aknzy
2026-05-31 14:30:55
12516文字
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鉢雷 愛の言葉を

二人が恋を自覚する前からこれといったきっかけはなくずっと同じ想いを抱えていたところに、愛され末っ子の三郎を混ぜ込んだ話

※捏造鉢屋家(仲良し)が出てきます

「え、ごめん、ちょっと聞こえなかった。もう一回言ってくれるかい?」

 鳥の鳴き声がぴいぴいと囀りわたる麗らかな春の朝。学年が上がったばかりの僕たちを容赦なく叩きのめすような難易度の高い実習を終えて、五年生全員が無事に連休初日を迎えられた。開けた戸口からは心地よい風が流れ込み、蝶なんかもひらひらと飛んでいたりして……なんだか、二匹連れ立って飛んでて僕と三郎みたいだ。そんなことを考えながら、起きてからというものやたら静かな三郎と連れ立って、顔を洗いに井戸へ向かっていた時のこと。
 あと数歩先の角を曲がれば井戸が見えるようなタイミングで、三郎が僕を呼び止めて、小さい声で何かを言った。もごもごと口をあまり開きもせず、やたら照れたように足の指先を擦り合わせ、手を握りしめながら下を向いて何かを言った。
 問いかけて返事を待っていると、顔は下を向いたまま、ちらちら上目遣いでこちらを何度か伺ったあと、また小さい声で何かを言った。

「らいぞ、…………

 自慢じゃないけれど、僕はかなり耳が良い方だ。生まれ持ったものもあるだろうけど、入学した頃からお世話になっている中在家先輩の影響もとても大きい。中在家先輩はお声が小さいために聞き取りづらい事が多くて、僕たち図書委員会の面々はそんな先輩とずっと一緒に委員会活動をしているから、自然と耳が良い忍たまになっている。だから、三郎が何か悪戯を思いついて思わず小さく笑っていたりすると、僕もそれに気がついて一枚噛んだり嗜めたりするんだけど。
 朝起きてからの三郎は、もごもごとしてきちんと発音できてないから何を言っているかよく分からない。三郎の変装術は見事で、声色も自由自在に中在家先輩のような小さい声もすごく自然に発音できるのに。耳に入った音はそういう様子ではないし、何やら少し様子がおかしい。
 ……なんだろう。何か言いづらいことを隠してる時みたいだな。僕の知らない間にいたずらでもしたのかな。でも昨晩までずっと五年生総出で実習に行っていたし、抜け出して悪戯を仕掛けられるような余裕はなかったはず。それに、今朝は珍しく僕の方が先に目を覚ましたんだ。疲れてぐっすり寝ていたんだろうし、夜の間に何かをしたということもなさそうだからなぁ。

 三郎がもじもじとしたまま何も言えず、僕の方も顎に手を添えたまま三郎の意図を図りかねたまま廊下で二人立ちすくんでいると、ふとある変化に気がついた。三郎の顔が、赤くなっているのだ。正確には、顔というより面で隠れていない耳や首周りだけど。意識して赤面する時は面の部分まで赤くしているのをよく見かけるから、きっと無意識のうちに赤くなっているんだ。珍しいな。何か調子でも悪いのかな。
 ……あっ、調子が悪いのか。そりゃそうだ、無理もないよ。ただでさえ三郎は体力がちょっと少なめで疲れやすいのに、そんな中で難易度の高い長期間の実習だ。体力にそこそこ自信のある僕でさえ疲れちゃって、昨晩のご飯はいつもよりおかわりの回数が少なかったもの。それにそのあとどうやって部屋まで戻ったか、半分寝ていたもので覚えていないくらいだし。三郎が疲れ切って熱を出してしまっていても、そりゃあ仕方がない話だ。
 実習中立ち寄った茶屋にまた来ようと三郎から誘われていたのがお流れになるのは、残念じゃないと言えば嘘になるけど。でも、三郎の健康の方がずっと大事だ。うん。茶屋はずいぶん人気だったみたいだし、あのあたりで起こりそうだった戦は僕たちが食い止めてきたところだし。次の休みに行っても、きっと変わらずそこにあるはずだから。

「三郎、お前の言いたいことは分かってる」
「えっ、らいぞ」

 ぎゅうぎゅうと握られている手を取ると、三郎は波打った眉を下げながらこちらをまっすぐ見つめてきた。
 実習中、五年生に上がったばかりとは思えない難易度の高さに思い知らされ、外の厳しさや実力不足を前にして打ちひしがれる五年ろ組の仲間に向かって、三郎は楽しそうに「これが高学年ってことなんだろ。かえって燃えるじゃないか」と励まして回っていた。
 進級試験の忍務を無事に全員が達成した時。座学試験を前にしょぼくれていた八左ヱ門の追試結果をみんなで見に行った時。すごく嬉しそうだったんだ。こうしてみんな揃って五年生になれたことが、とても嬉しそうだったんだ。そしてそれは、実技の授業中なんかにも表れていて。手裏剣撃ちやら組手やら、何かするたび事あるごとに、五年生らしくしないとな、って鼻歌でも歌い出しそうに踊り出ては、鮮やかな手腕で満点を叩き出し続けている。
 ということは、つまり。三郎は五年生らしくないことはきっとしたくないという思いが強いはずだ。分かってる。もちろん分かってるよ、三郎。
 でも、その気持ちも大事にしてやりたいんだけど。それよりも、お前の体調のほうがずっと大事だもん。

「三郎。……五年生でも熱で看病されることは、何も恥ずかしくないよ。ほら、一緒に保健室、行こう」



 私の最愛、不破雷蔵。顔を借り、時には姿形に声音も借りて。困ったことがあったら解決してやりたいし、疲れた時にはそっとそばにいて欲しい。辛いことが起こる前に隣にいて共に全て跳ね返したいし、何より落ち着く君のそばにいさせて欲しい。
 そんなことを、恥も外聞もなく一年生の頃からずうっと伝え続けてきた。不破雷蔵あるところ、鉢屋三郎ありさ。比翼の鳥連理の枝。一膳の箸。把手共行。君の姿が一番落ち着くんだ。ずっと一緒にいようね、などなどたくさん他にもいろいろ。
 好きあらば愛を伝えていたし、それを嫌だと言われることもなかったどころか、雷蔵も返してくれたりしたし。そうして私は、街に蔓延る軟派男もかくやと言わんばかりの甘言をたっぷりと雷蔵に浴びせ続けてきた男なのである。隣で毎日、起床就寝、三度のご飯、湯浴みの後の髪拭き時間、一日最低六回は言い続けた。私が学級委員長委員会のお使いで留守にしていた日や、雷蔵が図書委員会の買い出しで外泊した時は再会したその日に会えなかった分もたっぷりと伝えた。ちなみに、それを五年生の同輩たちも聞き続けたからなのか、五年生は後輩への態度が優しすぎると言われたりもする。私は後輩を注意する時はほどよい悪戯を仕掛けるため、それが原因というよりもあいつらの性質がそうなだけだとは思うけど。
 とにかく私は、しっかりと自分の意思で毎日雷蔵への愛を伝え続けた。

 そんな生活を続けて丸四年。先日、無事に五年生への進級が叶った。雷蔵と卒業後も一緒にいたいのだと告げて、年を越したばかりの実家を逃げるように去ったからなのか。裏で学園長と交渉でもしたのか、実技進級試験の難易度が非常に高く、所々に鉢屋の仕業とみられる仕掛けがみられた。しかも私と雷蔵が赴くところにかぎって仕掛けられていたのだから、確実に実家の仕業である。学園長に訊ねても「はて、どうだったじゃろうなぁ」とだけ答えられて躱されたが、あれは確実に実家が絡んでいる。幼い頃から嫌というほど見てきた手腕に溢れていたんだから、絶対そうだ。
 そんなこれまでの努力で積み重ねてきたものを発揮し、なんとか全て乗り越えて無事に皆で進級できた。五年生になれた。
 雷蔵に内緒で実家に宣戦布告のようなことをしたのは、逆の立場で考えると絶対に教えて欲しかったた、と。心細い時に隣にいたかったと思うため、今となっては少し後悔しているが。そのうち……飛び出した気恥ずかしさのようなものが落ち着きでもしたら、その時は雷蔵に全部話して、一緒に改めて雷蔵と生きていくことを伝えに行こうと思っている。雷蔵に対しては常に誠実でありたいから。だから今はもうちょっとだけ待っててね、雷蔵。喧嘩のような形で飛び出したのに全部お見通しで裏から手を回され試されていたの、自分で思っていたよりずっと悔しかったみたいで……今帰っても意地でも謝れない気がする。そういうところ良くないぞ、って雷蔵にもたくさん注意されてはいるんだけど。
 とにかく。何はともあれ私は皆と、雷蔵と五年生になれた。そして今日まで、連れ戻すような干渉も、何か探るような視線を感じたこともない。つまりそれは、何か含みがあった実家がもうこの先私と雷蔵を引き裂くような壁はなくなったというわけだ。ずっと雷蔵と一緒ってこと。これから先、永遠に共に在れるんだ。

 そうして喜びをひっそり噛み締めながら引き続き雷蔵へ大好き♡を送り合い続けながら五年生としての生活を送って、一月ほどたったある日。あの進級試験を乗り越えられたのだから大丈夫じゃろう、という学園長の一声により、私たち五年生は例年よりも難易度の高い実習へ駆り出されることになった。それはまだ良い。だって乗り越えられたのは事実だし、今のうちに経験を積んでおくことは大切なことだからな。行動を共にしたろ組の面々を励ます役回りも別に良い。私は学級委員長だし。そんなことはどうだっていい。

 ただ一つ、圧倒的で致命的な問題があった。油断していたんだ。雷蔵くんに会わせなさいと送られてくる文だけで、もうそれ以上の干渉は無いと思い込んでしまっていた。なんたる不覚。これでは学級委員長の名を聞いて呆れるというものだ。
 ──こともあろうに、実習先に兄二人が出没したのである。

 雷蔵と二人で情報収集のために茶屋へ足を運んだときのことだった。対象の油断を誘うために無邪気に団子を頬張る雷蔵にまた来ような♡と言ったその時、私たちの座っていた長椅子の反対側に腰掛けた者がいた。

「すまないが、こちら側を使わせてもらっても良いだろうか」
「うるさくはしないから! すぐ発つし、良いかい?」

 さらりと黒髪の肩を流れる真面目そうな男と、所々短い髷の跳ねた明るい茶髪に軟派な顔立ちの男の二人組だった。全然大丈夫ですよ、とにこやかに答える雷蔵を横に、私はその顔を認識した瞬間、周囲の状況を忘れて、二人組から勢いよく顔を背けてしまった。

 ──兄だ。鉢屋太郎と鉢屋次郎だ。父の冷静さと母の真面目さを受け継いだ鉢屋家長男堅物太郎と、父の悪戯好きと母の我儘を受け継いだ道楽好き次男。それでいて、私よりもはるかに変装の腕がある。一回り年上だから仕方ないんだけど。

 帰るたび父と一緒になって悪戯を大量に仕掛けてくる次男が、雷蔵に向かってお兄さんすごく可愛い顔してるね、などと話しかけている。おいやめろ肩に軽々しく手を置くな、しかもなんで素顔なんだ、絶対何か企んでる!! だから会わせたくなかったんだよ!! 雷蔵に何を言うか分かったもんじゃないんだから!!

 私がまだ一、二年生の頃なんかは私が家で雷蔵の話をしても普通に聞いてくれていたと言うのに、三年生に進級したあたりから、私の家族はやたらめったら私に対して妙なことを聞いてくるようになった。

「雷蔵くんって、三郎みたいな話し方してるの? あっ違うの。……変装して顔を似せているし、二人で合わせて同じようなことをいう時もあるけど、普段は三郎自身が雷蔵くんの姿なの。へぇ…………雷蔵くんって可愛いの? ……あら、そうなの」

 三年生の夏休み。入学する前は普通に家では素顔で過ごしていたが、休みで帰っても雷蔵の面をしているのなんて一年生の夏休みに帰省してからずっとそうなのに、突然母から雷蔵の姿でいるときの私の振る舞いについて聞かれた。
 雷蔵は可愛いに決まっている。かっこいい時もある。存在がかっこよくて、振る舞いが可愛いんだ。そう答えると、母は穴掘り小僧のような声色であらまあ、と答えてそそくさと私の自室を去った。

「不破雷蔵あるところ。ふうん。三郎にとってその子は、悪戯したいし一緒にいたいし、って感じなのか? へぇ。ふうん……。おーい、母さーん、餅米と小豆ってどこにあったっけ」

 その年の大晦日、珍しく神妙な顔で正座して話しかけられたかと思えば、父は赤飯を作り出すし。いたずらを仕掛けて驚く姿も怒るところも見たいし、ずっと一緒にいたいに決まっている。というか一年生の頃からずっとそう言ってるはずなんだが。

「三郎は、その子と一緒にいたいのか。そうか。どういう風に、一緒にいたいんだ。…………それだけか? …………そうなのか」

 四年生の夏休み。必要な言葉を選び取り丁寧に紡ぐ、そういう意味では鉢屋家の中で最も雷蔵に近しい長男にしては珍しく、歯切れの悪くまとまりのない話し方だった。どういう風に、ってなんなんだ。比翼連理一膳の箸啐啄同時把手共行で在りたいだけなんだが。隣に在って、身も心も一つになりたいんだが。それだけ、じゃないんだが。

「ここからあそこまで全部らいぞーくんの面なの? ん〜……そうなんだぁ……。ちなみにこれどういう並びなの。え、朝昼晩が、七日間に、授業形態晴れ雨曇り、おまけにもひとつ委員会? へえ。そーなんだぁ……

 この間年越しに帰ったときには、普段ちゃらんぽらんな態度の次男が唇をきゅっとしめた変な表情で面の数について聞いてきた。雷蔵は表情豊かだからたくさん面が必要なんだよ。日々成長するし。……表情の違いに対応できるような面を作れるようになりたいとは思っているので、ぽかんとした物言いにはまだまだ技術の向上を目指さなければとは思わされたが。

 そうやって、私が雷蔵と一緒にいたいなぁと呟きでもすると、全員が妙に微笑むし。なんかやたら雷蔵くんを連れておいでなさいよって四人とも言ってくるし。一年生の頃そう言われた時に、雷蔵は学園から海を渡って帰らなくてはならない私の家とは方向が違って帰路の途中で山に向かうから無理だよ、って言ってあるのにもかかわらず、だ。そりゃいつかはと思っているが……それなりに準備もいるものをほいほいとできるわけがないだろう。
 他にも色々と、長いこと様子がおかしかった。そして私はその態度に対して、鉢屋家は少数精鋭の雇われ忍者隊を取りまとめる家のため、私がこのまま雷蔵について行くと。家を出る、と言い出して後継が減るのが嫌なのではないか、という可能性に行き当たった。今まで家の中で悪戯こそ散々仕掛けたけれど、基本的に指示には逆らわずに従ってきた子どもだ。変な教えを施された覚えもないため、大抵の場合従っておくのが吉であるのも要因の一つだけど。そんな私が、いろいろな顔を練習しなさいという言葉に逆らって雷蔵の顔に固定していることに対して危惧でも感じているのではないだろうか。学園生活の中で不便だから固定しなさいという話があったことを伝えたからか、雷蔵の顔をやめさせたりだとかは無かったけど。というか、あの人たちのことだから力づくてどうこう、みたいなブラック忍者隊のようなことはしないと思うが。
 でも、どうやら私が雷蔵のことを大好き♡なことに対して何か思うところがあるらしいことだけは、分かっていた。

 そんなことを考えながら冬休みに帰ったものだから、正月を迎えてから何度目かの雑煮をつつきながら、父がその日だけでもう五回は越えようかという「雷蔵くん連れてきなさいよ」話を始めたとき。ついうっかり「ここのところ、一体何が言いたいのか知らないが、私は卒業してもずっと雷蔵と一緒にいるからな!!」とだけ叫んで家を飛び出してしまった。
 それからは進級の知らせと一年生の頃から続いている月に一度の定期連絡だけ送り、他のあらゆる知らせを全て無視していた。正面きって学園へ加藤家の馬借便で届けられた文。お使い先の道端に建てられた看板の暗号。家ぐるみで行きつけの変装道具屋の店主への伝言。書いてあることは全て同じ。全部「雷蔵くんを連れて来なさい」だ。優秀な忍びたちが何に手間暇かけてんだと思いながら、全て目を通すだけ通して返事を返さずにいたのだが。

 ──やっぱり雷蔵に会わせなくて良かったんだ。今のこの惨状を見ると、私の選択は間違って無かったんだと思う。ぺらぺらと回っては雷蔵を口説き続ける次男の口を睨み続けているが、まったく怯みもしない。かと言って矢羽は雷蔵が気づいちゃうし、そうしたら兄弟であることも二人が素顔なこともきっと洞察力の鋭い雷蔵は気がついてしまうし、そうして私の素顔がどちらかに似ているか……なんて考えさせることになってしまう。そんなの絶対に嫌だ。私が兄のどちらに似ているか、ではなくどちらかの兄が私に似ているな、と思って欲しい。逆だ逆。先に思い浮かべるのは私であってくれ。……でも、素顔を見せるのはまだ覚悟ができていないから待って欲しい。

 対象はまだ茶屋から動きそうにないため、ここから離れることはできない。でもにやつきながら雷蔵にちょっかいかけてるこの次兄をどうにか引き剥がしたい。かと言って目立つような行動はできないから、雷蔵からしたら知らない人の手をいきなり引き剥がして怪しまれるような事態は避けたい。
 そんなことを考えながらぐるぐると目を回していると、奥に座っていた長兄が次兄の肩を掴み、いつもの淡々とした声音で、言った。

「やめなさい。困っているだろう。……申し訳ない、君の愛らしさにすっかり参ってしまったようだ」
「えっ」
……は?」

 歯の浮くような言葉遣いに目を丸くする私をちらりと一瞥して、何やら楽しそうに二人の兄はそのまま茶屋を去っていった。

「ら、雷蔵。その、大丈夫か?」

 初めて見る長男の言動に困惑しながら雷蔵に視線をやった先で、私はずっと力一杯に握りしめてしまっていた団子の串を取り落とした。

……えっ、あ、うん。大丈夫だよ。すごく、かっこいい方々だったね」
……
「びっくりしたなぁ……って、聞いてるかい?」

 あぁ聞いてるよ、雷蔵。そう返事を返したいのに、思った通りに口が回ってくれない。
 ──なんで。なんだって雷蔵、そんなに照れてるんだ。先ほどの次兄とか、そうでなくても普段の私が何を言っても照れること、あんまりないのに。最近だと鉢屋三郎あるところ不破雷蔵あり、って金楽寺の留守番の時に言ったのが最後だ。それもちょこちょこ使ってはいるけど二度目以降は照れられたことなんて無いぞ。まぁ悪戯がバレた時とかに使ってるからかもだけど、雷蔵が照れてるところなんて、近頃は木下先生や中在家先輩に褒められた時でしか見たことないのに。なんだ。私の言葉と何が違うんだ。一日六度を毎回新鮮に照れて欲しいわけじゃないけど、でも。一体何が違うんだ。

 諜報中にそんなことを考えていても仕方がない。まとまらない考えを無理やり振り切って、なんとかその場を誤魔化し、ぐるぐると回る頭を叱咤して忍務へと戻った。

 その後、恙なく任務を終えて学園へと帰ってきたその夜。ぱたんと木板が倒れるように速やかに眠りについたはずが、私は夜半に一人ふと目を覚ましてしまった。
 涼やかな風が月明かりと共に戸口の隙間から入り込んでいる。上体を起こし、左隣の方を見やる。

……ふは、かぁわいい」

 雷蔵が小さく口を開けてすぴすぴと眠っている。可愛い。……可愛いな。……なぁんで茶屋ではあんなにかわいい、照れた顔してたんだろう。

 言う頻度か? もしかしてあまりにも言いすぎて、軽く受け取られるようになってしまったのだろうか。……いや、雷蔵は私が伝えた分だけ態度や言葉できちんと返してくれるからそれは違う。でも、じゃあ一体何が違うというんだ。
 寝返りを打った拍子にもぐもぐと雷蔵が食べてしまっている髪を一房、口からするりと抜いてやる。何か食べている夢でも見ているのか、もごもごと口が波打っている。

 ……もしかして、伝え方だろうか。そういえば、比翼連理だの把手共行だのを使い始めた頃は、私の言い方も辿々しかったからか雷蔵も幼さの残るまろい頬を赤くして、えへ、僕も♡なんて照れの混じった可愛らしい伝え方で返してくれていたっけな。普段から使っている不破雷蔵あるところ、もそうだったし、最近すっかり気に入って乱用している鉢屋三郎あるところ、もそうだ。少し胸を高鳴らせながら使っていた頃合いに、照れた姿を見せてくれていた。
 それに、雷蔵への好きが溢れてしまってどうしようもない時。押さえつけて少しずつ取り出しては渡すように、喉を締めつけながら言葉少なに伝えるときは、いつもより雷蔵の頰が色付いている、ような気がする。

 つまり、長兄のように比喩は使わず真っ直ぐに、そして次兄のしたような小慣れた雰囲気は出さずに言えば良いのか。そうすれば、雷蔵を照れさせることができるのかも。そうか。………そうか。

 一息ついてから、少しはみ出ていた雷蔵の足を布団に収めてやる。そうしてもぞりと布団へ潜って、もう一度眠りについた。

 ──そして今日。気が付いたのなら即実践あるのみと、朝方からずっと雷蔵にただ一言「好きだ」と言おうとしているのだけど。
 ……全っ然言えない。はっ、恥ずかしい。どうしても「大好きに決まってるだろ?」だとかなんとか余計なものを付け足しちゃいそうになるしその度に途中で止めているから、多分雷蔵には何一つちゃんと聞こえてない。そもそも大きい声が朝から一度も出せていない。どうしても軽薄そうな雰囲気が言葉に乗ってしまう。雷蔵と喧嘩して謝る時も、謝るその言葉をなんとか真っ直ぐ言えたとしても、そうして仲直りした三秒後には照れ隠しの言葉を吐いていたのがすごく裏目に出ている。雷蔵ってば可愛い♡さすが俺のパートナー♡愛してるぞ♡って感じなら、息を吐くように言えるのに。
 でも、言い慣れているけれど、今だけは長兄と被るような言葉で照れさせるのは嫌だ。雷蔵は可愛くてかっこいいので形容としては合っているんだが、散々私が雷蔵について話しているのを聞いていた上でああいった言い方をしたんだ、なんか嫌だ。可愛いね♡で照れさせるのはまた別の機会にすることとした。さっき起き抜けに決めた。
 というかだな、そもそも何であの人はあんなこと言ったんだ。一体何がしたかったっていうんだ? 何も、考えなしにこちらに連れてくるように、と言っていた相手を立場を崩して自ら出向いて見にくるような人たちじゃない。すると、今回の行動には何か意味があったということになる。でも昨日兄二人がしたことといえば、雷蔵を口説いて雷蔵に可愛いと言って照れさせただけだ。もうまるで意味が分からない。私に何を知らせたかったんだ?
 ……もしかして、私が気付かないうちに実は雷蔵に対しては何かを伝えていた、とかなのだろうか。
 考えるうちにその可能性に行き当たった瞬間、ふと声を漏らしてしまった。

「らいぞ、…………

 あの二人のこと、何か知ってるの? と続くはずだった言葉は、声にならなかった。だって知ってたら物覚えの良い雷蔵は覚えてる。そして私がいつか素顔を見せた時にやっぱりお兄さんに似てるんだね! などと言われてみろ。悔しすぎる。絶対に嫌だ。雷蔵の認知の中心が私よりも兄に近くなるなんてこと、あってたまるものか。思い返させるのも嫌だ、覚えちゃうだろ雷蔵が。私の血縁の素顔を、私より先に!
 そんなことを考えていると、雷蔵がふと私の手をぎゅうっと握り返して、言った。

「三郎、お前の言いたいことは分かってる」
「えっ、らいぞ」

 嘘だろ。分かっているのか。私のこの、君に対するどろどろでぐちゃぐちゃとした感情を、知っているのか。ねえ、雷蔵。
 思わず止めてしまっていた息をふうと吐いて、まっすぐ雷蔵を見つめる。すると、雷蔵がいたずらの後に謝る私を前にした時のような、しょうがないな、とでも言いたげなやわらかい笑顔で、はっきりとこう言った。

……五年生でも熱で看病されることは、何も恥ずかしくないよ。ほら、一緒に保健室、行こう」
……えっ」

 ほら、遠慮するなって。そう言いながら、雷蔵がとても心配そうな顔をして手を引いてくれる。……ありがとう、雷蔵。そんな優しい君のことが大好きだよ。でも、でもね雷蔵。

「ち、違うんだ雷蔵! 私は今熱なんか出てない!! 至って正常、元気だよ!!」

 手を引き返して、正面から告げる。きょとんと目を見開いた雷蔵が、不思議そうに首をこてんと横に倒して、言った。

「じゃあ、なんでそんなに顔が真っ赤なんだい?」

 ……あぁもう。そんな真っ直ぐに見つめられていたら、素直に話すしかないじゃないか。出来ることならば、君に対して隠し事なんて一つだってしたくないんだから。
 そうして、私は年明けに雷蔵と一緒にいる、と啖呵を切ったこと。実習中の茶屋にいた二人組は兄であること。長兄の一言で雷蔵が滅多に見ない照れ方をしたのが悔しかったこと。隠していたことを全て打ち明けた。雷蔵は、きょとんとした顔のまま、ただ相槌を打って私の話を静かに聞いてくれていた。

……そっか。あれのことだったのか。……とにかくまずは、お前が体を壊していないのなら良かったよ」

 ぎゅうと握り合っている手を胸元まで引き上げて、雷蔵は小さい声で言った。

「ずっと一緒にってご家族に言うほど思っていてくれたのも嬉しいよ。勢いで飛び出したのはいただけないけどね」
……うん」
「それから、お前がお兄様方を紹介しなかった理由だけど。僕が照れた理由で……なんというか、相殺できるから。それも気にしなくて良いよ」

 相殺。一体どういうことだろうか。今度は逆に私が見当もついていないな、と内心苦笑しながら雷蔵を見る。

「うん。僕が照れた理由だけどね。お兄様のこと、三郎みたいだなって思ってたからなんだ」



 三郎みたいだと思ったんだ。口がとてもよく回る二番目のお兄様は、普段の僕の姿をしている時の三郎とか、あとはちょっとおちゃらけてる時とかの三郎。上のお兄様は、学級委員長や変装の達人、武術大会の時の三郎みたいだなって。雰囲気とかがね。あと三郎、鬘は部屋で何度か取っていたから、地毛が艶やかな黒なことは僕も知っているだろう? だから、そこも相俟って三郎みたいだなって。あとね。

「お二人とも、三郎によく似た声音をしていたよ。家族だと、案外気が付かないものかもしれないけど」

 お前が僕に可愛いとか色々言う時って、二番目のお兄様みたいな言い方のことが多いだろう? だから、真剣な時の三郎に言われたみたいで……なんかちょっと調子が狂うというか。あんまりそんなこと無かったし。それでちょっと照れちゃった、のかも。

 そう告げると、三郎は顔を湯気でも立ち上りそうなほどに赤く染め上げ、その場にしゃがみ込んで、言葉にならないうめき声をうううと上げ始めた。……こういうところが可愛いんだよなぁ。そんなに照れるなって、と言いながら僕も前にしゃがみ込み、背を摩り撫でてやる。

 ──本当は、あの茶屋での邂逅の時。お兄様方から僕に宛てた手紙を、袖に忍ばされていたんだ。だから、三郎が打ち明けてくれたことは、僕も知っていた。照れてるのを見て悔しかったっていうのは、想像もしてなかったけどさ。でも、それ以外のことに関しては本当なら実習を終えた直後にでも話してしまって良かったんだけど。
 ……まだ、三郎が僕に対して抱いている感情が、僕と同じものかどうか図りかねている部分があったから。お兄様方や、お二人を通して伝えてくださった三郎のご両親の懸念も、そこだった。
 三年生の春、行儀見習いが今年で終わることから四年以降の身の振り方について授業で話題が出た際、三郎が卒業後も僕と一緒にいる、と僕と話したことをご実家に伝えたらしい。その時から探りを入れていたけれど、一緒にいたいと願うその先で「僕とどうありたいか」の部分だけどれだけ聞いても出てこない、と。一緒にいたい、とただそれだけで動いているようなのだと。それでいて独占欲のようなものはあるから判断がつけられないと。本来であれば家族とはいえ干渉するべきではないところを、と前置いた上で、色々と書き記してくださっていた。そしてそれは、表向きには大きい忍者隊の組織編成のためといった目的のもとのものだったけれど。実際は、単に三郎を、三郎が家でも好きだと言って憚らない僕のことを、そしてそんな僕を好きだと言う三郎の想いを思っての言葉だったように思う。三郎は、自分の感情に疎いところがあるように思うから、と。学園に入って、僕の話をする三郎がすごく嬉しそうだから、と。才気に溢れる末っ子を、ご家族がとても大切に思っているであろうことは、想像に難くなかった。

 もう一年生の頃から、毎日最低で六回くらいかな。起床就寝、三度のご飯、湯浴みの後の髪拭き時間。三郎は、僕に向けて言葉で象った大好きを、行動で表す大好きを、たくさん渡してくれる。僕も同じくらい返していたけれど、その大好きが一体どんなものかなんて一度も考えたことはなかった。だって大好きは、大好きだから。そこに何か細かい意味や違いなんて無かったから。僕と三郎の間にあるそれは、裏表のない、ただそれだけの、とても大切なものだから。

 それが、この間の茶屋で、三郎が僕に渡してくれるようなそれと似たものを三郎のお兄様方に言われた時。いつもとちょっと違う雰囲気の三郎に言われたらこんな感じなのかな、みたいな照れと同時に、得体の知れないむず痒さに見舞われた。そうして、あの時初めて、僕がこの先これを受け取る相手は、絶対に三郎が良いと思った。三郎だけが良いと思った。同時に、ご家族にこんなにも愛されて、優秀で人好きだからきっとこれからもたくさんの人に愛されるであろう三郎にこれを渡すのも、僕だけが良いと思った。他の誰でもない、僕だけにしてって。
 でも、三郎がそう思うとも限らないからなぁって、実習中にそんなことを考えたりもしてしまっていたのだけども。

 でも、僕が照れるのは三郎が原因なのが良いって、そう思ってくれてるってことは。……ふふ、そっか。僕たちはずっと、おんなじものを持っていたんだ。それでいて、二人ともそれに気がついてなかったんだ。
 あの日、茶屋を去る時のお二人がすごく嬉しそうな笑顔を浮かべていたのを思い出す。あれは、何かをきっかけにそれに気がついたからだったのかな。いつか聞けると良いな。

 撫で下ろす背の先に乗っている頭は、落ち着くどころか、かえってぽっぽっと噴き上がりそうな熱を持っている。ひひ、ほんと可愛いね、お前。
 この、いま僕が抱えているとてつもなく大きな嬉しさと愛おしさをどうやって伝えてやろうか。
 ……それじゃあ、ひとまずお先に一旦、ということで。うんうんと唸り続ける耳まで真っ赤な三郎に、えいやっ、と思いっきり抱きついた。