燈 ともしび
2026-05-31 21:39:15
2059文字
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ぎゆさね版ドロライお題:【あたため】

キ学軸。諦めて美味しく食われてくれ

 今日は去年結婚した冨岡の姉さんが家を建てたと言うので二人で横浜までお呼ばれだった。
 東京から近くてもあまり縁が無く、横浜はテレビなどで映るみなとみらい地区辺りの風景しか印象になかったのだけれど、蔦子さんの家は俺の想像とは違い静かな小高い山の上のほうにあった。それでもずっと海の見える家に憧れていたと言う通り、大きめの窓からは横浜港が綺麗に見える。
「大晦日には汽笛が鳴らされるそうよ」
 聴くのが楽しみなの。と朗らかに笑う横顔は冨岡によく似ていた。二人は早くに両親を亡くしていたから、蔦子さんがずっと姉として母親代わりとして冨岡を育ててくれていたらしい。儚げな見た目とは違い、強く芯のある女性だった。
 だから二人で生きていくと決めた時、俺は叩かれたり罵倒されるのを覚悟して挨拶に行った。ある程度緩和されて来ているとはいえ、まだ日本では同性パートナーが理解されない事を知っていたからだ。

「まあ! 義勇も生涯愛せる人を見つけたのね」
 それなのに俺は殴られも罵倒を受けることもなく逆に大歓迎をされてしまって、予想外の展開にしばらく立ち尽くしたのを覚えている。
 蔦子さんは呆然としている俺の手を取ると
「義勇はこの通り不器用でしょう? だから私が結婚してしまったらその後はどうするのだろうとずっと心配だったの」
 目を柔らかく細めると
「不死川さんのことは本当にずーっと聞いていたのよ。義勇の相手が貴方で本当に良かった」
 これで心配なくお嫁に行けるわと笑ってくれた。慈しみを感じる笑みと握られた手の温かさに安心して、俺はその後、バレないようにこっそりと泣いた。
 蔦子さんも蔦子さんの旦那さんも、それ以来本当の家族のように俺を受け入れてくれている。とても幸せでありがたいことだった。だからこうして新築祝いにも二人揃って駆けつけたのだ。

「良い家だったなァ」
「ああ」
『泊まっていけば良いのに』とどこか不満そうな蔦子さんを苦笑いで説得して、豪華な昼飯の片付けを終えたらお暇してきた。今日は旦那さんの帰りが遅いらしいので寂しいのかもしれないが、流石にそこまで図々しくは出来ない。その代わり年始にまた二人で遊びに行くのを約束してきた。おせちをたくさん作って待ってるわね、と笑ってくれた顔はやっぱり冨岡と似ていた。うちもだけれど、冨岡の家族も温かい。心がほっこりする。

「冨岡ァ」
「ん」
「せっかくだから中華街でも寄って帰るか」
 土曜日だから混んでいるかもだが、どうせ明日も休みなのだ。別にゆっくりしても良いだろう。なんなら今日の夕飯はどこか食べて帰っても。
 坂道を駅に向かって下りつつ、そんな気持ちで伝えると
「それはデートのお誘いか?」
 と、冨岡が悪戯げな顔をしてこちらを覗き込んでくる。最近の冨岡はこういう所が良くある。俺と付き合い始めて性格が変わったのかと思っていたが、なんてことはない。この悪戯っぽい顔や性格は蔦子さんによく似ているのだ。
「そーだなァ。デートになるかどうかは冨岡次第だけどなァ」
 だから俺も悪戯げに返す。触れそうだったお互いの手もぎゅっと繋いだ。ずっと一緒にいると似てくると言うだろう。お返しだ。
 冨岡は顔をうっすらと赤く染めてこちらを睨んでくるが怖くともなんともない。ざまあみろなんて大笑いしてやる。
「中華街行ったらあれ食おうぜ。この前テレビでやってたすげえデカい肉まん」
 周りに人が居ないのを良いことに繋ぎ方を指と指を絡める恋人繋ぎに変える。冨岡の顔はまだ赤いが、少し立ち直ったのか握り返してくる力は強いからブンブン振った。なんだかんだ俺もテンション高くておかしい。

「不死川」
「あ?」
「中華街も行くし、大きい肉まんも買おう。でも食べ歩きじゃなくてテイクアウトで、だ」
「えー、なんでだよ」
 テイクアウトって。うちにせいろはあるけれど、あの大きさの肉まんは対応していたか。あ、もしかして炊飯器でやればいけるか? でも面倒くせえなァ。そんな色々が頭を過ぎる。
 方角的に近道のようだったので緑深い散策路のようなところへ入れば、冨岡はすかさず身体と顔をこちらに寄せてきて
「これはデートなんだろう? なら諦めて俺に美味しく食われてくれ。先に煽ってきたのはそっちだからな」
 と声を低めて言う。しかもわざと耳元で言い聞かせるように。
 絶対、絶対わざとだ。俺が冨岡の声に弱いのを分かってて。ばかやろ。こんなとこで意趣返ししやがって。頭の中でめいいっぱい罵倒した。それでも、シャーシャーと猫のように大暴れしたいのはグッと堪える。俺を食いたいのならずいぶんと時間がかかりそうな肉まんが蒸し上がってからだと言ってやろうと思いついたから。

 なァ、冨岡ァ。そんな焦んなよ。今日は時間がたっぷりとある。だから愛情はゆっくりあたため合おうぜ。ずっと冷めないように。

 してやったりな気分の冨岡が前に前にと歩いて行くから、俺もその背中に向け悪そうな顔で笑ってやった。