燈 ともしび
2026-06-01 19:29:14
2192文字
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ぎゆさね【コーヒーが落ちたあとに】

医者パロ 外科医🌊×麻酔科医🍃
多分色々おかしいところがあります。

「緊急だ不死川」
……あのなァ、わざわざ医師自ら直接呼びにくんなァ」

 仮眠室は狭いし色んな人間が使うので落ち着かないし、まさしく仮眠室でしかない。寝るなら自分の家のベッドで寝たい。それでも疲れた身体は布団を感じた瞬間、睡眠へと落ちていく。
 ただ、このまま眠れることはあまりない。当直用のPHSは持っている人間の眠った時間なんて関係なく鳴る。鳴り始めのピ、というワンコールで目が覚めてすぐに駆け出せるのはもはや職業病だろう。
 だが、まさか外科医自ら仮眠室までコールしにくるとは思わなくていつも通りには動けなかった。

「で、テメエは今日は日勤だっただろうが。帰ってなかったのかよ」
「帰ろうと思って着替えようとしたら救急から呼び出しがきたんだ。食道破裂で心臓弁術後、腎機能低下が見られる80代男性だ」
……受けたんか、それ」
「受けた。今夜は不死川が当直でいるのが分かっていたからな」
「事後承諾やめろっての」
「優秀な麻酔科医がいるなら大丈夫だと思った」
「おだてても何も出ねぇぞ。看護師も揃ってんのか?」
「大丈夫。残って貰えてる」
「そーかよ」

 やいのやいのと言い合いながらも二人揃って救急外来へと急ぎ駆け出す。これから運ばれてくる患者は事前情報だけでもかなり状態が悪い。あちこちに断られてからのうちへの要請だというのも頷ける。なんせうちは断らない、がモットーなので受け入れてくれるのはうちくらいしか無かっただろう。
 受け入れを冨岡に任せ、手術室の準備に取り掛かる。ありがたい事に腕の良いオペ看護師が残ってくれていた。冨岡と俺とこの看護師メンバーならやれる。大丈夫。
「先生、患者さん到着したそうです!」
「あいよォ。さて、ここからだ。頼むなァ。やるぞ!」
「はい!」
 疲れたとか眠いとか言っていられない。救える命があるのなら救うだけだ。気合いを入れて患者を待つ。大丈夫だ。絶対に俺たちが助ける。


 朝焼けが窓の向こうに見えるころ、なんとか手術を終えた。
 この患者は運が良かった。それだけだ。どんなに救いたくても救えない命もある。けれどいま目の前の命ひとつを守れた。それが何よりも嬉しい。まだ予断は許さないが、それでも危機的状況からは抜け出せたはず。
 説明室で患者家族に冨岡が説明するのを横目に、記録を電子カルテに打ち込んでいく。まともに仮眠出来ていなかったので今更ながら緊張が解けて眠気が襲いかかってくるが、あと一踏ん張り頑張らねばならない。
「冨岡先生も、不死川先生も。先生達が居てくれて良かったです」
「それはこっちの台詞だァ。ありがとなァ。お疲れさん。しっかり休めよ」
「はーい」
 後片付けをしながらも看護師たちは口もよく動かす。若いが頼もしい。断らない病院ゆえに大変なことも多いが人材に恵まれている。ありがたい。
 が、ダメだ。眠い。
 あまりの眠気に控室のコーヒーメーカーのスイッチを入れる。病院の備品のようだが実はこれは冨岡の私物だった。あいつは外科医のくせに勝手に麻酔科医控室にこれを持ち込んだのだ。
「これを置いておいたら不死川が淹れてくれたコーヒーが飲めるんだろう。最高だ」
 俺以外にも麻酔科医はいるのだからこれが冨岡の私物だなんて気付かずに使っている者も多い。医者なんてこだわりの多い奴らばかりだから各々好き勝手に豆を持ち込んでいるくらいだし。
……でも、こうやって一緒に手術に入った日は冨岡の好きな豆で淹れてやるのだから俺は偉い。濃いめで、砂糖なし。時々ミルク入りで。麻酔科医以外でマグカップを置いているのも冨岡だけだ。青の。俺が使ってる緑のやつのと色違い。
「冨岡先生は不死川先生のことが好き過ぎるね」
 このマグカップの存在に気付いた同僚からそう揶揄われたが何も言えなかった。実際、俺の真似して冨岡はこのマグカップを買ったのだし。ストーカーかよ。

「不死川が好きだ」
 いまだに押せ押せでくるのも変わらない。
 冨岡と俺は単に同期だっただけ。それなのに、冨岡は研修医時代から俺のことが好きだと言って憚らない。友達としての好きじゃない、恋愛感情の好きだとも。
 物好きな奴。
 見た目も良くて性格も腕も良い外科医なんてドラマでしか居ないと思っていたが、いるのだ。そして望めばどんな美女でも選べるだろうに、冨岡は俺なんかが良いのだと言う。
 本当に物好きな奴だ。
 何度好きだと言われてもノーとしか言わないのに、それでも俺が良いだなんて。

「そろそろ絆されてやるかなァ」
 俺だって鬼ではない。そこまで思われたら落ちる。
 それくらい、冨岡という奴は魅力的な人間だから。そんな奴に真っ直ぐ愛情を注がれて落ちない奴なんている訳ない。俺も含めて。
 コーヒーの落ちる良い匂いがする。そろそろ冨岡も戻ってくるだろう。俺はお疲れェと言ってコーヒーを渡してやらないといけないのだ。あと、告白の返事もしないと。

 でも、あとちょっと。ちょっとだけ、冨岡の奴を片思いだと誤解させといてやろう。すぐに落ちる簡単な奴だと思われるのは癪だし、なによりここはまだ職場だ。両思いだと分かったらすぐ手を出してきそうだから牽制してやるのだ。
 だって、俺も抗える自信なんてない。
 だから、あと少し。
 コーヒーが落ちるまで、あと少し。