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千代里
2026-06-01 21:28:32
6928文字
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君ふれ短編
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君ふれ・クガネ編・24話(幕間)
クガネで商いを成功させた商人は、絢爛豪華な御殿よりも先に、金をかけた庭を用意すると言われている。
風光明媚な光景を箱庭として閉じ込め、それを眺めながら進める商談は、自分の背後に相応の権力と財力があると相手に示すことになるからだ。
その例に漏れず、男の眼前には流れる水を砂地で表し、小さな池を海に見立てた庭が広がっている。
「たしかに、昔っから綺麗な庭持っとる方には気いつけなあかん、ってよう言われてますからなあ」
そうは言うものの、自分のような一介の仲介業者からたたき上げで立場を得たものは、どうにもこの手の高級志向に慣れない。その証拠に自分は庭より先に堅牢な邸を作ったものだ、とハチベエは扇子を口元に当てる。
庭の鑑賞に浸っているこの地は、彼の拠点ではない。昼過ぎに訪れたツムジ屋という大店
――
その裏手に構えてある、店の主人の家でもある屋敷だ。
金持ちや大名といった富裕層向けの品を扱う店と店主自ら豪語するだけあって、その住まいもちょっとした高級宿のようになっていた。
そんな中、ハチベエは暇を持て余して、庭の鑑賞に勤しんでいる。ツムジ屋の主人に異国の商会の商会主
――
ジジルとの渡りをつけてやること。
それがハチベエの仕事であり、仲介が終わり、本格的な商いの話が始まった以上、彼の出る幕は今の所ないのであった。
「
……
ま、これで終わりとは思てへんけど。うちも、あちらさんもな」
先日から、ハチベエは西方のウルダハという地からやってきた商会に目をつけていた。
なぜなら、彼女らが東アルデナード商会という大手の同業者がいなくなった途端、きな臭い動きを見せたからだ。
その商会は織物を主に扱っている。そして、彼女たちがここ最近の値下げ合戦に拍車をかけている。それが、幾度かの調査の末にハチベエが出した結論だった。
――
あの商会には、何か裏がある。
商売人として長らく培ってきた嗅覚に従い、探りを入れてみたところ、その商会は、かつては王室御用達を納めるほどの名高い商会であったが、現在は斜陽の有様であると判明した。
ひんがしには、溺れるものは藁をも掴むということわざがある。
ならば、少しばかり状況を引っ掻き回しても面白いかもしれない。どうせ手を動かすのは自分ではなく、異国の商人たちなのだから。
そう思い、ハチベエはかねてから収集していた、ある情報を彼女らに売りつけたのである。
こうして『ツムジ屋』というクガネの大店と異国の商人が商談の席で顔を合わせられたのは、情報という名の糸と糸をうまく結び合わせられたからこそである。
「仲介業なんて、自分は何もせえへんであっちとこっちを繋いどるだけの給料泥棒やーって言われることもようありますけど、これでも結構気ぃ使てるんやで。なあ、セゴレーヌはん」
くるりとハチベエが振り返った先、長身の女性がハチベエに声をかけたようとした姿勢で固まっていた。ここまで近くに立っていて、気配を隠そうともしていない一般人に気づけないほど、ハチベエは素人ではない。
「あ、あの
……
そう、ですね。今回は、ハチベエさんのおかげで、珍しい織物の情報を得られたと
……
師匠も、言っていました」
「ああ、あかんあかん。そんな、あっさりと自分の身内のこと話してしもたら、またジジルはんに叱られてしまうで?」
ひらひらと手を振ると、セゴレーヌは恐縮し切った様子で「申し訳ございません」と、またおどおどした口調で言う。
とはいえ、ハチベエは彼女を責めるために話を振ったわけではない。
「わざわざ声をかけにきたってことは、うちもお話に混ぜてくれるっちゅうことで、ええんかな?」
「あ、はい。師匠と、アラシ様が、ハチベエ様を呼んでくるように
……
と」
セゴレーヌが言う師匠とは、先刻ハチベエが情報を売った異国の商会の商会主
――
ジジルのことだ。
対するアラシはというと、こちらはハチベエがジジルを商会した大店『ツムジ屋』の主人である。
二人がハチベエを呼ぶようにと言ったことは、込み入った商談は一区切りついたのだろう。
そして、そこで場を解散とせずに今一度ただの仲介人を間に挟もうとしているのは、ハチベエだけが持つ情報を引き出そうという腹積りがあってこそ。
「さて、ほんならお客はんの前やし、気張って行きましょか」
扇子を着物の帯に挟み、ハチベエは重さを感じさせない足取りでセゴレーヌの後についていった。
「いやあ、遅うなってえろうすんまへん。随分ときれいなお庭があったもんですから、見とれてしもたんですわ。あれは、相当腕の立つ庭師を雇いはったんとちゃいます?」
「世辞はいいから、さっさと座るがよい」
部屋に入って早々、場を温めるための軽やかな言葉を混ぜ込む。言葉こそ冷たかったものの、庭を褒められて嬉しかったのだろう。
家主の男ーーアラシは、微かに口角を緩めてハチベエに座卓前の座椅子を勧めた。
「これはこれは、ご親切にどうも」
さっと頭を下げながら、会合の場に一歩足を踏み入れる。
入り口から座椅子に腰を下ろすまでの、ほんの数歩分の歩み。その間に、ハチベエは細い目をさらに細ませて、場の状況をざっと捉える。
客人用に用意された畳敷きの部屋には、中央に会合に使用する座卓が据えられていた。その周囲には、異国の者でも座りやすいように近年導入された座椅子が数脚並べられている。
今回の商談相手であった商会主のジジルはララフェル族であり、並のヒューラン族の子供程度の体格しかない。
そんな彼女のために、脚が他よりも高い、西方の椅子に近い形状のララフェル族専用の座椅子を用意しているところを見るに、ツムジ屋は彼女を丁重にもてなすに値する客として見做しているのだろう。
ジジルと向かい合うアラシは、壮年のアウラ族だ。黒髪には白いものが混じっているが、眼光の鋭さは歳を経た者だけが得られる凄みが混じっている。
種族特有の堂々とした体格を、一目で上質とわかる藍染の着物で覆っており、まさに大店の主人に似つかわしい風格である。
微かに室内を漂っている食事の香り
――
焼き物や漬物のそれがまだ微かに分かるということは、商談のついでに食事もしたからだろう。
(この匂い、大体うちに出てきたもんとおんなじやな。ってことは、うちもそれなりには扱われてるっちゅうことか)
別室で出された自分用の夕餉を振り返り、ハチベエは己のこの場における立場を定義づける。
情報や人脈という不確定なものを商品としている都合上、身の安全と立場にハチベエは人一倍気を遣うようにしている。
自分が侮られているのか、それとも丁重に扱われているか。相手の出方で出す商品を変えるのは、どんな商売人でも初歩の初歩として知る処世術だ。
「それで、その様子やと、ジジルはんとアラシはんのお話は円満にまとまったってところやろか」
「なかなか貴重な話をさせていただきましたよ。あたしたちウルダハの商人は、どうしたって他所に行くと身内で固まりがちだからね」
ジジルの目配せに、アラシも深く頷いてみせる。
この様子なら、双方にとって不利益とならない交渉ができたのだろう。そして、それを仲介したハチベエの評価も上がる。これだけでも、仲介役を買って出た甲斐はあったというものだ。
「そいで、うちを呼んだんは、お二人が仲ようなりはったところを見せてくれるため
……
っちゅう訳やないんやろ?」
「仲介人。お前が昨晩ここにきたとき、私に妙なことを聞いてきたな。かの紅白の絹物の伝承を、可能な限り詳しく教えてくれ、と」
やはりそれか、とハチベエは細い目の裏で薄く笑みを引く。
「あたしは、あんたからその織物の話を聞いて、更に情報があると聞いてここにきた。アラシ様との商談も有意義なものではあったけれど、あんたがただの言い伝えを聞かせるためだけに、あたしらを案内したとは思えなくてね」
「っちゅーことは、アラシはんから聞きはったん? あの、可哀想な機織り娘の昔話。自分の恋心まで織物の糧にしたっちゅう勤勉な娘の悲恋話を」
ジジルもセゴレーヌも首肯を返す。アラシも遅れて頷いたが、それで終わりではなかった。
「お前に話した後にもう少し詳しく調べてみたのだが、あれはどうやらおとぎ話ではなく、確かな事実だったようだ。絹物を献上された城の者が残した資料に、確かにその記述があった」
商人に手ひどく振られた娘が一心不乱に機を織り、世にも稀なる美しい織物を作り上げた。努力と悲恋が混ざった昔話は、単なる寓話ではなかったとアラシは言う。
「そ、それは、本当ですか? 実際にその紅白の織物が、お殿様に、献上されたと
……
?」
おずおずと尋ねるセゴレーヌに、アラシは深々と頷く。
「その上で、私はお前に聞こう、ハチベエよ。お前は、あの紅白絹の話がただの作り話ではないと、確信を持っていたのではないか」
ジジルの小さな瞳が、アラシの鋭い眼差しが、ハチベエを捉える。
こちらを品定めしようとする二人の視線を受けても、ハチベエは飄々とした態度を崩さなかった。
「確信て言うほど、確かなものじゃありません。ただ、ちょーっと気になるところがあったもんですから、もしかしたらこれは、と思うただけですわ」
煙に巻くような物言いに、二人の眉間に揃って皺がよる。とはいえ、ハチベエは情報を独り占めするつもりはなかった。
「実は、うちの商いの相手に、小さな機織りの家があるんですわ。今度、そこの娘さんに仕事頼みたい言うてはる人がおって、そこと繋ぎを作るついでにちょいとどんな家の人なんか、調べてみたんや」
機織りの家とは、その名の通りハタオリ家のことだ。
商いの相手といえば聞こえはいいが、実際は織機が壊れたのを良いことに、修繕業者の仲介手数料と修理費をぼったくっている真っ最中の相手になるのだが、ハチベエはいちいちそこまで説明するつもりはなかった。
(元を辿れば、花街の店主はんが、綺麗な娘を安くで買いたいと言ってきたことが最初やったっけか)
ハチベエは、元からハタオリ家が借金を返してくれるとは思っていない。ハタオリ家の娘を花街に売り飛ばすための理由を得るために、彼らに少々強引な手を使ってまで借金を背負わせたのである。
しかし、ハタオリ家の来歴を調べている最中に、ハチベエの直感が訴えたのだ。この家は、何かある、と。
「ハタオリっちゅう名前のその家には、代々白い髪の子がよう生まれるらしいんや。少し前までは、クガネから離れた小さい村でパッタンパッタン機を織っては、呑気に暮らしとったらしい」
「それだけなら、ただ髪の毛の色が似てるだけのように聞こえるが」
アラシは言外に「まだ何かあるだろう」と問うている。ハチベエも笑みを釣り上げ、「話はここからや」と続けた。
「ハタオリ家のご先祖様は、最初からその村にいたんとちゃう。どっかからふらっと現れた娘が、小さな空き家に住み着いたんが最初やっちゅう話や」
どこから来たかもわからない、出自不明の白い髪のアウラ族の娘。彼女が持っていたのは最低限の身の回りの品々だけだった。
その中に、まるでこれだけは離してなるものかとばかりに、握りしめていたのは。
「
――
ごっつい裁縫鋏をな。握っとったそうやわ。村長さんが昔から爺さんから聞いてた言うて、詳しく話してくれたんや」
そこで、一度言葉を区切る。自分の発言がその場にいる全員に染み渡っているかを、確認するかのように。
「ただの偶然と片付けるには、符合が多すぎる
……
か」
「アラシはんの言うとおりや。一つ一つは偶然でも、ぎょうさん集まれば、それは必然っちゅうことやな」
ハチベエがわざわざ一同をここに集めた理由はここにあったのだ、と察したのだろう。
ジジルもセゴレーヌと顔を見合わせ、口元に指先を当てて思案の姿勢を見せる。
「恋に破れた哀れな娘が、嫌な思い出を捨てて彷徨った末に辿り着いた村で、一から人生をやり直したってところかね。そして、その子孫が今あんたの客として相手している家の連中だ、と」
「そ、それなら
……
その家に、もしかしたら、紅白絹の作成方法が、伝わっているのかもしれませんね!」
「待たれよ、異国の方々。もしそのような上質な絹が出回っているなら、とっくの昔に私の耳に届いているはずだ。しかし、私の角にはそのような噂は響いてきていないぞ」
嬉しそうに声を弾ませるセゴレーヌに、アラシが待ったをかける。
「つまり、そのハタオリという家からは、もう作成方法は失われたってことかい」
ジジルから針のような尖った視線を向けられ、ハチベエは「まあまあ」とそれぞれを宥めるように手を広げる。
「話は最後まで聞くもんやで。まあ、焦らしたうちも悪いんやけど」
ごほん、とひとつ咳払い。ここが今夜一番の大舞台だと、ハチベエは口の端を釣り上げる。
「恋に破れた哀れなご先祖様のことが、うちも気になってな。その紅白絹を献上されたっちゅう殿様の周りで何があったかを、もっと詳しく調べてみたんや。そしたらな、どうもアラシはんが教えてくれた話とは、ちょっと違うことが起きてたみたいやで」
ハチベエはそこで一度声を潜め、アラシが語ったお伽話と、自身の調査で得たことの差異を語る。
外の人間には聞かれないように極力殺した声を、しかしその場にいた三人は一言一句聞き取っていた。
「
……
ってな話なわけやけど。こういうことなら、今のハタオリ家が絹の作成が『できない』のも、納得ちゃう?」
ハチベエの問いに一同が答えるまで、暫くの時を要した。それぞれが、齎された新たな事実を前に思考を余儀なくされたからだ。
最初にこの静寂を打ち破ったのは、アラシだった。
「
……
だろうな。表沙汰になれば、それは醜聞として扱われよう」
「だけど、そうまでしても懐に入れておきたくなるほど、織物の出来がよかったんだろうね。さもなきゃ、普通の人間は手放すだろう」
ジジルは小さな眉を寄せ、口元を釣り上げる。
「そんな『血濡れた織物』なんざ、ね。持っているだけで、呪われそうなものさ」
だが、ジジルは自分はこの話から手を引くとは言い出さなかった。
古今東西、美しいものには後ろ暗い伝承がつきものだ。それでもなお求められるということは、それだけ人を惹きつける美しさを持つということ。その唯一無二の美しさは、王室御用達に再び返り咲くためにジジルが求める美でもある。
「そ、そうなりますと、再び織物を作るには
……
ハチベエさんが、お話していましたことと
……
同じことをすれば、よいのでしょう、か?」
「そうなるやろなあ。もし、その言い伝えでも使われた道具が、まだ現代に残っているならっちゅう話やけど」
「言い伝えで使われていた道具
……
あっ」
それは何か、は既に他の三人にはわかっていた。遅れて気がついたセゴレーヌも、声をあげ、閃いた嬉しさをぱちんと合わせた手に表す。
「つまり、鋏
……
ですね!」
絹を献上する際、娘は「自分の恋心を鋏で断ち切った」と話したという。そしてハチベエが語った『裏話』にも、鋏は重要な役割を果たしている。
「そ、その、ハタオリという人の家に、ご先祖さまの鋏が、あればーー」
目を細め、頬を紅潮させてセゴレーヌは続ける。
「あとは、××××してもらうだけですね!」
朗らかに彼女が語った言葉が、シンと静まり返った室内に場違いに華やかに響く。
アラシは沈黙を維持し、ジジルは小さく息を吐き、それに続いてようやくハチベエが声をあげる。
「あー
……
セゴレーヌはん。あんま、大きな声でそないなことは言わんようにね。こわーいお師匠はんに、糸と針でお口を縫われてまうで」
「誰が糸と針で縫うなんてことするかい。だけどセゴレーヌ、こればかりは本当に他人にべらべら喋るんじゃないよ」
まるで好奇心旺盛な子供のように、セゴレーヌはついうっかりぺらぺらと自身が知ることを話す癖がある。
もっとも、彼女が零した情報により事態が動くこともあるので、すべてのうっかりを咎めることもできないのがジジルの頭痛の種だった。
「鋏がほんまにあるかは、うちが調べてみるわ。ハタオリはんところは、うちの客なわけやし」
「そうしてもらおうか。もし実在するというのなら、そのときは私も、一枚噛ませてもらおう」
アラシもまた、瞳に光を走らせてハチベエへと頷く。
彼なら、この清濁入り混じった話を知った上で、こちら側に回るだろうと確信していた。だから、ハチベエは彼を交渉相手に選んだのだ。
大店を経営しながらも、さらなる拡大をも志す野心家のアラシなら、必ずこの話に食いつくだろうと。
「ああ
……
一体、鋏は次はどの方を選ぶのでしょうね」
手がかりが見つかったのがよほど嬉しいのか。セゴレーヌは頬に手を当て、さながら恋する乙女のように目を細めて言う。
「かつて、恋人の命すらも断ち切ったという、その鋏は
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