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2026-06-02 18:30:51
4527文字
Public 二次創作(他)
 

白雪の夢から醒めて

⚠️ 過去捏造 ⚠️
まほやく年長者の二次創作。n番煎じでもどうしても書きたかった。まだ1年目の初心者なのでいろいろ大目に見てください。
双子に拾われたての頃の若フィガロが風邪をひいたり、悪夢をみたりする話。双子がやさしめ(当社比)。
いつまで公開しておくかはわかりません。

年長者はぴば!

 白くて重い壁に四方を囲まれて、ただひとり、なにもない空間の先を見つめようとした。
 目を凝らしても、耳を澄ませども、その雪原にはもはやなにもなかった。庇護を求めるか弱い命、守るべき生活の礎。なにもかもが呑まれて崩れ、消えたあとだった。
 冷たくて、息もできない。なにも感じなくなっていく。力いっぱいにもがいたところで、再び青空にまみえることはないと悟った。
 私の民たちは、最期にこの景色を見ていたのか——そう理解したとき、包み込む温度が鋭さを増したような気がした。

 凍りついた孤独の中で、目頭だけが熱くなっていた。
 ふっと視界が暗闇に閉じて、あとのことはわからなくなった。




 雄大な雪原に日射しが降り注いで、純白をいっそう際立たせる時間。解けることのない凍土の上に佇む屋敷の一室には、窓を通して雪に反射された涼しげな光が満ちている。
 フィガロは眩しさに瞼を押し上げた。この時間の自室がこんなにも明るくなることを、フィガロはこれまで知らずにいた。ここへ来てからの数年間、今のように昼も目前の頃まで寝台にいることがなかったからだ。普段ならとっくに支度を終えて、師よりも早く一日を始めているはずだった。
 しかし今日のフィガロはといえば、上掛けの中に潜り込んだまま、わずかすらも動けずにいた。握った白いシーツは、雪と違ってあたたかい。汗をかくほどだ。それなのに、震えが止まらない。頭がぼんやりとして、体はここよりずっと下のほうにあるような心地だった。

 フィガロがなにかを思うよりも早く、二つの気配が近くで動いた。もう慣れた気配だ、警戒はいらない。そう理解はしていても、フィガロはどんな顔をしていいかわからずに、体をこわばらせて重く生温い息を吐いた。
 ひとりで眠るには大きな寝台の両隣から、丸くて黒い頭が二つ、ひょこりと顔を見せる。蜂蜜に星の光を混ぜたような揃いの金色が、フィガロの顔をじいと覗き込んでいた。フィガロに意識があることを確かめると、二人は同時に身を乗り出して、鈴のような少年の声で笑い合った。

「ほほ、起きてこないと思えば。これはやられてしもうたのう」
「うむ。すっかり風邪っぴきさんじゃの」
「スノウ様、ホワイト様……

 にこにこと楽しげなスノウとホワイトが両隣に揃うと、フィガロは重い体に鞭打ってなんとか声に出す。自分の声とは思えないほどに嗄れていて、驚いたフィガロはほんの少し目を見開いた。
 双子の小さな手が両脇から同時に伸びて、フィガロの額に触れた。幼いままの姿で成長が止まったスノウとホワイトの手に、いつもの温もりが感じられない。その冷たさにフィガロは「うぅ」と小さく呻いた。双子のほうも触れた額の熱さに驚いた様子で、すぐさま手を引っ込める。

「あちあちじゃ。昨日の修行がまずかったかもしれぬ」
「そうじゃな。なにせ雪の塊に圧し潰されて埋もれたまま、数時間出てこんかったからの」

 双子が思い出すようにそう語れば、自然とその瞬間の記憶が蘇り、フィガロは顔を顰める。双子に拾われ屋敷へ来てから、最悪の体験は数々乗り越えてきたが、昨日のそれは本当に堪えた。

「「まあ、雪の中に沈めちゃったの、我らなんだけど~」」
…………

 きゃっきゃとはしゃぐ双子を相手にしていれば自ずと諦めもつくもので、フィガロは特に怒るでもなく、回らない頭でぼんやりと考えていた。
 このところ、双子は弟子を鍛えることに熱心だ。それがただの気まぐれなのか、なにか目的があってのことなのかは、フィガロにとって知る必要もない。しかしその弟子とは自分に他ならないのだから、フィガロも当事者としての意識は持つようにしていた。
 やり方がどうであれ、着実に成果は出ている。拒否する理由をフィガロは持ち合わせていない。そうとなれば、師匠に今伝えるべきことは一つしか思い浮かばなかった。

「申し訳、ありませ……今日の、修行は、午後から……
「えっ、その状態で今日も修行する気!?」
「いやいや、無理がありすぎじゃろ!」
「ですが——

 どこからか湧いた反発心をばねにして、フィガロは上体を無理矢理起こそうとする。それを食い止めたのは、息がぴったり合った双子の抱擁だった。熱をもったフィガロの体は、小さな二人の勢いを借りて、再びやわらかいベッドにぼすんと沈み込んだ。

「だーめ! 今日は一日寝ておれ」
「いいや、今日一日と言わず、熱が下がりきるまでは安静じゃ!」

 意識の底で繋がっているかのように、スノウとホワイトはそれぞれの口で矢継ぎ早に捲し立てる。頬を膨らませぷりぷりと怒る姿は愛くるしい子どものそれでも、実力に裏付けられた抗えなさがある。このちぐはぐさにフィガロは幾度もぞっとしたものだ。
 それでも今日のフィガロは、簡単には引き下がれない。妙な焦りがまだ若い魔法使いの心をざわつかせていた。

「そんな……
「「え! 残念がるほど修行好きだったっけ!?」」
……いえ、そのようなことは……

 揃いの高い声にうんざりしたフィガロは、言葉を紡ぐのを諦めて深い息と共に寝台へ身を預けた。被虐趣味と誤解されるくらいなら、ざわめく心を宥めて大人しくしていたほうがマシだろう——熱に浮かされていても間違いないと言いきれるほど、フィガロは己の経験を信頼していた。
 それでも暗い顔になってしまうのは避けられない。一刻も早く強くなりたいなんて、志の高いことを考えているわけではなかった。今更強くなったとして、あの日の結末を変えられるとは思わない。
 フィガロは冷静だった。ざわめきの根源は一抹の恐怖だと理解していた。北の魔法使いの師弟関係は長続きせず、その末路は悲しいものになるから、ではない。当然ながら、師匠のことが好きなわけでもない。
「あてが外れてしまった」と、そう言われるのが怖かった。

「なに、数日寝込んだ程度で遅れるほどのものはない。我らには、時間だけはたっぷりとあるからのう」
「これから先、いくらでも挽回できよう」

 うんうんと頷き合って、双子は気楽そうに言う。寝台に腰掛けて、ばつの悪そうなフィガロの顔を見下ろしながら。
 たとえ道楽であっても、親の真似事をする気はあるらしい。普段は逆のほうがしっくりくるほどだが、熱を出して弱り果てたフィガロには、ひとときのそれが暖炉の火のようにあたたかく感じられた。
 動いたのはスノウだった。フィガロのゆるやかに波打つ髪をそっと撫でて、幼子に諭すように穏やかに語りかける。

「そのような顔をするのはやめよ。治るものも治らぬぞ」
……、はい」

 ひと呼吸置いてやっと返事をしたフィガロに、双子はにこやかな笑顔を突き合わせた。それはすぐさま悪戯なものに変わって、わかりやすく曇った表情の弟子を容赦なくからかう。

「そもそも、まだそんなに期待してないし~」
「修行だって全然これからだし~」

 今度こそフィガロは閉口して、どこか恨めしそうに空を見つめた。二人は偉大な師であるが、やはり好きにはなれそうにない。今はそんなつもりはないが、いつかは喧嘩の末に本気で殺し合う羽目になるかもしれないとさえ思った。
 あやすように上掛けの上から叩く双子の手が鬱陶しかったが、撥ね除ける元気もない。フィガロが困っていると、その口元へホワイトが片手を差し出す。細く白い指先には、見慣れた色の綺麗なシュガーが摘まれていた。

「ほれ。我のシュガーを食べて、もう少し眠っておれ。その熱では食欲も湧かぬじゃろう」
……あ、りがとう、ございます」

 フィガロがぎこちなくシュガーを受け取ると、双子はそろりと離れていく。軽い二人が乗ったり降りたりしても、大きな寝台はぎしりとも言わない。少し肌寒くなったような気がして、フィガロは今一度上掛けを引き寄せた。
 抱き付いた拍子に乱れた服を正しながら、スノウは満面の笑みで言った。

「ホワイトちゃんのシュガーをもらったんだから、元気になること間違いなしじゃ! 夜はちゃんと食べようね。滋養に良いものを用意しておくからの」
……はい」

 また少し輪郭を失い始めた返事を聞いて、スノウとホワイトは微笑んだまま揃ってゆっくりとまばたきをした。今すべきことがわかったのか、あるいはただ安心したのか。ほんのりと赤みを帯びた顔の弟子は、再び眠りに落ちていく。
 部屋を出た双子が扉を閉める音は、積もった雪の中に吸い込まれて、誰の耳にも届かなかった。




 昼下がりの魔法舎。食堂には南の魔法使いたちが勢揃いして、椅子に座り込んでいるフィガロを囲んでいた。フィガロはほんのりと赤い顔をしていて、怠そうに背もたれへ身を預けている。

「もう、フィガロ先生。あんまりにも起きてこないから心配していたんですよ。起きてきたと思ったら、具合悪そうだし……
「お熱がありそうですよ。大丈夫ですか?」

 左右を囲んだミチルとルチルが、心配そうにフィガロの顔を覗き込んでいる。ミチルの後ろに立ったレノックスも、表情こそほぼ変わらないが気遣いの色が滲み出ていた。
 フィガロはへらりと笑ってみせ、自らの額に手を当てた。

「あはは、大丈夫大丈夫。昨夜は少し冷え込んだからね、軽い風邪だよ。このところ忙しかったし、体力が落ちてたかな。いやぁ参ったなあ」

 おろおろする兄弟を前に、フィガロはにこにこ笑っている。ルチルがふと思い出して、向かいに佇むレノックスを見上げた。

「昨夜って、確かレノさんとご一緒でしたよね」
「ああ。フィガロ先生、酔ってそのまま寝落ちてしまわれて……
「こら、レノ」
「ちょっと、また隠れてお酒を飲んでいたんですか?」

 レノックスの素直な報告に、ミチルがみるみる表情を変える。フィガロは困ったように眉尻を下げながら、こっそりとレノックスの脚を爪先で蹴った。しかしレノックスの鍛えられた体は微動だにしない。
 腰に手を当てて怒るミチルをちらりと見て、フィガロの口角はさらに上がっていた。

「もう。お薬、とびきり苦くしますからね!」
「あっはは、ミチルは厳しいなあ」
「笑ってないで、ちゃんと治してください!」

 和やかな空気の中、キッチンからおじやを持ったネロがやってくると、フィガロが礼と共に「うつしちゃ悪いから」と皆に告げ、その場は解散となった。あとで必ずお部屋にいきます、お薬飲んでくださいね——そうミチルが何度も言いつけると、フィガロは観念したようにまた笑った。

 昼にも遅い時間におじやを食べ終えるまで、ご機嫌なまま歌い出しそうなフィガロを、窓の先の中庭から金色の瞳四つが見つめていた。時折なにか物言いたげな微妙な顔をしながら、ひそひそと噂するように耳打ちしながら。ただ、遠くから見ているだけだった。

「あれでよいのかのう」
「よいのじゃろう、喜んでおる」
「悪い夢をみずに済んだなら、よかったね」
「ね」

 食堂から人影が消えたあと。二人の師は顔を見合わせて、小さな肩を揺らしてくすくすと笑っていた。