遊悟
2026-06-01 16:54:59
1880文字
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茜色の味

疾風さんと甘い物

 ―――良かったら、ご飯を食べていかれませんか?
 いつも通りに依頼を終えた矢神・疾風が、「さあ帰るか」と踵を返そうとしたところで、ふいに声をかけられた。
「ご飯?」
「ええ」
 相手は、今回の依頼主。とある村の若き村長で、疾風に対して「村の近くに出現するモンスターを討伐して欲しい」という依頼をしてきたのだ。
 勿論、疾風は難なくその依頼をこなし、今し方、報酬を受け取ったところだったのだが……
「いや、でも、報酬は受け取ったし、これ以上は貰いすぎな気が……
 早く家に帰りたい。家に帰って、出迎えてくれた愛娘に「ただいま」と笑いかけて。そうして、愛する妻から「早く手を洗ってきて。ご飯にしましょう?」なんて言われたりするのだ。
「実は、うちの村は果物が特産品でして。
 そのフルーツを使ったサンドイッチをぜひ冒険者様にも……と、子供たちが」
「子供たちが? どうして?」
 疾風が首を傾げると、村長は説明をした。
 例の厄介ものモンスターが出現していた森は、子供たちにとってかっこうの遊び場だったらしい。
 子供だけの秘密基地をモンスターに壊され、彼らなりに悲しんでいた、と。
 ゆえに、元凶を排除してくれた冒険者に、彼らなりのお礼がしたいと言っている、と。
「果物は各家庭に豊富にありますゆえ。
 ……勿論、冒険者様がお急ぎでしたら、無理にとは」
「いや、せっかくの心遣いだ。いただこう」
 疾風は愛娘の姿を思い浮かべながら、村長に笑いかけた。
 我が子のことを思えば、「子供のすること」などと無下にはできなかった。
 もし我が子の好意を無駄にする輩がいたら、疾風はきっと鉄拳制裁をしてしまうだろう。
 つまりは、そういうことだった。決して、甘そうなものフルーツに惹かれたわけではない。
(「子供が恩を感じてるってことは、その親御さんだって、そうなんだろうし」)
 疾風は、「ではご案内します」という村長についていったのであった。

     ※     ※     ※

 村長に通されたのは、彼の家のテラスだった。簡素だが質の良い木材を使ったテーブルセットが置いてあり、その上には、不格好なサンドイッチと、不思議な色のお茶が並べられていた。
「ピンク……いや、赤いお茶?」
 椅子に腰掛けながら問いかければ、村長はコクリと頷いた。
冷たいアイスローズヒップティーのです。爽やかな酸味の茶ですが、もし酸っぱいものが苦手でしたら、オレンジジュースでお割りしますが」
「すまないが、そうしてもらおうかな」
「かしこまりました。先にサンドイッチをどうぞ」
 ではジュースを持ってきますと言って、村長は家の中へと去っていった。
「いただきます」
 どこで子供が見ているかも分からない。冒険者として恥ずかしくない振る舞いをしなくては。
 疾風はおしぼりで手を拭いたあと、両手をあわせてから、サンドイッチを手に取った。(「フルーツサンドかぁ」)
 いかにも子供が作ったものらしく、サンドイッチの断面はガタガタだった。ただ、感謝の念はたっぷりとこもっているらしく、具のスイカや桃、メロンなどは大ぶりで、クリームもふんだんに使われている。
 囓ってみれば、果物の蕩けるような甘さと共に、ヨーグルトクリームの爽やかな酸味が口の中に広がった。使用されているパンもしっとりとしていて、具やクリームの味を損なわない食感と味わいだった。
「うん、美味しいじゃないか!」
 思わず零せば、遠くから「やったー!」という幼い声が聞こえてきた。
 やはり、作った当人子供たちが、遠くで様子をうかがっていたようだ。
 振り返って礼を言うか。いや、それはかえって気を遣わせてしまうかもしれない。
 迷った挙げ句、疾風は笑顔で饗されたサンドイッチを食べることにした。
「冒険者様、失礼します」
 村長が戻ってきて、冷えたローズヒップティーにオレンジジュースを注ぎ入れた。
 ローズヒップティーの赤と、オレンジジュースの橙色が混じり合い、茜色へと変化していく。
(「ああ、帰らないとな」)
 自宅から見上げる夕焼け空を思い出し、疾風は思う。
 ああ、早く帰らなくては。自分の帰りを待っているであろう、愛しい家族の元へ。
「村長」
「はい、何でしょう?」
「とても美味しいサンドイッチをありがとう。
 その……もし良かったら、少しばかり果物を分けてはくれないだろうか? もちろん、金は払うから」
 この果物を家族と共有したい。そう思った疾風は、村長にそう話を持ちかけたのであった。