みる
2026-06-01 17:30:12
3015文字
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【脹虎】酔っぱらいの戯言

ふんわり原作軸。修行期の話。
酔っぱらってる脹相を迎えに行った悠仁の話。

※酔っているため、前半の脹相のセリフがひらがなです

「ゆうじは、やさしいんだ」
 ぽわぽわと、日頃では考えられない口調で話すこいつは、自称俺の兄貴である。
 少し前まで訓練場で赤血操術についてしどろもどろになりながら説明していた奴と同一人物だなんて思えない。人とは違う白い肌色をうっすらと赤く染めて、俺への気持ちを吐露している。

 今夜は大人組が息抜きと称して飲み会をしていて、訓練後に脹相が五条先生に無理やり連れて行かれたのを見送った。断ったと言っていた脹相に、まるで今生の別れのように名前を叫ばれたものの、そういう付き合いも必要だろうと思ったので行ってらっさいと送り出したのだ。
 数時間後、先生から『ちょっとおいで』なんてメッセージを受け取って、美味いもんでも食わせてもらえるのかと思ったのに、蓋を開ければ酔っぱらった脹相を連れていけというミッションだった。
 あーもう! 大人同士の飲み会楽しそうとか先生に言ったからだ! 先生が詳細を告げずに呼び出した時点で気付くべきだったと、今更ながら悔いていいる。
「んじゃあよろしく! 弟クン!」
 他の大人組はそれぞれで飲みながらゆったりとしている。脹相の隣にいたらしい日車が疲れた顔で、来てくれて助かったと心の底から安堵したような声で言ってきた。どれだけ迷惑かけたんだコイツと思い、とりあえずその場で平謝りした。
「ほら脹相。帰んぞ」
「ゆうじといっしょか?」
「うん。いっしょ」
「ならかえる。せわになったな、ひぐるま」
 ひらりと手を挙げて応えてくれた日車だが、顔に浮かんだ疲弊の色はそのままだった。後日菓子折りとか持ってくレベルなんじゃないのかこれ。

 脹相の腕を肩に担いで、飲み会をしていた詰所から自室へと向かう。渡り廊下を通ればひんやりとした風が頬を撫で、冬になりかけた寂しげな匂いを運んできた。もうすぐ命をかけた決戦だというのに、酔っぱらった自称兄を引きずって俺は何をしてるんだかとため息をつく。
「ゆうじは、いいこなんだ」
 こいつまだ言ってやがる……。その悠仁くんがオマエを運んでるんですけど?
 酔っぱらっているせいで、今自分と一緒にいるのが俺だと思っていないようだ。脹相は舌ったらずな口調のまま、つらつらと言葉を述べていく。
「ともだちのことを、いつもしんぱいしている。すむところをなくしたひとに、よりそってあげている」
 歩いていた足が、だんだんとゆっくりになっていく。
 俺よりでかい脹相だが、重さはほとんど感じない。俺だって鍛えているからだ。トレーニングと思えばなんてことはない。
 鍛えているのは、宿儺を倒すためで。宿儺を倒すのは、伏黒を取り戻すためとこの世界の平穏のためで。
「それをすべて、じぶんのせいだと、いっているんだ」
 だって、それは俺が、軽い気持ちで、あの時、あの指を喰ってしまった、せいだ。
 あの時、俺が、死ななかった、せいだ。
 俺が、全部。ぜんぶ。
 なのに。
「そんなこと、ない。ゆうじのせいじゃない。ゆうじはわるくない。あいつのせいだ。おやとみとめたくもない、あいつのせいだ」
 ずっとずっと、脹相は俺に、悪くないって言っている。俺が今、隣にいることすらわかってないのに。そんなことを、言ってくれる。
「ゆうじはつよいから、おにいちゃんはひつようないかも、しれないが」
 そんなこと、ない。一番つらいときに、傍にいてくれた。
 一人になりたくてみんなを振り切ったのに、それでもついてきてくれた。
 あの時もし、あのままひとりだったら、俺はきっと、だいぶ前に死んでいる。
 それで死んでしまっていたら、それはきっと、正しい死ではないと思う。
「おれが、そばにいたいんだ。おとうとの、ゆうじの、そばに」
 俺、今はさ、同じだよ。オマエと、おんなじ。自分の意志で、オマエの、脹相の、そばにいたいって思ってるんだ。
 いい弟じゃないと思う。恥ずかしくてそっけない態度になっちゃってると思う。だって兄弟なんていなかったし、兄への接し方なんて知らんから。
 それでもさ、オマエならきっと、そんな弟でも受け入れてくれるじゃん。
 甘えてるってわかってる。それでも。
 俺の意志で、俺はオマエの、弟でいたいって思ってんだよ。
……俺もだよ。ばーか」
 ようやくたどり着いた部屋の扉を開けて、敷きっぱなしの布団に脹相を投げる。うぐっとうめき声がした。いつもつけてる襟巻みたいなやつを顔に投げつけてみるけれど、もうすでに寝息が聞こえてくる。
 寝る前にいつも歯磨きしろって言うくせに。ずるい兄ちゃんだよな。
「ゆうじ」
 むにゃむにゃとはっきりしない声もあるのに、自分の名前だけはしっかり聞こえてくる。
 酔っぱらいの戯言だ。そんなので、嬉しくなって、どうすんだ。じんわりと熱くなってきた目を擦ったら、少し痛かった。
 寝言のようにつぶやかれた自分の名前が、こんなに嬉しいなんて、思わなかった。
「おにいちゃんが、ついてるぞ」
 部屋の扉を閉めて、その場にうずくまる。

 ずるい。ずるすぎる。これで何も覚えてないんだろ、コイツ。俺のことこんなにしといてさ。
 明日の朝は絶対困らせてやろうと心に決めて、隣の自室に入った。

 その日の夜は、久しぶりに夢を見なかった。



「ゆ、悠仁……俺は昨日、どんな間違いをしてしまったんだ……?」
 昨日のこと覚えてないん? と言った俺に、汗でびしゃびしゃな顔の脹相が問うた。脳内で笑いながら、めいっぱいしょんぼりとした声を出す。
「俺……ハジメテだったのにさ……脹相、無理やり……! もう、嫁にいけねえよ……!」
 さすがに盛りすぎかと思ったが、効果は絶大だろう。これに懲りて酒に飲まれないでいてくれると助かるんだが。
 その言葉を聞いた脹相は数十秒石のごとく固まってから、血走った目で俺の手をすごい力で握ってきた。
「え、なに。こわ」
「責任はとる」
……はい?」
「俺と結婚すれば問題ないだろう。結婚してくれ悠仁」
………………はいぃ?????」
 やべー。やらかした。これ、たぶん、セリフのチョイス、ミスったな。
 本気だこいつ。嫁とか言ったのがよくなかったんだろうな、たぶん。知らんけど
「まあ嫁に出すことなどない予定だったから丁度いいな。兄弟みんなの前で報告をしよう。大丈夫だ。今となんら変わらない」
「いや変わるだろ。どんな神経してんだよ」
 兄だと豪語しているくせに、夫婦? も兼任しようとするなんてどういうことだよ。ニコニコと嬉しそうに笑う脹相は、ぴったりと横に寄り添って、大きな手で俺の頭に触れてくる。以前、子ども扱いをされているのかと拒否したことがあったが、頑張っている弟を褒めているだけだと言われて毒気を抜かれたのだ。
 すべてにおいて一直線。弟のために……俺の、ために、心を砕いてくれているのがわかる。
「傍にいる。いつもと、変わらないだろう?」
 満足げに笑う脹相。きっと、本当にそうするんだろう。最期の最後まで、ずっとそばにいてくれるような気がしてくる。
 結局俺はどうあっても、コイツにかなわないのだと痛感させられたのだった。


「婚姻の立会人は日車にするか。弁護士とはそういうものだろう?」
「かわいそうだからやめてあげよ?」
 日車に家族の定義について講義を受けることになるのは、また別の話である。