【レオカリレオ】本音【書きたいところだけ書くシリーズ】

・レオカリレオ
・二人が付き合ってます




「お前は、きょうだいのことを可愛がっていたり、愛してるって言うが、それは本心なのか?」
不意に低く、鋭い声が夜の静寂を止めた。
バルコニーに並べられた長椅子で隣に座るレオナの横顔は月光に照らされ、冷たく、そこに佇んでいる。
「そうだぞ。何か変か? 普通のことだろ?」
小首を傾げたオレにレオナは、ふっと目を細めた。
双眸に忍び込んだ月光がエメラルドの輝きの中に形容しがたい、深い憂いのような影を落としているように見える。
「そのきょうだいの親なり親族なりが、お前の命を狙っていたり、その可能性を秘めていてもか?」
その一言が耳に届くと砂漠の凍てつく夜風のような冷たさが心の間を吹き抜けた。
商家の嫡男として生まれたオレは、常に死の影が纏わりついている。
食事への毒の混入、暗殺者による計略、襲撃、事故を装った暗殺。誘拐。
そんなことはオレにとっては当たり前に起き得る出来事で、経験で、起きたところでもう新鮮な驚きなんてない。
それは、生まれた順番が一番最初だったから。仕方ないもの。受容すべきものだ。
そして、それを誰が企てているか、ということに、オレはいつしか意識を向けないようになっていた。
「もしそうだとしても、その子を恨む気持ちはないよ。だって関係ないじゃないか。あんなに幼くて遊びにばっかり夢中になっているような子どもが……きょうだいが、命令してやってるわけじゃないんだからさ」
……チッ、どこまでも御花畑だな」
レオナは苛立たしげに眉間に皺を寄せ、冷えた視線を向けてくる。
「じゃあ、そのきょうだいが、お前の命を奪えと誰かに命令を下したら、お前はそのきょうだいを罰するんだな?」
「それは……
喉の奥が糸で締め上げられるようにギュッと窄まった。
レオナの言葉はオレが信じようとしている世界の、一番柔らかな足場を正確に踏み抜いていく。
そういう強い意志を感じたから、反論しようとすると声が震えそうになる。
「さっきも話しただろ。誰かがオレを傷付けようとしたとしても、許したいって思ってるんだ」
「ハッ」
嘲笑にも似た乾いた笑いが夜空に響いた。
そうだ。この話を始める前。オレが「どんな相手でも許したい」という信念を口にした時から、レオナの視線に鋭さが含まれるようになったんだった。
「常々、甘いとは思ってたが、まさかここまでとはな。ガキの頃、悪い大人に頭の中に蜂蜜でも流し込まれたか?」
距離を詰められ、視界を塞ぐように覗き込んできたエメラルドの瞳に宿る威圧感に思わず気圧される。
「お前は、自分が傷付かないように周囲を愛していると思い込もうとしているだけだ。そうだろう?」
ドクンと心臓が大きく跳ねる。
そんなことはないと反論出来るはずなのに、体が硬直したまま動かない。
否定したい。そんな理由じゃないと叫びたいのに、凍りついた体は指先ひとつ動かせず、目の前で動く唇を見つめることしかできない。
「そりゃそうだよなァ……自分の命を狙っている奴がどこに潜んでいるか、誰なのかも分からねえ。そんな緊張状態で長く過ごせるほど、ひとは強くはできてないんだ」
流暢に紡がれるレオナの言葉が流し込まれ、オレの胸の最も暗い部分に侵入してくる。
身体の中に川の水が注がれたかのように全身が冷たくなると対照的に掌には嫌な汗が滲んでいく。ドクドクと耳のすぐ傍で心臓の音が早く、大きく騒ぎ立ててきて頭が痛い。
「自分は、きょうだいを愛しているから疑わない。頭を空にして、他人から向けられる感情に鈍感になって、考えるのを放棄する。自分が他人を愛するように、他人も同じように自分を愛している。自分の命を狙う奴には、それ相応の理由がある。だから仕方ない。そう思い込む他に、精神を保つ手立てはないだろう。至極当たり前の防衛反応だ」
その言葉ひとつひとつが奥底に眠っていた不安を呼び起こしていく。
「きょうだいが可愛い? 愛おしい? 本当にそんなこと思ってるのか。違うだろ。本当は自分以外のきょうだいなんて……
「レオナ……!」
気が付けば叫んでいた。
夜の冷気にオレの熱い呼気が白く混じって溶けるように消えていった。
「さっきから、どうしたんだよ。どうしてそんなに、嫌な想像ばかりさせるんだ」
……常識知らずで甘い考えばかりのお坊ちゃんに現実を教えているだけだ」
抑揚なく響くレオナの声が心に重くのしかかる。
レオナから向けられる鋭い視線の奥には意思の強さが揺らめいている。
「お前のその、ひとの善性を信じ切った甘さは、悪人には通用しない。改心したと嘯いて、油断させて、一瞬の隙に命を刈り取る。それで終わりだ」
その声や言葉には深い危惧の念が込められているように聞こえた。
「お前が俺の手の中にある以上、俺は俺の判断でお前に危害を加えようとした奴を排除する。そこに優しさも慈悲も甘さもない。どんな理由があろうと、俺は絶対にそいつを許さない」
「それはダメだ……!」
反射的に返すと胸の奥から沸騰したような熱さが込み上げてくる。
レオナがオレのために、オレの代わりに、手を汚そうとするなんて、そんなことは絶対にさせたくない。それだけは何があっても絶対に許容できない。
「そう言うだろうと思ったぜ。だが、お前に止められても何を言われても、嫌われようと憎まれようと、俺は俺がやりたいままにやる」
一切の迷いがなく、揺らぎもなかった。
だけど、こっちも譲ってやることはできない。
「レオナ、聞いてくれ。例えそれが、レオナ以外の誰かのためであっても、オレはレオナがひとを傷付けて、それ以上にレオナが傷付くのは嫌なんだ」
必死に紡いだ言葉をレオナは静かに受け止め、ジッとオレだけを見つめた後、ゆっくりと口を開いた。
……じゃあ、どちらか選べよ。俺が手を下す前にお前が裁くのか、俺が裁くのかを。いいか、この二択しかない。お前ができないなら俺がする。それは絶対に変わらないからな」
さあ、どっちにする?と選択を迫られると決心を結ぶように小さく息を吐き、すぐにレオナに言葉を返した。
「その二択しかないなら、オレは……自分でやる」
オレの返答を聞いたレオナの口元が満足げに微かに歪んだ。
「そうかよ。なら、その時を何度もシミューレートして頭を慣らしておけ。ちんたら悩んでみろ。少しでも甘さを見せてみろ。俺が先に喰うからな」
レオナの言葉が杭のように打ち込まれるとオレの決意を更に固くさせた。
その時が来たら、レオナは躊躇なく、その手を汚してしまうんだろう。平気そうな顔を下げて、心の葛藤なんて置き去りにして、それができてしまうだろう。オレのために。誰かのために。
……お前は、いろいろと無邪気に信用しすぎなんだよ」
レオナが溜息を吐くように小さく息を洩らすと纏っていた空気が僅かに和らいだ。
牙を剥き出しにするような激しさや冷たさは鳴りを潜め、柔らかさが混ざっている。
「今までその考えで何とかなったのは、たまたまだ。もしお前のその甘さで、お前以外の人間が死んだらどうする気だ」
レオナの問いは、オレを責めているというより、何かを必死に拒絶しているかのように聞こえた。
誰かを許すということは、その裏で誰かが流した血や涙を無視することになる。その事実をレオナはオレの目の前に引き摺り出してみせた。
オレを睨み付けるエメラルドの瞳に、微かな苛立ちと、それを上回る痛切な色が混じっているように感じる。
「お前の従者、友人、家族……別のきょうだいが、お前を守るために傷付き、命を落としたら。それでも、お前は罪人に情けをかけるのか? 従者の家族の感情も、友人の恋人の悲しみも、家族の絶望も置き去りにして、お前は許すのか」
そう訊ねられ、脳裏に大切な人たちの顔が次々と浮かぶ。
ジャミルの、従者たちの、家族の顔が悲しみに染まる顔を。
「お前だけが傷付く時も同じだ。周囲の人間の感情を蔑ろにして、次の可能性を残すな。もう二度とカリム・アルアジームに手を出したくないと思われるくらい、牽制してみせろ。そっちの方が圧倒的に不要な問題を起こさずに済むだろうが」
そう言い放ったレオナはグッと下唇を噛んだ。
言葉にしながら握り締めたレオナの拳が微かに震えていて、胸の奥がギュッと締め付けられる。
レオナがオレのために、こんなにも言葉を尽くしてくれている。オレの未来を、オレが傷付くことを、これほどまでに案じてくれてたんだと、漸く理解できた。
「レオナ、ごめん……そんな顔しないでくれ」
右手を伸ばして頬を撫でるとレオナは僅かに視線を逸らしたが、手を振り払うようなことはしなかった。
「お前がさせたんだろ」
「うん、そうだな。ごめんな、レオナ」
拳を作ったままでいるレオナの右手の甲に左手で触れると指を一本ずつ解いて、手を握った。
……少しずつしか変われないかもしれないけど、オレ……もっと頑張ってみるよ。レオナが悲しむ顔は見たくない」 「頑張るっていうのは、具体的にどうするつもりだ」
「オレは……オレを大事に思ってくれる人のことを、一番に大事にしたい。その人たちが涙を流さないように、できるだけのことをしたい」
オレの言葉にレオナは呆れたように首を振った。
「違う。優先順位の一番上は、お前だ。次は俺。あとは好きにしろ」
「そうだな。オレがいなくなったらレオナを世話できないもんな。約束したのに」
隣にレオナがいてくれることの幸せを夜風の冷たさの中で改めて噛み締める。
……なあ。レオナはチェカのことが憎いのか?」
ふっと浮かんだ疑問をそのまま口にすればレオナは、ほんの一瞬、動きを止めた。
そうしてそのまま口を開かずに黙っているレオナをジッと見つめると数秒の間の後、ゆっくりと唇が動いた。
…………別に。アレは、いようがいまいが、関係ない」
それが本心から出た言葉かどうかは分からないけど、答えたくなかったことだけは何となく伝わってきた。
じゃあ、レオナの兄ちゃんは?
なんて、聞けるわけなくて、その言葉は飲み込んだ。
さっき見せた厳しさは、オレへの問い掛けの根拠となった考えは、一体どこからきたものなのか。何となく考えはついたけど、そんな質問はレオナを困らせるだろうから、これ以上の詮索はやめておこう。
そう考えてレオナの手を引くと傍にあったソファに一緒に座った。
息を吐いてレオナの肩に頭を預ければ再び部屋が静寂に包まれていく。
ごめんな、レオナ。ひとつだけ嘘をついたんだ。
オレはさ、やっぱり罪を犯した人も、どうにか助けてやりたいんだ。
今そんなことを話したらレオナは、きっと心配するし、またあの冷たい瞳でオレを見るだろうから、この考えを話すのはもう少し先になる。
オレは絶対に強くなって、自分の身を守って、誰かのことも守れるような、そんなひとになるよ。
もっと勉強するし、魔法の鍛錬だって毎日欠かさない。
勿論、レオナとのデートは目一杯楽しむし、愛情表現だって惜しまない。
だからさ、もう少しだけ待っていてほしい。
レオナみたいな頭の回転の速さも、魔法に対する知識も技術も全然足りてないけどさ。
いつか、もしレオナがピンチになった時に、オレがすぐに助けられるように。絶対に強くなってみせる。
レオナからしたら、オレの配慮も考えも対策も、全部甘くて全然足りてないんだろうけどさ。
レオナのことが好きで、大切にしたいって気持ちなら、絶対に誰にも負けてないんだ。
だから、その気持ちを大事にして、いろんなひとの手を借りながら、その我儘を叶えていこうと思う。
……なんて、本当に我儘だよな。
この計画が完成するまでは、レオナに勘付かれないといいんだけど。レオナには、いつかバレるんだろうなって、そう、信じちゃってるよ。
遠くの空が白み始める気配を感じるとレオナの肩の温もりを感じながら、静かに、誰にも言えない誓いを胸の奥深くに仕舞い込むように瞳を閉じた。



おわり


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