たもヤロウ
2026-06-03 02:38:27
18687文字
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こどものじぶん、その後

こどものじぶんの後日。二十二歳を可愛がるだけ。

「テーリオン!ほらほらこれ美味しいよ!食べて食べて!」
トレサが屋台で見つけた串焼きを差し出してくる。

「ようテリオン!調子はどうだ?飯食ったか?怪我とかしてねえよな?」
アーフェンが過保護なまでに調子を訪ねてくる。

「ねえテリオン。あなたに似合いそうな可愛い服があるのよ。着てみない?」
プリムロゼがやたらとフリルのついた服を当ててくる。

「なんっなんだお前らは!!!」
そしてその三人に構われ倒している男——テリオンは吠えた。


摩訶不思議の舞もといサイラスの孔雀の舞でテリオンが幼児化したあの一件以来、どうにも仲間たちが過保護になっている気がする。

あの時は本当に酷かった。ガキのように皆と遊んだことはまだいい。あれも精神が戻った今なら大概顔から火が出そうな失態だが、記憶があるとはいえ精神が子供だったのだからしょうがないとなんとか割り切れる。
だが、癇癪を起こして森に飛び出した件は今思い出しても本当にあれは無いだろうと思った。勝手に飛び出した上に魔物に襲われてサイラスに間一髪で救われ泣き喚いた挙句、毒で死にかけて迷惑と心配をかけまくるとかいう醜態を晒した。やたらとトレサ達が過保護になった原因は間違いなくあれのせいだろう。先日の自分をぶん殴りたい。

とはいえあれは子供だからこそ犯した失態ではあるし、今ではすっかり元に戻っている二十二歳成人男性だ。こんなに構われる意味がわからない。

そういった趣旨をぶつくさと言い放てば、トレサとアーフェンはぐしゃりと歪めた顔を見合わせた。

「だってよお・・・あんな細っこいの見ちまったら食わしてやりたくなるじゃねーか・・・」
「あたし、もう前と同じ目でテリオンのこと見られないわ。だって可愛いんだもの。すっかり成長して反抗的になっちゃったけどあの時はお姉ちゃんお姉ちゃんって・・・死にかけた時は本当にどうしようかと思ったけど・・・うぅ~」
「ふふ、あの時一番取り乱していたのはトレサだものね。あれからずっと呼び捨てになってるし、まだ弟みたいな目で見てるのかしら?まあ、同じ年とかじゃなくて普通にこっちが大人の時に子供の頃を知っちゃったら大きくなっても可愛く見えるものよね」

そう言ってプリムロゼは微笑ましそうにトレサとテリオンを交互に見つめた。

あの時は精神が子供になった影響で精神が正常に保てなくなりそうだったのもあり、開き直って心から子供として振舞っていた。それがどうにも余計に子ども扱いされている原因な気がしてならない。

「~~~~~ッ!!あんな振る舞いやらなきゃよかった」
「そう言わないでよ~。あたしはすっごい楽しかったし、嬉しかったんだから!ほらほら!毒なんて入ってないから」

そう言ってトレサは食べろと言わんばかりに串焼きを押し付けてくる。
その仕草は知ってる子供が成長して微笑ましいといったものであり、テリオンは思いっきりしかめっ面を作った。しかし善意なのも分かりきっているのでやはり簡単には無下にできない難儀な男でもあった。
観念して串焼きを受け取って頬張れば、肉汁が口いっぱいに広がる。タレも濃厚だというのにそこまでくどさも無い。

「・・・美味いな。酒が欲しくなる味だ」
「おっ!飲みに行くかいテリオン!子供のあんたと遊ぶのも楽しかったけどやっぱ大人じゃねえと酒は飲めねえからなあ!ダチと飲む酒は最高だしよぉ」

そう言ってアーフェンは楽しそうにテリオンの肩にぐいと腕を回す。毎度毎度引っ付かれるのも鬱陶しくないわけでは無かったが、テリオンはすっかりこの男の距離感に慣れてしまっていた。

「むっ!お酒はまだ時間的に早いでしょ?それにあたしは飲めないし折角のグランポートなんだからもうちょっと見て回ろうよ」
「そうよね。それにまだまだ合わせてみたい服が沢山あるもの」
「おい、踊子・・・薬屋とトレサは庇護欲からの行動だってのはわかるが、なんで服なんだ。関係ないしそもそも服のチョイスがおかしいだろ」
「あら、そう?私、服のセンスには自信があるのだけれど。子供の時にいつもと違う服・・・まあ、ジョブの証の服も違うけどそれとはまた別というか珍しい服を着ていたじゃない?それにあなたを観察していて思ったのだけれども、サイラスの存在で霞んでるだけでテリオンも相当な美形よね。だから勿体ないと思ったのよ」
「だからって俺にフリルはおかしいだろ!?どんなセンスをしているんだ。サイラスにでも着せておけ!」
「だって先生だといつもとそんなに変わらないし・・・あなたが着れば面白・・・なんだかんだ着こなしそうじゃない。あ、こっちの服も可愛くてよさげじゃないかしら」
「おい踊子・・・」

そう言ってプリムロゼが手に取ったものはサイズが大きめの装飾の少ない女物のスカートだった。たしかに盗みの過程で女装することは厭わないが、私服として着るなんてまっぴら御免だ。
似合うと本気で思われてはいるようだが、そのにんまりとした笑みを浮かべる踊子の振る舞いは完全にふざけて面白がっているそれだった。
テリオンの機嫌が急降下していくのを察したアーフェンはさすがに揶揄いすぎだろうとプリムロゼを止めにかかる。

「まあまあ!無理強いはやめようぜ!テリオンがいくら可愛いからってあんまり子供扱いしたり揶揄ったりするのはよくねえって!トレサだって子ども扱いされると嫌がるだろ?」
「む・・・それはそうね。ごめんね、テリオンさん」
「わかったならいい・・・呼び捨てにするぐらいは構わんしな」
「そういやなんで俺はナチュラルに呼び捨てにされてんだよ。エリンとフリンもそうだったけどさあ」
「アーフェンはだってなんかアーフェンだもの」
「どういう意味だよ!」
「おたくは快活だから親しみやすいというか舐められがちなんだろうな」
「テリオンも随分と丸くなったから親しみやすくなったんじゃないかしら。まあ、私もちょっと遊びすぎたわ。ごめんなさいね。でも見てみたかったわ、着飾った可愛いあなた」
「俺は可愛くない」

そう言ってテリオンはむすりと不機嫌な表情を隠そうともしなくなる。ほんのりと顔が赤いのは憤りからか照れからかはわからないが、そのまま早歩きで人のごった返す露店街をスルスルと通り抜けていく。

「あっ!待ってよテリオン~!」

トレサ達はその背中を見失わないように、慌てて紫の外套を追いかけるのだった。


グランポートの海に面した砂浜、人通りの少ないそこまでやってきたテリオンの目には、前方に白い獣の姿が見えた。その獣はテリオンを認識するとこちらへむかって軽い足取りで走ってくる。

「ガゥッ!」
「リンデか」

こいつがいるならばあいつもいるのだろうと浜の奥を見渡せばそこには予想通り、ハンイットがいた。意外だったのはオフィーリアも一緒だったことだ。

「リンデ、急に駆け出してどうし・・・む?テリオンか」
「今日は商店街の方へ出ていたのではないのですか?」

リンデが反応したことによって二人はテリオンに気付いたようだった。ここにいることが少し予想外といった表情をしているあたり、どうやら商店街の方にトレサ達に引っ張られて行ったことは知っていたらしい。

「あいつらがやたらと構ってくるから息抜きに来た。・・・あんたらこそ、こんなところにいるなんて思わなかったぞ」
「ああ、グランポートは人が多いからリンデを落ち着けるためにな」
「ガウガウッ!」
「そうだな。魔物が町中にいると吃驚する人間もいるだろうしな」

そう言ってハンイットはリンデの頭をわしわしと撫でた。テリオンにリンデの言葉はわからないが、様子を見る限り町人に配慮をしたのだろう。このユキヒョウは知能が高いのだ。

「わたしはハンイットさんに料理を教わる約束をしていたので一緒に行動していたんです。食材の買い出しは終わりましたし・・・宿に戻っても良かったのですが、わたしもリンデのことは好きですから」
「リンデといえば今日は確かトレサ達が・・・」

「お~い!」

ハンイット達と話していると、置いてきた二人の声が会話の合間に入ってきた。トレサとアーフェンが少し遅れて追い付いてくる。人混みに手間取ったようだが無事に抜けてきたようだ。

「ちょっとちょっと!置いていかないでよ~!」
「っとと。あんた、よくあんな人混みスイスイ進めるなあ」

そう言ってアーフェンはふぅ・・・と少々疲れたような息を吐く。
テリオンは辺りを見回すもプリムロゼの姿は見えない。どうやらついてきたのはこの二人だけらしい。

「踊子は置いてきたのか」
「ああ、あいつ夜にみんなで飲む気満々でよ。酒場に話をつけに行ったぜ。一画を貸し切ってワイワイやろうって」
「貸切りだと?」

確かに夜に酒を飲む予定は個人的にあった。アーフェンぐらいは誘う予定だったが、貸し切って皆でというのは初耳だったテリオンは訝しむ。貸し切り代は誰が出すんだ。そもそもなんでそんな規模で飲む予定を組んでいるのだ。もちろん自分は何も知らされていない。
そんなことを考えているとハンイットが少し首を傾げながら口を開いた。

「わたしも貸し切りの件については知らされていない。が、今日は第二回、テリオンを甘やかす会とやらではなかったのか?リンデもやる気だぞ」
「はあ?」
「わ、わ!ハンイットさん、それテリオンに言ってないのよ!」

なんだかおかしな単語が聞こえた気がして己が耳を疑ったテリオンだったが、トレサの慌てた反応を見る限りそのつもりで動いていたらしい。俺に知られれば絶対に拒否されると思ったのだろう。実際知ってたら恐らく誘いには乗らなかった。

「正確にはテリオンさんと遊ぼうという趣旨でしたよね?さすがに子供じゃないので甘やかすはちょっと違うとかで・・・」
「なあオフィーリア。テリオンには秘密だって・・・」
「あっ・・・そうだったんですね。すみません」
「はあああ?」

こちらではアーフェンとオフィーリアが話している。ということは全員俺に構い倒すつもりなのだろうか。オルベリクとサイラスももしかして何か企んでいるのか。
――いや別に、今の仲間たちに構われること自体は別に嫌いではないのだ。ただあの子供の時の延長戦で接されるのはさすがに恥ずかしいし、気まずいと思った。過保護にされるのも慣れたものではない。
そういった意味を込めてテリオンはじとりと四人を睨む。

「いやすまねえって!ただ純粋に遊ぶの楽しかったな~ってだけで変な意味はねえよ!」
「ああ、あまり変に構い倒されるのも恥ずかしいだろう。わたしも師匠によくやられるからわかる」

アーフェンは必死に手を振って弁明する。その横でハンイットは何か共感があったらしく腕を組んで深く頷いていた。そういえば赤目を倒した後に彼女がザンターに抱き上げられていたことを思い出す。
だが、少し何かを思い出すような素振りを見せたハンイットは、ふっと表情を緩めてテリオンを見つめた。

「だが、テリオンを見ていると師匠の気持ちも少しわかる気がしてきたな。小さい頃の面倒を見たものはいくつになっても可愛いものなんだなと」
「あ!わかります!あの時リンデに乗って楽しそうにしていたテリオンさん、本当に可愛かったですし今も面影があって良いですよね!」

ハンイット、オフィーリア。お前らもか。こういうポジションは普通トレサかオフィーリアじゃないのか。そんなに子供化が影響したか。
更に心なしかリンデが俺のまわりをくるくると周っている気がする。そういえばリンデもやる気だとか言ってた気がするな。もしかしてお前もか。

テリオンは頭が痛くなったような錯覚に陥った。なんだか気疲れして砂浜にどかりと座り込めば、リンデも寄り添うように隣に座った。その背に手を滑らせて気持ちの良い毛並みの感覚を堪能する。目を合わせればユキヒョウは満足そうにガゥと鳴いた。

「そういえばガキになった時にお前に乗せてもらった礼は言ってなかったな。ありがとうよ。あんときゃガキだったから何も思わずに乗っちまったが重かっただろ?」
「グル・・・」
「ふふ、リンデはな、テリオンが楽しそうに乗ってたことはまんざらでもなくてな。それに毛並みも褒めてただろう?だからこいつもあなたのことは気に入っているし、なんなら大人のあなたはさすがに乗せられなくて残念だと言っている」
「そうかい・・・」
「ガゥ」

ハンイットの言葉を肯定するようにリンデはテリオンの頬をぺろりと舐める。生暖かく、べたついた感覚のそれは立派な愛情表現であり、リンデがこういった行為をすることは滅多に見ない。

「うぶっ」
「ほお・・・」
「何だその生温い笑顔は」

ハンイットは珍しいものを見たなと思い、自然と口角を上げるのだった。

「見ましたか?トレサさん・・・!」
「珍しいものが見れちゃったわね。戯れるリンデとテリオンすっごく可愛いわ!」
「そうですよね!可愛かったですよね!」
「見ろよ、あのべたべたのテリオンの顔!いや~面白いもんが見れたぜ」
「聞こえてるぞお前ら・・・」

その傍らで何やら語り合う年少組を見て、テリオンはやれやれといった様子で立ち上がり砂を払った。海風が当たる所にいたことやリンデにじゃれつかれたことにより、体中にべたつきを感じる。一度宿に戻って水でも浴びるかとその場で踵を反した。

「そろそろ俺は戻る。じゃあな」
「あ!待ってよ~!」

テリオンは一人で戻る心づもりだったが、トレサがそれに待ったをかけて来た。

「そろそろ良い時間ですし、わたしたちも戻りましょうか」
「そうだな」

日を見れば、ここら辺に滞在し始めてから数時間は経っているようだった。夜に酒場で集まる予定もあったので、戻る時間にはちょうど良いかと五人はぞろぞろと揃って歩き出す。

「一緒に行こうぜ!テーリオン!」
「引っ付くな。歩き辛いだろ薬屋・・・!」

アーフェンが右側からテリオンに肩を組んでくる。

「じゃああたしはこっち!」
「おいトレサ・・・」

トレサは左からテリオンの腕を掴む。

「ふふ・・・仲が良くてなによりですね」
「ああ、微笑ましい光景だ」

二人に挟まれて歩き辛そうにしているテリオンを後ろから見ていたオフィーリアとハンイットは、鬱陶しそうに渋面を作りながらも全く振りほどこうとはしないテリオンを見て柔らかく微笑むのだった。


「やあ、おかえり皆。戻って来ていたんだね」
「プリムロゼは一足先に戻ってきているぞ」

宿屋の付近まで一行が戻ってくると、サイラスとオルベリクが出迎えてくれた。

「ちっ・・・」

先ほどのハンイットの話からするとこいつらも何かを企んでていてもおかしくはない。テリオンは咄嗟に警戒心を滲ませる。
危害が加えられるわけでは無いというのはわかっているが、それでも面倒事は御免だった。
そんなテリオンを見て、サイラスは眉をへにゃりと下げて言う。

「ああ、すまないテリオン。私はキミに何かをしようとは思ってないから安心してほしい。いや、それは少し違うかな。この間は迷惑をかけてしまったからお詫びに今夜は奢らせて欲しい」

そう言ったサイラスに嘘偽りは無さそうだった。余計なちょっかいをかけられたり気を回されるよりはよほどありがたい。ならば遠慮せず奢ってもらうとしようとテリオンは思った。

「ううむ・・・」
「どうかしたの?オルベリクさん。難しい顔して」

一方でオルベリクは難しい顔をしていることをトレサに指摘されていた。

「その・・・お前を甘やかす会とは言っていたのだが、俺には剣以外思いつかなくてな・・・」
「いや、何もしなくていいだろ・・・」

思いつかないなりに何かを捻り出そうと頭を悩ませるオルベリクはやはり生真面目な男だった。何もないならないでいいし、そもそもテリオンが望んだことではない。
だが、やりたいことが無いわけでは無いのだろう。落ち着かないように剣の柄を弄ぶさまは思いついたことを口に出すか悩んでいるという風であった。
やがて意を決したのかオルベリクは口を開く。

「実を言うと・・・お前と手合わせをしてみたくてだな。構うと言えば聞こえはいいが、どちらかといえばこれは俺の我儘になるからな、断ってくれても構わない」
「そんなことでいいのか?」

テリオンは目を丸くして拍子抜けした。もっととんでもないようなことを言い出すのかと思えば、随分と普通の要求だった。テリオンが得をしないようなことでいいのかと考えたのだろう。ぶっちゃけプリムロゼの構い方のほうが何倍も厄介だった。

「お前が小さくなった時にコブルストンのことを思い出したのだ。あの時のお前は小さな子供だったから、もう少し成長すればフィリップのように稽古をつけるのも悪くないと考えてしまってな・・・元に戻ったお前は当然大人だし、立派な戦士なのだから稽古をつけるというのはまた違うだろう」
「それで試合ってわけか・・・」

かの剛剣の騎士との試合は、自分の技術向上の糧になると思えば十分利に適っている。以前、オフィーリアの勧めで共に稽古をしたことがあるが、経験としては悪くなかった。
どうせこれから水でも浴びようと思っていたところだし、汗を流しても問題はない。

「構わん。何処でやる?」
「いいのか?恩に着る。ではあそこはどうだ?」

そうして示した先は街の外というほどでは無いが、少し外れて人のいない場所であった。広さもそこそこあって問題は無さそうだ。

「あら、いいじゃない?剣士と盗賊さん、どっちもウチのエースじゃない。見ごたえありそうだわ」
「おわっ!いつの間に!?」

横からするりとやってきて楽しそうにしているのは、いつの間にか戻って来ていたプリムロゼだった。酒場での予約が終わったのだろう。背後を取ったアーフェンが予想通りのリアクションを放ったので気が良くしたのか、目を細めてクスリと笑う。

「うん!面白そうだしあたしたちも見に行きましょ!」
「そうですね。それにお二人とも手練れですけど怪我をしないとも限りませんし、わたしとアーフェンさんは回復の準備をしておいたほうがいいですよね」
「よし!薬の準備はオーケーだぜ!」
「わたしたちも行こうか、リンデ」
「ガゥッ!」

ウキウキした様子で話す他の仲間たちも観戦する気満々のようだ。見世物では無いのだがと思いつつも、楽しそうならばそれも悪くないとテリオンは思う。同時にあまり情けない戦いにするわけにもいかないなと、太腿に刺してある短剣を握りしめ、気合を入れた。



「よし、やるぞ」
「では剛剣の騎士、参る!」
「ふっ!」

まず、先手を取ったのはテリオンだ。地を蹴って懐に飛び込む。パーティー内でもプリムロゼに次いで俊敏な彼は、力や体格で押すタイプのオルベリクよりもよほど速い。
しかしその繰り出した短剣の一撃はあまり有効打を与えられているとは言い難かった。

(やはりオルベリクの強靭さはずば抜けているな・・・これが学者先生なら魔力をすっからかんにできる程度には通るんだが)
「ハァッ!」
「・・・っ!」

手ごたえが薄いと判断したテリオンは勘に従い、後ろへと跳んで距離を取る。その直後にオルベリクの剣がテリオンがいた場所を振りぬいていった。それには十分なパワーがあり、まともに食らえばひとたまりもないだろう。

(やはり簡単には当たってくれないようだな)
オルベリクもテリオンの攻撃が効いていないわけでは無い。更にかの盗賊は攻撃を躱す戦闘スタイルだ。どちらかといえば大振りなスタイルのオルベリクでは当てる事が困難だった。

「やるな。テリオン」
「お褒めに預かり光栄だ・・・なっ!」

そのままテリオンは鬼火で攻撃を仕掛ける。テリオンの素の魔力はあまり高くないが、オルベリクの魔力もまた大したことは無い。武器で闇雲に叩くよりは牽制ぐらいにはなるかと放つが――

「甘いっ!」
「く・・・っ!」

放った炎は軽く振り払われ、服を焦がしただけであまり怯んでいる様子は無かった。
効果が薄いと悟ったテリオンは短剣を構え直す。剣も勿論持っているがオルベリクの獲物はさらに上手の剣、それから槍だ。同じ武器で戦っても分が悪い。
(火には案外強いようだな・・・ならば回避しながら少しずつ体力を削る)

「横一文字斬り!」

オルベリクは広範囲に剣を薙ぎ払った。避けられるのならば威力よりも広範囲の攻撃を放つ方がいいだろうという判断だ。
テリオンはこれを上に跳躍することで躱す。

「ふっ!」
「む・・・これも躱すか・・・だが跳んでしまえば着地まで無防備になるぞ!」
「そいつはどうかな!」

地面に接地する瞬間を狙い、剣を振るもテリオンはこれを思いっきり身体を捻って躱す。完全に回避されたわけではなかったが、完璧に隙を突いたつもりだったオルベリクはその手応えの軽さに驚く。そのままテリオンがカウンターと言わんばかりに剣を持つ手を蹴り上げれば剛剣の騎士も思わずのけ反った。

「くっ・・・!」
「ちっ・・・!」

お互いに少々のダメージが入ったところで仕切り直す。再び打ち合いに入り、模擬戦用の刃の鈍い音が辺りに鳴り響いた。
その様子を観戦していた仲間たちはごくりと固唾をのむ。

「凄まじい攻防だわ・・・!ねえ、どっちが勝つと思う?」
手に汗握ると言った様子で興奮しているトレサが問いかける。

「まさに互角って感じだな・・・オルベリクの旦那はやっぱ強えや。でもテリオンも負けちゃいねえぜ!やれー!テリオーン!!」
「ふむ・・・私の予想としてはオルベリクが優勢になると思うが・・・」
「オルベリクからの有効打が当たるのが先か、テリオンがこのままいなして削りきるのが先かってところかしら?」
「戦況は五分五分ってところですね・・・!わたし、ちょっとどきどきしてきました・・・」

各々が多様な反応を見せる中、テリオンはこのままでは埒が明かぬと一度大きく距離を取る。オルベリクの攻撃は一度もマトモに当たっていないものの、掠った分のダメージは蓄積する。さらにスタミナでオルベリクに勝てるはずもない。いずれ回避すらままならなくなるだろう。

(ならば――こちらから大火力で一気に仕留める!)

「守りがガラ空きだ・・・!覚悟はいいか」
「ぬぅっ・・・!」
「盗公子エベルよ!!」

青い闘志を揺らめかせ、テリオンは十八番ともいえる神速の一撃を放った。
盗公子の名を冠したそれの破壊力は凄まじい。数多の魔物を葬ってきた一撃だ。衝撃の余波で風が吹き荒れ、埃が舞う。

「・・・・・・!?」
「見事な一撃だ。だが」

しかし、テリオンの目に映るのは、片膝をつきながらもその一撃を受け止め、こちらを見据えるオルベリクの姿だった。

(くっ・・・!凌ぎ切られただと・・・!?もう一度距離を取って・・・っ!)
「させん!千本槍!」
「ぐぅっ・・・!」

奥義を放った一瞬の隙を付き、オルベリクは無数の槍突きを放つ。テリオンは咄嗟に回避行動に出ようとするも、手数と速さを重視したその攻撃を躱しきれずについに体勢を崩した。
「さあ、覚悟はいいか!」
それを見逃すほど当然かの剛剣の騎士は甘くない。オルベリクもまた青い闘志を纏い、剣に力が収束していく。そして――

「雷剣将ブランドよ!!」
「がはっ!」

その振り下ろした力は大きな闘気となり、轟音を立ててテリオンの身体を貫く。
オルベリクの最大の奥義をまともに喰らったテリオンの小柄な身体は簡単に吹き飛び、地面に打ち付けられる。そのまま倒れ伏せると、もう立ち上がる体力は残っていなかった。

「そこまでだ。・・・オルベリクの勝ち、だな」
ハンイットが審判を下す。

「ふぅ・・・テリオン!・・・すまん、やりすぎたか」
「いや、大丈夫。打ち身程度だ」

オルベリクがテリオンに駆け寄り手を差し出せばそれをしっかりと握り、ふらふらと立ち上がる。そのままブドウを懐から取り出し、一口齧れば最低限動ける程度の体力が戻ってきた。

「お前は強いな・・・あと一撃でも貰えばこちらが負けていたかもしれん。手加減する余裕は一切なかった」
「そいつは惜しいことをした。まあ、打ったところはあとで薬屋にでも診てもらうさ。こっちもいい鍛錬になったしな」
「そうか・・・良い試合だった、感謝する」

そうやって二人が固い握手を交わしていると、テリオンとオルベリクの名を呼びながら仲間たちが駆け寄ってきた。

「オルベリクさん!テリオン!二人ともすごかったわよ!」
「ええ、どちらが勝ってもおかしくなかったわね」
「トレサ、プリムロゼ。・・・ああ、正直獲物が本物の刃か、ジョブチェンジありならば俺が先に削られて負けていただろう。テリオンは器用で優秀だからな」

そういってオルベリクはテリオンを穏やかな瞳で見つめながら頭髪をくしゃりと掻き混ぜた。照れるように腕を組みながらも拒否する様子のないテリオンに暖かな目を向ける。
その視線から逃れるようにテリオンが顔をふいと背ければ、今度は瞳を潤ませて鼻をすするアーフェンが目に入り、ぎょっとする。

「おい、どうした薬屋」
「て・・・テリオンが素直に俺に診てもらうって言った・・・くぅ~~~!!」

どうやら感動して泣いていたらしい。あまりにも大げさではないかとテリオンは思ったが、そういえば自主的に診てほしいなんて言ったことはなかった。最も、アーフェンのことは信頼しているし、この薬屋が心配してさっさと診てくるから言う機会が無かっただけだが。

「それにしてもよくあれを耐えられましたね」

オフィーリアが大回復魔法で簡易的に二人の体力を戻しながら尋ねた。普段からエベルの破壊力を目の当たりにしているので疑問に思ったのだろう。テリオンも正直凌ぎ切られるとはあまり思っていなかったのでその秘訣は聞きたいと耳を傾ける。

「ああ。テリオン、お前フクロウを使っただろう。あれをわざわざ使うということは大技を放つという前振りのようなものだ。だから防御に専念することでダメージを軽減できた。それだけだ」
「・・・いや、あれは防御されても貫けるようにと使ったんだが」

テリオンは至極単純な答えにはぁ・・・と息を吐いた。ただ単にオルベリクの防御技術とタフネスが優れているという話だ。国や仲間を護るための剣というのは伊達ではない。とても真似をしたり、参考にできるとは思えなかった。

「そっちこそ千本槍で思ったより簡単に崩れたな。もしかして長物や刺突系は苦手か?」
「そんなことは――

ない、とも言い切れなかったテリオンは腕を組んで考え込む。確かに思い返してみれば、剣や斧といったようなものより槍や弓と言った攻撃の方が避けたり防いだりすることが難しいと感じる。なるほど、これは確かに苦手な部類の攻撃のようだ。

「いや、確かに槍や弓は俺の弱点かもしれない。参考になった。ありがとよ」
「ああ、一つでも何か身になったのなら幸いだ」

なるほどな、とハンイットは思った。思い返せば、どの相手にもさみだれ矢を全弾躱されたことは無い。テリオンの話を聞いていると躱し辛い技能なのだろうと得心がいく。
そういえば、とハンイットは隣でうんうんと頷きながら話を聞いているサイラスを見る。この男は確かテリオンの方が不利だと予想していたはずだ。

「サイラスはテリオンが槍が苦手だと知っていたのか?」
「ああ。・・・いや、正確には違うかな。調べるで二人を探ったところテリオンは彼が自覚したとおりに槍と弓に弱いという分析結果が出ているよ。ちなみにオルベリクは斧が弱点だ。恵まれた体格から防御力と体力で耐える彼のスタイルにはやはり大きなものを崩すという点で最も効果的なのが斧だからそれも頷けるね。さらに魔力パターンを照合すると――
「また話が長くなりそうだぞ・・・要点を言え!」
「・・・テリオンの弱点は槍、弓、氷。オルベリクの弱点は斧、氷、風だよ・・・だからテリオンからの効果的な攻撃が無い分不利だと思ったんだ・・・」

サイラスはまたもや長話を咎められてしゅんとしてしまった。しなしなとしたその学者が語った内容は二人の弱点を思いっきり暴露したものだ。無害そうに話すが、そこまでわかられてしまうとは学者の技能は恐ろしい。

「・・・つまりあいつと俺たちが万が一対峙すると、大氷結魔法で一掃されるわけだ」
「サイラスを敵には回したくないな・・・」
「同感だ・・・」

オルベリクとテリオンは顔を見合わせた後、同時に頭を抱えながら溜息を吐くのだった。


テリオンは酒場に行く前に一度仲間たちと別れ、部屋へと戻った。予定通り汗を流すことと、試合で負った打ち身をアーフェンに診てもらうためである。
グランポートの宿屋は有数の商人や貴族が集まる街なこともあり、部屋に簡易的なシャワー室が設けられていた。テリオンはお湯で一通り身体を清め、ベッドルームへと戻る。

「薬屋」
「おっ、上がったかテリオン!よっしゃこっち来い!」

ベッドの上ではアーフェンが仕事道具を広げてテリオンをベッドへと手招きしていた。大人しく腰を下ろせば、早速診察を開始する。

「結構でけえ痣になっちまってるな・・・沁みたりはしたか?」
「いや、切り傷のような痛みはない。純粋な打撲痕と言った感じだな」
「それならシンプルに炎症と痛みを抑える薬がいいか。よっしゃ腹こっち向けろ」

アーフェンはテリオンの身体にそっと触れ、薬を塗り始めた。オルベリクの奥義をまともに受けただけあって随分と痛々しい青痣になってしまっている。
アーフェンは先日の子供になった彼の身体を思い出した。碌に飯を食えていなかったであろう、細くて折れそうな身体に無数の傷痕と痣があったことを。身体に触れようとしたときの拒絶反応を。あの幼子は本気で暴行されていたのだとアーフェンは唐突に実感してしまった。

「おい、薬屋・・・なんだその情けのない面は」

テリオンに言われてアーフェンは自分が随分とぐしゃぐしゃの顔をしていることに気付いた。目の奥がツンとする。きっと泣きそうな顔をしているのだろう。

「いや、俺はなんでもねえよ。ただ・・・ちっせえお前も傷まみれだったなって思うとちょっとこう・・・心がわーっとなってよ・・・」
「なんだ、それは・・・俺を憐れんだのか?同情なら結構だ」
「同情・・・かはわかんねえ。けど、別にあんたを侮辱するとか憐れむとかそういうんじゃねえよ。ただ・・・そうだな、ダチが昔殴られてたってなったら純粋にムカつくだろ」

テリオンの幼少期に何も思わないかと言えばそれは嘘だ。かといってなんとかしてやりたかったなどと思えるほど傲慢にはなれなかった。彼の人生を可哀想などと思うならそれは侮りであり、見下しているようなものだ。それに、彼は立派に生きている。
一瞬、鋭く冷めたような気配を醸し出していたテリオンだったが、アーフェンのその思いは伝わったのか、雰囲気が柔和に戻る。

「まあ、おたくの気質ならガキをほっとくなんてできないだろうからな。いや、違うか・・・何人たりとも放っておけない、が正しいな。俺のようなろくでなしだろうと」
「へへ、当然だろ?困ってたり怪我してるやつをほっとくのはそれはもう俺じゃねえ。それに、俺のろくでなしの可愛いダチだぜ?放っておけって方が無理な話だ。あんたとつるむのは楽しくてしょうがねえからよ」
「ふっ・・・おたくらしい。だが、可愛いは余計だ・・・」

テリオンが柔らかく笑みを零して言えば、アーフェンは一瞬目を丸くし、ニカッと笑った。
(ダチ・・・は余計じゃねえんだな!)
ずっと自分達は仲がいいと思っていたが、いざテリオンから肯定されてしまえば頬が緩むのが抑えられない。

「おい、ニヤけてるんじゃないぞ薬屋」

それを見たテリオンは照れ隠しからかムッとした表情をして、アーフェンが薬を塗り終わると同時に軽く頭を叩いた。


「おーいこっちこっち!」
「アーフェン君、テリオン、ここだ、ここだよ」

治療が済み、テリオンとアーフェンが酒場へやってくると一足先に到着していた仲間たちの声が聞こえてくる。その方向へ足を勧めればそこには一般の通路から遮断された一画があった。貸切ったのはここのスペースだろう。
辺りを見渡せば、特に大きな催しものがある時期でもないためか客の数もそれほどでもない。これなら多少大騒ぎしても目を付けられることはないだろう。

テリオンは空いていたサイラスの横へと座り、アーフェンもまたその隣に座った。既に他の仲間は全員席についており、注文は揃ってからと決めていたようだがトレサは腹を空かせているのかすでにメニュー表と格闘している。

「よし、じゃあ全員揃ったわね。注文しちゃいましょ」
プリムロゼが開始の合図をする。

「わたし、貸し切りって初めてです。こんな感じで仕切りになっているんですね!」
「さすがグランポート・・・いろいろあって迷っちゃうわ!でも結構お値段もするのね・・・」
「まずエールは基本だよな!なあテリオン、この酒とかも美味そうじゃね?・・・うっ、手持ちに対して値段が可愛くねえ・・・」
「俺は学者先生の奢りらしいからな。飲ませてもらうぜ」
「好きなだけ頼むと良いよ。キミが注文した分は全部私が払おう」

各々がメニュー表を眺めながらああでもないこうでもないと言っていれば、サイラスは笑いながらテリオンに言う。グランポートの酒場はそこそこ良い所であり、相応に料理や酒の値段も高い。その割には随分と余裕がありそうだった。

「そういえば貸し切り代は誰が払ったんだ?」
「サイラスよ。随分と羽振りがいいのよね」

ハンイットが問いかければ頬杖をつきながらプリムロゼが答える。サイラスのほうを見ればどうにも懐が温かそうな顔をしている。皆が疑問に思う顔をしていればサイラスはその理由を述べた。

「ああ、この街に入る直前に実はブルジョワキャットリンを見かけてね。随分と大きな臨時収入が入ったから活用しようと思ったんだ。私はテリオンに詫びの一つもできていなかったし、こうして皆で気兼ねなく騒げるというのも楽しそうだと思ってね」
「ほお・・・」

それはいいことを聞いたと言ったようにテリオンはニヤリと笑った。周りを見れば、懐具合とメニューを見比べて頭を悩ませている者が目に入る。一品二品で済ませるのも勿体ないし、特にアーフェンとオルベリクは酒の量が嵩みがちなので余計に取捨選択に悩んでいるのだろう。
テリオンは再びサイラスの方へ視線を飛ばし、訪ねる。

「サイラス、今あんたは懐が随分暖かそうだな?」
「おかげさまでね」
「ならば俺が注文した分は全部あんたの金で払っていいんだな?二言は無いな?」
「もちろんだよ。好きなだけ頼んでくれたまえ」

言質を取ったテリオンは手をぱんぱんと叩く。それを合図にして全員がそちらへと目を向けた。そこには随分と悪い顔をした盗賊が居て―――

「よし、あんたら飲みたいもんと食いたいもんを言え。全部俺が注文してやる。つまり学者先生の奢りってわけだ。良かったな」
「えっ・・・ちょ・・・っ待っ」

その一言にぽかんと呆気にとられた一行だったが、すぐにわあとお祭り騒ぎのようなテンションへと変わっていく。普段ならば遠慮するものも居ただろうが、貸し切りという普段とはまた違った状況が気を高ぶらせている要因になっているのだろう。

「やった!じゃああたしはこれとこれと・・・あ!このお肉も美味しそう!でも港町だから魚も捨てがたいわよね・・・よし!全部ちょうだい!」
「トレサは良く食うよな~!おっ、この酒気になるな!旦那はどうする?」
「これは確か見覚えがあるな。少々強めの酒だったはずだ。今日は羽目を外したい気分だし、俺もそれを頂こうか」
「わたし、この珍味というものが気になっていたんです!」
「オフィーリア・・・あなたそれ凄く高い奴じゃない?なかなか強かね」
「あああ!すみません!つい・・・」
「あら、いいじゃない?ブルジョワキャットリンなんて抜けがけしたサイラスが悪いのよ」
「わたしはそうだな・・・やはり食べ慣れたビープの香草焼きが良いか。ああ、あと外にいるリンデのみやげ用に塩分の少ない肉も頼んでおくか」

テリオンの持つ注文用紙にもの凄い勢いで品目が書き連ねられていく。最初は余裕のある笑顔だったサイラスもその金額を頭の中で計算したのかだんだんと顔が引き攣っていく。
やがて予算をオーバーしたのか財布の中と注文票を確認し、頭を抱え始めた。

「あ・・・の・・・テリオン、これは流石に・・・」
「いや~ありがとうございますサイラスさん!二言は無いんですよね?サイラスさん?ん?」
「うん・・・」
「で、出た~!!テリオンさんの営業スマイルよ~~!!」

さすがに反論しようと口を開いたサイラスだったが、テリオンの演技百パーセントのニッコニコの笑顔とそれを茶化しているトレサ相手に何も言えなくなってしまう。
やがて仲間のすべての要望を書き終えると、それは無慈悲にテリオンから店員の手へと渡される。もはや取り消しは効かない。

「・・・これは、やられたね」
「ふ・・・。あんたたちは忘れているようだが、俺はれっきとした盗賊だからな。ズルなんて日常茶飯事の悪党だ。これに懲りたらあんまり軽率な発言はやめることだな」
「悪党の割には随分と仲間想いだけど、そうだね・・・肝に銘じるよ・・・」
「大丈夫よ先生!もし足りなかったらあたしが貸してあげるから!」

そこは足してくれるんじゃなくて貸すだけなんだね・・・と商人の強かな発言を聞いて項垂れた学者を見て、一行は皆でクスリと笑い合うのだった。


「料理と酒は出揃ったな!じゃあ、かんぱーい!」
「かんぱーい!!」

アーフェンが音頭を取る。やはり飲みの場と言えば彼の号令だ。
沢山のお酒に、色とりどりの料理がテーブルに並べられる。一級品だけあってどれも美味しそうな香りと湯気を放っていた。
早速トレサは目の前の料理にかぶりつくと、目を輝かせた。

「ん~!!おいし~い!!ほらほらテリオン!美味しいよこれ!食べてみてよ!」
「だからなんで俺の前に飯を盛るんだお前は」
「いいじゃねえか。ほれテリオン、こっちも美味いし酒もあるぜ!」
「薬屋・・・自分で取れる・・・」

特に小さなテリオンを可愛がっていた二人は、今回も美味しいものを食べてほしいという思いからどんどんとテリオンの前に料理や酒を盛る。
あんまりにも楽しそうなのでテリオンもやれやれと言いつつも否定はしない。大人しくフォークを突き立てれば嬉しそうにされるのだ。餌付けをされているような気分にならないこともなかったが、やはりテリオンはこういった想いを無下には出来ない人間だった。

「あ、あの・・・テリオンさん、これも変わった味がして面白いので是非!」
それを見ていたオフィーリアはそわそわとしながら何を思ったのか珍味の乗ったお皿を差し出す。

「テリオン、あなた酒ばかりで全然料理を注文していないだろう。こっちも食べろ」
「そうだな。お前は運動量が多いのだからもう少し食った方がいい」

さらに触発されたのか、ハンイットやオルベリクさえも追加してくるものだからテリオンの前はすっかり料理の山と化していた。これを全部食えとはなかなか厳しいことを言う。

「・・・こんなに食えん」
「えぇ~!?あたしなら余裕で入るよ!?それにテリオンたらほっそいのよ!何よそのくびれ!もうちょっと太ってくれないと!」
「身軽さが売りな盗賊が肥えたらおしまいだろうが」

トレサがふくれっ面で主張すればテリオンはしかめっ面で返す。百歩譲って世話を焼かれるのはいいがそこまで言われる筋合いはない。
それを聞いていたプリムロゼはトレサを諭すように声をかけに来た。

「まあまあトレサ。あまり無理に食べさせると消化不良を起こしちゃうわ。あなたは健啖家かもしれないけどテリオンはそうじゃないのよ」
「それはそうかもだけど~!でもやっぱり、いっぱい食べてくれると安心するっていうか・・・あの腰を見てるとちょっと負けた気がするっていうか・・・」
「その気持ちはわからなくもないけど、考えてもみなさい。あの踊子ジョブの衣装はあの細さと筋肉だから魅力と色気が引き立つのよ・・・それに私としてはあんな衣装やこんな衣装を着せてみたいと思ってるし」
「むむっ!なるほど・・・プリムロゼ姐様の言うこともたしかに最もかも・・・はっ!?商売の匂いがするわ!」
「やめろ」

話の流れの変化に悪寒がして、テリオンは制止の言葉をぴしゃりと言い放つ。それでもなお雑談モードに入ってしまった女子二人をみて、これは何か言ってもムダだと悟った。テリオンはこうなったら酒盛りに集中してしまおうと、全てを無視して酒をぐいと煽る。宴はまだまだこれからだ。



「ふふふ・・・それでな、あいつの剣のスタイルはな・・・はははは・・・段々と俺の良いところを吸収し、アレンジして自分のものにしているんだ。全く大したやつだぞ・・・ふはははは」

宴もたけなわ。笑い上戸を発揮しながら喋っているのはオルベリクである。宣言通り羽目を外してすっかり酔っぱらってしまったようだ。
先ほどの試合のこともあってか随分とテリオンの戦闘スタイルを褒めちぎっている。それを聞いているテリオンも酒の効果か照れているのかはわからないが顔が随分と赤い。

女性陣はもう満腹と言った様子で休んでいるし、トレサに至ってはすでにうつらうつらと眠そうにしている。アーフェンは一応、今回は可愛がる会の名目もあったことでテリオンに目を光らせているようで、いつものように酔い潰れて寝てしまうというほど泥酔しているわけではないようだ。

「あれ、テリオン、もう飲まねえのか?」

アーフェンはふと、テリオンの酒の手が止まっていることに気付く。

「これ以上飲むと多分落ちる。さすがに泥酔するほど飲むのは・・・」

職業柄、警戒心の強いテリオンは不覚になるほど飲むことは滅多に無い。以前、アーフェンとプリムロゼと共に飲んでいた時に寝落ちた姿は相当レアな姿だったのだろう。
しかし今日は仲間内での宴だ。テリオンにも思う存分飲んでほしかったし、彼自身にも少し迷いが見えた。羽目を外すべきなのかと。
アーフェンとサイラスは視線を交わして頷いた。言いたいことはきっと同じことだ。

「テリオン、キミは気のすむまで飲むといい。大丈夫だ、落ちたとしてもキミのことはちゃんと連れて帰るし、後始末もする。安心してほしい」
「そうだぜテリオン。気にすんな!二日酔いが気になるようなら予防の薬もあるぜ!ほら」
「・・・・・・・・・薬屋、よこせ」

テリオンはしばし考えこんだ後、こいつらの前なら潰れても大丈夫だろうとアーフェンから薬を受け取り水でそれを流し込む。そして強めの酒をおかわりすると、そのまま一気に煽った。それを見た薬師と学者はにこやかにハイタッチをかますのだった。

暫く酒を楽しんでいると、テリオンはだんだんと頭がぼうっとして微睡んでいく。自ら望んでここまで酔うというのは初めてかもしれない。それもこれもこいつらがお人好しで、信頼のおける仲間だからだ。既に頭はふらふらと揺れ動き、机に突っ伏しそうになっている。

「おっ、おねむか?寝ちまいな~!テリオン」

アーフェンがぽんぽんと背中を叩けば、テリオンはあたたかな手のひらの感触を感じる。辺りに愛すべき仲間以外の気配は無く、このまま落ちても大丈夫だという安心を覚える。そのまま穏やかな心地でだんだんと意識を落としていけば、皆の声が遠くに聞こえた。

「あら、テリオンは寝たの?ふふ、あの時に寝落ちたときもそうだったけど、大人でも寝顔は可愛いのよね。アーフェンもだけど」
「おいおいよせやい!」
「あまり騒ぐと起きてしまうかもしれませんし、そっとしておきませんか?」
「だがこのまま机に寝かせておくわけにもいかないだろう。リンデも外に待たせているし、トレサも既に夢の中だ。キリが良さそうならそろそろ店を出ないか?」
「ははは・・・そうだな。料理も酒もほぼなくなったし、片してしまおう。皆もそろそろ満足しただろうしな。ふふふふふ」
「んじゃ、俺がおぶってくぜ。よっと!」

テリオンが寝落ちたのをきっかけに一行はお開きにすることとなった。残った料理と酒をオルベリクが片し、アーフェンがテリオンを背負う。

「・・・き」
「ん?」

その時、テリオンが何かの言葉を発した。元々声が小さいが寝言なのかさらに聞き取り難い。気になって皆が耳を澄ませてみればそれははっきりとした言葉として聞こえてくる。

「・・・ありがとう・・・みんな・・・すき・・・」
「・・・・・・!!!」

一瞬驚きが支配したその場の雰囲気が、一拍置いてわあと湧く。あの盗賊が緩み切った寝顔でこれを言ったのだ。こんなものを聞いて落ち着いていられる者はいない。起きないことをいいことにテリオンは、頬を緩ませ笑顔で喜ぶ仲間たちにもみくちゃにされていった。


一方——

「すまないトレサくん・・・ちょっと起きてくれないか・・・」
「んん・・・ん?あ、寝ちゃってたわ・・・お開き?えっと、どうしたの先生?」
「その・・・五万リーフほど貸してくれないか・・・」

宴の後に残ったのは、テリオンとの約束をきっちり守ったことでトレサに無事借金をこさえることになったサイラスと、仲間の腕の中で子供のようなあどけない顔をして幸せそうに眠るテリオンの姿だった。