その日は朝から雪が降っていた。かなり本格的な降り方で、一日この様子だと積もるかもしれない。以前助けた子ども──ヴォルクは窓の外を神妙な顔で眺めている。どうかしたのかと尋ねると「ンー、そと、さみィだろーなと思って」とぽつりとこぼした。
彼との出会いを思い出す。空腹に耐えかね倒れていた瀕死の子ども。その身なりからまともな暮らしをしていないのであろうことはすぐにわかった。この幼い少年がこの異端者地区で盗みや乞食をする姿は想像に難くなかった。自分はそんな彼を放っておくことができず家に連れて帰ったのだ。今はこうして屋根のある家で暮らしているものの、この寒々しい季節を何度外で越してきたのだろう。
出会ったばかりの頃は口もきいてくれなかったが、この頃ようやく自分に心を開いてくれたように感じる。それでも相変わらず警戒心の強い彼と、これからどのように接していくかは日々考えている。
「そうだ。今日は、ボルシチでも作ろうか」
「ぼる、しち……?」
「私の故郷の料理だ」
「……ふぅん。じーさんにも故郷とかあんのか」
ボルシチという単語からどういったものか想像がつかないのだろう。ヴォルクは単語を反芻しながら首を傾げていた。
「ああ。今日のように雪がよく降る寒い場所でね。こんな日は家で温かい料理を作って食べるんだ。ボルシチはそうだな、トマト味の煮込みスープ……と言ったらわかりやすいだろうか」
「よくわかんねーけど、そのボルシチ? オレも食いたい!」
興味を示してくれた彼に頷き、キッチンへと移動する。材料はたしかこの前買い揃えたはずだ。じゃがいもににんじん、ビーツに玉ねぎ、にんにく、と野菜を取り出す。トマトは缶詰があったからそれを使おう。まな板に並べ、食べやすい大きさに切っておく。続いて鍋にバターとオリーブオイルを入れて熱し、牛肉とにんにくを炒める。にんにくの良い香りが立ってくると近くで見ていたヴォルクも鼻をくんくんさせ「おぉ……」と感嘆の声を漏らす。その視線は鍋に釘付けになった。野菜を入れて炒め、その後、塩こしょう、コンソメ、水を入れしばらく煮込む。野菜がやわらかくなるまで弱火で煮て、調味料で味をととのえればもうほとんど完成となる。この鮮やかな深紅色はビーツによるものだ。
器に二人分のボルシチを盛る。仕上げに冷蔵庫から取り出したサワークリームをのせ、パセリを散らせば出来上がりだ。湯気が立ち上るボルシチと切り分けたバゲットをテーブルに運ぶ。
「さあ、召し上がれ」
「これが、ボルシチ……!」
ヴォルクは恐る恐る、といったようにスプーンを口に運ぶ。一口目は「あちィ!」と言って反射的に口を離し、フーフーと少し冷ましてからもう一度。今度は適温だったようで、そのままごくん、とスープを飲み込む。ヴォルクは勢いよく顔を上げた。その瞳はきらきらと輝いていた。
「う、うめェ~~!」
「そうか。それならよかった」
その後もがつがつとボルシチを食べるヴォルクの手は止まらない。おかわり分まであっという間に平らげてしまった。
「腹ンなか、あったけ~」
満足げに息を吐く彼にこちらまで微笑ましくなる。
「気に入ってくれたようで何よりだ」
「オレ、これ好きだ! ボルシチ! また作ってくれよ!」
にぱっと大きく口角を上げる彼のその笑顔を、いつまでも守りたいと思った。
この異端者地区で隠れるように暮らしてきた。しかし、こんな未来ある少年と出会えたのだから、人生はまだ、捨てたものでもないのかもしれない。
窓の外では変わらず雪が降り続いている。
この厳しい寒さもいつかは終わりを迎え春が来る。
──君のこれからの人生に、幸多からんことを。
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