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燈 ともしび
2026-05-31 21:27:03
2374文字
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ぎゆさね【いとしきみ】
キ学軸。好きだから、知ってる
「自分でも気付いてない癖とかをいきなり人から指摘されると焦る」
仕事中、同僚のそんな言葉が聞こえてきた。
癖、くせ、ねェ。自分で気付いているのは癖とは言わないのか? よく分からないがそれなら割とある。例えば筆記用具を持つとそのままそれで肩を叩いてしまうとか、考え事がまとまらないと後頭部をガリガリ掻いてしまうとか、靴は必ず右から履いているとか。
でもこの辺りは別に普通だろう。俺以外にもやってる奴はいる気がするし。
なら他になにか、と考えていたら視界の先に見慣れた青ジャージが入ってきた。
冨岡の癖はなんだっけか。
飯の時に必ず味噌汁から飲むこととか、ボールペンを持つとくるくる回してしまうとか、あ、靴は俺と逆で左から履いていたか。髪の毛を結ぶ時は指先でゴムを伸ばしてから結ぶとかも。
思い出してみると自分のものより冨岡のことのほうが沢山浮かぶ。それってやっぱり冨岡のことを見過ぎなのか、俺は。なんかちょっと恥ずかしい。
そこでタイミングよく授業開始予告のチャイムが鳴ったから俺の思考はそこで終わった。
仕事を終えて帰宅しても思い出すことは無かったのに、家に帰って冨岡と一緒に飯を食っていたら今夜もやっぱり冨岡は味噌汁から飲み始めたからそこでようやく昼間のことを思い出した。俺は冨岡の癖をいくつか言えたが、コイツはどうなんだろう。
今の恋人という関係は俺から告白して始まった。冨岡はその気持ちに応えてくれたのだから、恋人にしても良いくらいには俺のことを好きだと思ってくれてはいるんだろう。でも好きの度合いというか、思いの深さというか。なんとなくそういうのは俺の方が重い気がした。冨岡は言葉で伝えるのが苦手で行動で表すタイプだから余計にそう感じるのかもしれないが、やっぱり先に好きになって告白したほうがどうしたって重い。最近、好きって言ってるの俺だけな気もするし。
そこまで考えていたら食欲が無くなってきた。
なんか、やだ。
冨岡に好きって言わせたいとか重いだろ。そういうのは心から思ってるから言いたくなるのであって強制的に言わせるものではないし、苦手なのに無理に言わせても素直に喜べそうにない。逆に凹む。
今夜は寒かったから鍋にして美味しそうな大粒の牡蠣もお買得のをたくさん入れた。食べてみても我ながら美味しい鍋になったと自負していたのに、途端に砂を噛んでいるような気持ちになった。
なんか最近思考が暗いんだよなぁ。日照時間が短いせいか? 週末はチビ達連れて公園にでも遊びに行くか? こんな時は頭を冷やしたほうが良い。
口の中の白菜をなんとか飲み込み、使っていた食器をまとめる。驚いた様子の冨岡がどうかしたのかと聞いてきたから仕事が残ってると返して立ち上がった。嘘ではない。ミニテストのまとめがある。締め切りがまだ先だが、やれる時にやっておくほうが良いに決まってる。この部屋は郊外で家賃も安く、部屋数もあって広い。こんな風に一人になりたい時は『仕事部屋』として部屋を作っておいて本当に良かったと思う。
そこからは頭を振って無理矢理思考を切り替えた。
しばらく集中して仕事をして。ふと気付いたら思っていたよりも時間が進んでいたから驚く。自分が過集中しやすいタイプなのをすっかり忘れていた。まだ明日も仕事なのに。
慌てて机の上を片付け、仕事部屋を出る。冨岡の姿はリビングにもキッチンにも無かった。運動部顧問は俺よりも出るのが早いから先に寝たのかもしれない。それは良い。冨岡を寝不足にさせたくないし。
でも、なんとなく。
一緒に寝たかった、とか思って。
言葉がなくとも体温から伝わることもあるから、こんな思考が暗くなってしまった夜は冨岡の側で寝たかったと思う。
それを言えないのが情けねえな。俺は。
ため息を吐いて風呂に向かった。
寝室のドアを開ければ予想通り冨岡はもう寝ているようだった。ベッドは広いが壁側の布団が丸くなっている。冨岡は寒いと布団の中に潜り込む癖があるから。
あ。また冨岡の癖をひとつ思いついちまった。ちょっと本当に冨岡のことを好き過ぎじゃねえか?
風呂で充分に温まったせいか思考が少し軽く明るくなった。付き合っているのだ。俺のほうが愛が重くても別にいいじゃないかと開き直って、自分用の掛け布団をまくると中に潜り込む。
外からみたらおんなじまん丸だなぁ。お揃いだ。
うとうとと睡魔に負けて微睡み始めた。そのまま数分。
半分寝惚けている身体は横に抱き寄せられ、温かい腕に包まれた。
「ん」
「寝ていろ」
「え、なに
……
」
俺の頭が動いていないからまともに会話にならない。
「不死川は表情が豊かだから分かりやすいんだ。今日は帰ってきてから寂しそうだ。だから抱きしめさせて欲しい」
ぎゅっと抱きしめられて、つむじにキスされる。
あ、なんかやばい。泣きそう。
グリグリと顔を冨岡の着ているスウェットに押し付けてやり過ごす。
「違うな。俺が抱きしめたいだけなんだ。不死川が好きだから」
それなのに、珍しく饒舌な冨岡がそんなことを言ってくるから俺の涙腺は崩壊した。
癖とか好きの重さとか深さとか、もういいか。そんなの比べてもどうにもならないのに。くだらねえ。
冨岡は俺専用センサー持ちなんだろう。今日はなんか変な思考に陥った。だからこうして抱きしめてくれて治った。
その後も冨岡はずっと「好きだ」と言い続けて抱きしめていてくれたから、その晩、俺はぐっすり眠れた。
ただ、翌朝起きたら発熱していたけれど。
冨岡曰く
「不死川が寂しそうな時はだいたい熱を出す前兆なんだ」
と言うから白旗を振った。
俺の恋人は俺のことをよーく分かっているらしい。
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