燈 ともしび
2026-05-31 21:50:33
2240文字
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ぎゆさね【甘い檻】

余生軸。貴方の髪が、まるで愛の檻のようで

 あの戦いの後、冨岡は長かった髪の毛をばっさりと切った。何故切ったのかずっと気にはなっていたけれど問う機会がなかなか無く、やっと答えを聞けたのは約束していた鰻屋に一緒に行った時だった。
……なんとなく、だろうか」
「ふぅん……
 それでもようやく聞き出した理由がほわほわしたものだったから、俺はどうにも納得出来ずにいる。もちろん柱の中にも長い髪の毛の奴は多かったし、俺は襟足に毛があるのが苦手で短くしていたけれど、伸ばすのも切るのも本人の自由だからとは思っている。でも、冨岡はなんか信念とかそんなのがある気がしていたんだ。長い髪に。そこへ意味があるような気がしていた。
 だからほわほわした理由では納得出来ないというか。自分でも意味が分からないのだけれど残念というかなんというか。我ながら面倒な性格をしているなァとは思う。
 ただ、そのまま考え込んでいてもせっかくの美味しい鰻が冷めてしまうので、とりあえず考えるのは一旦置いておいてまずは食事に集中することにした。俺より先に食べ始めた冨岡は相変わらず頬に飯粒を付けてるし、利き手ではないからそれがいつもより派手だし。とっとと飯を食って世話の焼けるこいつの相手もしなければならないので。
「不死川は優しいな」
 俺に飯粒を取らせながらも、ムフフなんて冨岡は邪気の無い顔で笑うから力が抜ける。以前なら「柱のくせに腑抜けた面を晒すんじゃねェ」なんて嫌味のひとつも言ってやっただろうが、今の俺たちはもう柱ではないから。
 夜に駆けなくても良い。隊服を着たまま仮眠をとることもしなくて良い。全集中だって解いても構わないのだ。もう鬼はいない。
 口周りの米粒を取ってやっていたら、その指先に冨岡の唇が触れる。これは多分わざとだろう。
「なぁ、不死川。これを食べ終えたら……上に上がらないか?」
 ほら、さらりとそんなことを囁いてくるのだから。

 食後、妙に機嫌の良い冨岡と共に鰻屋の二階に上がる。現役の頃はとにかく時間が無くて、抱き合っているのに殺気だった気持ちのまま欲だけをぶつけ合ったりもしたけれど、今は時間なんていくらでもあるから逆に気恥ずかしい。好きだの愛してるだの、前は無口だった冨岡が余裕たっぷりに饒舌に話しかけてくるのもそれに拍車を掛ける。
 面白くねェな。
 あの風柱様が大人しく組み敷かれてやってんだからちったァ光栄に思えってんだ。
 そう悪態をついていなければとてもじゃないがやってられない。恥ずかしいんだよ、分かれ。

「不死川……
 並んで敷かれた布団に二人で寝転んで。上からゆっくり冨岡の顔が降りてくるのを黙って受け止める。反射的に目を閉じて。そしてあれ? なんて思う。
 ああ、そうか。
「? どうかしたか?」
 自分との行為に俺が集中していないことに気付いて冨岡が問うてくるから
「いや、前と違うなァって」
 返す。
 前は感じてた。長い髪の毛の感触。それが今は無いのだ。当たり前だ。冨岡の髪は短くなったから触れるわけがない。
 冨岡も俺が言いたいことに思い当たったのか苦笑いしている。
「また伸ばすか?」
「いや……
 別に、口を付ける時に髪の毛が降りてこないなと思っただけで、別にどっちでも構わないのだし、俺は。
……行為の時、不死川はよく俺の髪の毛に触れていたから好きなのかと思っていた」
「ん? んー……まァ否定はしねぇな」
 冨岡は途端に分かりやすくムッとした顔になるから両手で頬を挟み込んでやる。
「ばぁーか。自分の髪の毛にまで妬くんじゃねえ」
 ちゅ、なんてわざと可愛らしい音を立てて俺から口付けすれば、冨岡は機嫌を直して笑う。
「なんとなくなァ」
「うん?」
「なんとなく……檻みてぇなァと思ってた」
……ああ」
 あの頃、今みたいにこうして抱き合っていた時。冨岡は必ず髪紐を解いていたから長い髪の毛が二人の顔周りに落ちてきていた。下で受け止めながらも俺はそれが檻のようだと思ったんだ。
 二人きりの。まるでこの世に二人だけになってしまったかのような、檻に。
 あの頃は自由な時間なんてほとんどなかったし、俺たちは柱という隊の規範でもある存在だったから誰か一人が独占するなんてこと出来るわけもなく。
 その時だけは、冨岡が俺だけのものになった気がして嬉しかったのだ。
 冨岡の長い髪の毛に神聖な理由を付けようとしていたのは俺のそんな欲からだったのかもしれない。
 それが分かったらなんだか面白くなり、髪が短くなったせいで今はすっかり露わになったうなじに指先で触れる。
「ッ」
 くすぐったかったのか冨岡からは変な声が上がるが、やめてやらない。だって俺は楽しいから。
「楽しいのかそれは」
「まァ……楽しいな」
 さらりと返せば、予想していなかった返事だったのか狼狽えた気配がしたけれど。
 それでも
……不死川の好きにしていい」
 と最後は折れてくれるのだから、やっぱりこの男はとても優しいのだと思う。

「今日は不死川にたくさん触りたいから、不死川も俺にたくさん触れてくれ」
 前言撤回。こいつは単なる助兵衛だ。
 うなじ付近で遊んでいた指先に力を込めて冨岡の頭を引き寄せる。
 今はもう無い、甘い檻。
 でも、良い。

「不死川、愛してる」
 蕩けそうな顔して俺に愛を囁く冨岡の顔がよく見えるから、だからもう甘い檻は要らないのだ。
「ばーか。俺も愛してるってのォ」