまるでぬいぐるみのように抱き締められている、それだけ。私がじわじわと、めちゃくちゃに抱かれたくなってしまうのは、欲求不満のせいなのか。
 ……欲求不満。一年前なら有り得ない言葉だ。
「アレッシオ、ごめん、離して……
「なんでだよ」
「私が興奮、してるから……
……興奮してんのか」
 珍しい、と言いたげに目を見開いている。それは他でもない、私が思っている。
 食欲はない。おそらく食べなくても生きていける。
 性欲もない。性器は存在しないため、子を成すことも、子種を持つこともないのだから。
 唯一あるのは睡眠欲くらいの、人間とは程遠くなってきた、化け物。
 そんな化け物でも、アレッシオは触れてくれた。
……抱かれたくなっちゃうから、離して」
…………
 アレッシオは何も言わなかった。こういう時はいつも何かを考えている。
 なにか伝えようとして、大事なことは内に秘めてしまうことも多々ある彼の言葉を探ることはまだ慣れない。
 すると、耳元に顔が近づいていく。何をするのか、一瞬判断が遅れた。
「エリア」
「ッ……! 耳、ダメだって……弱いから……
 瞬時に強ばった身を縮こませて顔を逸らした。そんな抵抗も虚しく、詰め寄られて逃げ場を自ら減らしただけだ。
「耳が好きの間違いだろ」
 アレッシオは口元に意地の悪そうな微笑を浮かべた。業務上必要なことでない限り普段滅多に笑わないはずが、意地悪なことを言う時はこれだ。
……いじわる。私の弱いところばかり)
 答えを素直に告げても良い。しかし、それだけではダメだ。だから、触手でアレッシオの後頭部を押さえて、無理やり近づけた。
 抱き締められた隙間を縫い、猫背を直して、背筋を伸ばす。そうすれば、アレッシオの唇まで届いた。
 ちゅ、と小さくリップ音を慣らしてみせる。
 生憎、私には相手を骨抜きにさせるほどのキスはできない。ただ触れるだけ。アレッシオの意表を突くことさえできれば、十分だ。
 唇を離すと、唖然としたアレッシオの表情が至近距離で良く見える。目論見通りの光景が見られて、私は笑みが込み上げた。
……すきだよ。アレッシオ、が」
……
 やってやったぞ、という鼻高々な意気揚々とした気分になる。
 ちょうど私のお尻に当たっている何かが硬くなっているかもしれない――と感じとった瞬間だった。
 アレッシオはぽいっと私をベッドへ放り、背を向けて立ち上がる。長い髪の毛の隙間に手を入れて後頭部をがしがしと掻き回し、もう片方の手は腰に当てて俯いて、深く息を吐いていた。
…………出勤準備してくる」
「アレッシオ、服着ないでトイレ行くの?」
「起きたら便所行くのは当然だろ」
「でもさっき私のお尻に硬いもの当たってて」
「わかってて言ってるだろお前」
 鋭い目で睨まれる。ギラついていて、朝から抱きたくないであろう情欲を必死に抑えている顔だ。
……ごめん。今のは、意地悪だったね」
……いい。オレも似たようなことしてる。オレは、収めてくるから、エリア……マラコーダはもう、事務所行け」
 名前を言い換えた辺り、仕事と公私混同させない準備が始まっている。普段ならすぐに受け入れているが、今日の私は少しだけ、積極的だった。
「私が収めてあげるよ」
「馬鹿か。収めるだけで済む気がしねえ。早く事務所行け」
……エッチ」
「抱いて欲しくなるとか言ってた奴が何言ってんだ」
「だって……
 口篭り、言葉を区切る。
……あわよくば、一回だけって思ってたから」
 ほろり、こぼれ落ちた本音は、アレッシオに拾ってもらいたいが故のわざとだ。
 しかし、黙りこくってしまう。選択を間違えたかもしれない。
 ああ、やめとけばよかった。そんな後悔がじわりと滲みかけた時。
……今日も、社宅に帰る」
 急な帰宅宣言。しかも連日。珍しい日もあるものだ、と私は目を丸くさせた。
「急にどうしたの?」
「部屋に来ないのか」
……部屋」
 アレッシオの言葉を口の中で反芻させ、ゆっくり嚥下する。
「お前と飯が食いたい。飯を食った後も、一緒に過ごしたい。いいか」
 それは真っ直ぐ、目を見つめられたままの言葉だ。
 ……お誘い、だろう。
 腹の奥が、きゅんと疼く。
 長い前髪の分け目から覗かれる、深い青に飲み込まれそうだった。綺麗なその青に、改めて見惚れてしまう。
…………やだなんて言うわけ、ないじゃん」
 口元がにやけてしまった。噛み締めるだけに留まらない愛が、溢れて、顔に出てしまう。
 素直じゃないところも好きだが、素直にお誘いしてくれる彼も好きだ。
 足を着いて、アレッシオ――バルバリッチャから離れた。彼は楽しみを夜に取っといてくれるのだから、引くべきなのだ。
「じゃあ、私は先に行くね」
「早く行け」
 眉間にシワを寄せて片手で追い払う動作をするバルバリッチャを見て、あたたかい気持ちになる。
 ――またいつもの調子。いつもの日々は尊くて良いものだから大事にしたい。
 言われた通りすぐ出ようと背を向けた。しかし、数歩だけ進んで、体はあまり傾けずに振り返る。
「今晩楽しみにしてるから。定時で帰ろうね」
 ――私が愛おしくて守りたい毎日に、楽しみがまた増えた。