青い髪留め

オクトラゼロCPなし/フェン・スティア・ルドのおはなし ソリ(主♂)は登場しないけど話題上主人公
いつもつけてた髪留めが壊れたので買いかえようとしたフェンさんに、スティちゃが髪留めを譲ると言い出す。
ネタバレはほとんどありません。(強いて言えば超序盤のバレ・・・?)ルドがうぃしゅべでお店開いて交易システムが動いてれば読んで大丈夫です。ほぼ捏造です。

 青い髪留め

 
「よお、フェン。こんな時間に珍しいな」
「あ、フェンさん、おはようございます」
 商店の戸を開くと、扉につけられた呼び鈴の音と共に知った顔が二つ、フェンを迎えてくれた。
「おう、おはよう。いや、髪留めが壊れちまってさ。ルド、あるか?」
 時刻は朝九時。店は開いたばかりだった。店内には店主のルド。それから、街の大工でフェンの妹分であるスティア。二人はカウンターを挟んで向かい合って立っており、おそらくフェンが入ってくるまでは何か話をしていたんだろうなと想像がついた。
「髪留めか。種類は少ないがあるぜ。そっちの壁の棚だ」
「ありがとな。ちょっと見させてもらうぜ」
 カウンターの二人に片手をあげて挨拶をし、店内に入る。広すぎず狭すぎず、いい店だ。ルドが一人で店内の全てを見渡せる丁度いい大きさの店。それでいて、一時間は潰せそうな品数の豊富さ。この中に自分の暮らしに必要なものがありそうだと期待できる。
 そんな店の中、他の棚の誘惑を振り切って目的の棚まで真っ直ぐ横断し、フェンはすぐに髪留めの棚を見つけた。棚の上には、左側に髪を束ねるための髪紐。中央から右側に向かって、数種類の髪留めが置かれている。店主は先ほど『種類は少ない』と言ったが、そんなことはない。飾りの派手なものからシンプルなものまで、選ぶ余地は十分にあった。
 フェンはその中から、外側に飾りのないリング状のものに視線を落とした。朝いちで買い物に来たのは、長年使っていた青い髪留めが壊れてしまったからだ。
 髪留めといっても、このタイプのものは飾りに近い。補強兼飾り、というべきか。これは毛束を先に髪紐で結っておいて、その紐を隠すようにしてつける。輪っかは真ん中でやや開くようになっており、端の凹凸を噛み合わせて閉じる。すると、内側に向けて作られた短い突起が自然と髪紐に食い込む。紐だけにしておくよりもつけておいたほうが髪が解けにくいというわけだ。
 長年使っていた青い髪留めの構造もこうだった。そこまで高価なものではなかったから、数年持ちこたえただけでも十分満足いくものだった。青い部分は陶器で、塗った上から薬で艶を出してあり、色も長持ちした。何年使ったかもはっきり思い出せない。自警団として正式に認められてからだから、五年以上前か?
 まあ、つまり、あの髪留めは充分な年数働いてくれた。物はいつか壊れる。急に買い替えることになったが、不満はない。紐だけで結った三つ編みを背で揺らし、フェンは棚に顔を近づけた。
 形状が同じものはあるが、色が同じものはそこに無かった。鉄や銅だけで作った簡素なものと、木製のもの。どうしようか。銅と木の色は髪の色に馴染みすぎて面白くないか。鉄の渋い灰色はいいかもしれない。
「あの、フェンさん」
「ん? なんだ、スティア」
 鉄の髪留めを指でつまんだところで、妹分が声をかけてきた。彼女はいつの間にかすぐ隣で、フェンの手元をじっと見ていた。
「髪留めなんですけど……あたし、フェンさんが使ってたのと似たものを持ってるんです。よかったら、貰ってくれませんか? フェンさんに使ってもらえるなら、家まで取りに行って来ます」
「えっ⁉︎ でもいくら似てるからって、そりゃお前が使うためのもんだろ? わりぃって」
 顔を上げて首を傾げるスティアに、慌てて手を振り、断る。妹分は次の言葉を探して目を宙に彷徨わせた。その間に鉄の髪留めを棚から取り、早足でカウンターに向かう。ルドの前に髪留めを置くと、彼はそれを一瞥したあと、横目でスティアを示した。有能な商人はこちらのやりとりをしっかり聞いていたようだ。
「これでいいのか?」
「ああ。いくらだ?」
「ふーん……。こいつは五十リーフだぜ」
 良心的な値段だな。そう思いつつ財布を開く。棚の方からスティアが静かに戻ってきて、唇の下に指を添えた。善意を断られて寂しいとか、そういう表情には見えない。何か考える仕草だ。
 やはりまだ何か言いたげな妹分を見て、フェンは財布の口を開きかけた手を止めてしまった。カウンターと髪留めを囲んだ三人の間に、ひとときの静寂が訪れる。
「俺は」
 沈黙を破ってくれたのは、店主のルドだった。彼はカウンターに片肘をつき、手のひらをひらりと上に向ける。
「スティアがこういう髪留めつけてんのは一回も見たことないけどな」
「あ……そう、だよな」
……えへへ」
 俺は一体何年スティアの兄貴分をやってんだよ。スティアはいつもすっきりしたまとめ髪で、この手の髪留めが必要なほど髪のボリュームがない。後頭部で毛先を留めているのは、目立ちにくいバレッタだろう。
……じゃ、なんで髪留め持ってんだ?」
「実は……
 スティアの目元がふわりと和らぐ。聞いて欲しかったことだったんだろうな、とそこで気がつく。情けないが隠れた感情を読み取ったり客観的に見る冷静さでルドにはとても敵わない。助け舟に感謝しつつ、フェンは妹分の話に耳を傾けた。
「髪留めを欲しがったのは、ソリなんです」
「ソリ?」
 ソリは、今ここにはいないフェンの弟分だ。顔も髪型もすぐに思い浮かぶ。確かにソリなら髪留めをしてもいいくらいの毛束ができる。いつもてっぺんで一本に縛った明るい髪の根本に紐の結び目が見えているが……。うん、見えてるんだよな。髪留めをしてるとこは見たことがない。
「ソリも髪留めしてないよな」
「ええ……ふふ……
 スティアは何か思い出して優しく笑い、ルドとフェンの顔を交互に見た。それから、カウンターの上の鉄の髪留めをそっと取り、続きを語り始める。
「あたしたちが髪留めを買ったのは、ノモスさんのところを出てすぐでした。二人で森道を抜けて、最初に訪れたのがヴァローレで……。そこの雑貨屋さんで買ったんです」
 あたしたちが、ということは、二人で揃いの髪留めを買ったってことじゃないんだろうか。なおさらもらえねえ。フェンは唇を結び、妹分の手の中にある鉄の髪留めに視線を落とした。
「雑貨屋さんでソリが珍しく髪飾りなんか見てるから、なにかなって思っちゃったんです。そしたらそれが青い髪留めで……
「ははーん……
 カウンターに頬杖をついて話を聞いていたルドが、意味ありげに息をついて口の端を上げた。フェン自身も、青い髪留めと聞いてなにも察せないわけじゃない。でも、そんな自惚れみたいな話、すぐ飲み込めと言われても難しい。自分から肯定しにいくことができず、フェンはただただ目を瞬いていた。
「あたし『フェンさんのにそっくりだね、買ったら?』ってソリに言ったんです。でも、あたしがストレートに言っちゃったのがいけなかったのかな……ソリったら変な意地張って『どうせつけないし無駄遣いする余裕がない』みたいなこと言い出して」
「へえ。あいつにもそういうとこあんだな」
 ルドが少し目を丸くしてスティアの話に口を挟む。スティアは苦笑して頷き「あたしもその時、意外だなって思ったの」と言った。
 それには同意だ。ソリはソリ自身の考えに対してどちらかというと正直だ。正直で、いいと思ったことに対して時間や金を惜しまない。ウィッシュベールの復興を見てきた人間にとって、人の意見を……ましてスティアの提案をほぼ頭ごなしに否定するというのは驚くべきことだった。
「だからあたし『じゃ、あたしは買うね』って勝手に買い物しようとしたんです。籠にいくつも入ってて、あたしには無駄遣いにも数えられないくらいの金額だったので。そしたら『ずるいぞスティア』ってソリもお会計に持ってきて……。結局、二人で同じのを買ったんです」
「上手いな。そこでソリが買わなくてもいつか譲ろうと思ってたんだろ?」
 スティアは見事に考えを見抜いたルドに向かってこくんと頷いた。フェンはというと、もうなにも言葉が出てこなくなってしまって、財布の口を握り締めるばかりだった。
 だって、この話はそこそこ……いや、かなり、大事な話だ。胸に込み上げるものがある。その頃自分は何もかもを失って、後悔と無念に飲まれたまま暗闇の中で力ばかり求めていた。
 そんな自分のことを、この二人は……ずっと……
「それで、髪留めを買ってすぐあとにフェンさんとも再会できて! フェンさんが酒場を始めてくれた頃に『ねえ、髪留めおまじないみたいだったね』って夜寝る前にソリに言ったんです。そしたら『うん、買っといてよかった』って笑ってて……。あたしもソリも身につけてないけど、今も大事にとってあります。だから、フェンさんには青い髪留めつけててもらいたいなって」
「はー……うう……
 それならやっぱりお前らが持っててくれよ。そう言いたかった。言いたかったのだが、喉が詰まったみたいに声が出せなくなり、フェンは妙な呻き声を上げることになった。
 こんな幸福な思いしていいんだろうか。妹分も弟分も、大人になったって可愛い。かわいいかわいいっつって、兄貴分だって言い張っても否定しないでくれるだけでよかった。今はもう、尊敬すべき人間が山ほど周りにいる。ついていきたい人や見習いたい人を、こいつらは自分で選べる。それでいて俺のことをこんなに慕ってくれるっていうのか。
「うう……、お前ら……
 顔が信じられないくらい熱くなってきて、フェンは片手で額を押さえ、俯いた。泣いていいかな。妹分とダチの前で泣くなんてちょっと恥ずかしいが、さすがに不可抗力だ。
「ハンカチなら無料で貸してやるぜ? 洗って返してくれればだが」
「お前は本当に気がきくよな、大商人。買うわ」
 ルドが小さく笑い、軽やかに椅子から下りた。売り物の中から新品の一枚を取り「毎度」と言いつつ財布と引き換えにハンカチを握らせてくれる。
「え、ええと……なんか、すみません……
「いや、スティア、気にすんな。やっぱ俺がその鉄の髪留め買うからさ、お前らが青い髪留め持っててくれよ」
 ハンカチで顔をギリギリに整え、なんとか言い切った。スティアは事情を知ってしまったから髪留めを俺に譲ろうとしてくれたが、話が本当ならきっとお守りみたいに思ってたんだろう。それに、妹分と弟分が自分由来の揃いのアイテム持ってるなんて、誇らしすぎる。
「で、でも……あたしはいつかソリとフェンさんがお揃いつけてるのが見たいなって思ってて……
 フェンはハンカチを目に押し当て、天を仰いだ。そいつは可愛すぎんだろ。馬鹿野郎、俺も見てえ。
「よしよしよし、お二人さん。要望は分かったぜ」
 終わらない話し合いを続けるフェンとスティアの間に、バンバン、とカウンターを平手で叩く音が割って入る。フェンの財布からハンカチ代を抜き終わった大商人ルドが、椅子の上で足を組んでいた。
「フェン、壊れた髪留めを持ってきな。限りなく似たものを仕入れてやる。一週間でな。だが、髪留めがないと狩人さんは不便すんだろ? だから、それまで鉄の髪留めは保険。俺も金を預かるしお前はそれを使ってていい。青い髪留めが手に入ったら返却して差額精算だ」
「わあ」
「な……なんだ……天才か……?」
「俺を誰だと思ってんだよ……。なんつってな。お前らがここまで街の交易を栄えさせてくれたおかげで堂々と一週間って言い切れるんだぜ」
 ルドの提案に、スティアが目を輝かせる。こっちももうハンカチの必要がなくなった。ルドなら間違いなく手に入れてくるだろう。安心して期待できる。フェンとスティアの表情が明るくなったのを見て、ルドが鼻の下を擦った。
「そうしてもらいましょう、ねえ、フェンさん!」
「ああ。頼むぜ、ルド」
「任せな。そいじゃ、壊れた髪留めの現物を頼むぜ、兄貴分さんよ。スティアは今買い取れる資材の話だったよな。もうちょっと話してく時間あるか?」
「はい!」
 そう言って、スティアはカウンターの前に戻る。スティアから鉄の髪留めを受け取り、ルドに仮払いの金を渡し、フェンは急いで店を出た。
 朝の空気と高い日差しが最高に気持ちいい。走り出す前に、大きく息を吸い込む。そうして、壊れた髪留めが最後に教えてくれた真実のことを深呼吸と一緒に飲み込んだ。