三角リョヲヘイ
2026-06-02 23:49:45
16032文字
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Mr.Shy/夢で見たあの「アタミ出張商談」

冒頭の注意書きをよく読んでから読み進めてね🚬

Mr.Shy/夢で見たあの「アタミ出張商談」

⚠︎寝ている時に夢で見た、男ふたりのアタミ出張商談が面白かったのでそこに肉付けした話です。
作者自身が「アタミ出張商談ってなんやねん、どんなイベント? 笑」と思っているので二次創作以下くらいのふわっとしたゆるくて楽しい気持ちで読んでください。
商談に関連する内容は文に起こす為の単なる想像部分です。妄想部分とも言う。
ヤマ無しオチ無し、ただ淡々と流れていく男たちの非日常な日常が覗けます。

⚠︎舞台はアタミです。熱海を調べ直した部分と、何年か前に作者が熱海へ行った時の記憶をあえて調べ直さずに書いている部分と、夢に出てきたからしょうがないじゃん笑、の部分が混在しています。ここは「アタミ」です。

⚠︎原作通りの男たちがアタミに出張商談しに行っているだけです。薄い本的な展開も設定も1ミリもありません。
例によってプロット文章です。試される、あなたの想像力!
三角のちゃんとした文章が気になる人は『月に鎮め』を読んでくれよな!掌編小説でもいいよ!そっちは真面目にちゃんと書いてるよ!

【登場人物紹介】
・吉田(仮称)……BAR MISTAのバーテンダーにして、Mr.Shyの代理人。真面目な仕事人間。
・鈴木(仮称)……普段はふらふら殴られ屋をやっているが、本業はMr.Shy。仕事は完璧にこなす。


以下本文


吉田「おい、アタミに行くぞ。商談だ」
鈴木「アタミ?」
吉田「先方の指定だ。どうせ移動で疲れさせて商談を有利に運びたいだとか、そんな馬鹿げた理由だろ」
鈴木「それに乗るのか」
吉田「ここで見せつけておけば今後が楽だからな。多分お得意様コースだ。人脈も期待できる」
鈴木「ああね。だから俺も行くってことか」
吉田「そうだ。お前は観光気分でいい。とりあえずビジネスホテルかなんかを──」
マスター「ねえねえ、アタミに行くんでしょう」
吉田「はい、こいつも連れて行きます」
鈴木「圧かけて来る」
マスター「僕さ、旅行の手配とか大好きなんだ。だから僕に任せてよ」
吉田「じゃあ、お願いします」

 ということで、当日。
 マスターが手配した新幹線ひかり、グリーン車。
 8時34分にコーベ駅を出発してアタミ駅まで2時間30分、なんと昼前にアタミに着く。男たちは宿のチェックインまで別にやることもないのに……
 窓側に吉田、通路側に鈴木が座る。駅で買ってきた弁当と350ミリリットルの缶ビール。鈴木は紐を引っ張るとあたたまるタイプのステーキ弁当。吉田は意外にもサンドイッチとおにぎりで……
鈴木「意外だな。足りないだろ」
吉田「そうだが、駅弁についてくる箸は普通のよりも短いから上手く使えないんだ。どうせ昼は向こうでちゃんと食べるだろ」
鈴木「ふーん。まあ短いよな、俺は気合いで使う」
吉田「とりあえず今回の日程の確認だ。今日は昼前に着くが、宿のチェックインは15時から。仕事は明日の夜。帰りは明後日の10時40分の新幹線」
鈴木「前乗りなうえに、後に一泊するとはな」
吉田「……マスターがあれこれ手配してくれたんだ。開き直って楽しむしかないな」
鈴木「楽しむ、なあ」
 しばし無言で弁当をつつく男たち。各々あっという間に完食して、なんとなくビールタイム。
(※新幹線の車内販売は2023年10月をもって終了していますが、これは2023年より前かもしれないし、終了していない世界線かもしれないので車内販売のワゴンが来ます。)
鈴木「そうだ、アイスいる?」
吉田「アイス?」
鈴木「車内販売がそのうち来るだろ。奢る」
吉田「お前、さりげなくアイス好きだよな」
鈴木「どうかな」
 体作りの観点から甘いものをあまり食べないのに、夏場のアイスに比較的寛容な鈴木。生クリームよりもどちらかと言うと餡子派の鈴木。
 そしてまた無言の男たち。無言がどうした、これが通常運転だ。一日中無言でもなんの問題もない男たち。
 品のいいスタッフの車内販売がやって来る。鈴木は通路へ顔を出して主張した。
鈴木「バニラアイスふたつ」
 受け取るカチカチのアイス。シンカンセンスゴイカタイアイス。
吉田「ああ、本当にカチコチなんだな」
 しばし溶けるのを待つ男たち。絵面がちょっと面白い。吉田はちょっとフライングしたけどまだカチコチで、何事もなかったようにそっと蓋を戻す。
吉田「……お前、既に結構楽しんでるだろ」
鈴木「え? ああ、そうだよ」
吉田「否定しないのか」
鈴木「しない。旅行なんていつぶりかな、結構楽しい」
 声のトーンも表情も普段と全然変わらない鈴木。実に淡々としている。
吉田「そうか、それはよかったな」
 そしてもそもそとアイスを完食した男たち。
吉田「煙草を吸えないのがな……(不満そう)」
鈴木「ナゴヤ駅で停車時間が長いから、ホームの喫煙ルームで吸うっていう手がある。らしい」
吉田「そうまでして吸いたい自分と、そこまでして吸うのは面倒な自分がいるな……へビーな自覚はあるが、長時間の我慢にも慣れているというか」
鈴木「はは、うっかり乗り遅れたらマスターになに言われるかわからないからな。まあ我慢する」
 そして吉田はノートパソコンでなにやら仕事をしている。
鈴木「あんた寝る?」
吉田「寝ない」
鈴木「じゃあ起こして」
吉田「わかった」
 寝る鈴木と仕事する吉田。アタミはまだ遠い。

吉田「着いたな、アタミ」
鈴木「まだ11時……
 このやり取りの前に、しっかり駅ビルの喫煙所で煙草を吸って来た男たち。ちなみに二本ずつ吸った。
吉田「仕方ない、荷物預けて観光するか」
鈴木「昼(飯)食べよう。昼前の方が空いてるだろ」
 男たちが向かったのは、アタミ駅前ヘーワ通り商店街。
鈴木「アタミは、魚?」
吉田「そうだな。ここ……も海鮮か。海鮮丼だな」
 たまたま立ち止まったのは、海鮮定食屋の前。
鈴木「いいな、ここにしよう」
 店内はピーク時間前なのか、まだ席が空いていた。
 メニューを眺めれば『最初の一杯生ビール半額』の文字。
 無言でそこを吉田に見せる鈴木だが、吉田は首を横に振って壁を指差す。そこには『ご存知でしたか?アタミはレモン発祥の地!』の文字と共にイズレモン入りのビール、ハイボール、サワーの写真が並ぶ。
鈴木「そっちだな」
吉田「だろ」
 鈴木は大切り金目鯛の乗ったてんこ盛り丼、吉田は舟盛金目鯛の煮付け定食とお刺身三点盛り。お供はイズレモン入りのビール。
 そして、
鈴木「ここで秘伝みそタレ厚切り焼き豚を単品で頼むのは無粋か否か」
吉田「頼め。俺も食べる」
 というやり取りがあった為、シェア用の肉がひと皿。
 それをするすると胃袋に収めていく男たち。ふたりとも食べ方が綺麗なのだ。流れるように消えていく皿の上。
吉田「この後どうするか」
鈴木「まあ歩けばいいだろ。チェックインまで時間を潰さないといけないのは変わらない」
吉田「……そうだな(こいつ楽しそうだな)」
 お会計はまとめて吉田のカードで払う男たち。この方が経費の精算が楽なので。
吉田「そういえば、お前今はなに食べてもいいのか」
鈴木「ああ、調整してこの旅行中はチートデイになった。勿体無いだろ」
吉田「そうか、気が楽だな(そういえばさっきも今も旅行って言ったな、こいつ)」
 少し商店街をうろうろする男たち。
鈴木「たい焼きと饅頭と揚げ天串、どれがいいと思う」
吉田「……今は揚げ天串、かな」
 デザートよりも、まだメインのお腹が足りてなさそうな吉田。新幹線でのご飯が少なかったからね。
 そのままふらっと買いに行く鈴木。
鈴木「どれがおすすめ?」
店員のマダム「たこ棒がおすすめですよ」
鈴木「じゃあ2本」
 後ろからぬっと吉田も登場。
店マダム「あら、お兄さんたち随分と大きいのね。観光かしら」
鈴木「一応仕事。でも前乗りしてるから今日は観光。時間潰したいんだけど何処かある? 昼食べたばっかりだから食事系以外で」
吉田「……(一応、仕事という意識があるのか)」
店マダム「あらそうなの、それじゃあ──」
 鈴木が店員のマダムと旅先トークをしている間に、当たり前のように吉田が会計する。阿吽。
 店員のマダムも口と脳みそは鈴木に向けつつ手際よくお会計する。観光地のプロ。
店マダム「楽しんでね」
 男たちが大きすぎて小さく見えるたこ棒。営業妨害になりえるトリックアート。
吉田「お前、意外と人と接するの得意だよな」
鈴木「なんだそれ」
吉田「そのままの意味だ」
鈴木「まあ、殴られ屋はサービス業だからな」
吉田「お前のことはよくわからないな」
鈴木「よく知っててもどうかと思うけど」
 食べ歩きのたこ棒をあっという間に平らげて、「腹ごなしの散策にちょうどいいと思うの」という先程のマダムの言葉を胸に、男たちはアタミ親水公園を目指す。
 並んで歩いていたはずが、ふと気がつくと隣に鈴木がいない。気がついたら隣に立っていて、気がついたらいなくなっている鈴木。
吉田「……(どこだ?)」
 と軽く首ごと視線を動かす吉田、スッと死角から鈴木の登場。
吉田「!!」
 びっくり吉田。
 鈴木の手にはどこで買ったのかプラカップに入ってストローのささったコーラが。3口飲んだと思ったら、ずいっと吉田に渡してくる。
 吉田は受け取ってひと口。甘いコーラ。
吉田「ん」
 飲んだので鈴木に返す。
鈴木「もういらない」
吉田「買ったなら飲み切れ。俺はお前の保護者か(皮肉)」
鈴木「? あんたは保護者じゃなくて代理人だろ(なに言ってんだこいつ、という顔をしている)」
吉田「……(なんで俺は今こいつに『なに言ってんだこいつ』という顔をされないといけないんだろうと思いながら結構な勢いでコーラを飲み干す)」
 体の大きな男はひと口も大きいし、吸う力もある、こいつヘビースモーカーなのに。
 ずぞぞ、と氷の下のコーラを啜る音がするまでほんの数秒。
吉田「お前、自由だな」
 そしてふらふら歩いてアタミ親水公園へ到着。
鈴木「……なんか、海が違うな」
吉田「?」
鈴木「ああ……ここはコーベの海じゃないのか」
吉田「旅行だからな、海が違う場所まで来るだろ」
鈴木「あんたは仕事だろ」
吉田「……写真撮るか、マスターに送る」
鈴木「おー」
 吉田が撮った鈴木は、どこで撮ったのかわかるような背景が適度に入っていていい写真だった。
 鈴木が撮った吉田は、バストアップくらい寄っていて、どこで撮ったのかあまりわからない写真だった。
 吉田がしっかりと喫煙所の場所を調べていたので、親水公園でまた一服。
 その後は何をするでもなく、ベンチに座ってぼんやりしていた。
 鈴木は鼻歌をうたっていたけど、吉田はなんの曲かわからなかったし、鈴木に聞いても「タイトル知らない」としか返ってこなかった。
 駅への帰りしな、また商店街を通って揃ってたい焼きを食べた。吉田はそこに追加して饅頭も食べた、ふたつも。
 揚げ天串屋のマダムがふたりに気がついて手を振ったので、鈴木がへらりとした態度で手を振り返す。
鈴木「散策にちょうどよかった、楽しかった」
吉田「ありがとうございました」
 吉田は笑顔で会釈した。

 アタミ駅からタクシーを拾って10分、目当ての宿に到着。
 通されたのは、なんと離れの貴賓室。数寄屋造り、本間12.5畳+次の間7.5畳+広縁+源泉掛け流し半露天檜風呂付き。目の前には日本庭園が広がる。もちろん部屋食。
 マスターから宿の名前は聞いていたが、どの部屋を予約したのかは教えてもらえなかった……どの部屋であっても高級ではあったが。
鈴木「うーわ広……なんであんたと相部屋なんだ」
吉田「俺もそう思う……が、この贅沢はさすがマスターが手配しただけはあるな」
鈴木「見ろ、旅館にしかない謎の空間だ。はは、おもしろ。こっちは鏡台おいてある、古めかしいな」
 いつもと全然変わらないテンションで楽しそうな鈴木。長い足で部屋を歩き回って色々確認している。
鈴木「当然木造か」
 鈴木は自分のいる建物の構造や間取りを把握したがる男である。扉と窓はどのくらいの大きさでどこにあるのか、通路の幅と、障害物は。
吉田「広縁か。確かに旅館でしか見かけないな」
鈴木「おい見ろ風呂もある」
吉田「部屋風呂はありがたいな」
鈴木「それに加えて部屋食だっけ。部屋から出なくていいのか」
吉田「でも部屋は禁煙だからな。喫煙室は本館の3階だ」
鈴木「うわ遠。これは禁煙が進みそうな……
吉田「それでも俺は行く」
鈴木「あんたって俺よりも重症だよな」
吉田「お前も相当だろ」
鈴木「否定はしない」
吉田「夕飯は18時からここ……立派な部屋風呂にでも入ってくるか。うーん、スカとは言わない、今後も考えられる、ただこんなにお金を掛けて元が取れる商談じゃないんだが……
鈴木「純粋に楽しめってことだろ。お土産買って帰ればいい」
 荷物を整えるのもそこそこに、吉田は風呂に入った。
 明らかに自宅のものよりも広い檜の浴槽を独り占めできる、これは吉田にとってかなりの贅沢だ。
 吉田がゆったり風呂に入っている間、鈴木は次の間で筋トレをしていた。欄間で懸垂をするのは後ろめたくてやめたらしい。
 吉田が風呂から出る頃、鈴木は逆立ち腕立て伏せをしていた。筋トレする鈴木に慣れすぎている為、吉田はそこに触れない。
吉田「……珍しいな」
 そう、珍しいのは鈴木がテレビをつけていることと、ワイドショーを流していることである。
鈴木「天気予報が」
吉田「?」
鈴木「遠くに来ると全然馴染みがない土地と地名で、なんか面白い」
吉田「そうか」
鈴木「あんた館内着の浴衣は?」
 吉田は自前のスウェットを着ている。通販でポチった吉田が着られるサイズのスウェット。
吉田「こういう場所の浴衣は俺が着ると笑えないくらい丈が短いし前が閉まらない、ぎりぎり。いや一応閉まる、閉まるな。でもそんな妙な格好で出歩くのは嫌だ」
鈴木「ああね。俺でも不恰好だろうけど、あんたは比じゃないか」
吉田「でも寝る時は浴衣がいい。寝巻きまでは持って来なかった」
 出張先であっても部屋着と寝巻きをきっちりと分ける男、吉田。
鈴木「別に誰も見てないし気にしないからなんでも好きな物着て寝ろ。明日仕事のあんたが風邪引かなければ俺は文句は言わない」
吉田「……これ部屋の備品か?」
鈴木「それはマスターが持たせてくれた。荷物に入れて忘れてた」
 本間の低いテーブルの上には、部屋の調度品と全く馴染まずに浮いている元気で派手な表紙のアタミ観光雑誌が置いてある。
 その本を目視する際、お茶菓子が既にふたり分食べられていることに気づく吉田。
吉田「…………
鈴木「俺も風呂入る」
 吉田は「む……」と思いながら、濡れないように高い位置で纏めていた髪を解く。アタミ観光雑誌を手に広縁の椅子へ腰掛けた。ぱらぱらと視線だけで眺める。
 風呂上がり特有の、どっとくる眠気。
 ワイドショーは若者の流行について年老いたコメンテーターが訳知り顔で語っている。
 鈴木が風呂に入る音が聞こえる。
 眠気──
 鈴木が風呂から上がる頃、吉田は広縁の椅子で寝落ちしていた。手元には観光雑誌を持ったまま、テレビは誰も見ていなくともワイドショーを流している。
鈴木「……
 鈴木はテレビを消して、吉田の手から観光雑誌を抜き取る。さすがに目を覚ましたものの、寝ぼけまなこの吉田。
鈴木「寝てれば。夕飯の前に起こす」
吉田「……
 鈴木の言葉を受けて、吉田はそのまま目を閉じる。鈴木は寝ているその肩に何か掛けてやるような男ではない。それでも吉田が起きないように、とりあえずは静かに過ごした。この間に、さっき捨てなかったお茶菓子の包み紙も捨てておいた。
鈴木「……時間」
吉田「……おう」
 17時40分に吉田の肩を叩いて起こす。だって吉田がスウェットのまま部屋食の準備をするスタッフの前に出たくないだろうということは、容易に想像ができるから。
 案の定手早くさっきまで着ていた服に着替えて髪を結ぶ吉田。鈴木はつんつるてんな浴衣のままである。旅館としては、こちらの方が正解。
鈴木「上座はこっちか」
吉田「ああ? そうだな」
鈴木「俺たちってどっちの方が偉いんだ」
吉田「…………(長考)お前がMr.Shyで俺が代理人だから、本人の方が偉い、んじゃないか?」
鈴木「なるほど。まあ、あんたがこっち(上座)座われよ」
吉田「確認した意味はどこに行った」
鈴木「あんたの説明は納得したけど、世間的に見たら絶対にあんたの方が偉く見える。俺よりも年上だし、ボスっぽい」
吉田「なんだボスっぽいって。俺たちのボスはマスターだろ」
鈴木「三人並んだ時に一番下っ端みたいなのは俺だと思う」
吉田「こんな下っ端がいてたまるか」
 それでも夕飯は吉田が上座で食べた。
 『四季折々の山海の幸に巧みなわざを凝らし、おもてなしの心も添えた歳時記の懐石』(公式HPより引用)
 確かに丈がつんつるてんの浴衣を着た男よりも、身支度をきちんと整えている男の方が偉く見えるので鈴木の判断は正しかったということは添えておく。
 
 夕食の後に布団を敷きに来るらしい。鈴木はその前に本館の大浴場へ行ってしまった。吉田はまた部屋風呂に入るつもりだったので部屋に残る。
 布団を次の間に敷いてくれたのを見届けて、吉田は部屋風呂に入る前に本館で煙草を吸ってきた。名残惜しそうに三本吸って、離れに戻って部屋風呂を堪能する。
 半露天風呂なので浴室壁面の窓が全開になっている。湯船に浸かってぼんやりしつつも、明日の商談について思考を巡らせる。腹に残ってる治りかけの痣を目視して、それを視界から追いやるように浴槽のふちに頬杖をついた。
吉田「風呂が広いのはいいな……
 布団を敷くのを見届けて、本館で煙草を三本吸って、かなりのんびり風呂に入ったにも関わらず風呂上がりに部屋に戻っても鈴木はまだ帰ってきていなかった。
 洗面所ではなく、本間の畳に直に座って適当な番組をテレビで流しながら、しっかり洗った髪の毛を乾かす。
吉田「あいつ、こんな長風呂しないよな……
 ドライヤーの音に混ぜて素朴な疑問を口にする。
鈴木「そんなに長風呂しないな」
吉田「ぬおあ!!」
鈴木「まあでも、たまにする。長風呂自体は嫌いじゃない、ここの風呂も悪くなかった」
吉田「っ……っまえ、いつ帰ってきた」
鈴木「今。敷地内と建物内で歩いてもよさそうな場所を全部散策してきた。はいこれ」
 鈴木の手には饅頭の箱が。
鈴木「売店で買ってきた。あんたさっき食べたそうにしてたから」
 ある程度乾いたので、吉田はドライヤーを一旦止める。
吉田「ふたりいてふたつあるなら、自分の取り分はひとつだろうが」
鈴木「あんた商店街で饅頭食べてただろ」
吉田「だからって食べないとは言ってないだろ」
鈴木「……あんた、シュークリーム何個食べられるんだっけ、美味しく」
吉田「……さん(ちょっと恥ずかしそう)」
鈴木「……ほら、この饅頭あんたの取り分。まあその大きさだと動かすだけでもかなりエネルギーいるよな。あんた骨格がしっかりしてるタイプだろ、骨太というか。別に太ってるわけじゃないし、全然引き締まってもいないけど」
吉田「うるさい」
鈴木「体勢によっては腹が出てる時がある」
吉田「お前もう黙れ」
鈴木「あんたもう少し食べ物に気を遣えよ。せっかくストレスが暴飲暴食に結びつかないのに」
吉田「ぜ、んしょする」
鈴木「俺ひとりじゃあ仕事にならないんだからな」
吉田「おう」
 でも饅頭の箱はしっかり受け取る吉田。
 そしてドライヤーを再開する吉田。
鈴木「うお布団敷いてある」
吉田「あー?」
 距離が離れたことと、ドライヤーのせいで鈴木が何を言っているのかあんまりわからない吉田。この後しばらく「あ?」「おー?」「あー」と適当に相槌めいた音を口から漏らしていた。内容が全然わからないから限りなく不誠実なのに、一応相槌を打ってくれる接客業の吉田。
吉田「修学旅行みたいだよな」
 乾かし終わって次の間に顔を出す。
 30cmくらい離れて二組並ぶ布団。
 鈴木は掛け布団の上から適当に寝転がっていた。
鈴木「あんたこれに寝られるのか」
吉田「まあ、斜めになって膝を曲げれば」
鈴木「はは。休めるのかそれ」
吉田「床と同じ高さだから、足がはみ出ても問題ないという意味ではベッドよりもやりようがある」
鈴木「ふーん」
 鈴木、起き上がって吉田の横をすり抜け本間へ。
鈴木「冷蔵庫にビールあっただろ。これも買ってきた、飲もう」
吉田「貝柱か? 随分渋いな」
 鈴木の手には、縦に何個も個装が繋がった干し貝柱が。
鈴木「ここの売店、わかりやすいスナック系がなかった。まあ味に間違いはないだろ、高級品」
吉田「そうだな。飲む前に着替える」
鈴木「おー」
 つんつるてん、などという可愛い表現では収まらない吉田の浴衣。予想よりも面白いことになっている。アリかナシかで言えばナシ。
鈴木「……それ」
吉田「言うな」
鈴木「……
吉田「そうだ黙ってろMr.Shy、お前は誰よりも寡黙で誰よりも口が堅い」
鈴木「……(曖昧に頷く)」
 なんと缶ではなく瓶ビール。コップを並べて乾杯。自分の分を自分で注ぐのがこの男たち。
鈴木「で、結局明日の商談はどうなんだ」
吉田「珍しいな、お前が俺の仕事に言及してくるのは」
鈴木「相手に乗ってわざわざアタミまで来てるからな」
吉田「なんの問題もない。お前はただ無言で後ろに立っていればいい」
鈴木「それは頼りになる」
吉田「俺が頼りにならないことが?」
鈴木「まさか、あんたの仕事は信用してる」
吉田「そうか、俺もお前の仕事を信用してる」
 少しずつ減るビール。テレビは見ていないので消した。特に弾む会話もない。静かな部屋で、ただビールを傾けるふたりの男。
 自分のコップが空になれば、自分で注ぐ。
鈴木「明日の朝(ご飯)は何時だっけ」
吉田「7時30分。当然部屋食だから支度しておけ」
鈴木「とはいえ夜順当に眠くなる生活をしてないからな」
吉田「それはそうだが。寝ないわけにはいかない」
鈴木「修学旅行の王道は?」
吉田「あ? あー、好きな子の発表」
鈴木「いないな」
吉田「いないな」
鈴木「……しりとりでもする?」
吉田「しりとり(静かに笑う)」

 翌朝。
 昨晩男たちがどうやって入眠までの時間を過ごしたのかはわからない。アラームを6時にかけた吉田と、7時に起こせと二度寝した鈴木。
鈴木「朝も美味しかった」
吉田「そうだな。朝食は明日も食べられる」
鈴木「今夜はないんだっけ」
吉田「そうだ、宿側と話はしてある」
鈴木「仕事面倒だな……
吉田「出張だからな」
鈴木「夜まで暇だろ」
吉田「? まあな」
鈴木「アタミ城行きたい」

 ということでアタミ駅からバスに揺られて10分、バス停から歩いて15分、アタミ城へやってきた男たち。近くにある秘宝館については決して口にしない男たち。ちゃんとそういう配慮ができる優し鈴木、まあ鈴木もあそこに興味はない。
鈴木「城、白いな」
吉田「ああ。どこかに足湯があるらしい」
鈴木「へえ、行く」
吉田「あと地下でアーケードゲームが無料で遊び放題」
 事前に仕入れた情報を披露する吉田。
鈴木「何事だそれ」
吉田「入城料に含まれているってことだろ」
鈴木「いや、まあ……せっかくだから行く」
吉田「なんだかアットホームというか、庶民的な雰囲気というか」
鈴木「ああね、なんかわかるかも。町内会的な匂いを感じる。もっと凄いはずなのに」
吉田「なあ、まあ嫌いじゃない」
 順路通りに場内を散策して展望台に出た。途中の階で浮世絵の展示があったが、同じ並びで春画の展示もされていて吉田が無言になっていた。春画も駄目なのか、生きにくい男。
吉田「写真撮ろう。マスターから催促されてたんだ、もっと送れって」
鈴木「おー」
 言われるがまま写真を撮られる鈴木。
鈴木「結構いい見晴らしだ」
吉田「海が違うか?」
鈴木「海……違うな」
吉田「……
鈴木「悪くない」
吉田「そうか」
 足湯は一階にあった。足湯、お土産コーナー、地下の遊技施設の順に回る。
 吉田の手にはお土産コーナーで買ったアタミ城限定の品がぶら下がっている。「マスターになんか買う」と言って鈴木が買い、何故か吉田が持っている。ちなみにお土産屋のレジ打ちのマダムにも「あら、背が高いのねえ」と話しかけられていた。
 吉田に荷物を持たせている鈴木は、まるでひと昔前のゲームセンターのような絶妙にレトロなアーケードゲームの隙間をふらふら歩いてどことなく楽しげだ。
吉田「どれかやれ、写真撮ってマスターに送る」
鈴木「俺こういうのやってこなかったから下手だと思うけど」
吉田「写真ならゲームの内容は伝わらない。お前が楽しそうだとマスターは喜ぶだろ」
鈴木「ふーん? まあなんか、じゃあこれやる」
 鈴木が選んだのは魔界を進む横スクロールゲームである。筐体に太いケーブルで繋がれた鞭の柄がコントローラーで、これを振ると敵を攻撃できる仕様らしい。
鈴木「鞭って。こんなんで魔物倒せるのかよ」
吉田「楽しそうだな」
鈴木「悪くない、あんたも次やったらいい」
 結局吉田はやらなかった。鞭を振り回した右腕をぐるぐると回しながら、鈴木は次の筐体に狙いを定める。
吉田「ゲームじゃないのか」
鈴木「アタミ城記念メダル」
 へらりと振り返る鈴木。その名の通り、アタミ城が刻印された金色のメダルだ。絵柄が三種類くらいあるが、鈴木はおそらく一番スタンダードであろうパンフレットに載っている画角のアタミ城が描かれたものを選択した。
鈴木「マスターにお土産。これ一緒に買って嵌め込んだらキーホルダーになるって。日付け入れる」
吉田「文字数入るなら『BAR MISTA』って追加しとけ」
鈴木「採用」
 アタミ城を囲む日付けとBAR MISTAの文字。
鈴木「マスター喜ぶかな」
吉田「喜ぶだろ。目に浮かぶ」
鈴木「そっか」
吉田「昼ど真ん中になる前になにか食べるぞ」
鈴木「庭園に小さいレストランがあった」
吉田「行くか」
鈴木「俺の予想、学食みたいなメニュー」
吉田「否定しきれない俺がいるな」
 鈴木の予想は少し外れた。思いの外充実したラインナップだったからだ。とはいえ昨日今日と食べてきた内容と比べると「こじんまりとした昔ながらのレストラン」感は否めない。でもアタミ城の雰囲気を思えばそこも含めてなぜか愛おしい。
 ふたり揃って、まぐろ漬け丼半そばセットとビーフカレーを頼んだ。テーブルに乗る、ぱっと見四人前の食事。鈴木はデザートにアタミソーダも頼んでいる、鮮やかな青が美しい。プラスチックのカップに「アタミ城」と書かれていたので、吉田はそれを鈴木ごと写真に収めた。
鈴木「ん」
吉田「……(デジャブだ、と思いながらアタミソーダを受け取ってひと口)」
鈴木「ん(飲んだら返せ、の手)」
吉田「……(これは飲むのか……)」
鈴木「フロートにしてアイスも乗せればよかった」
吉田「そうか(こいつやっぱりアイス結構好きなんだろうな)」
 鈴木がぼんやり残りのソーダを啜る間、吉田は自分もデザート的な何かを頼めばよかったとうっすら考えていた。
吉田「……(こいつなんで飲み物を俺に寄越してくるんだ)」

 アタミ駅まで戻ると、ヘーワ通り商店街にある喫煙可の喫茶店で珈琲を飲む。
 店オリジナルのブレンドをふたつ。吉田は生クリームがこれでもかと乗ったチョコレートパフェも食べる。ホットケーキとぎりぎりまで悩んでいたがパフェにして正解だったらしい。どことなく嬉しそうにほわほわしている、30代後半のやたら身長が高いロン毛のヘビースモーカー髭男。
 男たちは14時過ぎには宿へ戻って来ていた。部屋は既にクリーニングされており、ほとんど乱れていなかった室内は少しの誤差もなくチェックインした際の姿に戻っていた。いやしかし、浴衣の数がどうやら多い。
鈴木「これ大きいサイズだって。フロントに言うと出してもらえたらしい」
吉田「そうか。今日はこっちを使う」
 部屋食や布団の準備で出入りしていたスタッフが吉田を見て気を利かせたのだろう。通常サイズの物の横に、メモ紙付きで主に外国人観光客用と思われる大きなサイズの浴衣が用意されていた。
吉田「お前は」
鈴木「俺も試しにそっち着る」
吉田「そうか。俺は風呂に入ってくる」
鈴木「部屋風呂気に入ったのか」
吉田「ああ」
鈴木「そうか、あんたが出たら俺も入る」
吉田「わかった」
 吉田が風呂から出ると、鈴木は絶賛筋トレ中であった。厳かな雰囲気と美しい調度品に囲まれて筋トレをしている30代半ば童顔ヘビースモーカーの男。
 吉田は一旦スウェット姿になっていた。
吉田「早く行け、部屋が汗臭くなる」
鈴木「そんなにやってないって」
吉田「いいから行け、頭も洗ってこい」

鈴木「出た」
吉田「見ればわかる」
 髪も乾かしてホカホカの鈴木。
吉田「スーツに着替えろ、もう出掛けるぞ」
 スーツや小物は事前に宿に送っていた。
鈴木「スーツ……
吉田「オールバック、サングラス、ピアス、ブーツ」
鈴木「了解」
 吉田が今回の商談で最適と判断した組み合わせ。直前まで変更の可能性があるので、鈴木は革靴もちゃんと郵送の荷物に入れていた。偉い。
 慣れた手つきで身支度を整えていく男たち。ファミリーでも使える広々とした設計のはずの洗面所が、狭い。
鈴木「洗った直後に髪をセットするのは虚しいな」
吉田「そうか、男前だぞ」
鈴木「せめて顔見て言えよ」
吉田「心にもないことこそ真摯な態度で耳障りのいい言葉に乗せる」
鈴木「お、商談モードだ」
 普段は冗談を言わない吉田の商談モード、冗談も言うぞ。
 淡々と続くやり取り。鏡の前に出来上がるのは、どう見ても裏稼業の男たち。見た目だけです、善良な一般市民なので。
鈴木「なんであんたはこういう時ダブルかスリーピースなんだ」
吉田「最大限に自分の利を使えっていうのがマスターの教えだからだ」
鈴木「その結論が髪の毛下ろしてダブルのスーツ」
吉田「そして必要があれば装飾品を盛る。単純に好きでこの格好をしてるってのはある、似合うだろ。でもこの身長の男がこれで含みを込めて優しく微笑んでみろ、商談の場で。逆に怖いだろ。俺だったら嫌だ」
鈴木「俺はあんた怖くないけど」
吉田「だろうな」
 
 商談へ向かう前に本館の喫煙室で一服。この階は宴会場がメインに据えられている。タイミングが合ったのか、結婚式の二次会を思わせる服装の男が数人入ってきたので大人は大人しくその場を譲った。こんな場所で二次会ができるのだから余程の高級取りか同年代の可能性が高いか……? と吉田が気づいたのは少し後のことである。
 フロントで夕飯と帰宅時間の旨を再確認する。予約する際にマスターから宿へ話を通してあるのでここでは確認だけ。
吉田「お手数ですが、部屋に夜食を用意しておいて頂けますか」
 店に立つ時のような穏やかな表情と声色の吉田。でも今は見た目が「なんのご職業ですか??」タイムである。しかも少し後ろには細身のスーツにオールバックでサングラスを掛けた足の長い男がふらふらしている、スーツにタクティカルブーツを合わせる男はいったいなんの仕事をしているのか。
 フロント担当のスタッフたちが「ヤクザだよ、絶対ヤクザ!(笑)」とバックヤードで囁き合うのはこの少し後。

 商談は終始吉田のペースだった。
 自分たちの懐で有利に話を進める算段であった先方は吉田の手のひらで転がされ続ける結果となる。
 吉田は途中で「はっはっはっは」と酷く退屈そうなニュアンスを含んだ笑いを投げ、上等なソファーの背もたれにわざと体重を預けたりもした。また別のタイミングでは前のめりになって、「それは高くつきますよ」と優しく微笑んだりもした。
 それを鈴木は黙って見ている。どれだけ勧められても腰掛けず、吉田が座っているソファーの斜め後ろに立ち、全方位を警戒しながら商談を上から眺めている。
 途中でサッと体勢を低くして吉田にだけ聞こえるように耳打ちした。「こいつら馬鹿だからあんたの話が通じてない。俺が直接わからせようか」と。代理人はMr.Shyのネクタイを少しだけ引っ張ってより顔を近付けると、「なんの為に俺がいると思ってる。まあ見てろ」と耳打ちし返した。

鈴木「退屈だった」
吉田「俺も退屈な商談だった」
鈴木「俺はしっかり圧かけたのに、変に時間かかったから店がみんな閉まってる」
吉田「悪かったな。向こうがあそこまで馬鹿だと思わなかった」
 会食の誘いを断って、ふたりは夕飯を食べられる場所を探している。こういった系統の観光地の店は、とにかく店が閉まるのが早い。
鈴木「バーがある」
吉田「はあ……とりあえず入るか」
 BAR MISTAと似た間取りの店内。客は他に二組。男たちはカウンター席に体をねじ込む。
 鈴木はベンリアックのトワイスアップ、吉田は季節のフルーツを使ったオリジナルカクテルを注文した。他所の店のオリジナルカクテルが気になるらしい。ひと口飲んで、口の中だけで何がどれくらい入っていそうか推測していく。口に出すのは野暮だ。
吉田「自分で作らなくていいのは楽だな」
鈴木「バーテンダーが身も蓋もないこと言う」
吉田「あ、マスターに連絡しないと……『商談おわり、ました、万事滞り、なく』……
鈴木「なあ固形物食べたい」
吉田「レーズンバターサンド」
鈴木「んー、まあ場を考えればあり」
 吉田が注文。
鈴木「間違いない……もっとしっかりとした固形物はいつ食べられる」
吉田「宿に夜食を頼んでおいたが、よくも悪くも量はないだろうし、お前に言わせればバランスも悪いだろうな」
鈴木「2、3日不摂生した程度で破綻するようなヤワな鍛え方してない」
吉田「それは頼もしいな。じゃあ旅先の旅館でカップ麺」
鈴木「カップ麺なんて年単位で食べてない気がする。あり」
吉田「帰りにコンビニ寄るか」
 ふたりの酒が順調に減り、まさに最高のタイミングでバーテンダーがお代わりを聞きにくる──のを察知した鈴木は、注文する気満々の吉田に向かってひと言。
鈴木「おい、時間」
 別に気にするような時間はない、でも鈴木が意味もなくこんなこと言うはずがない。バーテンダーの視界に入っていることを意識しつつわざとらしく腕時計を確認。
吉田「ああ、そうか、そうだったな……すみませんチェックで」
 店を出る。
吉田「何が気に入らなかった」
鈴木「普通に全部よかった」
吉田「じゃあどうした」
鈴木「仕事終わりの一杯がMISTAじゃないのは、こんなに違和感があるのかと思って」
吉田「!」
鈴木「美味しかったし雰囲気もよかったけど、違かった」
吉田「……(めっちゃ笑いそうになっている、嬉しくて。にやけるのを我慢している)」
鈴木「マスターかあんたの作った酒がいい」
吉田「そうか……(我慢)」

 タクシー拾ってコンビニ寄って、爆速で風呂入って大きいサイズの浴衣着て。
鈴木「おにぎりだ」
吉田「夜食の定番だな」
 帰った時には既に夜食が用意されていた。塩の効いたおむすびがふたつとだし巻き卵、あと彩りなのかプチトマトが添えてある。それがふた皿。
鈴木「申し訳程度の野菜だ」
吉田「よかったな」
 おにぎりとだし巻き卵とプチトマトと、カップ麺とビールと昨日の残りの干し貝柱。
鈴木「なんかすごいな、こんな場所だと逆に贅沢だ」
吉田「だろ……あ」
鈴木「?」
吉田「マスターが、『ふたりで写った写真がない』って怒ってる」
鈴木「商談じゃなくてそっちについての意見なのか」
吉田「あー、もうこれでいいか」
 セルフタイマー。カップ麺を啜る鈴木と、商談が終わったので気が抜けてほわっと笑う吉田。大きいサイズの浴衣は、いい塩梅にふたりの体に合った。
吉田「ある意味最高の一枚だな」
鈴木「カップ麺てこういう味だったな……
吉田「貴族か」
鈴木「まさか」

 最終日はあっという間だ。
 吉田は出発ぎりぎりまで「部屋に大きい風呂……」と呟いて洗面所から風呂場を覗いていた。
鈴木「行くぞ。お土産見るんだろ」
吉田「部屋に大きい風呂……
 男たちはアタミ駅で一旦解散した。時間を決めて待ち合わせる。鈴木はヘーワ通り商店街に来ている。
鈴木「お、いる」
店員のマダム「あら! 一昨日のお兄さんじゃないの。お仕事? 終わったのかしら」
鈴木「そう。もう帰るから……(マスターって言いかける)店長にお土産買おうと思って」
 鈴木は人気商品を食べきりやすいセットにしたパックと、今自分が食べる用に海老マヨ棒を買った。
鈴木「写真撮りたい。多分店長が喜ぶ」
店マダム「いやだ、おばさんだけ撮らないで(笑)」
 結局海老マヨ棒を咥えてガニ股で画面内に収まろうとする鈴木とマダムを、別の店員が撮ってくれた。
鈴木「じゃあね」
店マダム「またアタミにおいで」
 その後少し商店街をうろついて、吉田との待ち合わせ場所へ。
吉田「なに買ったんだ」
 鈴木の手にある銀色の保冷バッグを見て吉田のひと言。
鈴木「初日の揚げ天のとこのやつ」
吉田「気に入ったのか。美味しかったな」
鈴木「写真撮ってきた」
吉田「お。一昨日の店員さんか。これマスター喜ぶぞ」
 吉田は干物をクール便で送ったらしい。
 男たちは駅ビルの喫煙室で、アタミ最後の煙草を楽しむ。
 新幹線は10時40分。行きと同じくグリーン車。窓側に吉田と、通路側の鈴木。
吉田「そういえば、お前にお土産がある」
鈴木「奇遇だな、俺もあんたにお土産がある」
 ふたりはそれぞれ小さな封筒型の紙袋を出してお互いに渡す。しかし直後に気づいているだろう、今し方自分が渡した袋と受け取った袋が、同じ手応えと重さをしていることを。
鈴木「これは同時に開けた方がよさそうだな」
吉田「そうだな。開けるぞ」
 せーので出した袋の中身。どこの観光地にもある、あの色付きガラスを抱いて剣に巻きつく竜のキーホルダーである。
吉田「修学旅行の定番だな」
鈴木「ありえなくて面白いと思ったんだけどな」
吉田「ありだろ、一番しょうもなくて記憶に残る」
 男たちはどちらからともなく拳を掲げて軽くぶつけ合った。出張商談の成功を祝して。
吉田「30分したら起こせ」
鈴木「俺も寝そう」
吉田「寝るな。頑張れ」
 吉田は目を閉じたかと思うと、思い出したように口を開いた。
吉田「ベンリアックのトワイスアップ」
鈴木「?」
吉田「帰ったら作ってやる。オリジナル10年だろ」
鈴木「あれはたまたま目に入っただけだから、あんたが作ればなんでもいい」
吉田「そうか。まあなんでも好きなもの作ってやる」
鈴木「おー」
吉田「マスターも店で待ってるらしい」
鈴木「おい早く寝ろよ。俺も寝るぞ」

 こうして男たちの『アタミ出張商談』は幕を閉じるのである。