事の始まりは実家のチビたちが次々とインフルエンザに罹ったことからだった。お袋一人では大変だろうと看病と手伝いでしばらく実家に帰っていたのだが、家族の体調が回復すると同時に今度は俺の熱が上がってしまった。予防接種は受けていたが、チビ達を抱っこしたりと濃厚接触をしていたから仕方ない。頑丈そうな見た目に反して家族の中では一番風邪をひきやすいのタイプなのも自覚していたのに油断していたか。
お袋はうちで静養しなさいと言ってくれたが断って家に戻ってきた。チビ達が復活したのにお袋にうつすわけにはいかないし、勝手な予想だけれど冨岡は頑丈でインフルエンザには罹らないような気がしたから。
ふらつく頭のまま近所の病院行きインフルエンザ陽性の診断をもらい、処方された薬を抱えてなんとか帰宅する。俺の記憶はそこで途切れてしまっていたが、次に目が覚めた時にはきちんと布団の中にいた。パジャマ代わりのスウェットを着て身体もさっぱりしているし、額には丁寧に濡れタオルも置かれている。自分でやった記憶が無い以上、これをしてくれたのは冨岡だろう。でも姿が見えないからお礼が言えない。
「とみおか……」
なんとか絞り出した声は自分の声ではないようにか細く力ない。これでは呼びかけても聞こえないだろう。情け無い。
そのまま少しうつらうつらと寝て起きて。熱がまた上がってきたのか頭痛で目が覚めた。途端にドアの向こうからドタバタと物音が聞こえてくる。この家には俺と冨岡しかいないはず。何をしているのか騒がしいが、それが冨岡の出している音だと思うと不思議と笑いが込み上げてきた。
騒音のあと、寝室のドアが遠慮がちに開く。そして冨岡と目が合うとものすごい勢いでこちらに飛んできた。
「大丈夫か」
がっしり手を握られて、でもその手が熱いことに気付いて布団の中へと仕舞われる。病人の俺に気を遣ってくれたんだろう。でも握られた時、少しだけ安心してしまったから離されたのは寂しい。
「とみおか」
さっきよりは声が出ている気がする。でもまだ普段よりも弱々しい声しか出ない。
「薬を飲まないと。お粥を作った。食べられるか?」
「ん」
抱き抱えられるように身体を起こしてくれた後、冨岡は部屋の外へと消える。お粥を持ってくるつもりなんだろう。少しふらつくし食欲なんてないけれど、そう言うと冨岡に更に心配をかけさせてしまうので飲み込んだ。
一応遠慮したのだが、冨岡の作った卵雑炊をひとくちずつ口に運んで食べさせて貰う。食べているのはお粥ではなくどう見ても卵雑炊だし、味付けを忘れたのか何の味もしない。
「不死川みたいに上手く作れなくてすまない」
と、冨岡は若干凹んでいたけれど、でもとても美味しくて涙が出そうだった。優しくて温かい、冨岡みたいな味がした。
「ありがとう。もう大丈夫だから部屋を出ろ」
もう薬も飲ませて貰えたしあとは寝るしかない。冨岡のことは頑丈だと思ってるけれど、やっぱりうつしてしまってこの辛さを冨岡に味合わせたくない。
それなのに
「不死川の側にいたい」
と首を振られてしまった。
その顔はいつもより若干、青白い。
ばか。病人よりも死にそうな顔しやがって。
冨岡に仕舞われた手を布団の中から出すと、今度はしっかりと握ってくれた。そしてそのまま冨岡の方へと引き寄せられて口付けられる。
「早く元気になってくれ」
自分が具合悪いよりも辛い。
祈るような、か細い声。
ああ、そんな顔をさせたいわけじゃないのに。好きな奴の辛い顔は見たくない。お前もそう思ってくれんのか、と泣きたくなる。
「早く元気になる」
動かせる指先で冨岡の唇をなぞれば、ようやく少しだけ笑ってくれた。
きつく握られた手から感じる体温が心地良くて目を閉じる。
「元気になったらたくさんキスして」
「……うん。何度でも」
だから、普段は言えない甘えたことも今なら素直に言えた。
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