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燈 ともしび
2026-05-31 11:05:40
3231文字
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ぎゆさね【ONE】
ファンタジー 吸血鬼🌊×神父🍃
眠りにつく前は身体を清めて感謝の祈りを捧げる。
今日も飢えることなく温かいスープとパンを村人と共にいただけたこと、子どもたちと笑い合えたこと。願わくば明日も共に笑い合えますように。
「天におられるわたしたちの父よ、み名が聖とされますように。み国が来ますように。みこころが天に行われるとおり地にも行われますように」
胸元のロザリオを祈りを込めて握りしめる。
「父と子と聖霊のみ名によって。アーメン」
夜の教会にいるのは俺だけなのでこの時間はとても静かだ。自分の息遣いすら響いているような気がする。
……
自分の、息遣い
……
?
目を閉じていても近くで聞こえるはあはあと荒い息はどう考えても自分のものではない。慌てて振り返れば、案の定、足元に真っ黒な塊が転がっている。手で揺さぶるとようやく黒い塊はモゾモゾと動き始めた。良かった。生きていた。
「オイ!」
「
……
た」
「あ?」
「おなか
……
空いた」
けれど、そう言うなり塊は俺の手の中でまた動かなくなってしまったのだ。
「ここはお前の餌場じゃねェっての
……
」
手の中の塊に呼びかけたけれど、どう考えても聞いている訳がないのでやめた。不毛なことはすぐにやめるに限る。
暖炉の近くに使っていないカゴを置き、余り布を入れてから黒い塊をそっとその中へと置く。その間に残りのスープを温めたが、塊はまだ目を覚まさない。
指でつついても目覚めないので今回は相当に体力を使ってしまったらしい。仕方がないので近くの椅子で本を読んでいると、一冊読み終わりそうな頃に塊は目を覚ました。
「サネミ」
「ようやく起きたか、寝坊助」
「起きた。お腹空いた」
目覚めた途端に図々しくまた空腹を訴えてきたので温め直したスープを小さくて深めのカップに入れてやれば、ヨタヨタとカゴの中から飛び出してきて俺の膝の上にとまる。どこまでも図々しい。
「サネミのスープは美味しい」
「そうかい。良かったなァ」
真っ黒の頭を指で撫でてやれば塊はスープから顔を上げて首を傾ける。これはちょっとだけ可愛い。
でも俺は『それ』の正体を知っているのですぐに指を離した。塊と呼んでいるこの懐っこくて黒い生き物の正体、実は俺が退治すべき吸血鬼だったりする。
そもそもの出会いもこの塊が教会の窓に思いっきりぶつかって失神していたのを見つけたことからだった。俺はてっきり野生のコウモリだと思い丁寧に看病したというのに、この塊は目覚めるなり
「俺は吸血鬼なんだ」
などと人の言葉を話し始めたので叫びそうになった。
「でも人間は襲わない。俺は吸血鬼としてはとても弱いんだ。あとお腹が空きすぎて死ぬかと思った」
そして俺が恐る恐る差し出した野菜のスープを美味しそうに飲み干すと礼を言ってまた飛び立っていってしまった。
残された俺は白昼夢でも見ているのかと思った。
伝わる話によると吸血鬼とは夜の暗闇の中でしか生きられず、人間を襲いその生き血を吸う人型の魔物だという。それなのに先ほどの自称吸血鬼は日が差し込む昼間に空を飛んできている。おまけに人間の食べ物を美味しそうに飲み干していった。
なんなんだ、あれは。頭のおかしな魔物か。
まぁ、いい。どうせ二度と会うこともないだろう。
そう思っていたのに俺はその塊に気に入られてしまったらしく、こうして時々腹が空き過ぎたり、体力が尽きそうになると度々教会に表れるようになってしまったのだ。
この教会にいない間、この塊が何をしているのかは知らない。本人曰く、探し物をしているのだというが何を探しているのかは興味がなくて聞いていない。自分から名前はギユウだと言ってきたが、俺はあえて塊としか呼んでいない。
この塊が自称とはいえ吸血鬼だと言っているのに神父である俺が馴れ合うのは許されないという気持ちが心のどこかにあったからかもしれない。
まあ、これだけ何度も世話を焼いているので今更としか思えないが、そこは一応線引きをした。
目の前で倒れている生き物を見殺しにすることは出来ないからな。それが唯一の言い訳だった。
ここしばらく塊は来ていなかったのだが、よほど遠くまで探し物を見つけに行っていたのだろうか。見たところ疲れているように見えるが、毛艶は悪くなさそうに見える。
どこか別の人間の世話になっていたりもしてるのか?
そんなことを思ったが、それも考えても無駄なことだとやめた。
「もう腹はいっぱいになったかァ?」
「お腹はいっぱいだ」
「そうか。良かったな」
腹が満たされても塊は旅立つ様子を見せない。今夜はここで休むつもりなのかもしれない。
教会が燃えては困るので暖炉の火を落とす。その代わり塊のいるカゴの中に余り布を追加で入れておいた。
「暖かい」
「そうか。良かったな」
パサパサとお礼のつもりか羽を羽ばたかせている塊におやすみと告げ、俺も自分の寝室へと移動する。今夜は塊のせいでいつもより夜更かしをしてしまった。明日も早朝からミサがある。神父が寝坊なんて許されない。
「塊、起きたら旅立ってるかな」
そんなことを思いながら目を閉じた。
やがて神父が寝入って本当に静かになった教会内を大きくて黒い影が動く。
黒い髪、白い肌。その口元からは長く鋭い牙が覗く。漆黒の衣と長いマント。それは人間に伝わっている魔物、吸血鬼そのものな姿だった。
その影が指を動かすと音も立てずに静かに寝室の扉が開く。開いた扉の先では真っ白なシーツに包まれて神父が穏やかに寝息を立てている。
影が近寄る。でも神父は目覚めない。
当たり前だ。先ほどそっと深い眠りへと誘う香りを嗅がせていたのだから。
羽を羽ばたかせていたのはお礼ではない。香りを気付かれないように神父に吸い込ませるため。今までずっと無害な塊の姿でいたのもそのためだ。
油断させて、その隙を狙う。そんなの魔物の常套手段だというのに。
「サネミは、神父とはいえ簡単に他人を信用し過ぎだ」
まあ、俺もそこに惹かれたのだが。
影は口元に笑みを浮かべる。それは害のない塊の笑みではなかった。獲物を狙い定める、捕食者の笑みだ。
「俺が探し求めていたのは伴侶だ、サネミ」
ずっと探していた。身も心も美しく清廉な命を。
「俺は欲しいものは必ず手に入れるんだ」
そのためにこの茶番のようなことを繰り返してきたのだ。全ては人間であるサネミを夜の世界に連れ攫うために。永遠に共にいるために。
「俺なんかに狙われてしまって可哀想に」
まあ、二度と離す気はないが。
そっと手をやって神父の首元を晒す。
健康的な肌。温かな体温。塊でいた頃はどれも好ましく思っていた。
でも、今はそれよりも欲しいものがある。
ギユウはサネミの首筋に長い牙を突き立てた。
「あ! ッあ!」
眠っているのに、もがくような声がサネミから上がる。けれどすぐにそれも止んで静かになった。
『力のあるもの』は逆に力のない無力な生き物にも擬態出来る。サネミはそれを分かっていなかったのだ。
ギユウは力無きものではない。
むしろ吸血鬼の一族の中でも最上位の力を持つものだ。
ギユウはまだ意識のないサネミの身体を優しく抱き上げる。
「これで、サネミは俺のものだ。永遠に」
口元を血で赤く染めてギユウは笑う。
血の契約を寝ているうちに結ばされたサネミは、これからゆっくりとギユウの伴侶として身体が作り替えられていく。
朝になって、ミサのために教会へ訪れた村人は驚くだろう。
村の頼れる神父は死んだ。
強い吸血鬼の伴侶となるために、死んだ。
そのことをまだ寝ている村人は誰一人として知らなかったし、サネミ本人ですらも気付いていなかったのだ。
床に落ちた、血に濡れたロザリオだけが神父の行方を知っていた。
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