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燈 ともしび
2026-05-31 21:28:17
2504文字
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ぎゆさね【星降る夜に、オリオンを掴む】
キ学軸。はじまりの瞬間
まだ仕事は納まっていない、が、忘年会は開催される。
理由なんてなんでも良い、ようするに信頼出来る仲間と楽しく飲み食いしたいだけ。うちの忘年会は毎回そんな感じで行われている。参加は強制ではないけれど、ほとんどの奴らが来る。普段の飲み会には来ない奴も来るのだ。
例えば、冨岡とか。
毎回幹事を引き受けてくれる宇髄はとにかく顔が広いから忘年会会場となる店にはハズレがない。今回の店はあまり馴染みのない和洋創作エスニックと聞いていたから若干不安があったけれど、これも大当たりだった。肉も野菜も盛り沢山で、酒はバーテンダーがオリジナルでなんでも作ってくれるという大盤振る舞い。
だから面白がって色々作ってもらううちに、いつもよりも酒が進んでしまった。何を飲んでも美味かったせいもある。酒に弱くはないつもりだったが、ここのところ仕事を詰め込み過ぎていたせいで睡眠不足もあり疲れていたらしい。そろそろお開きにするぞ、と宇髄が宣言する頃には足元が怪しくなっていた。
「おー、おー。実弥ちゃん大丈夫?」
「
……
まァ、ここからなら家もそんな遠くねぇし、酔いが醒めたらタクシー拾うわ」
会計を済ませて外に出れば、やっぱり足元が若干覚束ない気がした。心配そうに声をかけてくれた宇髄は二次会も幹事をするらしく引き留めるのは申し訳ない。伊黒はこのあと甘露寺と会うらしいし、かと言って胡蝶達女性陣に送ってもらうなんてなけなしのプライドが許せない。
そんな訳で店を出たところで置いて行って貰うことにした。この寒さなら外気にあたっているうちにアルコールが抜けていきそうな気もするし、見た目も厳つい成人男性の自認もあるから危険も少ないだろうと。
気をつけてなぁーとの呼びかけにひらひらと手を振って、近くにあった公園と呼ぶには狭くて遊具がほとんど見当たらない場所に移動する。遊具は砂場しか無いけれど、大きめのベンチがあって助かった。
座り込んでふーっと長めの息を吐く。息が白い。冬は空気が澄んでいるからわかりやすい。
本当は今頃なら冬の大三角形が見えるはず。でも繁華街に近いからか上を見上げても星は全く見えない。残念な気持ちになってまたため息をひとつ。
俺は別に星座に興味がある訳ではない。ただ、少し前の出来事を思い出しただけ。
当番で冨岡と校内の見回りをしていたときに、不死川は夜空を見上げることはあるだろうか? と言われた。俺は無いと即答してしまい、今のは態度が悪かったと反省したのだが冨岡はあまり気分を害した様子は無かった。それどころか
「そうか、ならこれが終わったら少し時間をくれないか? この学園の屋上は星座がとても綺麗に見えるんだ」
と、誘ってくれた。
冨岡と星座。あまり共通点のなさそうな二つに惹かれてその誘いを受けた。そして、その後に見た星空はとても綺麗で、寒かったけれど息を呑むほどだった。星の名前なんて知らない俺に、あれがオリオン座、ペテルギウスと、ひとつずつ冨岡は丁寧に教えてくれた。すげえ、すげえと感動する俺の横で冨岡は嬉しそうに笑っていた。
その顔は初めて見る顔だった。冨岡なんていつも澄ましてスンとしている顔しか知らない。でも、その顔は良いなと思った。いつもそんな顔をしていればよいのに、と思わず思ってしまうくらいに。
そんな記憶を思い出した。ここは星が見えないけれど。あの日以来、俺は冨岡のことが気になって仕方がない。
それまでは気が合わない同僚くらいにしか思っていなかった。実際に仲良くしていたこともない。冨岡はあまり飲み会にも来ないから今も仲が良くはない。だからなぜあの日、急に俺を星見に誘ってくれたのか冨岡の真意は知らない。それなのに、あの日からずっと横で笑っていた冨岡の顔が頭から離れない。
今日は珍しく冨岡が参加すると言っていたからはしゃぐ気持ちが自分にあったのかもしれない。それで飲み過ぎてしまったのか。まあ、結局勇気がなくて話なんて出来なかったのだが。
「見えないものを欲しがるのは馬鹿のやることだなァ」
せっかくのチャンスだったのに。
もう一度、俺に星の名前を教えて欲しい。
そう言うだけで良かったのに、怖気付いた。この気持ちが「友情」の枠からはみ出しているような予感がして。
ベンチに座ったまま手のひらを夜空に向ける。
もし。
もし今、星が見えていたら。こうして手を伸ばせば届くのだろうかと。
伸ばしていた手に何か温かいものが触れる。ホットのペットボトルが手の中に落とされていた。視線を横に向けると、いつの間に居たのか冨岡が困り顔で立っている。
「冨岡ァ」
「酔いは醒めたのか?」
「あ、あー、まァ」
嘘だ。まだ醒めてない。だってまだ顔が熱い。心臓もバクバクする。
「不死川の足元がふらついていたから一人にするのが心配で、その、余計なお世話かと思ったんだが」
こっそり後をつけていたのだと言うから、俺の顔はますます熱くなる。
「
……
ここは星が見えないな」
隣に座り、同じように上を見上げる冨岡の声も顔も残念そうだ。俺も同じ気持ちだったから頷く。
「不死川と
……
星が見たかったんだ」
「あ?」
「綺麗だっただろう? 屋上は俺くらいしか登らないみたいで誰も気付いていないんだ」
だから、あそこは俺の特別だった。
そう言う冨岡はあの日と同じように穏やかで優しい顔をしてる。
「特別だから、不死川と見たかった。喜んでくれてとても嬉しかった。俺にとって不死川は特別、だから。気になって仕方なくて、でも今までは勇気が出なくて」
俺は酔いが覚めるどころかますます動悸が激しくなる。もしかしたらこのまま心臓が止まるかもしれない。
「また、不死川と星を見たいと言ったら頷いてくれると良いなと思っていた」
ペットボトルを持っていた手が冨岡の手に包まれる。
「不死川のことが、好きなんだ」
笑う冨岡とあの日見た星が重なって見える。
とても光り輝いて見える。
つまり、それはキラキラした何かが始まった瞬間だったのだ。
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