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燈 ともしび
2026-05-31 11:11:37
2396文字
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ぎゆさね版ドロライお題:【お返し】
現パロ リーマンぎゆさね バレンタインのお話
ありがたいことに二月のバレンタインにはたくさんのチョコを貰った。
男二人暮らし。俺は甘党だから良いとしても冨岡は甘いのが苦手だから途方に暮れていたのを覚えている。挙げ句の果てには全部のチョコを鍋で溶かして一塊にし、なんとか一口だけでも齧ろうとするから慌てて止めた。発想が突飛で行動力だけはあるから本当にヤバかった。
調べたら施設に寄付するというのがあったのでそれを勧め、そこでようやく冨岡は肩の荷が降りたように安心した顔で笑っていた。
「どうしようかと困っていたんだ。甘いのは苦手だし、俺は人の気持ちを受け止められないから」
改めてそう言われてしまったから、俺はこっそり用意していたチョコを渡せなかった。
今の家は会社の寮として借り上げているマンションに暮らしているだけだから、二人暮らしといっても俺たちは単なる同僚なだけだ。恋人でもなんでもない。だから突然俺から苦手なチョコを貰っても冨岡は困るだろうなとは思っていた。
でも、俺は冨岡が好きだったから。
入社式で曲がっていたネクタイを直してやったら、ほわっと笑ってお礼を言われた。その笑顔に恋に落ちてしまったのだ。昔から面食いなゲイだったから、冨岡の顔は好みど真ん中だった。
それからずっと不毛な片思いを続けてきて、人付き合いの苦手そうな冨岡が俺にだけは懐いているからと「冨岡係」なんてもんに指名までされて。寮で二人暮らしをしている仲良し同期として周りから見られて。
でも、それだけ。
気付いて欲しくない。でも気付いて欲しい。相反する気持ちが揺れまくって、苦しくて。バレンタインにチョコを渡そうとまで思い詰めて。
今は、やっぱり渡さなくて良かったと思う。きっと心が粉々に砕けて終わっていただろうから。
昔から料理は得意だから飯の支度は俺の担当。冨岡は甘いのは苦手だが食べるのは好きなようで、俺が台所にいると背中にくっついて来て
「今夜は鮭大根か」
なんて嬉しそうに笑う。好物だもんな。知ってる。だからよく作るんだよ。得意料理って嘘ついて。お前と暮らすまで作ったことなんて無かったのに。
笑うと揺れる振動が俺にも伝わってくるくらいくっついて来るけれど、もし俺の気持ちが伝わってしまっていたら気持ち悪がられてこんなことも無くなるだろう。冨岡は大学まで彼女がいたらしいからノンケだろうし、それでなくてもあんなにチョコを貰うくらいモテるのだ。同居している同期の俺がゲイだって分かったら避けられてしまうかもしれない。
なら、このままで良い。
このままが、良い。
不毛な片思いを、苦しさを。俺が飲み込んで我慢すればいいのだから。
味見用に差し出した小皿を俺の手はそのままに自分の唇まで引き寄せて味見をする。冨岡は自然にこんなことをするから厄介で酷い男だと思う。
「美味い」
ほわっと笑いかけてくる。その度に俺の心臓はことん、と音を立てる。
バレンタインの時もそうだ。こっそり作ったチョコを渡せず自分で食べてしまってから
「不死川はくれないのか?」
なんて言ってきたのだ。冗談にしても酷過ぎる。頭にきたからその日の夕飯は激辛のカレーにしてやった。冨岡は涙目になりながら食べていたので少しだけザマーミロと思った。
でもこの暮らしも長くは続かない。
会社が借り上げ社宅としているこのマンションに住めるのは入社から三年目までと決まっている。俺たちは二年目だから、来年になったらどこか自分で家を借り、ここを出なくてはいけないのだ。
冨岡はどうするんだろう。怖くて聞いたことはない。来年まだ一年あるのに、それを待たずに良い物件があったから出ていくとか言われたらかなり凹みそうだから。
ホワイトデー前日の仕事帰り、駅近くのデパートで貰ったチョコのお返しとして可愛らしいパッケージの焼き菓子の詰め合わせを買った。俺はゲイで義理としてしか返せないから分かりやすく義理のお返しですよ、となるものを選んだ。
当日、職場でそれを配れば、女性陣は嬉しそうに受け取ってくれたので良かった。女性相手ならこんなにも気軽に渡せるのに、と思う。
冨岡は何も用意していなかったようで、ブーイングも起きていたがスンとした顔で仕事をしていた。
それで少なくともあの中に冨岡の好きな人は居ないのだと分かる。まあ、チョコも全部寄付していたからそうだろうとは思ったけれど。そのことにホッとしてしまった自分が嫌いだと思った。最低だ。俺は。
少し残業をして家に帰って。冨岡はまだ帰って来ていなかったから昨日の残りを温めて風呂の支度をして。
二日目の煮物って美味いんだよな、と鍋を見ながらボーっとしていたらいつの間に帰って来たのか冨岡が背中に張り付いて来た。
「ただいま」
鮭大根だ。冨岡の嬉しそうな笑い声がうなじにかかってくすぐったくて首をすくめる。
「不死川」
「あんだよ」
火を止めて皿を出そうと手を伸ばしたら、その手に何かを載せられた。なに。視線を向ければそこにあったのは小振りの花束。びっくりして息が止まる。
「いつも美味しいご飯を作ってくれてありがとう」
なんで、やっぱりこいつは酷い男だ。よりによって今日が何の日か分かってんのかよ。こんな、花束とか。いや、分かってねェんだろうな。そういう男だから。
花束が潰れそうで身体を反転させたら、思っていたよりも近くに冨岡が立っている。びっくりして足がすくむ。
「本命からチョコは貰えなかったけど、好きな人に花束を贈るのは許されるだろうか」
不死川は物知りだから教えてくれ。
冨岡はまたほわっと笑ってる。
俺の好きな顔で。
いや、違う。目元が赤い。照れてるのか。
なんで。考えても答えはひとつしか出てこなくて。
向かい合っている俺まで顔が赤くなった。
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