燈 ともしび
2026-05-31 21:31:01
1585文字
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ぎゆさね【愛を噛む】

キ学軸。愛してるから、噛む

 身体的にも精神的にも疲れたり、苛ついたり。暗くて嫌な気持ちを発散する方法はたくさんあるし、人によってやり方は様々だと思う。
 例えば野菜をひたすらに細かく切る。これは仕分けて冷凍すると便利なのでよくやった。
 夜の街をひたすらに走る。次の日に疲れを残せないから休みの前日限定なら今もやっている。
 難しい本をひたすら読む。読まずに積んでいる本を引っ張り出してくるのが面倒だけれど楽しい。
 一人で暮らしていた時は思いつく限りのことを色々やってみた。実家にいた時は出来なかったことも。それはそれで楽しかった。
 でも、今日のはなんか違う。内に内にと、こもっていく熱。身体の芯が熱くなって頭がぼーっとする感じ。これは多分違うのだ。一人では多分、発散出来ない熱。誰か。そう考えて浮かぶのはただひとり。
 冨岡は恋人だけれど、他人だから。他人だからこそ俺の自由にして良いわけもなくて。でもこの熱を解消するにはどうしても冨岡が必要だった。
 リビングを覗くと、ソファに座って冨岡は剣道マガジンを真顔で読んでいた。面白いのか面白くないのか読み取れない顔をしている。
 だから良いかと隣に座って身体をくっ付ける。温かい。冷たそうな容貌なのに、冨岡の身体はとても温かい。
 寄ってきた俺を一瞬だけ見てくるが、すぐに視線は剣道マガジンへと戻る。多分気にしていないのだろう。次に左腕に顔を押し付けてグリグリすると、今度は構ってほしいのかと判断したらしく雑に頭を撫でられた。
 ちげえんだよ。そうじゃない。
 構われたいが、そんなんじゃ足りねえんだ。
 
 頭の上に置かれていた冨岡の手を降ろして、そのまま指を咥えてみる。流石にこれには驚いた顔をしていた。
 やっとかよ。

……今日は木曜日だが」
「知ってるゥ」
 まだ明日も仕事がある。そう言いたいんだろ? そんなの分かっててやってるんだよこっちは。
 まだ足りなさそうだから咥えていた指を二本に増やす。あと濡れた音も追加で。
 わざと? そんなの決まってんだろ。
 さっきまでのつまんなさそうな顔はどこへやら。冨岡の顔が赤い。やっと俺と同じように火が付いてくれたらしい。咥えていた指を放り投げ、小さめな冨岡の顔を両手でガッと掴む。
「冨岡にしか出来ねェんだよ」
 この熱を外へ出すにはお前しか。

 引き摺り込まれそうな青を見つめる。静かな、深海のような深いいろ。でも俺は知っている。この青は俺を焼き尽くしてくれる熱を持っていること。

「ひどくして」
 予想に反して、自分の声なのに自分らしくない弱々しい声が口から漏れた。誘惑なんて無理な。
 ちょっとだけ絶望しかけて、でも視界が変わったからすぐに大丈夫だと思いなおす。俺は背丈もあるし筋肉もあって重いというのに冨岡は横抱きが好きだ。だからこうされた時は機嫌が良いとき。
 だから、もう大丈夫。欲しいものはあと少しで手に入る。

「ひどくして欲しいのか」
「うん」
「でもひどくする判断は俺がして良いか?」
 やだ。そんなんじゃ絶対にひどくなんてしてくれないだろォ。今日は優しく抱かれたいんじゃない。
 いやいやとむずかるように顔を振るが冨岡は笑って取り合わない。おまけに切り損ねて長くなっていた前髪が額からズレると、すかさずそこへキスをしてくる。

「大事なんだ」

「不死川が大事だから、大切に愛したい」

 ずるい。
 冨岡は、ずるい。
 そんなこと言われたら俺が拒めねえの分かってて。
 ムカついたから、最後の抵抗で冨岡の首元に思いっきり噛みついた。ちょっとだけうめいていたが、それでも俺を落とさないのは流石だと思う。
 そこはいつも着てるジャージでは隠せない場所。でも冨岡は怒らない。
 だから、ズルいんだよてめえは。
 赤くなっている噛み跡を舌でそっとなぞった。