匣舟
2026-06-01 19:09:48
3552文字
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腹の膨れる愛のお話

同棲土井乱で珍しく乱より先に起きた土が朝ごはんを作る話

 チチチ、と窓の外で鳥が朝ですよー。と告げんばかりの鳴き声を聞いた半助は、微睡みから目を覚ました。むくり。と起き上がって目を擦ると、なんだか隣からいつもは感じることのないぬくもりがあるなあ。とまだ思考回路が整っていない寝ぐせでぼさぼさの頭を掻きながら、そのぬくもりの居所を見つめた途端、寝ぼけていた半助の脳内は急にクリアになり、思わず破顔してしまった。
うっ。」
 半助の視線の先にいるのはいつもなら自分より先に起きて、朝ご飯を作って自分のことを毎回しょうがないなあ。と呆れ顔をしながらも起こしてくれる半助のかわいい恋人である乱太郎だった。しかし今日は珍しいことにその可愛らしい恋人は、まだ寝息を静かにたててすやすやと眠っていた。乱太郎がこうして半助より先に起きていないのは本当に珍しいのだ。
 こんな風景を拝めるのはほんとうに稀である。そう思った半助はこんな機会滅多に無いのだから今だけでも堪能しておこうと心の中で決めた半助は、そっと起こさないように注意しながら乱太郎のまろい頬に手を伸ばした。
 もちもちと触り心地の良い頬をそっと撫でていると、んん。という小さな呻き声が聞こえて思わずビクッと肩を揺らしてしまったが、どうやら乱太郎はまだ夢の中にいるようだった。
 その事に安堵のため息を吐くと、半助はそのまま乱太郎の髪を優しく撫で続けた。乱太郎の髪はいつ撫でてもずっと触っていたくなるような柔らかい感触だ。それを堪能するように撫でていると、またすぴー、すぴー。と可愛らしい寝息が聞こえてくるものだから半助は嬉しくてつい口角があがってしまう。
 きっと今、自分は他人には見せられないような緩んだ表情をしているだろうが、まあ今はこの場に自分と乱太郎しかいないので問題はない。半助はそう結論づけると、乱太郎を起こさないようにしながら愛しげに彼を見つめ続ける。
 乱太郎が起きてしまえば、不機嫌な顔をしながらねぇ、痛いんですけど。と言われるのが目に見えているので。半助は乱太郎が起きるまでの間、この可愛らしい恋人の姿を目に焼き付けることに集中することにした。
……。」
 昨日は自分の欲のために我慢できなくて無理をさせてしまったから、今、乱太郎がこうして珍しく寝ているのも自分の責任なのだ。
 だけど、昨日のは乱太郎も悪いと思う。だってこんなにかわいい恋人に、もっとなんて煽って来られたら誰だって理性が飛ぶというものではないか。
はぁ。」
 半助は、昨日の乱太郎の可愛らしさや彼のあのあざとい仕草、そして自分の手で乱れに乱れている恋人のことを思い出して、一人勝手に悶え苦しんでいた。まったくこの子は一体どこまで私の事を虜にすれば気が済むのやら。そんな風に乱太郎に対して不満に思うが、それはそれとして乱太郎がかわいくてたまらないという気持ちも強いので結局のところ半助は乱太郎にベタ惚れなのである。
(ずっと寝顔を見ていたいが。そうもいかないなあ。)
 ふと時計に目を向けた半助は、時刻を確認するとゆっくりと布団から体を起こし始めた。こんなにも愛おしい恋人の寝顔を見ていたいけれど、それよりもお腹がすいた気持ちが全面に出てしまう。今にもお腹がぎゅるる。と音を立てそうだ。
 いつもは乱太郎が半助より先に起きているから乱太郎がご飯を作ってくれているのだが、昨日は自分のせいで無理をさせたからせめて乱太郎が起きるまで寝かせてあげようと決めた。
 今日ぐらい朝食は自分が作ろうと半助は思い、音を立てないようにそっと立ち上がって乱太郎の額にキスを落とし、台所へ向かった。
うーん、何があったっけか。」
 冷蔵庫の中に何があったかな。と考えつつ冷蔵庫を開けると中に入っていた食材を見て、何を作ろうか考える。半助は料理自体はできないことはないが、あまり上手いとは言えない腕前ではある。
 一人暮らしの時はコンビニで弁当や冷凍食品、ジャンクフードを買うことが多かったし、自炊をしていたこともあったが、乱太郎のように手の込んだ料理は作れない。作れたとしても精々簡単なものだけだ。
 だが乱太郎が起きていない今、朝ご飯を作ることができるのは自分しかいないので何とか自分を奮い立たせてまず時間がかかるご飯を炊くことに決めた。とりあえず、白米を用意しておかずは何か適当に作ればいいだろう。幸い卵はあるし卵焼きと、味噌汁くらいなら自分でも作れるはずだと考えた半助は早速調理に取り掛かることにした。
 まずは米を洗い、炊飯器に入れると水を入れてスタートボタンを押した。次に卵焼きを作るためにボールを取り出し、溶き卵を作る。ある程度混ぜ合わせたら油を引いたフライパンを火にかけて、温まったところで卵液を流し入れて箸で巻き始めた。しかし、ここで一つ問題が発生した。
……ぐっ!」
 なんと巻き始めのところで、卵が破けてしまったのだ。これでは綺麗に形が整わない。しかし、もう後の祭りである。どうしようか。と悩んでいるうちに、どんどん卵は固くなっていく一方だったため、慌てて形を整えることに専念することにした。なんとか形はできたものの、所々崩れてしまっており、なんだかブランクを感じてしまった。
 昔はもう少し綺麗に作れていたのになあ。と若干落ち込みつつも、食べられなくもないからと自分自身に言い聞かせて皿に盛り付けた後、今度は味噌汁を作ろうとしたときに後ろからぬくもりを感じた。
 驚いて振り返ろうとするとぎゅっと腰に抱き着かれてしまい動くことができなくなってしまう。半助は一体誰だろうと考えるまでもない。こんなことするのは一人しかいないのだから。半助はふう。と息をつくと腰に抱き着いている人物に向かって声をかけることにした。
「おはよ、乱太郎。」
……ぅ、おはようございます。」
「まだ寝ててもよかったのに。」
「んー……。」
 未だに半分夢の中にいるらしい乱太郎は、普段からは想像できない程舌足らずな話し方をしており、それがまた可愛くて仕方がないと思った半助はくすっと笑いを零しながら乱太郎の頭を撫でてやると更に強く抱きついてきた。どうやら甘えたモード全開のようだ。
 普段なら絶対にありえない姿に少しばかり動揺しつつも、可愛いと思ってしまう半助であった。このまま寝ぼけ眼のまま乱太郎に構っていたい所だが、今現在料理中であることを思い出した半助は、名残惜しく思いながら乱太郎の腕をそっと引き剥がした。
「ほら、乱太郎。危ないからそっちで待ってて?」
?」
乱太郎、あっち行こっか。」
「んー。」
 半助が諭すように言うと、まだ半分夢の中なのかぽやぽやしながらもコクリと小さく首を縦に振った乱太郎に苦笑いしつつ、手を引きながらソファに座らせてやり、今度こそ半助は味噌汁を作る準備に取り掛かった。具材に豆腐とわかめを入れた味噌汁を味見してみると、美味しかった。卵焼きは駄目だったけど、まだまだ味噌汁はいけるな。と得意げになっていると後ろから視線を感じた。
 乱太郎がまたこっちに来たのか?と振り返ってみると、ソファに座っている乱太郎がこちらをじっと見つめていたのである。どうしたんだろうと思い声をかけようとした瞬間、乱太郎はゆっくりとした動作で立ち上がり、再び半助の元へやってきたのだ。そしてそのまま無言で半助の背中にピッタリとくっついて来たのである。突然の出来事に戸惑う半助だったが、乱太郎は何も言わずただひたすら抱きついて離れない。
「ら、乱太郎?どうしたの?」
「んー……。」
 乱太郎は答える代わりに頭をぐりぐり押し付けてきたので、仕方なくそのままにしておくことにした。だけど、朝ご飯の配膳をするには申し訳ないが邪魔なので、乱太郎~。と呼びかけてみたが、離してくれないので困ってしまう半助だったが、こんな風に甘えてくる乱太郎なんて非常にレアなので、ちょっと得をした気分になった。
 珍しく甘えてくる乱太郎を横目に内心喜んでいると、乱太郎は不満そうな顔をしながら、べつに、たまにはこうして甘えてもいいじゃないですか。と言った。どうやら自分が珍しく甘えたことで半助が喜んでいることに拗ねているようだ。こういう所が実に乱太郎らしいと思いながら、半助は笑いを堪えて謝罪の意味も込めて乱太郎の頭を撫でてやった。
 乱太郎は暫くムスッとしていたが、半助がずっと自分の頭を撫で続けているうちに満足したらしく、やがてふにゃりと表情を緩ませた。それから暫く二人の間に沈黙が流れた後、おなかすきましたあ。と乱太郎に言われて現実に戻ってきた半助は、すぐ準備するね。と言って急いで朝食の準備に取り掛かるのだった。