燈 ともしび
2026-05-31 11:03:43
2157文字
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ぎゆさね【境界線】

現パロ リーマンぎゆさね。甘め

 恋人と友達と、その境界線はどこにあるのだろう。
 そして、その境界線が崩れる時はいつだろう。


 それまで冨岡とは挨拶くらいしかしたことのない単なる同期でしかなかった。
 歓迎会でしこたま飲まされた俺は情けなくも潰れてしまい、吐きまくった挙げ句の果てに終電を逃して、それまで面倒を見てくれていた冨岡と共に夜の街に放り出されてしまった。
 お互い就職のために上京してきた身だったのでこの辺りの土地勘なんてないうえに、タクシーで帰ろうにも吐いて汚れている俺を乗せられない。困り果てた冨岡はとりあえず目の前にあったラブホに入った。
 風呂に入って寝たい。冨岡もそこそこには酔っていたので、その時はそれしか頭になかったと言う。そのラブホが同性同士でも大丈夫だったのは幸いだった。
 汚れた俺の服を脱がせてシャワーを浴びさせ、そして汚れている部分を軽く洗って、とお前は俺のオカンか、そんな突っ込みを入れたくなるくらい更に俺の世話を焼き、そこで力尽きたらしい。
 翌朝目覚めた時、俺は全裸で、冨岡はパンツ一枚という姿で抱き合って眠っていた。ラブホのベッドで、だ。目が覚めた俺がまず叫べなかったのは二日酔いの頭痛のせいだったが、それも幸いだったろう。
 おまけに言葉選びが壊滅的に下手くそな冨岡は
「身体は大丈夫か?」
 が第一声だったので更に事態を泥沼化させてしまった。
「大丈夫ってなにがだよ」
 昨夜の記憶がないままだったので俺もそれしか言えず、答えを聞くのがあれほど怖かったことはない。多分、人生で一番怖かった瞬間だった。
 そのあと誤解は解け、俺は冨岡に全裸のまま土下座することになったのだけれど。

 それほど迷惑をかけてしまったのに、冨岡はラブホを出た後の朝メシ代だけで許してくれた。喫茶店のモーニングは美味いが代金は安い。それなのにそれで全てをチャラにするなんて懐が広すぎると思った。仏か。
 流石に俺の良心が痛むので冨岡のスーツのクリーニング代金も追加したのだが、今度はそのお礼と言って昼メシを奢ってくれた。
 なんでだよ。面白い奴だなオイ。
 そこから冨岡とは距離が縮まってよくやり取りをするようになった。
 配属された部署が分かれたが、時間が合えば昼飯を一緒に食べたし、週末には飲みに行ったりもした。お互い慣れていない土地で頑張っていたから本音では寂しかったのかもしれない。そのうち休みに都合を合わせて遊びに行ったり、お互いの家に泊まって家飲みもするようになった。
 初めに醜態を見せたから、この色々繕わなくて良い関係は俺にとってもひたすらに心地が良かった。

 歓迎会の日は俺の方が先に潰れてしまったが、冨岡も酒はあまり強くないらしく、家飲みでは冨岡が先に潰れることもあった。
 その日もそんなうちのひとつで、潰れた冨岡はカーペットの上で寝ていたから、これでは目覚めた時に身体が痛かろうと抱き起こしてソファーに引っ張り上げた。
 ここは冨岡の家だったが、何度も泊まりに来ているので物の場所も知っている。毛布を探してきて掛けてやろうとした時だった。

 いきなりぐいっと腕を引っ張られた。
 潰れた冨岡は目を閉じたまま俺の腕を引いて、その両腕の中に俺をすっぽりと抱きしめてしまった。おまけに抱きしめた俺の頭を愛おしそうに優しく撫でてくる。
 なんだよ、酔って女とでも間違えたか。
 てっきりそう思っていたのに、冨岡の口から出たのは
「しなずがわ」
 その五文字だった。

 とん、と心臓が跳ねる。
 驚いたから。それもある。
 でも、俺はその答えを薄々知っていた。
 だって嫌ではないのだ。
 冨岡にこうやって抱きしめられているのが嫌ではない。それどころか。

 ぎゅっと両腕を伸ばして冨岡の背中に回す。
 冨岡の顎の下、鎖骨あたりに顔を埋めたらこの上なく幸せになった。幸せになってしまったのだ。

 あの日、潰れた俺は汚れた服を洗ってもらったから全裸で寒かった。だから近くにいた冨岡を冨岡とは思わないまま温もりだけを求めて抱きついた。冨岡はそれを嫌がらずにしっかりと抱きしめてくれた。
 目が覚めたとき、確かにその状況に驚いたけれど夢の中で温かくて良い匂いがして幸せだったのを覚えている。
 
 今も、冨岡に抱きしめられているのは幸せだった。出来ればこのままで居たいと思うくらいに幸せだった。

「さねみ」
 頭を軽く起こし、冨岡の耳近くに唇を寄せてそう囁く。ちょっとした下心。
「さねみ」
 思った通り、冨岡の唇から俺の名前が転がり落ちる。

「さねみ」
「さねみ」

 だから、もう一度。

「さねみ、すき」
 そう言ったら、冨岡の両腕の力が強まった。
「実弥、好きだ」
 ぎゅっと。眠っていないであろう、はっきりとした言葉が冨岡の唇から飛び出した。

 もう一度、頭を冨岡の鎖骨に戻す。
 愛おしげに頭を撫でられたあと、額、目蓋と順にキスされた。
「唇には?」
 幸せで、くすくす笑いながらねだったら、
「可愛い」
 と、唇にもキスされた。ちゅ、なんて可愛いらしい音がくすぐったい。

「ぎゆう」
 今度は冨岡がそう俺の耳元に言ってくるから
「義勇、好き」
 と、今度は俺が伝えておいた。