燈 ともしび
2026-05-31 21:14:25
1506文字
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ぎゆさね【癒し】

キ学軸。癒しとヤキモチ

 冨岡が一人暮らしをしていた部屋にはあまり物が無くて殺風景だったし、一緒に暮らすときも家具はほとんど俺が選んだのでそういうのには興味がないんだろうと思っていた。後々本人に聞いた時にも「俺はよく分からない」なんて言っていたから多分その読みは当たっているのだろう。

 それなのに、ある日突然冨岡が大きめのクッションを買ってきた。最近、ショッピングモールなどでもよく見かける『人をダメにする』系の大きくてふわふわもちもちのやつ。
「欲しかったんか、それ」
「うん」
 それは前から俺も気になっていたし、値段が高めでも冨岡が自分の金で買ったものだし別に良いのだが、珍しいなと思った。
 冨岡は物にあまり執着しないし、物欲も薄い。それなのに突然こんな大きなものを買ったから珍しいと。

 そして、買ったその日からそのクッションの上が冨岡の定位置になった。

「ただいま」
「おかえりィ」
 ほら、今日も手洗いうがいをして着替えて、おかえりとただいまのキスをしたらクッションに一直線だ。よほどあのクッションには吸引力があるらしい。一度俺も座らせて貰ったが、モチモチしていて気持ちが良かったので分かる。俺も少し欲しくなったくらいには心地良かった。
 俺よりも体力を使う体育教師だし剣道部顧問もしているし、平日は朝も早くて夜も遅いから疲れは溜まりやすいよな、分かる。

……分かるが、それとこれとは話が別だ。
 あのクッションで冨岡が癒されているのは嬉しい。良かった。
 でも、なんか面白くないのだ。恋人としては。
 癒しなら俺にしろよ。俺に求めろよ。
 クッションに寝転んでほにゃほにゃした顔をしている冨岡を見ていたら、段々とそんな気持ちになってきた。
 クッションに対抗とか嫉妬してどーすんだ。頭湧いてんのか。そう思う。思うがムカつくもんはムカつくのだから仕方ない。テメエの恋人は俺だろうが。相手が無機物とはいえ、そんなデレデレした顔しやかって。それはもう浮気だぞ、オイ。あーもう苛つく。

「冨岡ァ」
「んー?」
 デロデロに溶けやがって。この浮気野郎が。
 ラグの上、冨岡の頭近くにしゃがみ込む。そしてクッションに寝転んていた頭を胸元に抱え込んだ。
「しなず」
 冨岡が名前を呼んだが問答無用。ぎゅっと抱きしめる。
「テメエの癒しはここだろうがァア!」
 イラつきと、あと恥ずかしさもあり。勢いよく叫ぶと胸元がくつくつと揺れた。これは、分かる。冨岡が胸元で笑っているのだ。
「そうだな。すごい癒しだ。世界一だ」
 しばらくモゾモゾと動いていたが、やがて鼻の頭を俺の胸に埋めるようにして落ち着いたらしい。動きがピタッと止まった。
 そうすると勢いで行動した俺の居た堪れなさが増大する。いや、本当になにやってんだ俺は。

「不死川」
……ンだよ」
 恥ずかしいから今は話しかけんじゃねェっての。そう思うのに、冨岡の関心が自分に戻っていることが嬉しいだなんてどうかしてる。
 でも
「妬いたのか」
 なんて胸元から聞こえたから、冨岡のこめかみに力一杯の梅干しをお見舞いしてやった。分かっていても聞くんじゃねェよ、それ。大人の嗜みとして黙っとけ、な?

……妬くに決まってんだろ、ばか」
 冨岡が梅干しの痛みに呻いている隙に本音をこぼす。すると腕の中で冨岡は幸せそうにまたくつくつと笑う。
「不死川が可愛くてどうしようか」
「どうもしねぇよ。愛でておけ。全力で」
 開き直ってそう言えば、下から伸びてきた手に頭をそっと下げられて。
「もっと、癒しをくれないか」
 ってキスされたから、俺からもキスを返しておいた。