syanpon
2026-06-03 05:58:08
2675文字
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今夜は寝ないって言ってんの!

オトスバ 現パロ


 時計の針が十一時を回った頃、ガチャリと玄関の錠が外れる音がした。
スバルはいじっていたスマホから顔を上げて、それからなんとなくつけているだけだったテレビに視線を向ける。
 
……ただいま戻りました」
「おうおかえり」
 
 オットーはスーツのジャケットを脱ぎながらリビングに入ってきた。ネクタイが少し緩んでいて目の下にはうっすら疲労の色が見えた。机の上のラップがかかった皿を見て申し訳なさそうに眉を下げる。
 
「すみません、また遅くなって」
「別に気にしてねぇよ」
 
 本当は別にじゃない。
 でも今はそれより先に言いたいことがある。
 スバルとオットーは大学生の頃から同居をしていた。ルームシェアという言葉の響きが同棲という言葉に変わったのはいつからだっただろうか。3年分の年の差は大きくスバルが大学2年に上がる頃にはオットーは就職してしまっていた。彼の足首にしがみついて「留年しろ!」と駄々を捏ねたのが懐かしい。
 
 オットーは就職してから帰りが遅くなった。それ自体は仕方ない。ある程度自由な大学生から社会人になればそうなる。スバルもそれはわかっている。わかっているし、文句を言うつもりもない。
 ただ、待っている時間が増えた分だけ帰ってきてからの時間をもっと大事にしたかった。大学の講義が終わったのは三時過ぎだった。バイトもサークルもない日だったからそれからずっとこの部屋でスバルは1人だった。
 なんとなくテレビをつけて、夕食を作って、オットーの分を取り分けてラップして、早めのシャワーを浴びて、ソファに寝転んで、また起き上がって、窓の外が暗くなるのを見て。
 待って、待って、待っていた。
 そうやって待ち続けてようやく帰ってきた恋人は疲れた顔をしてシャワーを浴び、おやすみなさいなんて言ってスバルの頬を一撫でして寝室に消える。
 スバルはリモコンを手に取ってテレビを消した。急に部屋が静かになる。画面が暗くなって二人分の輪郭だけが残る。スバルは短く息を吸ってオットーの眼を見据えた。

……あのさぁ」
「どうしました?」
「俺たち恋人な訳じゃん」
「そうですね」
――なんでお前、俺に甘えてこないわけ?」
「へ?」

 オットーはスバルを甘やかすのが大好きだ。前世は人をダメにするソファとかだったんじゃないかと思うくらいにスバルをドロドロに甘やかして世話を焼く時のオットーは幸せそうな顔をしている。目に見えて愛されていることがわかってスバルとしても満更ではないのだが逆はほとんどない。
 
 こっちが甘えたら甘やかしてくれる。それはわかってる。バイトが疲れたと言えば肩から足まで揉んでくれるし、落ち込んでたら話を聞いてくれる。こっちがお願いすれば何でも応えてくれる。でも向こうからは何も来ないのだ。
 愛されてないわけじゃない、壁があるわけじゃない。距離があるわけでもない。
 
 ただオットーは、いつも少しだけ一人で完結している。
 
 それがどうしてもスバルは面白くない。
 
 オットーが固まる。皿に伸ばしかけた手が止まった。
 スバルは続ける。帰ってくるまでは言おうか迷っていたが一度口に出すと止まらない。
 
「ナツキさんはお前に甘えてきて欲しいわけよ。疲れたーってなってぎゅうぎゅうにハグとかされちゃったりして! なんならそのままベッドに引きずり込まれるとかさー!? そういうロマンがあってよくない!? 恋人なんだから」
「えっと……
 
 オットーが視線を逸らした。
 
 珍しい。いつも年上の余裕を見せようとしているこの男が口篭ってあまつさえスバルから視線を外すなんて。
 普段はどんな場面でも口が回るくせに。交渉とか段取りとか、口先ひとつで何でもうまくやってしまうくせに。だからスバルは彼との口喧嘩で勝てた試しがないのだ。それなのに今だけは目が泳いでいる。

――嫌、なんですよ僕が」
「は? 恋人の営みが? はいダウト。俺の太もものキスマーク数える?」
「わー!! わー!! わー!!」
「わはは」
「笑わないでくれませんかねえ!? っ、仕事のストレスや疲労をナツキさんに癒してもらおうとかそれは……あなたを都合よく使っているみたいじゃないですか」
「あ゙?」
「ただでさえ家にひとりぼっちにさせているのに。帰ってきたら自分勝手に甘えるなんて……そんなの、虫が良すぎる」
 
 スバルは6秒黙った。
 正確にいうとアンガーマネジメントに則り6秒数えるつもりだったのだが失敗した。
 頭の中でいくつかの言葉が浮かんでは消えた。怒鳴りたい気持ちと、笑いたい気持ちと、もっと別の、うまく名前のつかない気持ちがぐるぐると混ざり合う。
 都合よく使うという言葉が引っかかった。
 使う。
 利用する。
 そういう言葉でこの関係を語るのか、こいつは。スバルがここにいるのは使われたいからじゃないし、オットーが甘えてきたところでスバルの心を都合よく利用されたとも思わない。というか使われたっていいのに。
 ちょっと興奮するし。
 
 なのにこの馬鹿たれな恋人は!!
 
「オットー」
「は、はい」
「じゃあ俺がバイト帰りに疲れたーって言った時、お前俺のこと甘やかすなよ」
「え」
「ダブスタだろそれ。俺のこと甘やかすのはいいけど自分はダメって、どういう理屈だよ。そんなんいうなら俺はお前に甘やかされてやんない」
「え、え」
「風呂も別々に入るし髪の毛も乾かさせてやらないし保湿クリームも自分で塗るし朝食も自分で食べるから」
 
 オットーの顔がこの世の終わりみたいになった。

「ふぇ……
「う、ぐ……ぐぬぬ……
 
 絆されるなナツキスバル! あの顔に負けるな。あの顔はずるい。こいつは自分がどういう顔してるかわかってやってる。十中八九わかってやってる。狡い男だ。
 
……それは」
「それはじゃない! ……もういい」
「な、ナツキさ」
「さっさとそれ食って風呂入って来いよ。風呂も沸かしてあるから。俺は行くとこある」

 くるりと背を向けたスバルにオットーがあわあわと声をかけてくる。こいつがここまで焦っている姿は珍しくてさっきの可愛い顔と相まってスバルはすっかり絆されてしまっていた。
 それでも、形だけでもまだ不満だと伝えるためにやけた口を引き締めてスバルは駆け出した。

「な、ナツキさん。僕が悪かったですから、夜も遅いですし一体どこに――
「ベッドに決まってるだろ! 早く来い!」