燈 ともしび
2026-05-31 11:08:32
3987文字
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ぎゆさね版ドロライお題:【桜咲く/ひかり】

現パロ 幼馴染ぎゆさね

「実弥と一緒に通えたら楽しいだろうなあ」
 好いている奴からそんなことを言われたら必死に頑張るしかないだろ。少なくとも生まれてから1番努力したし、普段は信じてもいない神様に祈ったりもした。
 その結果は、桜咲く。
 俺は晴れて義勇と同じ学校に通えることになったのだ。

 キメツ学園は国内でも特に質の高い専門分野での授業に評判のある大学だ。当然人気は高い。けれど他に比べて学費も高い。裕福な義勇の家とは違い、本来ならうちのような母子家庭で子どもが多い家の人間が希望出来るようなレベルの学校ではなかった。
 だが、どんな生徒にも学びの可能性があるとの現学園長の方針で、一定の上位成績をキープ出来れば学費が免除になった。おまけに卒業しても返済の必要がない。
 幼馴染である義勇はキメツ学園を第一志望にしていたので俺はとにかく必死で勉強をした。成績をキープ出来れば通えるとなれば頑張るしかなかった。
 
 合格発表の日は義勇の家で二人、パソコンの前でギャーギャー騒ぎながら結果を見た。まず義勇のから見て合格、そして俺のを見て合格となっているのを見て泣きながら抱き合った。学部は違えど俺は義勇と同じ大学に通えることになったのだ。嬉しくてたまらなかった。

 その日の夜、義勇の家で俺の家族までお呼ばれして合格パーティーを開いて貰った。
「実弥くんが一緒で嬉しいわ。あの子、蔦子と違ってどこか抜けているから心配だったの。これからも義勇のことをよろしくね」
 義勇のおふくろさんはそう言ってコロコロと笑いながら俺の手をぎゅっと握ってくれた。温かい。笑うと朗らかで美人で、姉の蔦子さんととてもよく似ている。義勇は親父さんに似ていて、顔は整っているのに寡黙なところが更に似ている。
 けれど、その日は珍しく親父さんも上機嫌で笑っていて饒舌だった。
「実弥くんが同じ大学希望だと知ってから、義勇も更に頑張っていたんだよ」
 実弥くんのことが本当に好きなんだね。
 握られた手はおふくろさんと同じように温かかったのに、そう言われた瞬間に心臓をぎゅっと握られたような気がした。
 これからもうちの息子を頼む。それはイコール良き友人、幼馴染としてだろう。
 親父さんもおふくろさんも蔦子さんも、あと義勇本人も。全員、俺が義勇のことをそういう意味で好きなのだと知らないし思ってもいないのだから当たり前だ。もちろん俺も誰にも伝えるつもりはないし、伝える気もない。分かろう筈もない。
 けれど、その時の俺はその言葉が俺の恋心に対する釘刺しに感じてしまったのだ。
 俺は所詮、義勇の幼馴染でしかない。それはこれからもずっと変わらない。この先の未来に義勇が誰かと結婚しても笑って祝福してやらないといけないということだ。笑っておめでとうと。幸せになれよと。そう言わないといけない。友として側にいるということはそういうこと。友の中で一番になれても、俺は義勇の一番、唯一にはなれない。 

 世界が真っ暗になった。
 だからこの気持ちはここで封印しようと思った。浮かれた自分の愚かさを呪う。馬鹿は俺だった。せめて学部が違うのだけが救いか。
 側にいたいと願って受けた大学なのに、今は側に居たくない。矛盾している。思考がぐるぐるする。

 もう少し。あと少しだけ。卒業までにこの気持ちを全て消してなかったことにしよう。今度はその努力をしよう。いつか笑っておめでとうと言えるように。俺は義勇の幼馴染でしかないのだから。

「実弥? どうした? 大丈夫か?」
 食事に手もつけず黙り込んでいる俺を心配してか義勇が声をかけてくる。けれど俺はそれに
「ずっと寝不足だったから安心したらなんか眠くなっちまったわァ」
 と笑って返した。
「実は俺もだ。もう少ししたらこっそり抜け出して俺の部屋で一緒に寝よう」
 な、と無邪気に笑う義勇の笑顔が憎たらしい。こんな時でも好きだと思ってしまった自分も憎たらしい。
 一緒に寝ようなんて軽々しく言うんじゃねェよ。俺はお前のことが好きなんだ。そんな奴の隣でお前は無防備に眠れんのかよ。

 俺は、無理だなァ……。だって好きなんだ。お前のことが。好きでたまらないんだ。
 
 早く離れなければと思った。
 でないと自分のことがこの世で一番大嫌いになってしまいそうだった。

 入学式には二人で行った。スーツを着た義勇はとても格好良かったから写真を何枚も撮った。一人のも、二人のもたくさん撮った。すぐに未練になるだけだと思い直して全部消した。
 学部ごとにオリエンテーションが違うので、式の後に義勇とは別れた。
 最後にちらりと見た義勇はさっそく女共に囲まれていたが、俺は見なかったことにして記憶から消した。写真と同じように全部消して無かったことにした。

 それからはバイトと勉強に明け暮れた。学費免除のために俺は成績を落とせないのだ。必死だった。
 義勇と同じ大学に行きたい。そんな気持ちで受けたが、キメツ学園での講義はとても楽しかった。これは誤算だった。理系なので男子生徒が多く、気楽なのも良かった。義勇とは同じキャンパスだが、棟が離れているのであまり会わない。というかほとんど会っていない。登校も帰宅もバラバラなのだ。

 なんだ。案外俺は楽しんでいるじゃねェか。義勇のいない生活を、楽しめている。
 それだけはほっとしていた。
 
 だが、生きている人間だからある日突然ドミノ倒しは起こる。

 俺は家の事情を知りながらも就職ではなく進学を選ばせて貰った。
 でも母さんは
「実弥のやりたいようにやって良いんよ」
 と笑って許してくれた。
「実弥は家のことは考えなくて良いんよ。家を守るのは親である私の役目だからね」と。
 だからこそ俺は身体がキツくてもバイトを入れ続けた。母さんは小柄で華奢で身体が強くない。だからああ言われても俺が働かないと駄目だと思った。
 同時に成績も落とせないから休憩時間も常に教科書と睨めっこしていた。

 そして、ある日。講義が終わって立ちあがろうとした際に無理が祟って意識を失って。
 気付いた時には真っ白な病室にいた。

 持ち上げた右腕には点滴の針が繋がれていた。
 ここは病院か?俺はどうしたんだ。まだぼんやりする頭で考えていたら左手をぎゅっと握られた。視線を向けるとそこに居たのは見慣れた顔。久しぶりに見る、顔。
 俺の手を握っていたのは義勇だった。

「実弥」
 俺と目が合うなり義勇はポロポロと泣き出してしまったから今度は俺が慌てる番だった。
「え、ちょ」
「良かった。ずっと目を覚まさなくて、顔色も真っ白で血の気がなくて。もう二度と目を開けてくれないのかと思っていたんだ」
 良かった。そう言って義勇は俺の手を握ったままベッドの下に力無く座り込んでしまう。
「俺は、どうしたんだ。倒れたのか」
「そうだ。講義の後に突然倒れたらしい。俺はたまたま近くを歩いていたら実弥の名前が聞こえてきたから必死に走った。そうしたら真っ白な顔で実弥が倒れてて」
 その後も何かゴニョゴニョと言っていたが、涙声でほとんど聞き取れない。けれどとても心配をかけてしまったのだけは分かったから、俺からも義勇の手を握り返した。
 繋がった手は義勇の額に当てられる。
「実弥が居なくなったらどうしようかと思った」
「大袈裟ァ」
「それくらい実弥の顔には生気が無かったんだ! 心臓が止まるかと思ったんだぞ、俺は!」
……えーと、その、ごめん」
 素直に謝るが、義勇は許してくれない。それどころか
「嫌だ。許さない。一生許さないから実弥は俺が許すまでずっと隣に居ろ」
 なんて暴言を吐く。
「いや、それは流石に」
 お前がいつか唯一を見つけたら無理だよ。そう言いたかったが
「嫌だって言った。実弥は俺の隣にずっと居るんだ。そしていつか俺が必ず幸せにするからずっと隣で笑ってろ」
 そう言って額に当てていた俺の左手薬指を下ろすと、そこに優しいキスをした。

「え……
 俺は混乱するわ、恥ずかしいわ、なんか嬉しいわで頭がぐちゃぐちゃになっていて、ただ口をパクパクさせることしか出来なかったが
「実弥が俺のことを好きなのくらい知ってるに決まってるだろう。なんせ俺は幼稚園の年少で初めて会った時からずっと実弥のことを好きで、父にも母にも姉にも、あと実弥のお母さんにもいつか実弥と結婚するって言い続けていたんだからな。実弥が俺以外の奴を好きにならないようにずっと頑張っていたんだ」
 義勇は泣き顔のまま、なぜか胸を張ってそんな宣言をする。
「実弥が倒れたのはバイトが忙しいからだな。その辺は将来の伴侶として俺も一緒に頑張るし、貯蓄もあるからそれを」
「ち、ちょっと待て!」
 俺は慌てて義勇の口を塞ごうとした。この病室のドアは開いているだろうからもしかしたら通りがかったナースさんに聞こえるかもで、更に個室じゃなくて他に人がいる気配もあるしで、とにかく義勇を止めようと必死で。
「とにかく黙れ!」
 そう叫んだら、何故か部屋の端から拍手が聞こえてきたからまた卒倒しそうになった。
 言いたいことを言った義勇は満面の笑みだ。義勇はずっと親父さんに似ていると思っていたのに、その顔は何故かおふくろさんによく似ていて。
 もしかして、あの時の「義勇をよろしくね」も「実弥くんが大好きなんだね」の発言も、そう言う。
 病室の窓にかけられたカーテンは春のひかりを感じるように明るい。義勇の顔も明るい。

 俺も本当は嬉しいんだよ、クソッタレ! 
 でも今じゃない。今じゃねェだろうが!

 俺はもうしばらく入院になるかも。
 そう心配になるくらい、感情が揺れ動いて大変だった。