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燈 ともしび
2026-06-01 19:22:44
1795文字
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ぎゆさね【ささくれる】
キ学軸。喧嘩と仲直り
「はァ
……
」
家に帰りたいが帰りたくない。
別に冨岡と喧嘩した訳じゃない。でも今日は忙しさからの疲れと小さな苛立ちの積み重ねの日だったから、心がささくれ立っている気がする。
気が短く激昂しやすいのは自分でも分かってる。だからこの気持ちのまま家に帰っても冨岡に八つ当たりしてしまいそうで嫌だった。
冨岡と付き合うことになった時に決めたのだ。ちゃんと大切に関わっていこうと。いきたいと。今だけの関係にしたくないから、大切にしたい。こんなくだらない理由で傷付け合いたくない。
「はァ」
自宅最寄駅まで帰ってきたが、どうしても足が駅から離れていかない。
ため息をつくと不幸が溜まるんだったか。昔誰かに教わったのに今日はため息を止められない。心はささくれ立ってるわ、不幸は溜まるわで最悪じゃねぇかよ。
さて、どうしようか。多少の店はあるがそこまで広い駅でもない。ずっと立っていたら不審人物に見えやすい容姿も自覚してる。それにここにいても寒さに身体が冷えていくだけだ。今の時期に風邪はひきたくない。かと言って食欲はあんまり無いし、酒を飲みたい気分でもない。
とりあえず、歩き出す。自宅方面。でも近道ではなく遠回りの道を選ぶ。そうしたら冨岡は部活の指導で朝が早いし、俺が帰る前に寝ててくんねぇかなァとか願ってみたり。情け無いが、寝顔になら八つ当たりせずに優しく出来そうな気がするし。
途中でブランコと小さな砂場だけの公園を通りかかる。当たり前だが誰もいない。それにほっとして寄り道した。
ブランコに乗ったら壊れそうなギィーっとした軋み音がするので慌てて降りる。このブランコは成人男性を乗せるには適していないらしい。少しだけ可笑しくなって口元が緩む。実家にいた頃はよくチビ達を乗せて漕いでやったのを思い出した。
『兄ちゃん、もっと高くして!』
なんて言われて張り切ったら怖くなって泣かれたりもしたなァ。
砂場も中の砂を全部使う勢いで城を作ったりしたっけ。城なのに大きなトンネルを作るって言ってたのは玄弥だったか。結局、穴が崩壊して大泣きしてたっけ。
「ふ」
やっとそこでため息以外の息が口から吐き出された。不幸の貯金は止められたらしい。ささくれた心までは癒されてはいないけれど、それでも充分だった。
公園を出ると、あまり品数のない自販機が目に留まる。その中におしるこの文字を見つけて小銭を投入した。
が、出てきたのは温かくなく冷たいしるこ缶。安い自販機だからか保温されてはいないようだった。また凹んだけれどこれは完全に自分のミスだから仕方ない。手に持っていてもカイロ代わりにはならなくてコートのポケットに放り込む。家に帰ったらマグカップに移して温めて飲むか。それでどうだ。
ゆっくりゆっくり自宅に向かって歩いて。コートのポケットに冷たいしるこ缶が入っているのだと思ったらなんだか笑えてきた。
バカだなぁ、おい。
完璧じゃない、でもなんとか最後まで仕事を終わらせたのだから頑張っただろう。自分で自分のことをたまには褒めてやろう。
一歩、また一歩。歩くたびにささくれ立っていた心の皮がぴりぴりと剥けて剥がれ落ちていく。
今なら、起きてる冨岡にも優しく出来るかもなァ。そう思えば早く冨岡の顔が見たくなった。
駆け足で自宅まで。エレベーターを待つのももどかしく、階段を駆け上がって。ドアを開けたらまだ玄関の灯りは点いていた。
「おかえり」
眠そうな、でも起きていた冨岡がこちらに向かって笑う。
行儀が悪いが手は使わずに足だけで革靴を脱ぎ捨てて、コートも脱がずにそのまま冨岡に抱きついた。きっと身体もコートも冷え切っているから抱きつかれて冷たいだろうが許せ。
「ただいまァ」
ここに帰ってくるまで色々あったんだ。でもなんかもういいかって。
なんか冨岡に抱きついたらめちゃくちゃ幸せになったから、もういい。
冨岡はよく分かっていないだろうに、ただ黙って笑って俺の背中に腕を回してぎゅっと抱きしめてくれた。それが嬉しい。
「冨岡ァ」
「うん?」
「これやるゥ」
コートのポケットから冷たいしるこ缶を取り出して冨岡の頬に押し付ける。かなり冷え冷えだったであろうそれはやっぱりとても冷たかったらしく、冨岡の顔がわかりやすく歪んだから俺は大笑いした。
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