燈 ともしび
2026-05-31 21:04:20
3120文字
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ぎゆさね【きらきらとひかる】

リーマンパロ。一枚上手

「なァ今日この後暇ァ?」
「暇でしかないが」
「即答かよ」
 俺の回答がよほどツボにハマったのかクスクス笑う。不死川は意外に表情が豊かだ。特に笑うといつもの強面から柔らかい印象になって時々見惚れてしまう。

 不死川と仲良くなれたなと思えるようになった。
 というのも俺たちは同じ職場で同期なのに初めのうちは全く仲良く無かったのだ。多分、俺の第一印象(というか発言)が不死川の地雷を踏んでしまったからだ。
 けれど、飲み好きな宇髄に誘われて同僚飲み会に行くようになり、不死川とも勤務後に顔を合わすことが増えると少しずつ変わっていった。アルコールが入っていることもあり、お互い会話のハードルが下がっていたのが良かったのだろう。その飲み会後からは昼休みに一緒に昼を食べることも増えた。ぶどうパンばかり食べている俺を憐れんだのか、時々俺用におかずを多めに作ってきてくれることもある。どれも美味しくてすっかり胃袋を掴まれてしまった。
 腹を割って話してみればお互いに対して誤解していたことが分かったし、なによりも古い洋画好きという共通点も見つけることが出来た。
 古い洋画と言っても、俺はメジャーなものよりどちらかと言えばマニアックなものが好きで、当時も劇場公開されておらず、今ではソフトすら絶版になっているような作品が好きだった。
 その中でも特に好きな作品があるのだが、会話の中で不死川が一番好きだと話してくれたのがその作品だったのだ。今までその作品を知っている人すら会ったことがなく、その時の飲みは宇髄がびっくりするほど盛り上がった。更に三部作の一作目と三作目を俺が、二作目を不死川がソフトとして持っていることも分かり、今度ぜひ三作続けて鑑賞会をしようとまで約束していた。冒頭の声かけはその誘いだったのだ。
 今日は週末で、明日は休み。俺と不死川の家は一駅違いと近い。なら、この前の約束を果たそうと盛り上がるのも道理。不死川から誘ってくれたというのも嬉しい。俺の家の方が先に着くので一緒にうちに寄って一作目と三作目を取りに行き、不死川の家で鑑賞会をすることになった。
「冨岡の家も見て見たかったァ」
 などと嬉しいことを電車内で言われたが、見ようと思っている三部作は割と長いので今日は時間がない。また今度改めて誘わせて欲しいと伝える。不死川もうちにあるソフトが気になるのだろう。俺も不死川の家のソフトを見せて貰えるのが今から楽しみで仕方ないのだから。

 不死川の家の最寄駅に着いて、家までの道中にあるコンビニで色々と買い出しをする。
 泊まっていって良いと言われたので着替えは家から持ってきている。なら酒やつまみ以外にも明日の朝飯用に何か買おうと思っていたのだが、
「昨日たくさん作った鮭大根ならあるぜ。あとほうれん草の胡麻和えと白菜の味噌汁」
 だなんて胃袋を掴まれている俺には堪らない提案をされてしまい、酒とつまみだけを買った。もちろんお代は俺が払う。
「単純」
 と不死川はまたクスクスと笑っていた。その顔がいつもより可愛く見えて心臓がひとつ跳ねた。

 三部作の話をしながらあっという間に不死川の家に着くと、不死川は週末の疲れも見せずに風呂の用意をしてくれた。先に風呂を済ませてゆっくり鑑賞会をしようと。しかも俺に先にどうぞなんて言ってくれる。至れり尽くせりだ。流石に甘え過ぎな気がして断ったのだが、
「甘えろよ」
 と冗談混じりに言われたので、ここは甘えさせてもらう事にした。
 不死川の家はシンプルだけれど落ち着く。単に物が少ないだけの俺の家とは違い、家主のセンスが良いのだろう。風呂も賃貸にしては広く、ご丁寧に入浴剤まで入れてくれてあり、とても気持ちが良かった。

 ほこほこと幸せな気分で風呂から出れば、不死川は買ってきたつまみ以外にも手作りのつまみまで用意してくれていた。俺が食べたいと言ってしまったからか、美味しそうな鮭大根も小鉢に用意されている。なんて事だ。ここは天国か。感動していると
「先に飲み始めてて良いからなァ」
 とこれまた優しさを受ける。やっぱりここは天国かもしれない。不死川は天使だ。間違いない。
 家主を差し置いて流石に一人で先に飲むのは、と思い、小鉢の鮭大根をひとくちだけ口に運ぶ。本当はこれも我慢するべきだと思ったが良い匂い過ぎて無理だった。なんせ鮭大根は俺の大好物なので言葉に甘えさせてもらうことにした。のだか美味い。つい二口目も食べてしまう。本当に美味しい。多分、今まで食べた中で一番美味しい。
 そんなことを繰り返していたら不死川が風呂から出てくる頃には小鉢が空になっていた。
 子どものようで情け無いとしゅんとする俺とは対照的に、不死川は空になった小鉢を見て喜んでくれていたのだけが救いだ。作った甲斐があると笑いながら、でも明日の朝飯分が無くなっちまうからこれでおしまいなァと追加でよそってくれた。やっぱり優しい。そしてやっぱり美味しい。沁みる。

 二人並んでソファーに座り、まずは乾杯をした。いつも飲んでいるものと同じビールなのに今夜はやたらと美味しく感じる。あと寝巻き代わりのスウェット姿の不死川は、リラックスしているからかいつもより幼く見えた。
 一作目をセットするとすぐに見慣れたオープニングが始まる。俺は家で何度も観ているが、不死川は見るのは久しぶりなのだという。高校生の頃にテレビ放映で見て好きになり、けれど小遣いは無くてソフトは買えずにいたのだと。それでもずっと忘れられなかったらしい。大人になって自由にお金が使える頃にはもうソフト自体が手に入りにくくなってしまっていて、あちこち巡って二作目だけは買えたが、一作目と三作目はどうしても手に入らなかったのだと。
 俺もおんなじだった。この作品はテレビ放映で見て好きになった。
 けれど、俺は三作全てのソフトを買えた。実は今も持っている。実は家に二作目もあるのだ。
 ではなぜこんな嘘を付いたのかと言えば、不死川と鑑賞会がしたかったからとしか言えない。

 隣を向く。不死川は真剣に画面を見ている。部屋の照明を暗くしているから画面のキラキラが不死川の色素の薄い瞳や髪の毛に反射して綺麗だ。
 はっきり言って、見惚れた。綺麗で可愛いと思った。

 だが、俺の不躾な視線に気付かれてしまったようで不意に不死川がこちらを向く。
 目が合う。俺の心臓が跳ねる。

「見ねえの?」
……見てる」
「それはァ、画面じゃなくて俺をってこと?」

 また心臓が跳ねる。図星だ。俺は大好きな映画よりも不死川に惹かれていた。でも正直に答えることは出来なかった。自分でも言語化出来ない、甘い感情をどうすれば良いのか分からなくて。

「じゃあさァ、俺も言っていいか?」
「何を?」
 怖い。怖い? いや、違う。この震えはきっと怖さじゃなくて。

「この作品の一作目と三作目。あそこの棚に入ってるんだよなァ」
 べーっと。いたずらそうに、きらきらの髪と瞳の天使が赤い舌を出して笑う。

 そうだ。この映画の主役は不死川によく似た天使だった。なんで今まで気付かなかったのだろうか。
 俺は……この天使に一目惚れしてこの映画が大好きになったというのに。

 伸ばした指は飲んでいたビールを素通りして、天使へと向かう。捕まえる。
 捕まえた。俺の、天使。

 すると不死川はまたクスクスと笑ってそして。
 俺の両腕の中へと自ら飛び込んで来た。

「単純」
 さっきもその言葉を聞いた気がするが、俺の唇で塞いでしまったので次の言葉は出てこなかった。