燈 ともしび
2026-06-02 20:49:14
632文字
Public
 

ぎゆさね【抱擁】

大正の記憶がある現代軸のぎゆさね。

 夜は苦手だ。
 現代に鬼はもういない。明け方まで駆け回り、この腕が鬼殺の為に刀を握る事ももうない。理性では分かっていても夜中に目が覚めるとジリジリとした焦燥感が込み上げてくる。

 一匹でも多く殺せ!
 鬼は殺せ!
 抹殺しろ!
 早く。
 早く。
 早く!!

 頭の中に響く声を無視するように眼を閉じたが、焦れば焦るほど眠気は霧散してしまい眠れそうになかった。諦めて水でも飲もうと起き上がりかけたその時、
「不死川? 眠れないのか?」
 とろんとした声が聞こえたのと同時に不死川の身体はベッドへと引き戻される。思わず押し返そうと動いた腕は背後から抱き締められてしまって身動きがとれない。諦めて身体の力を抜けば、まるで大丈夫、大丈夫と言っているようにトントンと身体を慰撫される。
 しばらくすると頭上から再び冨岡の寝息が聞こえてきた。眠っていても不死川を抱きしめる腕の力は緩まず、その力強さに何故だか鼻の奥がツンとして慌てて眼を閉じる。
 過去に無くしてしまった恋人の右腕は、今はここにあって夜の闇の中で優しい輪を作る。弱くなってしまった自分は、優しい輪の中でなら呼吸が出来るのだ。
 
 そのまま大人しく温かい体温に包まっていると、先ほど消えてしまったはずの眠気が戻ってくる。

「お前は俺を甘やかしすぎなんだよォ。ばーか」
 眠ってしまった冨岡にはもう聞こえていないだろう。それでも何か言いたくなって、独りごちる。

 きっともう、今夜は夢を見ない。