燈 ともしび
2026-05-31 21:42:30
2563文字
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ぎゆさね【My Hero】

幼馴染なぎゆさね。

『駅にはどう行けばいいかな』
 見知らぬ大人の男の人にそう声を掛けられて、でもとても困っている様子だったから遊んでいた遊具から降りて少しだけ道案内をしようと思った。小学校でも困っている人がいたら助けましょうと教わっている。だから自分で出来る範囲で助けてあげようと。それだけだった。
 駅には二つ先の曲がり角を曲がればよいと指差しで教えたけれど、目が悪くて分かりにくいと言われてしまったから曲がり角まで一緒に着いていくことにした。まだ明るい昼間で、人通りは少なくても民家は近くにある。だから警戒なんてするはずもなく。
「あ、ここで」
 曲がれば駅に行けますよ、と続けようと思った口は背後から突然塞がれてしまった。
「大人しくしろ」
 さっきまで困っていた筈のおじさんの顔は鬼のように醜く歪み、俺の身体を軽々と抱き上げると目立たないところに停めていた車へと連れて行こうとする。
 いやだ! 誰か助けて!
 そう声を上げたかったのに口を塞がれているから叫ぶことも出来ない。そうしているうちにドアが開けられて中へと押し込められそうになる。そんな時だった。

「触るな!」
 そんな声と共に抱き上げられていた身体が自由になる。驚いて視線を向ければ、道着姿で竹刀を構えた幼馴染の姿があった。幼馴染である義勇は連れ攫われそうになっていた俺を竹刀を振るって助けてくれたらしい。
 俺を抱き上げていた男は大きな舌打ちをすると慌てて車に乗って走り去って行く。それは本当に一瞬のことで、初めは呆然と、そしてしばらく後に助かった安堵と連れ攫われそうになった恐怖。両方が一気に襲いかかってきて俺は思わず泣きだしてしまった。
「実弥、大丈夫か」
「ぎ、ゆ、怖かっ」
 助けて貰った時に身体を引き寄せられていたから、そのまま義勇の胸に縋りついて泣く。
「ぎゆ、う」
「うん。もう大丈夫だからな……俺が側にいるから」
「うん、あ、りがと、う」
 義勇と俺は同じ歳で体格も同じくらい。それなのに抱きしめてくれる腕も、顔を伏せた胸元もとても頼もしく思える。
 怖かった。本当に怖かったのだ。いきなり向けられた悪意がとても怖かった。それと同時に自分を助けてくれた幼馴染が側に居てくれていることに心からほっとして、涙が止まらなかった。
 小学生の時、そんな怖い思いをした。でも、それ一度では終わらないとは考えてもみなかった。

 あんな経験をしたから、そこからは流石に警戒心を持つようになった。見知らぬ大人から声をかけられても無視をした。反応しても碌なことにならない事を嫌と言うほど学んだから。
 可愛いね、と頭や身体を無許可で触ってこようとする。しばらく付け回される。何度も待ち伏せをされる。
 それら全て、別々の不審者に俺がされたことだ。周りにも他に子どもがいたのに、何故かいつも俺だけが狙われた。顔は特別整っているわけでもない。整っているというなら幼馴染の義勇のほうがよほど整っていると思う。それなのに何故か俺だけがターゲットにされた。
 心配した母は俺が一人にならないように気をつけてくれていたけれど、一人で働きながら俺を育ててくれているのだ。ずっと着いているのは無理があった。俺もこれ以上迷惑をかけたくない。
 どうすれば。どうしよう。そうなったとき
「俺が実弥を守ります」
 と、義勇が手を挙げてくれた。
「俺が、実弥をずっと守るから」
 と言い、あの時、安心感しか感じなかったあの腕で俺を優しく抱きしめてくれた。そして、その言葉通り本当にそこから今までずっと俺の側にいて守ってくれている。

 高校生になると華奢だった手足も伸び、元々筋肉が付きやすかったのか筋トレを始めたら細マッチョくらいにはなれた。よく母に似ていたあの頃のような細く儚げな印象は消え、むしろ強面と評される事も増えた。
 それなのに、いまだに俺は電車に乗れば無遠慮な手に尻を揉みしだかれることが多々ある。その手を掴んで駅員に突き出す事、忘れるくらいたくさん。駅員にも警察官にもすっかり顔を覚えられる始末だ。
「なんでだろうね」
 と毎回首を傾げられるが、そんなの俺が知りたい。可愛い女性や綺麗な女性が近くにいても何故か俺が被害に遭うのだ。やっていられない。切れて吠え散らかしたい。でも、それ以上に義勇がブチ切れて大変だった。
 義勇はずっと続けている剣道のおかげか姿勢も良く、均等の取れた筋肉も美しい美青年へと成長した。でも、相変わらず俺を守るためにいつでも側にいてくれるから、びっくりするほどモテるというのに彼女を作る暇がない。
 ずっと側に居なくても大丈夫と何度も断ったが、その度に烈火の如く怒り出して逆に説教される。多分、小学生のあの時に俺が助けて貰った後にわんわん泣いて義勇から離れなかったせいだと思う。律儀で真面目なやつだから、だからあの時の言葉をずっと守ろうとしてくれているのだろう。
 罪悪感で胸が痛い。義勇にそこまで献身的にされても俺にはなにも返せるものなんて無いのに。

「ごめんなァ……
 並んで歩きながら、ため息と共にそんな謝罪の言葉が漏れる。俺が不甲斐ないから。義勇が色々犠牲になってる。申し訳なさ過ぎる。
 そんな時、かならず義勇はそっと手を繋いでくれた。俺が義勇の体温で安心することも分かっているから。やっぱり情け無ぇな俺は。
 義勇に手を繋いで貰いながら夕焼けの中を二人並んで歩く。俺はあとどのくらいこの優しい幼馴染に迷惑をかけてしまわなければならないのか。止めようと思っても、またため息が漏れた。

「実弥にならずっと迷惑をかけられても良いんだ」

「え?」
 何か隣から聞こえた気がして問いかけたが、義勇は涼しげな顔をして何も言わない。
 気のせいか。そう思いつつ家の前で義勇と別れた。こうして俺が家に入るまで見守られるのもいつものことだった。

「実弥は俺がずっと守る」
 だから、俺から離れるな。
 これからも離す気なんてないけれど。

 ドアを閉めた後、義勇がそんなことを思いながらこちらを見ていたことを、俺は知らない。
 今の俺は、知らなかった。
 守り、守られるだけの幼馴染の関係が少しずつ変わっていくのは、もう少し先のことだから。