お綺麗な面で、スンとしてて。性欲は母親のお腹に置いてきましたみたいな雰囲気でいるくせに、と目の前の蒼い瞳を思いっきり睨みつけた。
冨岡との、成り行きみたいに始まってしまった恋はそれでも幸せだった。
確かに初めは事故みたいなところからのスタートだったけれど、冨岡は俺のことが大好きらしいし俺も……認めたくなかったが冨岡のことが好きみたいだからそれはもう良い。
キツく辛い片恋を始めるには年齢的に大人になり過ぎた。だからこの恋を両思いから始められたことは奇跡だしとても嬉しい。
ただ、両思いは両思いでまた別の悩みが出てくる。冨岡とはお互いに酔って寝てしまったから、素面でしたいと思った時にどう誘えば良いのか分からないのだ。
もし俺が可愛いタイプであったのなら素直にアイツにしなだれかかれば良いのかもしれない。
でも現実は俺だから。
強面、傷だらけ、外を歩けば職質多めな数学教師。
今更だけれど、冨岡はよく俺のことを抱けたなァと思う。ガタイも俺の方が良いし。
「不死川はとても可愛い」
冨岡は二人きりになるとよくそう言ってくるが、あいつの目には惚れたなんとやらのフィルターが分厚くかかってるに違いない。格好良いとは言われたことがあるが、可愛いなんて赤ん坊の頃を除いて冨岡の口からしか聞いたことがない。
だから。
だからこそ、そのフィルターがかかっているうちに二度目に突入したいという焦りが俺にはある。
だって自信なんかねぇんだ。
冨岡自身も綺麗な面してるし、一度会ったことのある姉さんも綺麗だった。きっと血筋なんだろう。生まれた時から綺麗なものに囲まれて育ったんだ、あいつは。
なら、目が覚めてしまう時がくるかもしれないじゃねぇかよ。俺がちっとも可愛くなんてないことに気付く日がくる。
冨岡に対する気持ちが恋だって気付かせておいて、散々好きにさせておいて。ぽん、と簡単に放り出される未来も想像が出来て怖い。
そう、怖いんだ俺は。情け無ェけど。
初めての恋が、幸せだけれど怖い。
それでもあいつが恋しい。本当に馬鹿だ。
「うちに来るか?」
「へ……?」
校内の見回りを終えて戻ると職員室には冨岡しか居なかった。
この職場のノリ、というかお約束というか。オンとオフの区切りをしっかり付けているやつが多い。要するに仕事を終えたらさっさと帰って週末を楽しみましょう、という人間が多いのだ。
今日は金曜日。しかも明日は就業規則により月に一度のノー仕事デー。誰も出勤してはいけない日だ。俺も見回りさえなければ帰っていたに違いない。だから冨岡も帰っているのだとばかり思っていた。まさか居るとは思わなかった。
「何故そんなに驚く?」
「え、いや……今日金曜日だしィ」
慌て過ぎてしどろもどろになれば、冨岡は逆にスンとしている。
「だからだ」
「う」
「だから、不死川を誘っているんだ。分かってくれ」
「うううう」
不意打ち。やばい。どうしてくれようか。
俺が情けなく悩んでいたというのに、冨岡はあっさりその壁を越えてこようとするから頭を抱えて座り込みたくなる。
まてまて。まってくれ。今は心臓に悪いんだよォ。しかもここ職場だし。誰もいねェけど。
頭を抱えて唸り始めた俺をどう思ったのか、冨岡は俺に目線を合わせるようにしゃがむ。
「……迷惑だったか」
「! 違ッ!」
違う。絶対違う。それだけは言いたくて顔を上げると思っていたよりも近くに冨岡の顔があって。
しかもなんか、その、いつもと雰囲気が違うから馬鹿みたいに口を開けたまま喋れなくなった。
可愛い。愛おしい。大好き。
それは俺が弟や妹を見るときの顔によく似ている。愛おし過ぎて蕩けそうな顔。そのもの。
おまけに冨岡は固まっている俺を横からそっと両腕に抱えこむと
「……待っていたんだ。週末を。絶対に不死川と過ごしたかった」
なんて、わざとかと思うくらい耳元にそんな甘い言葉を注ぎ込んでくる。
「わ、ばかッ」
一気に顔が熱くなって思わずその腕を押し除けようとしたが、冨岡は体育教師らしい馬鹿力と鍛えられた体幹をしっかりと使って俺の抵抗を封じた。
「可愛い」
「か、わいくなんてねェ」
「可愛いぞ。不死川」
わざとだ。今度のはわざと耳元に言った。
そう分かったのに、力が抜けて抵抗出来ない。
「早く帰って不死川を抱かせてくれ」
最後の一撃まで喰らって、俺はとうとう頭が爆発する。
性欲なんてありませんって面してるくせに。
クソ! 好きだよ、好きだ! ばかやろう。
二度目の始め方に悩んでいたのは全て無駄だったし、放り出される怖さに怯えていたのも無駄だった。
だって分かる。
冨岡は俺のことを簡単に放り出せないくらい、俺のことが好きだって。
俺も同じだから分かってしまった。
すっかり脱力した身体を冨岡に起こしてもらい、荷物をまとめて職員室を施錠する。鍵を指定のところへ戻して職員用通用口から出れば、気の良い警備員が「残業ですか。お疲れ様でした」なんて声をかけてきてくれるから黙って会釈を返した。
駐車場に向かい、紺のコンパクトカーに乗り込む。この前は飲みだったから冨岡の車に乗るのは初めてであちこちつい見てしまう。
「いいか」
「あ、悪い。なんか新鮮でつい見ちまったァ」
エンジンも掛けずにいたから気を悪くさせてしまったかと反射的に謝れば
「違う」って。
「今夜は俺も素面だから可愛い不死川をたくさん見せて貰うから」って。
だから、その覚悟は良いかと問われた。
俺は少し黙って考えて。
「今夜は俺も素面だから、格好良い冨岡がたくさん見てェなァ」って、笑って恋人の唇にキスをした。
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