燈 ともしび
2026-05-31 21:35:52
1441文字
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ぎゆさね版ドロライお題【風呂】

キ学軸。可愛い酔っ払い

「じゃーんけーん」
「え、な、」
「ぽーん」
 玄関の開く音がしたので不死川が帰ってきたのだと分かった。おかえり、といつも通り出迎えようとした。それだけだったのに。
 酔っ払いの思考回路は通常とは違う。知っていたが、今日それを身をもって実感した。
 不死川は酔っ払って帰宅するなり、出迎えた俺にじゃんけん勝負を挑んできたのだ。そして勢いで俺の負け。いや、前からじゃんけんで不死川に勝てたことなどほとんど無いが。
 じゃんけんに勝った不死川はひゃはひゃはと大喜びをして、そして一言
「お前は俺の椅子なァ」
 と、宣言した。なので俺は今、不死川の椅子になっている。風呂の中で。

 はっきり言っていつもの不死川はきちんとしている。常識的で理性的。俺とは違う。
 でも酔っ払っている時はネジが緩むのか色々ゆるゆるに生きている気がする。それは犯罪とか暴力とかそういうのではなくて、普段押さえ込んでいるものが少しだけ漏れ出てくる感じだ。
「椅子硬いィ」
「悪いな」
「まァ、いいわァ」
 本人は認めないだろうが、酔った時、どこか甘えのような態度を取る。こんな突飛な行動だって普段なら絶対にやらないだろう。
 しっかり者の不死川家の長男。それを無意識のうちに完璧にこなしている。もちろん本人が望んでいることでもあるだろうが、それでも時々、吐き出したくなることがあるのかもしれない。アルコールの力を借りて吐き出さないとだめなのかもしれない。
 それはきっと誰でも良い訳じゃない。だからこそいまは俺がその相手であることが何よりも嬉しい。
 あと、ゆるゆるの不死川はとても可愛いから嬉しい。可愛い。とても可愛いのだ。ふわふわで。こんなふうにお互い裸で風呂だなんてはっきり言って拷問以外の何物でもないのだが、耐えるしかない。
 今は浴槽の中で俺を椅子にご機嫌でいる。俺の右手と左手のどっちのほうが指が長いか研究して、そのうち飽きたのか謎のポーズをさせようとしてくる。流石に指関節が少し痛いが我慢する。なんせ可愛いので。
「俺のォ、小指のが長い気がするゥ」
「そうか。良かったな」
「俺の勝ちィ」
 へへ、と笑ってからは俺の両手を放り投げ、この前百均で買ってきた小さなアヒルの玩具で遊び出している。なんだか可愛くて平和な世界が俺の視界いっぱいに広がっていた。
 本当は不死川が帰ってくる前に既に風呂には入っていたのだ。だがこの入浴が二度目なことは黙っていた。良い。受け入れる。なんせ不死川が可愛いので。

 この前、飲みの席で宇髄に
『冨岡は実弥ちゃんのこと甘やかしすぎ』
 と怒られたが忘れた。あの時はアイスクリームをスプーンで食べさせろ、だったか。あれは俺にとっては甘やかしに入っていないから怒られる謂れはない。
 だって普段甘やかされているのは俺のほう。だからこれで良いんだ、俺たちは。
 このバランスがとても愛おしいのだ。

「冨岡ァ」
「うん」
「明日ァ、アヒルちゃんたちもっと買いに行こうぜ」
「良いぞ」
 多分、素面の不死川は掃除が大変になったと怒るだろうが、それなら俺が掃除をすれば良い。
 ほら、大丈夫。バランスも相性も最高の二人だ。

「冨岡ァ」
「うん」
「大好きィ」
「俺も……大好きだ」
 へへ、と嬉しそうに笑う不死川を後ろから抱き締める。抱きしめるのにアヒルがちょっと邪魔だったので何匹か端っこへ追いやってしまったが許して欲しい。
 俺は不死川以外には心が狭いのだから。